【名門の復活】名将ユルゲン・クロップとリヴァプールの歴史を振り返る
クロップリバプール
かつてはスティーブンジェラード やマイケルオーベンといった
レジェンドも活躍した名門クラブ リバプールですが
2010年前後は新興ビッグクラブ の勢いに押され
長らくリーグ制覇から遠ざかる 混迷期をさまよっていました
その中ドイツからやってきた偉大 なるボスを迎え入れたことから
次第に上昇軍団へと生まれ変わ っていくと
ついには欧州最強の名を手にする までに
駆け上がっていったヘビメタ集団 は
近年稀に見るほど多くのファン に愛される一時代を築きました
よね
そのため今回はさっき惜しまれ ながら言うたいした
名称クロップと近代リバプール の物語を振り返っていきたいと思います
類稀なる人身障悪術とみなぎる 情熱で名門を蘇らせたクロップ
と
彼に浸水し狂気のごとくアグレッシブ なスタイルを体現してきた男たち
の栄光の奇跡
そこにまつわる物語が気になる 方は最後までご一緒にどうぞ
まずはリバプールで9シーズンに わたって指揮を取り
ビッグイヤー獲得やプレミア 制覇によって80年代の黄金期に並ぶ
輝きを
クラブにもたらした名称
ユルゲンクロップがなぜ指導者 として世界有数のキャリアを手に
できたのかを
彼の現役時代にまつわる物語から 始めたいと思います
ドイツスッドガレット出身のクロップ は現役時代には主に
ツバイテブンデスリーガーを舞台 として
かつて岡崎真嗣や武藤義則も在籍 したほか
トーマスツヘルという後の天才 式ファンも輩出した
マインツに所属し
主にディフェンダーとして通算 325試合に出場
しかし後に自身も現役時代を
どこにでもいるような普通の選手 だった
と評価しているように
ハードな守備が得意という印象 しか持たれていない選手でした
ただ大学でスポーツ学を学んで システムや戦術に造形が深く
ドイツサッカー連盟のA級ライセンス 講習会に参加するなど
指導者に必要な要素を身につけて いた選手でもあったのです
そんな中
2001年のマインツはとにかく勝てない ゼフ町に陥り
そして当時の指揮官エッグハルト クラウツンを
7試合未勝利のため解任すると
スポーツディレクターのクリスティアン ハイデルラは
チームのリーダー格の数人を招いて 話し合いの場を設け
当時の選手がクロップを暫定監督 にすべきと提案したことが
後の名称への始まりとなるのです
当時の様子について
かつての同僚トーマスツイマー は
クロップが将来的に指導者になる タイプだって
みんな分かっていたんだ
ちょうど怪我で欠頭をしていた し
プレーできないなら
ベンチに指揮官として座れるん じゃないかって
そんな冗談めいたところもあったん だよ
と敬意を明かしていますが
このきっかけがなければ
後の偉大な指揮官も生まれなかった と考えると
まさに運命の分岐点の出来事だった と言えますよね
そしてハイデルラは当時33歳の クロップを
暫定指揮官にする荒漁事を行う のですが
その後の就任会見でクロップが 登場すると
あまりの急展開に自体を飲み込めない 地元記者から
クロップはここで何をしてるんだい と
尋ねられたそうです
そんなこんなで新指揮官となった クロップですが
類稀な人身掌握術でチームをまとめ
ハイデルアワーズが数週間後に 正式な指揮官就任の契約書を締結
チームも奇跡の2部残留を果たす など
驚きの結末となるのでした
こうして始まった指揮官クロップ のキャリアですが
卓越した栽培で長期政権を自立 し
0304シーズンには小規模クラブ のマインツを
一部小核に導いただけでなく
翌0405シーズンも一部残留を実現
0607シーズンに降格するも
翌シーズンには小核まであと一歩 に迫るなど
小規模クラブの勝ち取りを見事 にこなしていくと
いつしかその実績は注目を集め
0708シーズン終了後には
あるビッグクラブから指揮官就任 のオファーが舞い込むのでした
ウォルシアドルトブント
この黄色と黒の名門は
0102シーズンにマイスターシャーレ を獲得するも
チャンピオンズリーグでの飛躍 を目指した
過剰投資が失敗に終わり
2004年には経営危機に陥るなど
数年に渡って低迷が続いており
そんなクラブの指揮官を引き受け たクロップですが
彼はマインツ時代から模索し
試行錯誤した中で編み出した戦術 を
ドルトムントでも実践していきます
そして後にそれが欧州サッカー 界のトレンドとして広がっていく
高強度守備戦術
ゲーゲンプレスでした
前線からのプレスで
ボールボーイよりゴールに近い 位置で奪うこの戦術は
今でこそクロップの代名詞ですが
コーシュの素早い切り替えや
最終ラインから前線への立てパス を
ゲーゲンプレス発動のスイッチ とすること
相手のパスコースを切るプレス
さらに相手を囲んで複数人でボール を奪うなど
緻密な原則が求められました
ちなみにクロップが理想とする ゲーゲンプレスは
2000年代の欧州サッカーをリード していた
ペップバルサが駆使していた守備 戦術と
レアルマドリードの高速カウンター という
スペイン二大巨頭のコーシュを 連動させる壮大なもので
自信を持ってクロップは
この戦術をドルトムントに落とし 込んでいきます
まさに究極を追求する戦術家の 顔を持つクロップですが
就任初年度の0809シーズンは
リーグ戦で14ドローと引き分け の大差が目立つものの
終盤に7連勝を記録するなど
6位で終了して福建の足掛かりを 掴むことに
そして欧秋0910シーズンには
マリオ・ゲッツェ ケイビン・グロスクロイツ
マッツ・フンメルスラ 若手を積極的に投与
高次元のゲーゲンプレスを可能 とする人材が揃い始める中
欧秋1011シーズンには
香川慎二
主に451のトップ下に入った香川 は
前線での鬼プレスを実現する一員 として
すぐさまチームにフィットし
オフェンスへスイッチが切り替わる と
起点として次々とチャンスを演出
特にゴール前の狭いスペースを 打開するスピードとテクニック
は圧巻で
リーグ前半で18試合
8ゴールとミッドフィルダーで リーグ1位の成績を記録
後半をケガで棒に振るも
彼の仲間たちがクロップの戦術 を着実に実行すると
ゲーゲンプレスはこのシーズン のブンデスリーガーを席巻し
低迷していた香川が23勝5敗6負け の素晴らしい成績を収め
ついにマイスターシャーレを獲得 します
ワイヤルミューヘン一強のブンデス に風穴を開けるとともに
クロップ自身初の偉業を成し遂げる のでした
そして翌1112シーズンは
ドルトムントでの彼にとって最も 充実したものとなるのですが
このシーズンからワントップの スターメンに
ロベルトレファントフスキーを 起用
後にゴールマシーンとして
ワールドクラスに駆け上がる ストライカーが
香川とのコンビネーションでゴール を量産し始めると
34試合22ゴールを上げてクラブ に貢献
選手の圧倒的なパフォーマンス と
クロップの緻密な戦術が相まって
ドルトムントは躍動します
リーグ戦は25勝3敗6負けで制し
ブンデスリーガー2連覇を果たした だけでなく
このシーズンのDFBポカールでは
決勝戦でバイエルンと相まみ えると
5対2で圧勝
レバンドフスキーのハットトリック や
香川のワンゴールワンアシスト などにより
クラブ史上初となる国内2冠を達成 し
欧州サッカー界がユルゲン・クロップ という
指揮官の存在を認めざるを得ない 実績を残すのでした
そして翌シーズンは香川が
ユナイテッドへ移籍するなどの 変化があった中
クラブはチャンピオンズリーグ ファイナリストとなる
快進撃を見せるなどさすがの強さ を披露
しかし1415シーズンはゼフ町に陥り
なんとリーグ戦の前半戦を
再開で折り返すまさかの結果
残留は果たしたものの
クロップは不審の責任を取り
2015年4月15日に退任を発表
7シーズンにわたるドルトムント での冒険は
ここで終止符を打つことになる のでした
1415シーズンのもある定名で
ドルトムントを去ったクロップ ですが
リーグ戦に連敗や
チャンピオンズリーグファイナリスト などの
輝かしい実績は
欧州サッカー界に評価され
中でも熱い視線を送ったのが
プレミアリーグの故郷リバプール でした
1892年に創設され
プレミアリーグ創設前の最上位 リーグで
18回の優勝経験を持つ名門クラブ ですが
近年はマンチェスターシティや チェルシーなど
新興ビッグクラブの大統により
リーグ戦の制覇となると
8990シーズンにまで
遡る必要がありました
当時リバプールを指揮していた
ブレンダン・ロジャースは
かつて彼がアシスタントコース として指示した
ジョゼ・モーリーヌをもってして
アイデアを持ち合わせており
と評価する指揮官でしたが
就任3シーズン目の1516シーズンは
不審に陥り
リーグ戦は8試合を終えた時点で
10位東北戦
第8戦に行われた
エバートンとのマージサイドダービーを
ドローで終えた約3時間後には
解任が発表されたのです
そこでリバプールが
白羽の矢を立てたのがクロップですが
彼は15年10月9日に
聖地アンフィールドで行われた就任会見で
重要な再建を任されたことは光栄だ
私の再始動としてもいいタイミングになる
と意気込みを語った後
記者からは自身をスペシャルワンと話す
当時のチェルシー指揮官
ジョゼ・モーリーのとの比較を問われ
私自身は語る必要はない
なぜなら私はノーマルワンだ
と苦笑いしつつ
マインツで7年を過ごし
そしてドルトムントでの成功と
常にビッグチャンスを掴んできた
ここでも私自身
仕事を楽しめることを願っている
もし我慢してくれるのであれば
今日はとても格別な日になるだろう
4年ここに座れば
我々はタイトルを獲得できると考えている
こうしてプレミアリーグでのキャリアを
スタートしたクロップですが
既存の選手で戦う必要があるなどの
制約があり
15-16シーズンのリーグ戦は
8位で終了しますが
選手は明らかに運動量増すなど
変化の兆しも見られていました
その一方クロップのゲーゲンプレスは
各選手が高所両面で
インテンシティの高さを維持し
球際に鋭く素早く仕掛けることが
要求されるため
同シーズンはヨーロッパリーグと
EFLカップで準優勝に導いたものの
そうした中2シーズン目の16-17には
サーリオマネ・ジョルジニオ・ワイノルドム
ジョエル・マティプなどが加入すると
クロップの目立つサッカーが徐々に
ピッチで表現されるようになります
ワイノルドム・ラ・ラーナの
インサイドハーフが
強度の高いゲーゲンプレスで
ボールを奪い
瞬時に守備から攻撃へトランジションし
スピードがあるフィルミーノやマネが
ゴールを狙う攻撃陣の一体性が増し
クロップの目立つサッカーは
事実このシーズンは無間に終わるものの
リーグ戦で4位を確保
チャンピオンズリーグ出場権を獲得して
欧州最高峰の舞台で
再び戦う権利を得るわけですが
クロップはリバプール指揮官に就任して
1年経った時に
ここで1年が過ぎた
我々は今そういうことを話している
パーフェクトではないが
いい道を進んでいる
それは我々が望んでいたようなものだ
私は1年だけではなく
長期的にここにいたい
それは我々がこれまで得てきた情報を利用して
そこから学んでいかなければならないことを意味する
ライフワークというのはそういうものさ
次のチャレンジへの準備をしていくんだ
とコメントを残しており
ハードなプレミアリーグにおいても
チームが順調に成長していることを述べています
そして翌17-18シーズンに向けて
さらなる補強を喚起するリバプールは
アレックス・オクスレイド・チェンバレーナとともに
ASローマからモハムド・サラーを獲得
これにより後にプレミアリーグを席巻するサラー
マネ・フルミーノが並び立つリバプールの
フロント3が確立することになったのです
その一方
軽減プレスの精度を高めるには
最終ラインに不安があったとされ
例えば人材不足の左サイドバックには
本来ミッドフィルダーのジェームス・ミルナを起用し
センターバックもマティプの相棒がおらず
対処に苦慮していました
戦術がいかに素晴らしくても
それを実践する選手に能力がなければ意味をなさない
現実を突きつけられるかのように
シーズン前半は
第4節のシティ戦を0対5
第9節のトッテラム戦を1対4で完敗するなど
不安定に推移するのです
しかしクロップとリバプールは
冬の遺跡期間である大物選手の獲得に成功
これがターニングポイントとなり
後のリバプールの復権に繋がったとされています
フィル・ジル・ファンダイク
遺跡金7500万ポンド
日本円にすると114億円という当時のリフェンダーとして
プレミアリーグ最高額で獲得したオランダ人は
類稀な身体能力と的確な読みによる対人守備の
圧倒的な強さを誇るセンターバックです
また正確なロングフィードによる攻撃力を兼ね備えているため
リフェンダーからのロングフィードがスイッチとなる
下弦プレスにぴったりの選手であり
攻撃力も兼ね備えた最終ラインが完成すると
右にサラー、中央にフルミーノ
左にマネが並ぶフロントスリーも持ち味を発揮します
3人の域は抜群で
例えばフルミーノが左右に流れたり
中盤まで下がったりした際に
空いたスペースにサラーやマネが走り込むなど
攻撃にリズムを作り
あるいはこのスペースをサイドバックが利用するなど
それとこのシーズンのリーグ戦も4位で終了しますが
サラーが32ゴールを上げて得点王に
クロップの目立つ攻撃的サッカーが
少しずつ完成へ向かいますが
彼らの可能性をさらに感じさせたのは
チャンピオンズリーグの舞台でした
グループステージを無敗の主位で突破したリバプールは
決勝トーナメントに入っても勢いは衰えず
準優決勝ではマンチェスターシティとの対戦を3対0
2対1とダブルで制するなど
強さを発揮して決勝へ進出
セリフヨーラムスの激しいプレーで
サラーが壊されるという物議を醸すプレーもあり
決勝は大荒れの要素に
最終的にリアルマドリードに敗れて
準優勝に終わるものの
実力の片鱗を見せつけたのでした
この敗戦を受けてクロップは
オレらはクールであり続けるぜ
と熱唱する動画を投稿するなど
節目の敗戦後にチームをコブする
転生のモチベーターぶりを発揮
そんな姿に選手はいつしか浸水するようになり
彼の元で結果を出そうと奮起するわけですから
まさに理想の指揮官と言えるかもしれませんね
ただこの決勝では中盤の守備
そしてゴールキーパーの質向上が求められ
1819へ向けて
さらなる強化を進めていく必要がありました
かつてタイトル獲得を目標に掲げた
4シーズン目のクロップ政権は
新戦力としてジェルダン・シャキリー
ファビーノ・ナビケーター
アリソン・ベッカーを獲得し
さらにダニエル・スターリッチ
ディボック・オリジをレンタルバックさせて
戦力を大幅に強化
特にチャンピオンズリーグ
敗退直後に決めたファビーノの獲得や
最強ゴールキーパーへ評価を高める
アリソンの補強は
今後のリバプール市に残る
重要な遺跡となります
一方で選手の売却も積極的に行い
前シーズンのチャンピオンズリーグ決勝で
2度にわたるミスを犯した
ゴールキーパーロリス・カリウスの
ローンによる放出など
大幅な選手入れ替えを完行
そうした中でリーグ戦に臨んだ
クロップリバプールは
開幕戦のウエストハム・ユナイテッド戦を
4対0で制すると
しかしこのシーズンのプレミアリーグは
ハイレベルの争いとなり
同じく第10節時点で8勝に分けながら
得失点差では回り周囲に立ったのが
当時ナンバーワン指揮官の呼び声高い
ペップ率いるマンチェスターシティで
稀に見る激しい周囲争いが
繰り広げられることになるのです
リーグ上半のリバプールは守備陣が奮闘し
折り返し時点で
起死対応失点はわずかななと
リーグ最小隊の記録を上げるのですが
従来の433に加え
第10節でカーディフシティを
4対1で暮らしてからは
攻撃陣にもエンジンがかかり
リーグ戦の折り返し時点で
得点43
16勝3分けの高成績を残します
しかし年明けの第21節
シティとの直接対決を
1対2で敗戦すると
以降の6試合で3つのドローと勝ち切れず
29節で再び周囲を明け渡すと
以降はシティの逃げ切りを許し
30勝1敗7分け
8.97と圧倒的な成績を残しながら
周囲にわずか8.1足りずに
ただ準優勝チームの最高勝ち点を
大幅に更新したほか
マネとサラーが22得点を上げ
プレミアリーグ初となる
同一クラブの2人が得点を乗り業を果たすなど
敗れてなお強烈なインパクトを披露
国内では微妙な差で新3を舐めましたが
欧州最高峰の舞台で
前年のリベンジに燃えることとなりました
実のところこの頃の欧州サッカーは
ゲーゲンプレスを戦術に取り入れるクラブが増え
それは嵐のような吸収を意味する
ストーミングという名でも呼ばれるようになるのですが
ストーミングを採用するビッグクラブ間の対戦では
ゴール数の多い試合が目立つようになっていました
実際にチャンピオンズリーグの決勝トーナメントでも
3点以上の点を取る試合が多発したわけですが
リバプールはグループステージを
パリサンジェルマンに次いで2位で勝ち上がると
ラウンド16でバイエルンを相手に
ファーストレーグをホームで引き分けながら
セカンドレーグのアウェー戦を3対1で撃破
ステトク準々決勝でもポルトを2対0
準決勝では欧州の名もバルセロナと対戦することになります
カンプノーで行われたファーストレーグは
ルイス・スワレス・リオネル・メッシュの2ゴールで
3対0と完敗し
セカンドレーグは3点のビハインドを迎えるだけでなく
攻撃の核となるサラー・フェルミーノが
怪我で欠乏する絶望的な状況となるのでした
しかしクロップは433のファードにシャキリ
マネ・オリジを置いたスリートップで臨むと
7分にディフェンスラインからのロングボールが
右サイドのマネに通り
ペナルティーエリア内に走り込んだ
ジョーダン・ヘンダーソンやツナギ・シュート
これをバルサゴールキーパー
手足低減が弾くもオリジが押し込んで
リバプールが先制します
それと54分には
アレクサンダー・アーノルドの右からのクロスに
ワイノルダムが合わせて2対0とし
その2分後には左からのクロスをまたも
ワイノルダムが豪快なヘッドで合わせて3対0
2試合合計のトータルスコアを
3対3の対に戻すのでした
そうして79分
リバプールに右からのコーナーキックが与えられると
コーナーアークに立ったアーノルドは
キッカーを後退すると見せかけて素早くリスタート
この時バルサの選手たちはボールから目を離していて
中央に送ったボールをオリジが見事に合わせてゴール
これでスコアは4対0
呆然とするバルサと歓喜に湧くリバプール
対照的な選手たちの表情は
ありえないことが起きた事実を知らしめるには十分でした
そして試合はこのまま終了
まさに歴史的大逆転でリバプールがファイナル進出を果たし
興奮サメやらぬるクロップは
他のチームだったらこんなことを成し遂げられるなんて思わなかっただろう
選手たちは本当にメンタル強者だ
とコメントして選手を讃えるとともに
ファーストレグを0対3で敗戦後に
このようなパフォーマンスを見せられるなんて信じられない
このチームの指揮官でいられることを本当に誇りに思う
今日我々が成し遂げたことは本当に格別だ
一生忘れない
そしてチームは最高のボルテージで決勝戦進出
この試合はかつて14年前のチャンピオンズリーグ決勝で大逆転を起こした
イスタンブールの軌跡になぞらえアンフィールドの軌跡と称されて
後世に語り継がれることになるのです
そして運命の決勝戦
相手は同じプレミアリーグのトッテラムという同国対決となり
終始試合を押し気味に進めていたリバプールが
サラーとオリジのゴールによって2対0で制止
クラブとしては14年ぶり6度目となるビッグイヤーを掲げるとともに
クロップは過去に2度進出しながら涙を飲んだ決勝をついに勝ち取り
初優勝を手にすることとなりました
そしてチャンピオンズリーグ終了後の記者会見で
この勝利はスタジアムだけでなく
世界中で我々をサポートしてくれたファンに捧げたい
彼らは今狂ったように祝杯をあげているはずだ
そして明日リバプールにいる人々と一緒に祝うことができる
センセーショナルな夜になるだろう
ただ素直に言って私は何よりもホッとしているよ
この勝利は選手たちのものだ
ピッチ上ではチームのほとんど全員が泣いていた
本当に感動的で得たものが非常に大きかったからだ
このタイトルが意味するものは我々にとってとてつもなく大きい
と激戦を振り返って語り喜びを表したのでした
クロップは就任時の記者会見で
4年でタイトルを獲得できると考えていると語っていましたが
言葉通りの有言実行であまりにも大きなタイトルを獲得したため
まさにこの時が彼にとって真の名称と呼ばれるに
相応しいタイミングだったのかもしれませんね
近年稀に見るリバプールの絶頂期を構築したクロップは
次なる悲願を手にするために
更なる歩みを進めていくことになるのでした
1819シーズンをビッグイヤー獲得という結果で終えた
クロップリバプールにはまだやるべきこと
つまりプレミアリーグ制覇という大きな課題が残されていました
1980年代までに40のタイトルを獲得したリバプールは
その後の低迷もあってプレミアリーグ移行後は
リーグ優勝を成し遂げておらず
クラブとサポーターにとってリーグ制覇は悲願だったのです
そんな中1920シーズン前の夏の移籍期間では
目立った補強を行いませんでしたが
現有戦力を速上げして戦術理解の熟成を図れば
リーグ戦も制覇できるという
事実このシーズンのリバプールは
ホームの開幕戦でノリッチシティを相手に4対1で勝利すると
第2戦のサウスアンプ島に勝って連勝すると早くも周囲に浮上
前半戦は18勝1分の圧倒的な成績で周囲を独走すると
冬の移籍期間にはレッドブルザルツブルクから
南の匠を獲得して戦力補強もぬかりなく進めます
さらに後半戦もその勢いは衰えず
第28戦のワトポード戦で初黒星を喫するまで
リーグ戦無敗記録を44に伸ばし
もはやこの時のクロップリバプールを止められるプレミアのクラブといえば
前シーズン王者のマンチェスターシティくらいしか
想像できないほどその強さは際立っていたのです
しかしそんなシティすら霞むほど勝ち点で圧倒的な差をつけ
第31戦のクリスタルパレス戦も4対0で制すると
翌日には2位のシティが敗れたことで
なんと勝ち点差が23人まで広がり
リーグ戦残り7試合を残して実に30年ぶりの解決となる
プレミア制覇を成し遂げるのでした
しかもこの優勝はプレミア史上最速優勝の記録を打ち立てたばかりか
最終的に2位シティとの勝ち点差が18
3位のユナイテッドとの勝ち点差に至っては33となるなど
まるで30年の苦難を一気に取り払うような異次元の結果で
プレミアリーグの勢力図を塗り替えるのでした
そして優勝が決まった瞬間は
選手と共にホテルでシティ戦を観戦していたクロップは
イギリスのスカイスポーツに込み上げる感情を抑え切れず
とても重要な瞬間だ
完全に圧倒されているとコメント
新型コロナウイルスのパンデミックにより外出規制が行われる中
今夜は画面の向こうにいる皆さんのためのものだ
信じられない
皆さんが家にいてくれることを願う
望むなら自宅の前まで出てもいいが
それ以上はしないで欲しい
今はみんながそうしているのだから
皆さんも自分たちのためにそうしてくれれば嬉しい
とサポーターにはアンフィールドではなく
自宅で喜びを実感して欲しいと語るのでした
リバプルの指揮官として就任5シーズン目でプレミアを制したクロップですが
それらを着実に遂行できるハイレベルな選手たち
そしてチームスタッフやFSGサポーターらが
クロップを共にしてきた歴史でもあったわけです
また前回王者として望んだ
このシーズンのチャンピオンズリーグは
ラウンド16でアトレティコマドリードにダブルで敗れて
アンフィールドでの無敗記録が42に途絶えますが
2019年12月に行われた
フィーパークラブワールドカップ2019で決勝に進出
南米王者フラメンごとの一戦は延長戦までもつれるものの
ロベルトフルミーノのゴールにより1対0で勝利し
初のクラブ世界一
81年のトヨタカップで完敗した相手に
38年越しのリベンジを果たしたのでした
こうして欧州サッカー界に新たな価値を生み出したクロップは
20年8月15日さらなる勲章として
イングランドのリーグ監督協会による
HQ20シーズンのプレミアリーグ年間最優秀監督にも選出され
リバプールの指揮官としてもドイツ人としても
初となる偉業を手にします
そしてリバプールの指揮官に就任以来
いわば名門の歴史を持つクラブに
背を向けていた選手たちの意識を変え
不安と緊張に怯える選手には
最高の自信を取り戻す言霊を伝える
そんな誰にも愛されるクロップのストーリーは
ここから新たな1ページを開くことになるのでした
この2シーズンで
がぜん注目されるクラブとなったリバプールですが
2021シーズンに向けた補強で
ミッドフィルダーチアゴアルカンタラや
ファードディオゴジョタを迎えるなど
選手層に厚みを加え
さらなる戦術の熟成
しかしそんな中で始まったプレミアリーグは
リバプールにとって波乱となり
4セツアウェイのアッソンビラー戦で
2対7というスコアで完敗すると
5セツのエバートン戦では
ファンダイクが前半11分に
相手ゴールキーパーのピックフォードと交錯
右膝全周自身体損傷の重傷で
シーズン中の復帰は絶望となり
序盤にディフェンダーの要を失う展開は
クロップにも誤算だったと言えるでしょう
また8セツのシティ戦ではアーノルドが不調
11月には代表ウィークで
イングランド代表に招集されたジョーゴメスが
トレーニング中に左膝の剣を負傷
その後ロンドンで手術を受けて
シーズンを棒に振ることに
翌第9セツのレスターシティ戦に勝利し
クラブ新記録となるホームゲーム
64戦無敗記録を達成するなど
明るい話題もありましたが
年明けの1月下旬にマティプが離脱するなど
特にセンターバックのメンバーが壊滅状態に
さすがのクロップも対応への苦慮を
余儀なくされるのです
結局のところつけ役場で
ミッドフルダーのヘンダーソンやファビーヌが
センターバックの代役を務めますが
マティプの負傷で緊張の糸が切れたのか
22セツから30セツまでの9試合で
4連敗を含む3勝6敗と大ブレーキとなります
それでもチームは
36セツのウエストブルービッチアルビオン戦では
1対1で迎えた後半アニシュラルタイムに
ゴールキーパーのアリソンが
リバプールゴールキーパーとしては
初のゴールをヘイリングで決めて勝ち越すなど
どうにか副長
チャンピオンズリーグの準々決勝敗退などもあり
3シーズンぶりの無間に終わりますが
センターバックが全滅という不運があったにせよ
特定の主力選手の離脱がチーム成績に直結
つまりクロップの戦術を
選手全員がピッチで実現できるほどの
選手層という意味では
不完全なシーズンだったのかもしれませんね
そんな教訓を受けてか
翌2122シーズンは
屈強なセンターバックイブラヒマ・コナテを獲得し
負傷者も戦列復帰していくと
国内カップ戦を勝ち進みますが
ここで輝きを放ったのが
ミナミノ・タクミでした
例えばEFLカップ準々決勝では
後半アリジナルタイムに
リーグカップ3試合連続得点となる
劇的なボレーシュートで
同点としてPK戦での勝利へ導き
最終的にミナミノは
EFLで5試合4ゴール
FAカップでは4試合3ゴールを上げ
それぞれ10シーズンぶり
16シーズンぶりとなる優勝に貢献
ファンが選ぶFAカップベスト11に
選出される活躍を見せるのです
また冬の遺跡市場では
後にレッツサポーターを沸かす
即座にフィットするなど
チームとして好循環の流れが続くのでした
そんな分厚い選手層に手応えを掴んだのか
シーズン後半にはクロップも
自身の指揮官キャリアで
最も充実したスカッターと発言するのですが
この頃にはハイプレスと縦に早いカウンターが
肝となるゲイゲンプレスにとどまらず
自分たちでボールを保持して
相手のブロックを崩す
ポゼッションサッカーも可能となっていました
しかもシーズン後半の時点で
プレミアリーグと国内カップ戦
チャンピオンズリーグを制する可能性を残しており
4冠獲得が最後の最後まで期待されたのです
結局シーズンは
リーグ戦とチャンピオンズリーグが
準優勝に終わり2冠となりますが
ハイレベルなプレミアリーグと
欧州ナンバー1のチャンピオンズリーグという
舞台でも2位となった事実は
クロップ革命で蘇ったリバプールが
世界のサッカー界をリードする存在となった
事実を知らしみるのに充分だったと言えるでしょう
そんなリバプールの2223は
マネのバイエル遺跡でフロント3が終わりを迎え
オリジア南野の遺跡など放出が目立った事で
新たな方向転換が求められました
新勢力の対等で
リーグ戦の順位を落としたクロップとリバプールにとって
いわば2324シーズンに向けて出した覚悟の答えが
大幅な選手殺身でした
これによりヘンダーソンやファビーノ
プルミーノミルナーといった
かつての黄金級王になった選手を放出すると
カラー位となった中盤に
アレクシス・マカリスター
戦力を充実させると
シーズン前半はコーシュが噛み合い
16戦のクリスタルパレスタンに勝利すると
リーグリーの得点36
リーグ一位隊の15失点で主位に立ち
その後も一心一体の主位争いを行います
そういった勢いのあるシーズン途中の
2024年1月26日
クロップは衝撃の行動に出るのでした
根気限りでの退隣
前年11月にクラブに対談の意思を伝えていたクロップは
昨シーズンの不審で
その責任から離れることもできたものの
チームを蘇らせるまで
指揮官としての使命を全うしたとしながら
今回の決断に至った背景をリバプール公式サイトで
この瞬間多くの人にとって初めて耳にする話で
ショックなのは理解できる
でも当然説明することはできるし
少なくとも説明しようと努力はしている
このクラブのすべてを愛しているし
この街のすべてを愛しているし
サポーターのみんなを愛しているし
チームを愛しているし
スタッフを愛している
すべてを愛している
それでもこの決断を下すということは
僕がこの決断を下すべきだと
確信しているということなんだ
いつかは発表しなければならないことは
もっと前から分かっていたが
今は全く平気だ
何度も何度も
この仕事をすることは不可能だと知っている
と発表
シーズンが終わっても
すぐに次のシーズンの計画を立てるという
指揮官としての日常
獲得候補選手や次のサマーキャンプで
どこに行けるかなどを話していた中で
もう自分がここにいる自信がないという
考えが浮かび
自分で驚いたというクロップ
それよりもまずチームを再び
軌道に乗せることを考え
それが早い段階で実現したと実感できたことで
再び自分のことを考えて決めたことを
明らかにするのでした
そしてこの発表は
もちろん世界に衝撃を与えるのですが
ファンへのメッセージを求められたクロップは
残りのシーズンに集中し
別れは夏にとっておくよ
と述べ
残り半年のシーズンに集中し続けることを
誓うのでした
その後のチームは
怪我人が相次ぐ苦しいシーズンとなりますが
2月のEFLカップ決勝では
多数の主席選手をかき
ベンチメンバーは
同カップ戦最大優勝クラブとなる
通算10回目の優勝を果たす一方
リーグ戦は3位
ヨーロッパリーグもベスト8に終わったことで
これがクロップにとって
リバプールでの最後のタイトル獲得となるのでした
そしてリーグ最終戦を聖地アーフィールドに迎えると
終了数分前には
待ちきれないとばかりに真っ赤なサポーターたちが
クロップへのチャントを始め
これがアディショナルタイムの5分を含めて
試合終了のホイッスルが鳴るまで続きます
その光景は
長年プレミアリーグを取材する記者も
見たことがなかったそうですが
試合後のクロップは
完全に驚いている
正直言うともうボロボロになっているかと思ったけど
そうではなかった
とても嬉しいけど信じられないね
私たちには素晴らしいスタジアムと
素晴らしいトレーニングセンターがあり
世界のサッカー界でも大きな力を持つ
あなたたちもいる
心配なのか楽しみなのか決めるのは私たちだ
信じるか信じないかを決めるのも私たちだ
そして今日から私は皆さんの一人であり
皆さんを信じ続けていく
100%信じ続けるよ
私は今からあなたたちの一人で
心からあなたたちを愛している
私のジャンパーには愛情をありがとう
I will never walk alone again
と書かれている
本当にありがとう
あなたたちは世界で最高の人々だ
ありがとう
とサポーターに向けてスピーチ
これまでの感謝の思いを口にして
別れを告げるのでした
旧シーズンにわたって
ここをリバプルの改革に奮闘して
かつての誇りを取り戻し
戦士や関係者サポーター
そして時には敵将からも愛され
リスペクトされたユルゲンクロップ
嫌いの名称が走り続けた旅は
一旦終わりを迎えますが
きっとまたどこかのチームで
情熱あふれるタクトを振るい
私たちを感動させてくれるはずですよね
気の早い願いなのかもしれませんが
その時が来ることを信じて
今回の物語を終えたいと思います
それではまたお会いしましょう