【ゆっくり解説】シュメール文明は縄文人が築いた!? DNAや遺跡が示す驚愕の真実とは

世界の未解明ミステリー【ゆっくり解説】
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2 回視聴·2024/12/26
ゆっくり霊夢です。
ゆっくり魔理沙だぜ。
魔理沙、お肉食べたい。
なんでいきなりお肉なんだ?
初め人間ゴンを見てたらね、 マンモスの肉を豪快に焼いてるシーンがあったのよ。
あんな大きいお肉、食べてみたいじゃない。
マンモスの肉って、お前、 昔の人類みたいな発想してるな。
そうそう、昔の人類といえば最近新たな発見があったんだ。
実は、あの有名な古代文明種メールと、 縄文人に驚くべき繋がりがあるという説があるんだぜ。
そんな話、初めて聞いたわ。 どんな繋がりなのか教えてよ。
それじゃあ早速、
ゆっくりしていってね。
1.種メール文明とは
まずはさらっと、世界最古の文明の一つ、 種メール文明について解説していこう。
種メール文明ってよく聞くけど、 具体的にはどんな文明なのかしら。
種メール文明は紀元前4000年頃に現在のイラク南部、 メソポタミア地方で栄えた文明だな。
この地域は、ティグリス川とユーフラテス川が 流れる肥沃な土地だったんだ。
いわゆる文明のゆりかごってやつね。
ああ、よく知ってたなレイム。
この種メール文明、すごいのは、 現代社会の基盤となるようなものを 次々と発明したことだぜ。
発明?例えば何があるの?
例えば、最古の文字とされるくさび型文字、 それから最古の方典、ウルナンム方典だ。
さらに車輪の発明や考え技術の導入、小読みの作成、 建築技術の発展も彼らの功績だぜ。
車輪や文字って、私たちの生活に欠かせないものよね。
古代からそんなにすごい技術を持っていたなんて驚きだわ。
それだけじゃないぞ。
種メール人たちは都市国家を作り、 公や神を中心に社会を形成したんだ。
有名な都市には、ウルク、ウル、ラガシュなんかがあるな。
なんだか聞いただけで壮大な歴史を感じるわね。
種メール文明が私たちの文化の始まりに関わっているってこと?
そうだな。文明の始まりと言っても過言ではないだろう。
でも、この種メール人たちには奇妙な特徴があるんだ。
奇妙な特徴?何か変わったところでもあるの?
ああ、それが今日の話の確信にも繋がるんだが、 種メール人は、突然この地に現れたんだよ。
え?突然ってどういうこと?
文字や建築技術といった高度な文化を持ちながら、 彼らがどこから来たのかは全く分かっていないんだ。
周辺の民族とは全然違う文化や言語を持っているし、 まるでどこか別の世界からやってきたかのようだと言われているぞ。
そんなに謎だらけの人たちだったのね。
それなら、その起源についてもいろいろな説がありそうだわ。
そうなんだ。
そこで今日の本題、種メール文明は縄文人が築いた? という大胆な仮説を紐解いていこうと思うぜ。
種メール文明と日本の縄文時代に繋がりがあるなんて、 めちゃくちゃ興味深いわ。
まあ、落ち着け霊夢。 これから詳しく解説していくからな。
オッケー、心して聞くわ。
2. 日本人は種メール人説
第一の仮説は、日本語のルーツが種メール語説だ。
種メール語と日本語は言語構造がよく似ていて、 どちらも口着語に分類される。
口着語というのは、簡単に言えば、 名詞や動詞にジョゴビやジョシをつけて文となり、
その付け方によって文の意味が変わる言葉だな。
なんだか難しいわね。 例えばどういうのがあるの?
そうだな。 じゃあ霊夢、今何が食べたい?
え? そうねえ、スキヤでキング牛丼を食べたいわ。
どんだけお腹減ってんだ? まあいいけどな。
霊夢はキング牛丼を食べたい。
これは、霊夢、は、キング牛丼、を、 食べ、たいという部分に分けられる。
つまりは、おや、たいのように、 それ自体では実質的な意味を持たない言葉が。
霊夢、キング牛丼などの名詞や、 食べるなど意味を持つ言葉にくっついて文ができているぞ。
なるほど、要するに、メインの言葉に おまけ言葉をくっつけて文を作るのが口着語なのね。
ああ、そういうことだぜ。
また、漢字のように使われる文字と、
ひらがなのように使われる文字があるところも 日本語とよく似ている点だな。
音読みと訓読みのように一つの文字に いくつもの意味が重ねられ、
逆に貝と貝、縁と縁のような 同音異義文字もかなりたくさんあったようだ。
それに加えて、シュメール語と日本語には 共通の語彙があるとも言われている。
例えば、日本語で天皇を示す帝や、 秋摘み、スメラミコトなどは、
シュメール語に由来するとの説があるぞ。
またシュメール人は自らの国をキエンギ。
日本語にすると足の主の地と呼んでいたようでな。
これもまた、古代日本の微生とされる 豊足原の水穂の国に通じるものがあるぜ。
日本語とシュメール語は構造や使う文字、 それに単語にまで似ているところがあるのね。
でもだからといって、日本とシュメールが 直接つながっているとは言えないんじゃないかしら?
シュメール人がどこかの民族にシュメール語を教えて、 その民族からさらに別の民族に伝わって、
回り回って日本にまで行き着いたのかもしれないわ。
ほほう、鋭い指摘だな。
だが、その可能性は低いと思われるぜ。
これだけ日本語とシュメール語には 似ている部分があるわけだが、
不思議なことに、シュメール文明の周辺では、 校着語やそれに似た言葉が使われていた痕跡がないんだ。
さっきシュメール文明に似た文明が どこにもないって言っていたけど、 言語も同じ状態だってこと?
その通りだ。
これもまた、シュメール人にまつわる 大きな謎の一つとなっているぞ。
また、気になる謎が増えてしまった、シャキーン。
いやごえもんかよ。
周りの国より日本の方が似ているなら、
確かにシュメール人が日本にやってきて 言葉を伝えた可能性はありそうだわ。
第二の仮説は、神道のルーツはシュメール多神教説だ。
シュメール人が信じていたとされる宗教には 日本の神道に通じるところがあり、
よって神道はシュメール文明を 元にしたのではないかと言われているぜ。
はーい質問。
そもそも日本の神道ってどんなものなの?
まずはそこからはっきりさせて欲しいわ。
いやお前一応は神社の御子。
そこは触れないでおきましょう。
そうしよう。
神道というのは、一言で言えば やおよろずの神様を敬うものだ。
日本人は遥か昔から万物のあらゆるものに 精霊が宿ると信じ、
人間の力を超越したそれらの存在の すべてを神と信じてきた。
そして山ほどいる神様のトップに君臨するのが、 天照大神だぜ。
それなら知ってるわ。
大地を明るく照らす太陽の女神様なのよね。
神々が棲む高賀原を治めていた天照大神は、 ある時孫のにぎの御子とに孝命じるんだ。
地上の国、足原の中津国を治めてくるのです。
三種の神儀を授かったにぎの御子とは、 足原の中津国へと向かったぜ。
この三種の神儀については後で重要になるから、 しっかり覚えておいてくれ。
オッケーです。
お供の神様たちと共に地上に降臨したにぎの御子とは、 命令通りに足原の中津国を治め、
その後も地上に居座り続けた。
そして、にぎの御子との暇子にあたる、 彦穂穂で御の御子とが日本を統一し、
歴史上最初の天皇である神武天皇となったんだ。
つまり天皇家は天照大神の子孫であり、 神聖なる神の代理人として敬われてきたぜ。
ふむふむ、今までの話をまとめるとこうね。
日本の神道ではそこら中にたくさんの神様がいるとして、 自然大山井を祭りしてきた。
たくさんの神様のトップである天照大神の子孫が天皇で、 だから日本では天皇を神のように敬ってきた。
バッチリだぜ。
では、話をシュメール神に戻そう。
まず、シュメール文明の宗教は自然を神とする多神教だった。
また、王を神としていたとされているぜ。
なるほど、たくさんの神様がいて、 国のトップに立つ存在を神としている。
確かに、日本の神道と似ているかもしれないわね。
次に注目すべきは、先ほどの3種の神器。
草薙の剣、八田の鏡、八坂にの魔が玉だ。
これらの宝は今でも天皇家に受け継がれ、 伝説の神宝とされているぞ。
伊勢神宮の式年戦宮で 天皇陛下と皇后陛下が参拝されたときに、
3種の神器の中の剣と魔が玉を 傾向されたってニュースになっていたわよね。
その3種の神器が、シュメール神にどう関係しているの?
シュメール文明で信じられた神の代表格に、 軍神、日人、月神という3つの神様がいるんだ。
そしてこの3神を象徴する、武神の剣、 八田の鏡、月像の首飾りが、
シュメール文明の3種の神器とされているぞ。
剣、鏡、そして首飾り。
日本の3種の神器とぴったり一致するわね。
おまけに、シンボルまで一致しているんだぜ。
霊夢は、菊花紋って知ってるか?
もちろんよ。
菊の花をモチーフにした紋章でしょ?
天皇陛下や皇室を表す紋章なのよね。
その通りだ。
菊花紋にもいろいろな種類があるんだが、 日本の天皇や皇室の象徴となっている、
菊の五紋は十六葉やえぎくだ。
実は、シュメールから出土した粘土版にも、 菊花紋が描かれていたんだぜ。
じゃあ、シュメール人たちも何かの意味を持って 菊花紋を使っていたの?
おそらくシュメール王朝の紋章として 使われていたと考えられるぜ。
しかもただ菊花紋であるだけでなく、 花びらが十六弁あるというところまで同じなんだ。
かつてのイラク大統領、サダムフセインが、 バグダッドの官邸で記者会見を開いたとき、
十六菊花紋がデザインされた腕輪をしていたことがあった。
それを見たヨーロッパのある記者が、 日本の皇室のものとよく似ていると指摘したんだ。
すると、大統領はこう答えたという。
もっと古代メソポタミアのことを勉強してほしいですね。
この紋章は、世界最古の文明を築いた私たちの祖先、 シュメール王朝時代の王族の紋章ですよ。
うっかり間違えてしまうくらい、 シュメール王朝と日本の皇室の菊花紋はよく似ていたのね。
神様から授かった宝物が似ていて、
神だとされる王族と、神の代理人を務める天皇の象徴がそっくり。
確かに、シュメールの宗教と日本古来の神道が 深く関係している可能性はありそうだわ。
どっちの仮説もかなりありえそうに思えるわね。
実は日本とシュメールに深い繋がりがあるのではということは、 かなり古くから言われていたんだぜ。
この説を初めて唱えた人は、 17世紀日本にやってきたオランダ人のイシケンペルだ。
ケンペルは彼の将軍徳川綱吉に配謁を許されるほど、 日本で幸遇されていてな。
戦意として来日して2年間日本に滞在している間に、 日本についての調査研究をまとめたんだ。
後に彼の遺行は日本史として再編集されるんだが、
その内容は日本の地理から動植物、天皇と将軍の歴史、 宗教、祭祀、貿易、旅行旗そのほか諸々。
日本に関するありとあらゆる側面を網羅するものだったぞ。
ものすごい超大作だわ。
ケンペルさんってばよっぽど日本に興味津々だったのね。
このように素晴らしい日本研究家のケンペルは、 日本人の起源についても考察している。
その中で出てきたのが、日本人シュメール起源説だ。
彼はシュメールと日本の多くの類似性に触れ、 祖国の滅びたシュメール人たちが日本列島にやってきて、 日本人の祖先となったという説を提唱した。
日本人は日本列島より遥か西のその場所から やってきたと唱えたぜ。
実に興味深い仮説だわ。
でもあまりに話が大きすぎて、 なかなか受け入れられないかもしれないわね。
実際、当時の日本でこの仮説は ほとんど注目されなかったようだな。
だがそれから時を経て大正時代、 バビロニア号を学んだ研究者の原田圭吾氏が、
ケンペルの説を参考に、 新たな日本人シュメール起源説を発表したんだ。
彼はチグリスユーフラテス川の流域を 人類最初の楽園、エデンの園と呼び、
日本民族の祖先もここからやってきたのだとした。
そしてその根拠として、 シュメールの神々が日本でも崇拝されていた形跡があること、
創世神話や石たる女神の冥界下りなど、 シュメール神話の中に日本神話と似ているものがたくさんあること、
古事記に書かれたイザナギの巫女との服装が、 シュメールの王たちの服装に一致すること、
日本語の地名にシュメール語由来と思われるものが 多いことなどを挙げているぜ。
ケンペルさんの説の時よりも、 かなり詳しい根拠が出されているのね。
信憑性もかなり高まってきたわ。
その後も、国内外の何人もの学者によって、 日本人の祖先はシュメール人だったとの学説が出されている。
さらには、シュメール語らしきペトログラフも 日本で見つかっているぜ。
ペトログラフ?
それってどんなものなのかしら?
ペトログラフは古代人が岩石に刻んだ文字や文様のことで、 原初文字とも呼ばれている。
日本でもたくさん発見されていて、 それらを分析した結果から、
6500年前には文字を使う人々が この列島にいたことが判明しているぞ。
もしシュメール語が書かれた意思があるなら、
シュメール人が日本に来ていた可能性がぐんと高まるわね。
一体どこにあるの?
山口県下関市にある、彦島杉大石だ。
ペトログラフは大正13年に見つかったもので、 遺跡の岩に文字が彫られていた。
分析結果によると、 4000年から1700年ほど前のもののようだぜ。
それなら、シュメール人が日本にやってきて 書き残したと考えて時期的にも問題ないわね。
仏性まであるならもう確実では?
とまあ、ここまで日本にやってきたシュメール人が 日本人のルーツになった、
という仮説を見てきたんだがな。
実は最近、新たな仮説が持ち上がってきたんだ。
名付けて、シュメール人の祖先って縄文人なんじゃね?
説だぜ。
ちょっと待った、シュメール人が縄文人じゃなくて、 縄文人がシュメール人?
さっきまでと方向が逆なんですが?
そうなんだよ。
日本人の祖先である縄文人の一部が メソポタミアへと渡り、そしてシュメール人になった。
これが、第三の仮説だぜ。
いやいや流石にぶっ飛びすぎでしょ。
もし本当にそうだと言うなら、 きっちり根拠を説明してもらいたいわね。
もちろんそのつもりだぜ。
まず一つは、文明が始まった時期だ。
何を言ってるのよ。
シュメール文明は四大文明の中でも 一番先にできたんでしょ?
だったら縄文人よりもシュメール人の方が 先に決まってるじゃないの。
いや、そうでもないぞ。
そもそも四大文明というのは、 日本や中国でしか使われていない概念だしな。
え?世界共通じゃないの?
あんなに代々的に社会の教科書に載ってるのに?
いわゆる四大文明は、東大名誉教授の考古学者、 江上並押が提唱したとされているものでな。
古代文明は本当はもっとたくさんあるけど、 単にゴロがいいから四大と言っただけだと。
江上氏自身が発言したという説もあるぞ。
それじゃあ、実は四大文明は あくまで個人の見解ですってこと?
まあそういうことだな。
もちろんこの四つの文明も優れていたが、 他にも優れた文明や古い文明はたくさんあっただろうぜ。
完全に騙されちゃったわよ。
教科書に正し日本の感覚とすると 書き添えていただきたいわね。
というわけで、四大文明のトップバッターだから シュメール文明が先とは限らないんだ。
では霊夢、縄文時代はいつから始まったか知っているか?
そうねー、シュメール人と同じで、 7500年前くらい?
ぶっぷー、答えは、16000年前だぜ。
そ、そんなに古いの?
シュメール人よりも代々以下略、先輩じゃないですか。
そうなんだよ。
このような観点から縄文時代の日本列島の文明を 縄文文明と呼び、
これまで考えられていたよりも高度な文明を 持っていたであろうとする見解が注目され始めた。
そして最新の考古学研究によって、
縄文人たちが四大文明にも負けず劣らずの すごい文明を持っていたことが明らかになってきたぞ。
もしかしてそれこそがシュメール人の文明の大元?
どんな技術があったのかしら?
4、実は高度だった縄文文明。
縄文文明が先進的な技術を持っていたことを 示す証拠ともいえるものはいくつも見つかっているぜ。
例えば、縄文人は世界で初めて土器を作ったことで 有名だよな。
この縄文土器は最古の土器でありながら、 その見た目は実に素晴らしいものなんだ。
火炎型土器に代表されるように優れた造形美を 追求したものもたくさん見つかっているぜ。
この美しい形を作るには、 相当なレベルの技術が必要だったでしょうね。
でも、文字はどうなの?
縄文時代に文字はなかったでしょ?
そうだな。今のところ日本の文字の始まりは、 4世紀から5世紀頃に中国から始まった感じだとされているぜ。
だったらやっぱり、縄文人がシュメール人に 勝てるわけがないわよ。
優れた文明を発達させるには、 記録を残すための文字が必要だもの。
ところがどっこい、ここに来て縄文人が文字。
もしくはそれに近いものを使っていた 可能性が出てきているんだ。
縄文時代の遺跡の中から、 スズリらしきものが見つかっていてな。
彼らは筆を使って文字を書いていたのではないか との説が出てきているんだぜ。
そ、そうなの?
もしこれが本当なら、 最古の文字の記録が覆ることになるわ。
これは大事件だわ。
まだまだあるぞ。
青森県と秋田県の県境に 黒マンタと呼ばれる山があるんだがな。
この山、実は山ではないらしい。
山が山じゃない?
だったらなんなの?
正確に言えば、自然にできた山じゃないんだぜ。
黒マンタは、縄文人が作った ピラミッドだという説があるんだ。
これはまたとんでもない話ね。
どうしてそんな説が出てきたの?
黒マンタを見てみると、 ただの山にしてはあまりに綺麗な三角形をしている。
これは、縄文人が独自の高度な測量技術を使って 人工的に作ったからではないかというんだ。
作られた年代は特定されていないが、 様々な状況から約6000年前には既に存在したとされる。
また、この山を調査したところ、 斜面が東西南北をほぼ正確に示していて、
それぞれが7段から10段になるよう 人工的に成形された可能性が高いこと、
頂上にはストーンサークルがあった可能性が高く、
その直下10メートルほど下の地中に 大きな空間があるということが判明した。
また、山に登ってみると 異常なほどに平らになっているのがわかる。
ところどころに登りやすいスロープまで つけられているそうだぜ。
頂上まで登って、何かしらの儀式をするために 登りやすい工夫をしたのかもしれないわね。
ちなみにこれが本当にピラミッドなら、 やっぱり世界最古になるのかしら。
いや、世界最古とされるインドネシアの グヌンパダン遺跡のピラミッドは、
少なくとも16000年前、 最大だと27000年前と推定されている。
世界最古の座はそっちに譲ることになるぜ。
それは残念。
でも、ピラミッドを作れるとなると 相当な知識と技術があったのは確かだわ。
さらにこの近くにある遺跡では、 縄文人が1から6までの星数を知っていたのを裏付ける、
証拠となる遺物も見つかっているぞ。
6実信法まではいかないにしても、 しっかり数を使いこなしていたと考えられるんだ。
しかも縄文人はシュメール人たちよりも ずっと前に存在したわけだからな。
縄文人の文明の方がシュメール文明に伝わった。
つまり縄文人がシュメール人の祖先だというのは 十分にありうる話だぜ。
でもそうなると、縄文人たちがわざわざ 遥か遠くのメソポタミアにまで移動したということになるわ。
ユーラシア大陸を横断してまで、 はるばる引っ越すような理由があったのかしら?
実は、きっかけと考えられる大変な出来事が 起こっていたんだぜ。
それこそが、赤穂屋の大噴火だ。
火山がドッカーンと噴火しちゃったの?
それは一大事だわ。
赤穂屋噴火は、九州南方沖、 鹿児島市の南約100キロの地点にある海底火山、
キカイカルデラが起こした7300年前の噴火だ。
この調査結果を発表した神戸大学の研究グループによると、
少なくとも11700年前から現在に至るまでの感心性においては、 世界最大の噴火だという。
その規模は吹き出した火山灰が東北地方の一部から 朝鮮半島の南部にまで飛んで積もるほどで、
南九州の縄文人に壊滅的な被害を与えたと考えられるぞ。
高度な文明を築いていた縄文人たちも、 偉大な自然の力の前にはどうしようもなかったのね。
この噴火によって南九州に住んでいた縄文人の社会は壊滅し、 生き残ったものは住む場所を失ったんだ。
おそらく、新天地を求めて大陸に渡った縄文人もいたことだろうぜ。
そうなると、よりいい住処を求めてどこまでも進んでいった結果、
遥か遠くのメソポタミアに行き着いた人もいたかもしれないわ。
もしかしてその人たちがシュメール人?
可能性はあるよな。
それにこの流れを考えてみると、時期的にも一致するんだぜ。
シュメール人が突然現れたとされているのは 約7500年前だったわね。
ああ、そして赤穂や噴火が起こったのは7300年前だぞ。
ほ、本当だわ。
タイミングがかなり近いわね。
でも日本は島国だから、大陸との間に広くて大きい海があるわ。
縄文人たちはどうやって海を渡ったの?
まさか泳いで行ったんじゃないわよね?
おそらくは船だろうな。
縄文時代の日本には、 すでに海を航海する技術が存在したとされているんだ。
青森県にある遺跡では、 タイヤマグロ、ニシンなどの骨が見つかっている。
つまり、マグロが取れるような沖合で 漁画できる術を持っていたということになるぜ。
船が使えたなら、海流に乗って ずっと遠くまで移動することもできたでしょうね。
さすがに歩いて行くのは ちょっと無理じゃないかと思っていたんだけど、
それならメソポタミアにだって辿り着けそうだわ。
また、これはシュメール人が 日本に来たとしたらの話になるんだがな。
実際にその想定で、航海の実演を試みた人物がいるんだ。
一頭航海士として世界を巡った岩田明は、
メソポタミアのシュメールの粘土版の船の設計図を元に、 古代シュメールの足船を復元した。
さらには自らキャプテンとして乗り込み、 インドから日本まで命がけの実験航海に挑戦したぜ。
恐るべきチャレンジ精神ね。でも、なんでインドなの?
古代シュメール人が南インド、東南アジアの海域を経由して、 日本にトライしていたのではないかと考えたんだ。
結果的にこの航海は、目的地である東京到着目前の 沖縄の久米島でナンパして終わったものの、
古代シュメール船で日本まで航海するのが 十分可能であることを証明したぜ。
シュメール人の船で日本に行けるなら、客もまた叱りよ。
もしかしたら船で日本から メソポタミアにやってきた縄文人が、
そのノウハウを粘土版に書き留めたのかもしれないわね。
というわけで、縄文人はシュメール人と 遜色ない高度な文明があったし、
しかも縄文人がメソポタミアを目指すきっかけもあった。
シュメールが日本の祖先なのではなく、
逆に日本の方がシュメールの祖先なのではないかと 考えても不自然ではないだろう。
さらにシュメールから出土した粘土版には、 こんな言い伝えが刻まれているんだ。
シュメールに多大な影響を与えたウバイド人。
彼らの故郷は遥か遠くの海の上に浮かぶ、 日の昇る国ディルムンである。
ウバイド人?誰なのそれ?
ウバイド人は、約7500年前に メソポタミアに登場した旧人類とされる人々だ。
彼らもまた、シュメール人と同じく 出自不明の謎の民族となっていてな。
その故郷であるディルムンがどこかということに 関しては様々な説が唱えられているが、
未だに確実と言える場所は分かっていないんだぜ。
太陽が昇る方向は東よね。
だとすると、日の昇る国は東にある国ってこと?
ああ、可能性は高いと思うぜ。
そして日本はメソポタミアの東にある。
また、この言葉は聖徳太子が隋の皇帝への手紙に記した、
ひいずるところの天使という言葉を連想させるぞ。
そして極めつけは、縄文のビーナスだ。
縄文人たちのまどんな敵存在かしら?
きっとこの霊夢ちゃんみたいに 麗しき女性だったんでしょうね。
そうだな、確かにちょっと似てるかもな。
縄文のビーナスは、長野県知之市の 棚畠渓石から発掘された国宝の土偶だぜ。
土偶かーい、絶対に似てないじゃないの。
いやいや、この丸っこいところとか スベスベなところとかが。
似てないってば。
それで、その縄文のビーナスさんがどうしたの?
この土偶は、約5000年前頃に 作られたものだと考えられているんだがな。
実は、約4000年前頃のものだとされる シュメール文明のイナンナという像も、
これによく似た形をしているんだ。
特に横に丸く張り出した肘や太もも、 そして扇形を思わせる上半身などはそっくりだぜ。
縄文のビーナスの方が先にできたということは、 シュメール人の方が縄文人の真似をしたことになるわ。
少なくとも、シュメール文明と縄文文明に 何らかの文化的な関連があり、
なおかつ日本の方が古いということは言えそうだな。
果たして、縄文人とシュメール人には繋がりがあるのか。
真実解明の鍵になるのは、やはりDNAだろう。
実はハーバード大学のある教授が、 遺跡から得られたシュメール人の DNA鑑定を行ったそうなんだぜ。
本当?
ど、どんな結果が出たの?
何かの関連があったのかしら?
それとも全くの無関係?
それが、分からないんだよなぁ。
は?
え?
どういうこと?
鑑定したけど失敗しちゃったとかそういうオチ?
正直、それすらも分からないんだよ。
なぜなら、分析結果は非公開とされたからだ。
ひょっとすると、人類の歴史を覆すほどの 衝撃的な結果だったせいで公開できなかったのかもしれないぞ。
その衝撃の事実こそが、シュメール人が 縄文人の末裔だったという大発見だったのかも?
ああもう、もったいつけずに教えてくれたらいいのに。
関連があるにしろないにしろ、 はっきりした結果が早く知りたいものだよな。
さて今回は、古代文明シュメールと 縄文人の驚くべき繋がりについて解説したけど、
どうだった?
謎めいたシュメール人がこんなにも すごい文明を持っていたのもびっくりだし、
私たちの祖先の縄文人が こんなに素晴らしい技術を持っていたのにもびっくりよ。
やっぱり古代のミステリーには興味がつきないわね。
世界最古の記録は着々と更新されていっているからな。
今後も最新のテクノロジーが生み出されて、 謎が解けていくのを楽しみにしたいと思うぜ。
というわけで、今回の動画はここまでだ。
動画が面白かったら、高評価と チャンネル登録よろしくお願いします。
最後までご視聴いただきありがとうございました。
