生産性を極めた社長の人生が変わった瞬間 TOP5

[音楽]
人生にサプライズをまこなです今回はです
ね久しぶりにまっすぐなテーマで話そうか
なと思ってます今回のテーマは成社長が
人生変わった瞬間トップ5と言ってもね
初めて私のことを見たという方も
いらっしゃると思いますのでこうめっちゃ
ねさらっと改めてですけど私何者なの
かっていうのを話しておきます生まれはね
福岡県福岡市でえ18歳で東京に来まして
22歳大学在学中に起業しましたとで
マークザッカーバーグに憧れたんですよで
元々はプログラミングをもうガリガリやる
エンジニアででそっから会社系ずっと続け
て未熟ゆえにもずっともう山有谷でした
けどもIT教育事業を中心にま数百年規模
の会社を作って今は創業した会社の社長を
退任してまた次の挑戦に向けてま自分の
会社の経営とこのYouTubeやって
ます今話した以外で言うと毎日の月額
マガジンインサイドストーリーズ配信し
続けているしもう数年やっってますね今年
はですね大官山に完全会員性のバーと
サウナのバーサウナ大韓山というお店を
オリエンタルラジオの藤森さんと一緒に
オープンしました私の元部下で友人の経営
者含めて本当いろんな方に支えられた
おかげですけどもオープン前のクラウド
ファンディングで約1億円着金することが
できましておそらく1店舗のクラウド
ファンディングだと日本歴代最大規模なん
じゃないかなと思ってますま直近は趣味で
ワインエキスパートの資格を取ったりもし
ましたまライフスタイルのこだわりとして
は生産性無駄なく効率よくスマートにその
で時間も仕事にがっつり投下するそんな
行き方をしておりますもうここまで人生
本当に山あり谷ありありすぎましたけども
そんな私が人生変わった瞬間トップ5今回
決めてきましたこの人生が変わった瞬間に
学んだことというのは私だけじゃなくて
きっとあなたにも役立つ汎用的なものだと
思うんです人生が変わる瞬間に私が何を
学んできたのかもまとめてきましたので
是非あなたの人生に役立てて欲しいですで
はトップ5行き
ましょう真成社長が人生変わった瞬間第5
位最初の社員旅行ここで私が学んだのは
打席から降りなければいつか当たるんだと
いうことそして仲間がいるから働くのが
楽しいんだということまず打席から降り
なければいつか当たるんだってことについ
て話そうと思うんですけど社員旅行行く
だけでなんでそんな人生変わるのって感じ
なんですけどめちゃくちゃ
笑かど行ったのが2015年なんですね
2015年の年明けたばかりの冬社員旅行
と言っても当時社員は数人しかいなくて
あとはもうみんなインタ性でま規模的にも
10人ぐらいなんでそれがエモかったのか
と言うと私2014年に創業メンバーが
全員やめてもう2年半ぐらいずっとねもう
人生の全ての時間をかけて作ってきた
サービスを全部やめるっていう経験をした
んですよ今こうやってさらって話せます
けど勢いよく学生企業していろんな大人に
プレゼンして仲間を集めてもう人生の全て
の時間をプロダクト作り当時だったらウブ
サービス作りアプリ作りに使ってきました
自分なりにはこれ以上ないぐらい死ぬ気で
やったつもりだったんだけどもう完全に私
の力不足で結果を出すことができず結果が
出ないとね仲間はついていけないんですよ
ま最初の1年目とか結果が出なくても
まだまだこれからだよねってみんな
頑張れるんですけどやっぱ先が見えない中
で走り続けるっていうのは苦しいことです
もう仲間もいなくなってサービスも終了
これから何をやっていいかも分からない
そんな時にたまたま始めた1ヶ月集中の
プログラミング教育事業がヒットしまして
当時マンションのでやってた教室が
パンパンになるぐらいたくさんの方が来て
くれてしかも来てくれるのは超工学歴のも
大学生とかもう年収数千万みたいな外資系
のエリートの方々とかそういった方が教室
に入らないぐらい来てその学生や社会人の
中でもうここで働きたいですと言ってくれ
た方がいたんですねみんな若くて恐ろしく
優勝な人ばっかりでした当時私も25歳と
かで周りもみんな若くて家に帰らず
フローリングに寝てプログラミングをして
すごい熱量だったんですよ全員ではない
ですけどももう1ヶ月休済まずに働いてま
1週間弱休むっていうこの謎の会社のこの
働き方だったんですよその1週間の間に
社員旅行でも行こうかって話になって当時
いた10人ぐらいのメンバーで箱根に行っ
たんですそもそも社員旅行がなんでそんな
人生変わる瞬間なのって感じですよねで私
起業してからずっとお金がなかったんです
よ後でも話しますけど自分が
プログラミングで住宅開発してなんとか
こう食いつぐっていう状況でこう社員旅行
行くなんてもとんでもないとそん時行った
のもそんな豪華な旅行じゃないんですけど
ね創業した仲間とも仲は良かったんです
けどお金なかったんでねどっか出かけると
言ってもこうものすごい安いロッチみたい
なところしか行けなくて普通の旅館なん
ですけどそういうとこに行けたのが本当に
嬉しかったんですよもう駅に集合した時点
からもうみんなワイワイしててもうすごい
楽しそうでちょっと前まで私1人ぼっち
だったんですよオフィスに毎日毎日1人
ぼっちなんですよ土日になると残って
手伝ってくれたインターン生とか来てくれ
たりしてもうそれがすんごい嬉しかったん
です私仕事しかしてなかったんで友達もい
ないですし遊んでる暇もなく仕事するしか
なかったたんですけどもとにかく毎日
寂しいそれまで何もしてなかったわけじゃ
なくていろんな挑戦はしてきたんですよだ
けど全部空振りして全部滑って何していい
かわかんなくなってこんな自分が起業する
のは間違ってたんじゃないかと1番考え
ちゃいけないことを考えるようになるん
ですだけどそん時は首の川1枚でしたけど
なんとかもう1回バットを振るんだと打席
から降りないぞという気持ちで1ヶ月集中
のプログラミングスクールを始めたら
たまたまうまくいったんですなぜあの
タイミングであの授業ができたのか分かり
ません自分の限定権を元に自分が欲しい
サービスを作りましたけどそれも全部偶然
ですただ1つ言えることは座席から降り
なかったことです企業からずっと泣かず
飛ばずだったけども打席から降りなければ
いつか当たる温泉ではれてる仲間を見
ながらそんなことを思いましたそして次に
仲間がいるから働くのが楽しいということ
なんで会社を起こしたのかなんで自分で
サービスを作ろうと思ったのか大事な原点
を思い出すことができました自分の好きな
仲間と一緒にああだこうだ言いながら
馴れ合いじゃなく真剣に何かを作り上げて
いくってことが本当に楽しいと思うから
そのために会社を起こしたんです会社なん
でねお友達ではありません時には厳しい
ことを言います当時はまだしっかりとした
組織構造を作ってなかったっていうのは
もちろんありますけどみんなでああだこう
だ言いながらもっと会社を良くしようと
知恵を絞って眠たい目をこすってコーヒー
と絵取りガブのびしながらみんなで新しい
価値を作っていくってのは本当に楽しい
ことですその旅行に行ったメンバーは
インタ性が中心にだったんでまインタ性と
言ってもアルバイトですよでもその中には
その後会社の幹部になる人もいますし
ものすごい優秀な人が多くてもちろんその
後に出会った仲間も素敵な方がたくさんな
んですけどもう自分には何も成し遂げられ
ないんじゃないかと思った時からの事業が
ヒットして仲間が増えて塚沼の休息で社員
旅行に行けた2015年というのは私に
とっては大事なことに改めて気づくことは
できた人生が変わった瞬間でし
た人生が変わった瞬間第4位合唱
コンクールでリーダーをやって最優秀賞を
取れた時この瞬間学んだことは結果を出せ
ば全てで変わること成功体験が人生を
変える挑戦者を支える人勉強よりも学校
業師もう今回人生変わった瞬間で持ってき
た中でま10代も色々あったんですけどね
1つ上げるんだったら中学1年生の時にま
合唱コンクールのリーダーをやったこと
ですね最優秀所を取った時に自分がどこに
座ってたかも覚えてますからね近くの市民
ホールみたいなところだったんですけど
あんなに嬉しいことはなかったですよ私
公立の中学校なんですけどま小学校の最後
に引っ越しをしていて自分が入学した中
学校に友達誰もいないんですで中学1年生
になってこ私以外の同級生はみんな小学校
からの友達がいるんです私小学校の時は体
も大きくてまガキ大場みたいな
キャラクターで悪い意味で偉そうにしてた
んですけど私がいった中学校は結構ね
オラオラしてる人も多くてま友達がいない
んでシュンって感じだったんですよでその
状況をなんとか変えたいと思ってま小学校
の時も本当にちっちゃなイベントですけど
ま学校行事の委員長をやっていたり私バス
教小学校の頃やっていてそこでも服キャ
キャプテンだったんでなんか自分がやれる
ことやろうと思って中学校1年生の時の
学校行事の学年対抗の合唱コンクールの
クラスのリーダーに手をあげたんです担任
が当時20代の女性の先生で誰か合唱コン
クルドリーダーやってくれる人って言った
時にも私がもうぶわーてあげて
めちゃくちゃ怖かった記憶ありますけどで
リーダー何をやるかって言うと練習を仕
きんなきゃいけないんです本番に向けて私
が自信を持って言えることはろなリーダ
じゃなかったってことです小学校の時は
プチガキ大将みたいな感じだったんで結構
自由に振る舞えたんですよけど誰とも信頼
関係がない中でかつリーダーが何なのかも
全く分かってない仕切り方も分かってな
いって中でこう言うこと聞かないヤンキー
たちに練習しろと言うとどうなるか
めっちゃ切られますもう私シシャリって
あだ名つけられてしゃりでんなって意味で
やっぱリーダーをやったからには最優秀賞
を取りたくて一生懸命やってたんですよで
も空回りしちゃってこう一方的に相手を
否定するような言い方とかもうバンバンし
ちゃってめっちゃ嫌われますでそんな中で
学んだこと1つ目結果を出せば全てが
変わるで私のクラス運よく優勝できたん
ですま冷静に考えると全然私のおかげじゃ
ないです今考えると女子が頑張ってくれた
ような気がしますけど市民ホールで自分の
クラスが最優秀勝ってね言われた瞬間もう
横見てたんですけどももうクラスの人たち
みんなすごい嬉しそうだったんですよもう
女子はかん高い声でキャーって言ってて
全然練習サボり散らかしてたも男たちも
うわあとか言ってていやお前歌ってないや
んとか思いますけどま勝ったからいいか
って感じですごい私のことを嫌み嫌がらせ
してたやつもちょっと優しくなったという
かこう認められてそんな人気者では全く
なかったけどそれ以前よりはクラスに
打ち解けられたんです私の中では最終所を
取った瞬間にもうびっくりするぐらい
変わってオセロで残り一コマ以外はもう
全部こう裏返ったみたいな衝撃的な体験
でしたこれスポーツとかでもよくあるじゃ
ないですか例えば私バスケ好きなんです
けどもシズの途中とかで負けが続いてると
大体犯人探しが始まるんですよもうファン
がこいつのせいで勝てないんだってことを
言い始めてでもから調子を取り戻して優勝
するともうその叩いてたのはもう嘘かの
ようにもう全員ヒーローもうリーダーと
いうのは結果を出せば賞賛されて結果が出
なければもうああだこうだもう俺は昔から
そう思ってたとかもういろんな人がもう
いろんなネガティブなこと言い始めてもう
叩かれるこれがもう人間の歴史でずっと
続いてきてるんですもうリーダーをやる
からには覚悟を決めるしかないでも絶対に
結果を出せる人なんていませんこれからね
何か新しいことに挑戦するという方は忘れ
ないで欲しいですうまくいかないことあり
ます叩かれますけどいつか結果を出すこと
ができれば全て変わりますそして次に成功
体験で人生が変わるでそこで私最優秀相を
とっても調子乗ってもうずっと学校行事の
リーダーやり続けたんですよでめっちゃ
結果出せたかと言うとま悪くはなかった
けどその後勝ちまくるとか全然そんなこと
なかった自分は仕切るのがうまいっていう
傲慢さすら生まれていてすごい人に対して
王兵になっていたところもありますだから
10代は今以上にろなリーダーじゃなかっ
たんですけどそれでもですね人とは違う
経験を積もうというこう意欲が生まれてる
んですよ完全に勘違いなんですけど自分は
人を率いて結果を出せるはずだっていう
勘違いは成功体験から生まれてるんです
もう断言していますけど人生を強烈に
変えるのは失敗経験じゃなくて成功体験
ですそれがたまたま偶然であったとしても
成功体験のみが人生を変えますある失敗が
人生に影響を及ぼすことももちろんあり
ますだけど人生を大きく変えるには勘違い
が絶対に必要なんです自分はできるという
思い込み傲慢さ自分がその実力に達してい
なかったとしても自分はやれると思って
飛び込むことで実力つくんですよ私文章
書くのすごい好きでまそのおかげで
YouTubeできてると思ってますけど
もそれもね小学生の時に作分うまいねって
先生に褒められたんです親にも褒められた
んですだから小3か小4ぐらいの時に本来
出さなきゃいけない夏休みの宿題の日記を
普通の人の10倍ぐらい書いて出したん
ですよ自分はこれができるんだってって
いう勘違いという意味での成功体験を人生
を大きく変えます次に挑戦者を支える人
これは合唱コンコルの話に戻るんですけど
も当時は友達はいないしもクラスでは居
場所ないしなんとか練習頑張ろうとすると
ししリって言われるし本当に学校行くの嫌
だったんですけどしかも私バスケブに入っ
てて練習もねめっちゃ厳しくて毎日
ヘトヘトなんですよてかもう部活だけ自分
のエネルギー使い果たしてる中で学校行事
のリーダーなんかやっちゃったとで部活も
厳しくてなんでお前学校行事なんかやっ
てんのっていうノりなんですでいろんな
要因が重なって拒食症になってご飯食べれ
なくなったりとかもう割とボロボロな状態
の時にそのね当時の中学校1年生の担任の
先生がすごい助けてくれたんです自分が
頑張ってることを肯定してくれたこう
みんなが歌の練習できるようにこれを印刷
したいって言ったら付き合ってくれてこう
一生懸命しろとしてくれることを褒めて
くれましたで私が言っても言うこと聞いて
くれない人を私に変わって注意してくれた
んですあの時担任の先生が支えてくれ
なかったら絶対に心をれてましたでもそこ
から人生がどんどん変わっていったと思う
とあの時あの時期に支えてくれたことが私
の人生も全部変えたんですあなたの周りで
新しいことに挑戦してる人がいたら
なかなか希望が見えず闇の中にいる人がい
たらどうかね話を聞いてあげてください
応援してあげてくださいちょっとした一言
がその人の人生全てを変えるんです次に
勉強よりも学校行事私10代の方から大学
行くのと就職するのどっちがいいですかと
よく質問されるんですよ成社長プログング
やった方がいって言ってますけど私大学
行っても学びたいことないんでもう
プログラミングやった方がいいんじゃない
ですか私は迷ったら良い大学行けって言っ
ても言ってますこの社会においては少しで
も良い大学に行った方が行けるんであれば
やはり有利ですそれが全てではないけど
有利にはなりますもう勉強を頑張るのは
大事という前提で言いますけど勉強の大事
さは十々承知した上で私は学校行事の方が
大事だと自信を持って言えます性格には
学校行事ではなくて自分から主体的に何か
に取り組んだ経験ま言い換えれば
クリエイティブな経験ですよこう自分の
アイデアとか自分の総意工夫をして何かに
取り組んだ経験ってめちゃくちゃ人生変え
ます勉強ってクリエイティブゼロなんです
よだってテストって答え1つに決まります
よねま小論文とかだったらねちょっと
クリエイティブ入りますけどいわゆる
テストでいい点取るためのお勉強って答え
が1つだけあってそれをいくつ正解できる
かっていうゲームじゃないですか自分が
どうしたいかなんてどうでもよくて何が
正解なのか他人の足した答えこそがもう
絶対的な正義ですけど今の時代どう見ても
誰かの言ってることを素直に聞いておけば
全部うまくいく経済がどんどん成長して
いって会社の成長していって安泰っていう
時代ではないですよ誰かの出した正解を
追いかけるだけの教育というのはもう
オワコンなんです例えば文化祭の出し物で
お化屋敷をやることになったとどんなお
化けを登場させるのかどういう風に作って
いくのか誰にどんな役割を振るのかこう
いったことを考える経験ってもその後の
人生にめちゃくちゃ大きな影響を与えます
私は10代や20代前半で1番高めるべき
能力というのは想像力クリエイティビティ
ですでも大人になって何歳になっても遅い
ことはありません仕事で自由に総意工夫し
ていいよっていう作料を与えられることは
なかなかないですじゃあどうしたらいいか
プライベートで企画をすることです友達を
遊びや旅行に誘ってください自分でプラン
を考えて提案してください誰も乗ってくれ
ないこともあるでしょうそれも勉強です
なんでみんな脅威持ってくれなかったのか
当日微妙な雰囲気になることもあるでしょ
何がダメだったのかそれを考えてる時点で
想像力クリエイティビティが磨かれてるん
です人生が変わった瞬間第3位
プログラミングでお金を稼げた瞬間この
瞬間私が学んだことは手に食つつけるは
間違ってなかったこと成長分野にいるだけ
でいいやったことないことも大抵はなんと
かなるスキルよりも営業力これは人生で
一番気持ちよくて焦点した瞬間ですもう
その日のこと今でも覚えてますもん23歳
の時だったかな夕方ですよこ外の景色が
見えるエレベーターを降りながら私も夕日
に向かっても俺を見ろともうこの開放的な
姿を見ろと取り乱しました私マーク
ザッカーバーグに憧れてウブサービスで
世界を変えたいみたいなこと思ってで
プログラミング始めたんですお金稼ごうと
か全く思ってないんですま結果的にそう
なるかもしれないけどクールなプロダクト
を作りたかったもうただそれだけ大人たち
はお金が好きそうだとすぐマネタイズしろ
広告をつけろとか言ってくると大人はでも
違うんだとユーザーが熱狂するプロダクト
を作り上げるば世界は変えられるんだとま
そんな頭に当時なってたんですよけど起業
してウブサービスをリリースして最初はね
たくさんの方に使ってもらったけどもう
その後全然伸びなくなって元々敷いていた
授業計画ではもうこの時点で3000万人
ぐらい軽く使ってくれてるはずだったん
ですけど当時何人だったかな1万人もいか
ないぐらいでも止まってしまってそうなる
とどうなるかって言うとお金がないんです
お金がないと仲間やイタ性に給料払えない
家賃払えないサーバー代払えないこれは
やべえと思ってとりあえずなんとかお金を
稼ごうってことで初めてねブログ
プログラミングでお金を稼ごうと考えたん
ですもう最初はねもう知り合いに仕事
ください仕事くださいって言っていって
最初友人経営でもらったのがとある第企業
の子会社の新規授業ですよ月20万円で
このウェブページ作ってくれるかなって
言われてもう食い気味でできますやらせて
くださいもう何でもやりますっていうこと
でもう私も社長の名刺破り捨ててもうただ
エンジニアって書いただけよね名刺を作っ
てもうでかぎですよもうそれまで時給
900円とかでバイトしかしたことなかっ
たのにもう月20万円なんてもうめっちゃ
嬉しいんですけど久しぶりにあった
インターン時代のエンジニアの先輩にお前
その仕事で月20万安すぎるぞとお前
そんな単価で仕事受けちゃダメだよって
めちゃくちゃ説教されたんですねそ残ん
なくていいじゃんって思いましたけどお前
明日今すぐもう交渉してこいとでどうなっ
たか報告しろって言われてえ上司って思い
ましたけどけどぶっちゃけ20万円だと
みんなを食わせることできないしやるしか
ないかなと思ってねこう朝に交渉して断ら
れると気まずいじゃないですかだからもう
1日の最後にミーティング入れて
プロジェクトマネージャーにその日の最後
にちょっと短い時間もらってでいいすか
つって会議室行ってねあのすいません仕事
もらって本当に感謝してるんですけども
いや私は別に不満とかないんですけど
ちょっとあの先輩のエンジニアの方に話
聞いたところこの仕事だったらま50万
ぐらいでも妥当なんじゃないかみたいな話
をなんか言ってる人がいてもしよかったら
月な報酬を50万にあげてもらうこととか
できないですかあごめんなさいて言ったら
いいよじゃあ来月から50万ねって言って
くれて最初から言えやと思ったんですけど
なんかそのプロジェクトマネージャーの方
も安すぎると思ってたみたいで全然その
ぐらいでもいいと思ってるらしいんですよ
で20万から50万に上がった時に私も
すごい感動してもう50万でいいよって
言われた瞬間に脳のねこの質量と同じ
ぐらいのなんかこう汁が出たんですよ
うわあそんなもらえるのってで当時常駐は
週2回ぐらいであとはもうオンラインで
良かったんですそういう仕事結構珍しくて
仕事も全然難しくなくて月20万って言う
とアルバイトをねもう死ぬ気で夜勤とか
入ればもうなんとかこうタッチできる
レベルで大学時の友達とかもねそのぐらい
言ってた人いたんですよでも50万は
バイトじゃ無理なんですほどハードな場合
とか何かこうスキルが必要じゃないとで私
23歳でもうどうせだみんな就職してます
でも月50万もらってる人はさすがに知れ
ませんでした別に私お金のために起業した
わけじゃないんだけど自分のスキルには
そんな価値があるんだじゃあもう自分が
ちゃんと自己検査続ける限りもう食いこと
もないじゃんも会社が潰れたら乗たりてる
しかないぐらいで思ってたんですけど
とりあえずこのスキルがあれば食っては
いけるんだって思えたんですもうそれが私
にとってはもう人生感のパラダイムシフト
でとりあえず自分はていけるんだっていう
人生のセーフティーが生まれたこともう
革命的な瞬間でしたでそっからねいろんな
案件受けまくってもう報酬も月50万
60万80万100万そういうのかけ持ち
とかやっていきましたで学んだことです手
に食をつつけるは間違ってなかった私
ママチャリで片道35分の距離にある高校
に行ってたんです特に高中の時はよく寝坊
しちゃって母親によく車で送ってもらって
たんですよもう車の中でいつももうブーブ
ブーブ文句言われながらで高校1年生で
もう文系か理系かの選択があるんです
めっちゃない悩んだんですよでその話をね
車の中でしたらもう母親的にはもう絶対
理系だともう手に食をつけろとで大人何人
かに相談したら同じなことを言う人多くて
そっか手に食つけた方がいいのかと思って
理系に進んだんですま理系イール手に食
つけるってのは未だによく分かってないん
ですけどなんか専門性がねあった方がい
いってことなんでしょうねでもそのおかげ
で私利行学部に行きましたし
プログラミングできる友達に出会えて
プログラミングで稼げるようになったん
ですよ特に若い頃は何か1つもね専門性の
高いスキルを身につけているってことは
とてつもない武器になりますまずは専門性
で活躍してそっからどんどん汎用的な能力
を身につけていけばいいんですま企画力で
あるとかマネジメントであるとか次に成長
分野にいることが大事だっってこと私
プログラミングを必死で勉強していただけ
で勝手に低くてあたな状態になったんです
で私のスキルがプログラミングじゃなくて
竹山を作るスキルだったらコアはなら
なかったですソフトウェアIT業界という
中にいたからこそ自分のスキルに授業が
生まれて価格がついたんです成長分野を
見極めるっていうのはは本当に大事なこと
ですも全ての人が考えなければいけません
まキャリア仕事というのは自分の頑張り
だけではもどうしようもできない非常と
いうのがありますえ次にやったことない
ことも大抵はなんとかなるまこれは稼いで
からその後の話ですけどももうとにかくお
金を稼ぐんだということでもうどんな案件
でもウェルカム大炎上してる案件ご褒美
とにかくプログラミングでお金稼ぐマシン
になっていた当時よく仕事をくれる方から
もう大企業の下受けの下請けの下受け
みたいな案件では月100万だけど
ちょっとやばそうな案件あるんだよねって
言われてやります何するか知りませんけど
やりますいつからですかって聞いたら今日
からなんだけど今日もう開発現場がもう
ブラックすぎてIT選手たちがもうみんな
もうダウンしちゃっているとけどもう
リリースがもうどんどん遅れてて大変な
ことになってるともうプログラミング
分かるやつ誰か来てくれって状況だから
もうすぐ来てほしいともう分かりまし
たってことでね私もう水かぶってもうカジ
の家に飛び込むみたいな気持ちでもう突撃
していってそしたら本当にもう火現場に
行ったらもうリアルにダンボールで寝てる
人たちいっぱいいてもう選手たちがもう
内地にしてるんですよ当時は今みたいに
働き方改革とかもうないですからもう
プログラミングの仕事だったらもう何でも
やるっていうスタンスiPhoneアプリ
開発Androidアプリ開発1回もした
ことないのにこうすごい有名な認知され
てるブランドの公式アプリ開発を受けおっ
たりとかもうプレゼンで私にお任せ
くださいとサービス開発経験豊富ですて
言って仕事をもらった帰りにもう初めての
iPhoneアプリ開発の本買ってました
からねけどねちゃんと納品できたんですよ
もちろん無茶にも限度ありますよ別に私は
嘘ついてないんですよウブ
アプリケーションの解経験はありますすっ
てしか言ってないんでけどちゃんと納品し
て研修されたんで何も迷惑かけてないと
思うんですけどま人間やったことないこと
も意外と飛び込んで死ぬ切れればま大抵
なんとかなりますけどこれだけを覚えとい
てください早い段階で人に助けを求めて
くださいギリギリになると誰も助けられ
なくなります次にスキルよりも営業力私1
日中時間プログラミングずっとやってまし
たこう満単位の時間をプログラミングに
費やしてきましたけどもけど自分よりも
はっかにプログラミングできる人たち
いっぱいいるのを知ってたんですよでも月
50万100万案件掛け持ちしててもう
しほ働いた時はもう月何百ま自分の
プログラミングで稼いでいてま何百万ね
ちょっとね無理してましたけど自分よりも
はるかにスキルが高い人よりも自分の方が
自分のスキルで売上上げられてたんですね
これ何なんだろうなと思ってね私気づいた
んですよどんな専門性のある仕事であった
としてもこうビジネスパーソンとしての
価値ま市場価値イコル給料報酬っていうの
はスキルだけで決まるわけじゃないんです
営業力が大事なんですま営業力っていうの
はこの人なら自分たちの抱えてる問題を
解決してくれると思っていただくこと具体
的に2つのポイントに絞って話すとま1つ
目はまず相手の立場に立って考えること私
未熟なりに自分でサービス作ってリリース
してたんで企画も全部やってたんですだ
から何かサービス作りたいっていう人が
どういうところで悩むのかそのサービスを
通じてお客さんにどういう価値を提供し
たいのかどうやって利益を上げたいのか
そこまで踏み込んで一緒に考え
るってことを無意識識にやってました作り
たいもの売ってくれれば作りますよって
いう職人ではなくてお客さんの問題解決に
寄り添うっていうことを自然とやってたん
ですよ新しいサービスが好きで海外の事例
とかも詳しかったですしそういったところ
で信用をされていた気はしますこのバグ
解決したいんだよねて言われて分かりまし
た解決しますではなくてそもそもこの機能
いらなくないですかっていう提案をした
こともありますこれなくても全然リリース
できますよねとま実際そうなりましたで
ポイント2つ目は一生懸命だったことじゃ
ないですかねま結果的にお仕事もらえまし
たけど当時本当に生きるか死ぬかで必死
だったんですもう会った人全員に仕事
くださいって言ってました相手の立場に
立って考える一生懸命こういったところが
営業力の基礎的なものではないでしょう
か人生が変わった瞬間第2位30歳の
誕生日会私が学んだこと乾き続けることは
難しい自分の人生に納得してからが本番
あれは本当にとんでもない日でした私の
30歳の誕生日2019年ですもうこの年
は良くも悪くも全てがうまくいってた時
ですま顛末を言うと2020年にはコロナ
が来てそこで会社はもう大ダメージを受け
て大変な時期が続くんですけどこう
2019年時点はすごかったです2019
年時点はもうコロナなんて想像できるわけ
もなくも全て順風満々でした会社右肩
上がりで成長していたし2018年終わり
頃に成社長YouTubeチャンネルを
始めて2019年頃から伸び始めたんで
ですこうYouTubeって数字上はなん
か伸びてるなと思ってもあんまよくわかん
ないんですよ確か登録者20万人か30万
人ぐらいの頃だったと思うんですけど普通
に渋駅歩いてるともう駅のホームから
降りるまでの間に3人に話しかけられたん
ですまこな社長ですよね動画見てます握手
してもらってもいいですかいやいや自分
なんてカメラの前で話してるだけの小さな
会社の社長に過ぎないのにも握手なんて
もうとんでもないですそんな気持ちでした
けどびっくりしました渋谷だから属性が近
いっての確かにあったと思うんですけど
これ本当に運が良かったですもう友人に
絶対やった方がいいですよって言われて
やってみててま楽しかったんでずっと
コツコツ続けてたんですけどこんなことに
なるとは私はたまたまラッキーでしたけど
ま私がというよりはYouTube自体が
伸びてたんですよ当時最近はどの
YouTubeはもう登録者がねもう右肩
上りでグアン伸びるみたいなことはもう
起きにくくなってて広告収入だけだと食っ
ていくのを厳しい人もたくさんいますもう
視聴者がもっとショート動画を見るように
なったりとかま市場環境もかなり変わり
ましたよねけど当時はねもう
YouTubeはもうイケイケで私が
すごかったんじゃなくてたまたま
YouTubeが私をしてくれてみんなの
タイムラインに出してくれたんですよ
なんかそういうアルゴリズムで
YouTubeがすごいんですまその波に
乗らせてもらえたことは本当にラッキー
でした会社の採用や集客にもポジティブな
影響があって会社の経営自体はほとんど
部下に権限以上することができてたんで
もう自分発信活動続けられましたていう中
での30歳の誕生日ですよ私の創業した
会社では昔から誕生日盛大に祝うっていう
文化がありましたと言ってもシャンパン
あげて高いお金使うとかじゃなくてまお金
はそんな使えないんですけどいろんなやを
育工夫を凝らしてま企画を考えてテンプレ
じゃないね何かをやるっていうことが
なんか文化になってて完全内乗りですけど
ねで30歳の誕生日の日私会社に行ったら
なんか自分の席がなんか王様の座る椅子
みたいなものにこう変わってて当時社員
100人もいなかったと思いますけどなん
かみんなねクスクス笑ってるんですよ
こっちをチラチラ見てるように見えるん
ですよ私何もしないでいいからって言って
たんです仕事も忙しかったんでもう私1
ヶ月前ぐらいにそういう企画をねしそうな
人に対してもう何もしなくていいって言っ
てたんですそしたらもうさらにその数ヶ月
前からずっと準備してたらしくてもう
とんでもない1日でした30歳ももっと
挑戦する10年になるようにということで
56人のチームが78個あってそれぞれが
何か新しいこと挑戦しているっていう動画
を作ってくださったりあるチームは
フリーザの格好で富士山盗聴したりこう
シンガポールに行ってプログラミングを
英語で教えたりどでかい大規模なドミノ
作ったりめっちゃ大変だっただろうなって
いう動画をもう全社員上げて作ってくれて
でもそれがまず午前中の話でもコンテンツ
1つ目みたいな感じもうそっからなんか
オープンカーでどっかに連れて行かれて
これは古からのメンバーだけでしたけど
東京湾クルージングとかしてそっから戻っ
たらこう有名なクラブをなぜか貸し切って
いて入るともものすごい音で何人いたん
だろう100人以上の人たちがもう
うわーってもこう誕生日おめでトって
盛り上がっててもうそこでもねもたくさん
企画用意されてて生演奏だったり漫才だっ
たりまかなり昔の話とは一応誤解されない
ように言っとくと普段はめちゃくちゃ働い
てましたよみんなそんなパリピな会社じゃ
全然ないですした人から飲み会少ないって
言われてましたから私も早起きなんで遅く
までお酒飲むとか嫌だったんでねまそんな
パリピノりの会社では全くなかったけど
その日だけはとんでもなかったなんかそう
いうことされるともう楽しいとか嬉しいと
かなんかもうそういう感情じゃなくても
なんかもう圧倒される感じもう次から次に
も新しい情報が入ってきておおおおって
感じけど最後みんなが待っていたその
貸し切りのねクラブのとこにこう入って
いった時は涙こぼれましたねなんか嬉しい
というかなんか切なくなっちゃったんです
よというのももう自分の人生の中でこれ
以上の瞬間ってないんだろうなと今日で
人生終わんないかなって本気で思いました
私が起業した時に想像した未来の姿よりも
もうはるかはるか先に来てしまった
あくまで自分の上下の中ですよあくまで
自分の上下の中ではあるんですけどもう
こんな人生になるなんて思ってなかったし
なんかすごいというかもう意味がわかん
ないもうそこで人生は乾き続けることは
難しいって話をしたいんですけど私はもう
ただ運が良かっただけですあなたも20代
からこういろんな経験をしていくとタを
知ることを覚えていくんですこれは後でも
話しますけどタを知るっていうのは自分の
人生に納得するって意味でこの考え方が
生きすぎるとあっという間に努力しない
理由挑戦しない理由になってしまうんです
もう自分の人生これでいいや頑張らなくて
いいや散々これまでやってきたじゃんもう
いいでしょと自分の積み重ねてきたものを
守ろうとし始めるんですそうすると心に壁
を作って自分は正しい他の人は間違ってる
それはいわゆる老害の始まりでもあります
20代前半の頃は乾きがあります無知で
無鉄砲であるがゆえにハングリーでい
られるんです私はこの誕生日の日に
ものすごく仲間に感謝しながら嬉しい感情
と共に思いました人生を乾き続けるのは
難しいのかもしれないそしてこんなことに
気がつきました自分の人生に納得してから
が人生の本番若い頃はまだ無限の未来が
ありますから今の現実からもっと全く違う
に行けるはずだと大人たちは嫌いだと既得
権益は嫌だと俺たちが時代を作っていくん
だと何者かになってやると夢を持てるん
です何者かになれると信じられるでも30
歳超える頃にはいろんなことを経験して
いってだんだんと自分のことを客観的に見
られるようになっていきます自分にできる
こととできないことがあることも分かって
いきます自分が容量いい人間なのか悪い
人間なのかあなたが経験を積んだ社会人で
あればもう分かってるはずです私も30に
なる頃には気づいてましたビジネス
パーソンが当たり前にできることが自分は
できない一方で自分が人よりも少しだけ
できることも分かってました気づいたら
あれだけなりたかったマーク
ザッカーバーグになりたいと思わなくなっ
てました誰が他の人生に憧れるというもの
自体がなくなってしまった大成功する人生
にしてやろう誰もがそう思ってますけど年
を重ねると気づきます人生悪い時も良い時
もあるそしてそれはこれからも続くだろう
若い頃からずっと人生に楽園を探してきた
けどなかった人間関係がうまくいく時が
あればうまくいかない時もあるでもこれは
絶望ではなくて納得なんですあ人生って
そういうものなんだていう穏やかなこの
ポジティブな気持ちに包まれた状態人生の
本番というのはここから始まるんですそこ
で初めて自分という人生に配られたカード
を見ることができるんですずっと持てたん
ですよずっと持ってたはずなんですけど
見えてなかったんです人によって配られた
カードは違います持って生まれた頭の良さ
才能容姿運動神経受けられた教育親の支援
親のキャラクター生まれた場所これまで
出会った人残酷な真実ですが生まれた時に
はもう半分以上の自分の人生の運命が
決まっています人生の航空度の半分は遺伝
によって決まってしまうという研究結果も
ありますけどそこで絶望していけない自分
に配られたカードを見てどうやってこれを
使ってたった1回の人生を楽しんでいくの
か何でもできるんじゃないかという幻想
からもう目は覚めたよくも悪くも自分と
いう存在を理解してしまって心の輝きも
言動力にできないでもそんな中でも腐らず
に失敗を恐れずに新しい挑戦を続けること
身近な人たちと馴れ合いをせずに挨拶感謝
慶長このような基本的なことを徹底して
素晴らしい人間関係を死ぬまでずっと
気づいていくことたくさんのことを
積み上げてたくさんのことを挑戦していっ
て一定の地や経済力があったとしても傲慢
にならずに謙虚に学び続ける姿勢を維持
すること自分の人生に納得してからが人生
の本番なんです30歳のあの日自分のの
人生に100%納得しました乾きが
なくなりました以前よりも人生で本当に
大事なことは何なのか感情で理解すること
ができましたあの日から人生の第2章が
始まったんです自分のいいところも悪い
ところも分かった上でこれからどうするの
か残された人生の時間やっと見ることが
できた自分の手札を使ってどう人生という
ゲームを楽しんでいくのか人の人生に優劣
はありませんだからこそ大事なのは自分が
どんな人生にしたいかですいつも動画を見
てくださってる方にお知らせです私が
フライで生工業を行う生産性と習慣家を
テーマにした小人数性の教育プログラムを
用意していますもし興味ある方は公式
LINEを止に追加してお待ち
ください人生が変わった瞬間第1位内定を
辞退した時学んだことは人生の成功が約束
される方法人生のターニングポイントを
たった1つだけあげてと言われたら大学4
年生起業する直前の内定を辞退したあの
瞬間でしょうねなんか漠然と大きいことを
したいけど自分は特別優秀でも何でもない
しスキルも経験もお金もアイディアも人脈
も何もない当時内定をいいていた会社は
すごくいい環境でそこにいる人たちも好き
でしたけど心の中にあるちょっとした違和
感それは入社予定の会社に対してではなく
て自分の人生の選択への違和感何かが違う
気がするこのままだと自分の人生に納得
できない気がするけど何をしたらいいかは
分からない誰に相談しても教えてくない
大抵の人はまずはちゃんと会社で働いて
実力をつけた方がいいんじゃないと言って
くるでもなんか違うんだそれじゃ自分の
人生に納得できないような気がするかと
言ってやりたいことがあるわけじゃない
当時そんな悶々としたことを考えながら約
1時間かけて新宿から当時住んでいた
4万円の神奈川にあるマンションに戻った
ある日人生を変える出来事があったんです
もう過去何度紹介したか分かりませんけど
何度でも紹介させてください岡本太郎さん
の自分に仲を毒を持て本棚にきっ話にして
いて誇りをかぶっていたこの本を手に取っ
たんですいつか起業したいなと思った時に
たくさん買ったビジネス書自己ケア所の中
の一冊でしたなんだこの眼光の鋭いおじい
ちゃんはと自分の中に毒を持ていや毒は
飲むなよさすがにこれは役に立たんだろう
企業のイメージを使うために数十冊本読ん
だんですけどその本は読んでなかったん
ですたまたま手に取った本の中にこんな
ことが書いてました常識人間になるなよと
誰かの出した正解を探し続けて人の顔色を
伺うばかりの人生はクソくいだと挑戦して
失敗したみんなから笑われた誰にも認め
られない人生を送った上等じゃないかそれ
でいいじゃないかそれがいいじゃないか
なぜお前は人に認められるために人生を
生きてるんだお前の人生は誰のものなんだ
自分しか決めることできない人生の成功を
誰に委ねてるんだ自分にしか決められない
人生の成功を決めるのは自分だろ誰になん
と言われても関係ない一生結果が出なくて
も関係ないあこうだ言ってくれる他人は
ほっておけばいい人生における成功とは
いかに自分の信念を貫いたかで決まる今の
は自分なりの解釈を加えてますけども
そんな言葉が私にぶっ刺さりましたそうか
自分は間違ってたんだどうやったら自分の
人生がうまくいくかっていう考え自体が
間違ってたんだ自分はお金持ちになりたい
わけでもない人から認められたいわけでも
ない大きな豪邸に住みたいわけでもない
その当時自分がやりたいことは何か自分が
面白いと思うものを作ることただそれだけ
ただそれをやるかやらないかそれだけの
シンプルな問題なのになんでうまくいくか
いかないかとか考えてんだろうそんなこと
は人生の成功に何の関係もなかったやれば
いいんだ暗闇の中に裸一貫で飛び込めば
いいんだその人生の真実に気づいた時私は
自分の人生を取り戻すことができました
子供の頃は持っていたやりたいことをやる
という純粋な気持ち常識を全部捨てれば
いいってわけじゃない変なことをやれば
いいわけではない木を照ったことをやり
さえすればそれでいいということではない
この社会はたくさんの常識によって
成り立っていますそれがたくさんの豊かさ
を生んでいますでも私たちは常識の恩恵を
受けすぎてるんです大人になるにつれて
自分がどうしたいかよりも人がどう思うか
を優先するようになっていくんです最終的
には自分と他者がどう思うのかウンwnの
関係を気づいていくことが大事ですでも
まずスタート地点は自分がどう行きたいの
か何をやりたいのかってところから
スタートとしなきゃいけないんですそれが
自立するということですその本を読んだ
翌日私は震える手で内定事態のメールを
送りました本当に申し訳ないことをしたと
今でも思っていますけども後悔はありませ
んむしろあの瞬間が人生における最高で
裁量の瞬間だったと思えます間違いなく
あの時私は自分の人生を取り戻すことが
できてその後の人生全てが変わりました
想像をはるかに超える困難が何度もあり
ましたがギリギリのところでなんととか
粘りいて頑張れたのは人生における成功と
はいかに自分の信念を貫いたかで決まる
この言葉がいつもどんな時も胸の中にあっ
たからですあなたは自分の人生を生きる
ことができていますかいつの間にか
たくさんのものを積み上げて身動きが取れ
たくなってませんか自分の人生なのに誰か
他人のせいにしてはいませんか胸の中に
ある自分の人生このままでいいんだろうか
というちょっとした違和感を無視してい
ませんか私は信じていますいついかなる
瞬間でも自分の人生を取り戻すことが
できるやりたいことをやりましょう他人の
ために生きるのはやめましょうあなたの
人生を最高にできるのはあなただけなん
ですということで最後まで見てくれて本当
にありがとうございます私の最も力を入れ
てる話は月額有料マガジンインサイド
ストーリーズで聞くことができます特に
人生をもっともっと挑戦していきたいと
いう方にお勧めですあなたが毎日
エネルギーを持ち続けるカンフル罪になる
はずです1週間無料お試しください今回の
動画役に立って面白かったとよら是非
チャンネル登録を忘れずによろしくお願い
します高評価コメントしていただけると
嬉しいです今回はいつもってる復習は割愛
しますよかったら最後の負けトークもご覧
くださいこれからも人生にサプライズを
テーマに動画を上げてきますので応援
よろしくお願いしますではまた次の動画で
お会いし
[音楽]
[音楽]
ましょうおまけトークです本当はこの話も
したかったなっていう人生変わった瞬間が
ありまして私大学をやめようとした時が
あったんですよで退学届けをもらってもう
両親にももう大学辞めるって言ってそん時
におばあちゃんから電話が来たんですで私
そん時に大号泣して大学辞めるのをやめた
んですよそんなおばあちゃんが電話来る
ことなんてもう初めてで初孫ということも
あってもう私がもうちっちゃい頃から本当
に優しいおばあちゃんでもう優しいって
イメージなんですよで特に干渉されること
もなくてもう電話なんてきてたことがない
当時ガケに電話来て一体何だと思ったらお
願いだから大学だけはやめないでくれとお
ばあちゃん若い頃に学校行けなくてそれで
めちゃくちゃ苦労してすごい後悔してると
大学だけは悪いこと言わんからあと2年
だけだから卒業してくれともう聞いたこと
ないような声でもうめちゃくちゃ感情的に
お願いされてもう私も大号泣してそれが私
が人生で1番泣いた日なんですけどいやで
も頭ではね分かってるんですよ生きた時代
が違うとかこう世代の価値観も違うしね私
の考えてることとかもあんまり知らないと
思うしあくまで自分の人生感を私にぶつけ
てるってことは分かるんですけどまあなん
というか愛が伝わったんですよねま少なく
とも本当に私のこと思って言ってるん
だろうなともう何回も何回も一生に1回の
お願いって言われてその説得はねもう理屈
としては全く納得できなかったんですけど
なんかそん時思ったんですよねこの人を
悲しませたくないなってまあ2年間頑張る
かと思ってでもそのおかげで私は大学3年
生でプログラミングに出会って大学4年生
でプログラミングができる情報学科に移動
してそこにいた仲間と一緒にウブサービス
を作って今に繋がってるんです人生のAB
テストをしたわけじゃないからねそれが
1番いい選択肢だ断言はできないですけど
ま少なくともその後いいことが起きました
私はあの時おばあちゃんが大学を辞めるの
を止めてくれたことを感謝しています
さっきね人の顔色を見て生きるなっって
言ったばっかりですけど今思えば私以上に
私が本当にやりたいことやるべきことを
直感的に分かってたのかもしれないなと
すら思います最後まで聞いてくれて
ありがとうございました