フランス田舎の家で過ごす週末旅|11世紀の教会へ|絶景スポットハイキング|パリ暮らしvlog
イザベルさん?
こんにちは。
-こんにちは、はじめまして。 -お元気ですか?
お元気ですか?
はい!
パリからいらしたんですよね?
ええ、パリからです。
私自身はパリに住んでいるので、
こちらは、私の田舎の家のようなものなんです。
でも弟はこちらに住んでいるので、実際のところ、ここは彼の家ですね。
なるほど。
そしてここは実家でもあるんです。
祖母が、50年代に探してやっと見つけ、
住んでいた家なので、とても大切にしています。
50年代ですか?
ええ、50年代です。
でも実は、私の曾祖母がすでに、この近くの
モレ・シュル・ロワンという川沿いにある、
中世の町に行っていたので、
このあたりはその頃からすでに、家族の縁があったのです。
そして、田舎で家を探していた祖母は、
ここを見つけて、
-一目惚れしたんです。 -素敵なところですもんね!
とても魅力的な家なので。
そして、最終的に母の遺産としてここを相続したのですが
祖母のエスプリを残したいと思ったんです。
なぜなら、私たちはここの……
なんて言ったらいいのかしら、
オーセンティックなところが好きだからです。
フランス語で言うところの "そのままである"、
つまり、本当に家族の家なんです。
なるほど。
私と弟はここでの役割を分担していて、
私はバラの世話をしています。
バラ?ここにあるような?
そうです。素敵でしょう。
-キレイですね。 -とても美しいでしょう。
よく見ると、本当に素晴らしいんですよ。
樹齢50年以上のバラなんです。
50年!?
ええ、祖母が植えたものなので。
祖母のバラの世話をしているんですよ。
そうなんですね。
まだ、咲き始めたばかりなんですが。
この家の一番美しい時期は、5月20日〜6月15日頃。
全ての花が一斉に開花するからです。
古い低木を、回復させようとしてます。
すごく綺麗なバラでしょう。
-ええ、とてもキレイですね。 -いいでしょう?
ええ。
私の自慢なんです。
見てください。
すごく大きいですね。
とても美しいでしょう。
はい。
こちらも開き始めましたね。
では、庭の反対側もお見せしますね。
はい。
ありがとうございます。
我が家は、フランスの家系で…
母方がフランスの家系で、
父はポルトガル人なんです。
ポルトガルなんですね。
フランスにやって来た、ポルトガルの外交官だったんです。
なるほど。
彼は母と結婚し、私はブラジルで生まれました。
-ブラジルなんですね。 -サンパウロです。
なので、国籍が3つなんです。
ではポルトガル語を話すんですね?
ポルトガル語、フランス語、英語、スペイン語、あとイタリア語も少し。
-イタリア語も? -ええ。
イタリア好きなので。
私もです!
この家の良いところは、
本当に森の中にある、ということ。
つまり、庭がそのまま森に続いてるんです。
森の端ですもんね。
森の中で居ながら、プライベートな庭になってるんです。
6月以降の夏は、
テラスで朝食を摂るのがとても気持ちいいんです。
このテラスは...
私が瞑想をするときによく使っていて、
この階段に座って自然を眺めると、
本当に心が落ち着くんです。
では家の中に入りましょう。
食卓のアート、そして美食を愛するフランス人家庭の出身ということで、
私がお見せしたいのが、我が家にある特別なもの。
祖母の形見であり、それ以前より家族に伝わるものなんです。
こちらは特別な食器のセットで、
というのも、バラが描かれた食器セットなんです。
ポーセリン・ド・パリという、もはや現存しないブランドのものです。
そうなんですか。
そのため今、とても人気が高いものなんですが、本当にステキなんです。
時々、私がテーブルを準備する食事会をするのですが
伝統的な側面を守れるところが好きで、
雰囲気を変えることができるのが、いいなと思っています。
現代から...曽祖母の時代まで。
このお皿は、何に使うのですか?
それは前菜用ですね。
人参スティックとか……
アペリティフのためのものですね。
なるほど。
これはスープ用ですね。
はい、そうですね。
少量のスープ用です。
あ、はい。
それ以外にも、全ての用途に沿ったお皿が揃っています。
このセットが、私の一番お気に入り。
まだ小さい頃に、フランスに来て
祖母の家でこのお皿を見ては
「このお皿大好き!」と言ってました。
これが一番好きなんです。
そうですよね。
すごく珍しい品でもあるんですよ。
先ほどご説明した通り、
私は4代続くフランス人の子孫なんですが、
ポルトガル人の側面もあります。
祖母のお皿をお見せしましたが、
次はこちら、グレのお皿です。
実はこれが、この地域の典型的なお皿なんです。
砂岩を使い、ハンドメイドで作られるものです。
まさに、この辺りの地域のものなんです。
祖母は、これを一通り揃えていました。
ご存知か分かりませんが、フランスでは...
コース料理において、最初の一皿は常に……
少量のものですよね。
そう、冷製で少量のもの。
祖母はこの美しいお皿と一緒に、よく使っていました。
こちらもとても珍しく、古いものです。
名前が読めませんが...…
なんだろう?
とてもキレイなお皿です。
Moulin des loups?
そうです。
そして、我が家のフランス側の歴史を汲むものの中では、
こちらが一番古いものです。
ボルドー出身だった、曾祖母の形見です。
ボルドー?
ボルドーですね。
こちらはリモージュのもので、本当に古いお皿です。
フルーツ用の、コンポティエで……
ええ、とてもキレイですね。
こちらも全てのセットが揃っています。
ラヴィエですよね?
曾祖母のものだったのです。
なので、とても古いものですね。
これは何ですか?
こちらはポルトガルのものなんです。
ポルトガル?
ええ、ポルトガルです。母は、父の国が大好きで、
特に東インド会社のものが好きだったんです。
こちらの、Vista Alegreはポルトガルの
伝統的かつ、とても有名なブランドなんです。
時には、その昔にポルトガルが中国、日本まで旅した
大航海時代を想わせるモチーフが取り入れられています。
つまりこれは...
母は、この彩りが気に入ってオーダーをしたそうです。
で、こちらはそのレプリカです。
古くはないですが、模様は同じものが取り入れられています。
とてもステキですね。
少しアジアっぽい。
母はおもてなしが大好きな人で、
彼女は私が40人以上のゲストを招けるよう
沢山のお皿を遺してくれたんです。
40人!
ええ、40人分を遺してくれました。
なので、たまにこちらも使います。
やや、東インド会社のものがイメージされています。
ではそろそろ、リビングにお連れしましょうか?
-はい。 -どうでしょう?
-はい、ありがとうございます。 -じゃ、行きましょう。
リビングルームは、昔から何も変えていません。
このスタイルが好きなので、そのままにしています。
フランスらしいけれど、少しイギリス風でもあります。
というのも、私の家族は第二次世界大戦中、
母、叔父、そして祖母も、
イギリスに渡り、そこに数年住むことを余儀なくされていたからです。
私の祖父が、フランスのレジスタンス戦士だったためです。
レジスタンス?
そうです、そこで彼は...
実は、二つの戦争中、祖父は有名な知識人であり、
歴史家、そしてジャーナリストだったんです。
先見の明があったのです。
そこで、彼は本当に多くのことを発信し...…
起こりうる問題を警告しようとしたのです。
つまり、当初はそこまで立場が決まってなかったんですね。
その後は大尉となり、メダルなどを授与されました。
それから、レジスタンス活動に参加し、
ド・ゴール将軍の活動に加わりました。
ド・ゴール?
ロンドンで、ド・ゴール将軍の活動に加わったんです。
その後、情報・行動中央局へ行き……
それはド・ゴール将軍のスパイ活動だったのですが、
その目的のために、彼らはフランスに渡ったのです。
あ、失礼。
こんなかな。
その結果、彼はフランスで
レジスタンスの北部ゾーンを組織し、
D-デイの上陸を支援し奨励するいくつかの任務を遂行したのです。
しかし不運にも、最後の任務で捕まってしまいました。
彼はフランスの諜報機関、ひいてはゲシュタポにとって
非常によく知られた人物であったため、
3日間の尋問と拷問を受けました。
そして祖父は、何も告白しないために自殺したんです。
フランスではとてもよく知られているので、
祖父の名を冠した通りが沢山あり、
多くの本もあります。
そうなんですか?
こちらは、祖母が制作した本で、
こちらはエリック・ルーセル氏による、最近の本です。
祖父は多くの著作を残したので、私は彼のサイトを作ったんですよ。
ホームページは www.pierrebrossolette.com です。
フランス語で書かれてますけど。
なるほど。
祖父は、戦時中の演説の中でも、
かなりユニークなものを書いていましたから……。
この中の写真をいくつかお見せしましょう。
ここはゲシュタポ地区で、
こちらは母、
祖母で、
曾祖母、全員載ってます。
すごいですね。
ええ。
そして祖父は今、パンテオンに埋葬されてます。
パンテオン!?
2015年にパンテオンに入ったんです。
2015年。
ええ。今は80近い偉人の中の……
それはすごいですね。
フランスに命を捧げましたから。
祖父を誇りに思っています。
そうですね。
「彼の名を、誰もが知っている」
-すごい! -フランスでは、そうですね。
祖父の名前のついた通りは、全世界で500〜600あると思います。
フランス全体では、500ですね。
そして、この家の冬はとても風情があるんですよ。
秋もそうですが、紅葉が日本のように、
緑から赤へと移ろうのです。
秋は様々な彩りがあり、
もちろん、夜の間とても快適に過ごせる暖炉もあります。
なるほど。
ご説明ありがとうございました。
一番気持ちのいいルートを通ってみました。
そうなんですか?
ありがとうございます。
他は、ずっと直線であまり素敵な眺めではないんです。
なるほど。
もっと早いけれど、あまり素敵ではないので。
そうなんですね。
実はここ、砂なんですよ。
フォンテーヌブローの砂と呼ばれています。
なぜなら、フランスの学校では、それが 200 万年前、
いえ、ずっと昔のことだと習うからなんです。
フランス全土、特にパリのエリアは大西洋でした。
パリが、なるほど。
パリ一帯は、盆地なんです。
ちなみにイギリスもそうです。
これらすべては、イベリア プレートとスカンジナビア プレートという
2 つのプレートがあったために起こりました。
それらが接近し、真ん中が持ち上がったのです。
なるほど。
フランスとイギリスが石灰岩が多いのはこのためです。
石灰岩が堆積して、隆起したものだからです。
地質学の話を始める前に、
あそこに行ってみましょうか...…
先ほどもお話しましたが、
ここは、50年前のTGVのなかった頃、
もちろん新幹線もですが、
人々がトレーニングや登山に来ていました。
-登山? -はい。
ここで練習していたのです。
例えば、私の名付け親は登山家で、
彼が初登頂したんです。
彼はアルザス人なので、ドイツ人であり
彼は私に語ったことによると...
パリの偉大な登山家たちが、ここに修行にやって来たと。
私の名付け親も、よく来ていました。
そして昔そこは、ホテル、オーベルジュだったのです。
ホテル?
正確には、アルプスの状況を再現したいため、
非常に早く出発したい、
登山に適した時間のために朝早く出発したい、
そういった登山家のためのホテルでした。
今はただのレストランですが、なかなか美味しいですよ。
メニューは少ないですが、季節感があります。
猫!
あらあら!
いい子だといいけれど。
キレイな子だ。
可愛い!
いい子だなぁ。
家には猫が2匹いるんです。
うちにも近所の猫がいるのですが、その猫にはこんなことをしてはいけません。
やや野良猫だから。
もう大きいからか、
撫ですぎると噛まれるんです。
そうですか。
なので、ちょっとだけです。
可愛いすぎる。
バイバイ〜
今は、年中無休のはずですが...…
そうですね、"営業:金&土曜の夜 "とあります。
週末だけなんですね。
そうですね。
これがメニューで、ご覧の通り、とてもフランスらしい内容です。
名物料理が 1 つあり、名付け親が好きだったのですが、私はあまり好きじゃないのが
子牛の脳みその、グリビッシュソースがけです。
こちらのものは、卵などを加えた本格的なグリビッシュソースで
名物なので、一年中あるんです。
まあ、好きにならないとね。
来る?
我々と一緒に来るかい?
私たちと。
では地質学に戻りますが、
はい。
すべては湾の底だったんです。
さらに、今日でも私たちはラルシャン湾と呼んでいますが、
実際には海の湾のような湾でした。
その理由はあとでわかるでしょう。なぜなら、
美しい景色が見られるその場所から、水のある湾を想像できるからです。
200万年前のことですが。
わかりました。
ここは今でも、最近のアクティビティであるボルダリングの場所として非常に人気があります。
しかし幸いなことに、これらの岩は難しいと考えられているため、
最も人気のある場所ではないんです。
ドイツ人が多くいる...
あらゆる種類の選択肢がはるかに多いため、
ボルダリングスーパーマーケットと言われる場所があるんです。
それは「3ピニョンの森」と呼ばれていて、皆そっちへ行くんです。
なるほど。
そこから始めましょうか。
そうですね...…
幸先の悪いスタートです(笑)。
そうですね(笑)。
これは全部、水の侵食によってできたものです。
はい。
一番簡単なルートで行きましょう。
私が選んだ...
ここはちょっと難しいですね。
あっちはどうですか?
そうですね、でもこっちの方が楽だと思います。
あんまり大変なところは……
こっちはきっと...
わからないな。
いつも決して同じでないのが、いいと思うんですよ。
大丈夫ですか?
大丈夫です。
こっちの方が楽そうなので、こっちにしましょう。
ここが好きなのは……
来るたびに、
違う時間、違う季節であることなんですよ。
あなた方がご存知か知りませんが、セザンヌは、
いつも違う、サン・ヴィクトワール山を描いたんです。
なのでここを、私のサンヴィクトワール山と呼んでるんです。
私はセザンヌじゃないけれどね。
そちらへ行くこともできますし、
ちょっとした登山をしたいなら…
わかりますか?
はい、本当だ。
落ちるのは私だな!
大丈夫ですか?
-ありがとうございます。 -タフだな〜。
よし、と。
ここが、最後の洞窟です。
グランド・フィナーレですよ。
ボルダリングをする人で、ここが好きな人もたくさんいるんですよ。
-子供たちもここに来るのが大好きです。 -そうでしょうね。
ジャンプしてますよ。
さてさて。
では「展望台」にお連れしますよ。
さあ、登ってきましたよ。
光がとてもキレイなので、よかった。
はい。
そして太陽が右側にありますしね。
はい。
さあ、ご褒美です。
はい。
あそこが、ラルシャンです。
11世紀に建てられた大聖堂です。
ああ!
キレイでしょう。
はい、とても。
あそこは、すべてが 120 メートル下にあります。私たちは、私の家の高さにいるんです。
つまり、ここはすべて石灰岩の平原なんです。
そしてこれがフォンテーヌブローの砂です。
実は沼もあるんですよ。
だから先ほど私は、まっすぐな道があると言ったのです。
あれです。
そしてあそこには…
この高さでも、砂があるんです。
以前は砂浜でしたから。
200万年前ですが。
ここからは見えないですが、砂の採石場がもう 1 つあって……
2時間かかるけど、とてもいい散歩道もあるんです。
稜線の道(le Chemin des Crêtes)と呼ばれています。
我々は、湾の頂上に沿って来たんですね。
はい。
猫だ!
待ってたんですね。
同じことを言いましたね。
我々のことが好きなのか、こっちに向かってきますよ。
若そうだね。
そうかもですね。
皆が来るのが、好きなのかな?
家ですね。
家の他に、猫もいます。
「猫の家に住んでます」と書いてありますね。
本当だ!
「私の猫の家に住んでます」
大きいな!
私は無理でしたが...
絵画にできますよね。
そうですね。
これが本当に教会だったことが分かりますね。
12世紀のことだと思うと、本当に重要なものだったのでしょう。
中世の面影を残す一角です。
そうですね。
本当だ。
ティンパヌムをお見せしましょう。
これは教会の横に扉があった、珍しい建築物でした。
それがここです。
つまり、これは実質的にノートルダム寺院である可能性のあるティンパヌムであり、
教会の重要性を明らかに示しています。
そしてあれは「最後の審判」を意味します。
実際のところ、あそこにある3番目の石はオリジナルではなく、
教会の中にあるのですが。
解体したんですよ。
分解したんですよね、ええ。
代わりにあれを作り直したんです。約 30 年前、あの下の部分です。
-約30年前? -そうです。
では、1555年は?
1555年は、覆いの部分ですね。
ええ、そうですね。
でも、もしかしたらそれはオリジナルではないかもしれませんよね?
アーチ部分はオリジナルだと思いますか?
もちろんですよ。
オリジナルであるだけでなく、その時点までは
当時のものでした。
問題は、カトリックとプロテスタントの間で宗教戦争があったことです。
300年前ですね。そうですね。
もうちょっと前ですね。
もう少し前かもしれません。
宗教戦争は、確かにそうですが、その後の事態は進みましたよね。
いいえ、ここの状況を混乱させたのは宗教戦争でした。
そうですね。
実際ここは、厳重に守られた要塞で、
壁があり、お堀もありました。
そして 17〜18世紀には、
おそらくこの地域はカトリック教徒とプロテスタントの間で非常に紛争があったに違いないため、
フランスでの宗教戦争はとても……
10世紀です。
はい?
10世紀です。
それは宗教戦争じゃないですね。 宗教戦争は……
プロテスタントが大聖堂に放火したのは 10 世紀のことです。
いいえ。
いいえ。失礼ながら、
私は自分の話を知っているので。
上部にあるように、ディテールが表されていますが、
非常に詳細です。
したがって、彼には12の使徒がいたに違いありません。
12人の弟子たちですね、失礼。
12使徒!
4人の使徒と12人の弟子たち。
この場所は本当に最高の展望台の 1 つだと思います。
いずれにせよ、最も印象的でドラマチックだと言えます。
なぜなら、あの高さがあるからです。
すごいですよね。
先ほど言ったように、入り口はこの巨大な横の塔だったんです。
ここは巡礼地であり、コンポステーラへの道の始まりの一つであったため、
あれがその後のことであったと信じる人もいます。
ガーゴイルが見えますね。
そうですね。
はい、非常にうまく修復されたステンドグラスの窓があります。
明らかに、おそらく、初期のゴシック様式だと思われます。
まだゴシックそのものではありません。
なぜなら、私たちの地域はほとんどが、ロマネスク様式の建築だからです。
かなり古いものなので、初のものであり、
これらはまさに、フランク王たちが自らの地位を確立した最初の場所だったのです。
それだから、イル・ド・フランスと呼ばれてるんですね。
まさに、「フランスの島」だったのです。
改めて、ありがとうございました。回ってみています。
ムッシュー、ありがとうございました。
そちらにお住まいですか?なるほど。
-ありがとうございました、さようなら。 -ありがとうございました。
-では…… -ありがとうございました。
-ありがとうございました。 -ありがとうございました。
今こそ、「さよなら」って言えますよね?
ええ、「さよなら」ですね。
ありがとうございました!さようなら!