【おやすみ前に聴く朗読】徒然草の鑑賞・五月の唯物観/寺田寅彦

お休み前に聞く
朗読寺田虎彦連れ連れ草の鑑賞5月の唯物
館物理学者であり廃人でありエセの名主
寺田
虎彦現代でも中学校や高校で古文の授業に
取り上げられることの多いずれれ草ですが
彦の中学時代でもそれは同様でし
た兄弟の2作品の朗読を通して彼がどの
ように古典を解釈しどのように自身の施策
に結びつけたかを探り
ますつれづれ草の鑑賞では彼が学生時代に
教わったつれづれ草が自分にどのような
影響を与えているのかまた晩年に至って
読み返した時どのような印象を受けたかを
語り
ます一方5月の唯物館では新緑の季節の
代わりとき気持ちが憂鬱になったり不安に
なったりするのはなぜかその原因を科学的
な視点で紐解きまたずれれ草第19弾を
引用しつつこの季節の思い出を綴り
ます科学者である寺田虎彦が古典の
つれづれ草からどのような影響を受けたの
か文学と科学をどのようにゆきしていたの
か晩年の彼のその豊かな内面に触れてみ
ましょうお休み前の一時言葉が紡ぐ朗読の
旅をどうぞお楽しみ
[音楽]
ください寺田
作つれづれ草の
鑑賞文学の編集者からつれづれ草について
の干渉と批評に関して何か述べよという
指紋を受け
た自分の国文学の所用はようやく中学卒業
程度である何か述べるとすれば中学校で
この本を教わった時の思い出話か
それを今日読み返してみた上での気まぐれ
の空間かそれ以上のことはできるはずが
ないしかしそれでもいいからと言われるの
でではともかくもなるべくよく読み返して
みてからと思っているうちに肝心な職務上
の仕事が忙しくて思うように復讐もできず
結局さな空弾を持って余白をけがすことに
なったのは申し訳のない次第である読者の
完用を祈る他は
ない中学校の5年でつれづれ草を教わった
後に高等学校でもう一度同じものを
繰り返して教わったので比較的によく頭に
染み込んでいると
見えるその後ほとんどこの本を読み返した
ような記憶がなく昔読んだも当の昔に利の
家のどこかに
しまい込むに今度新たに岩波文庫で
読み返してみると実に新鮮な記憶が残って
い
た昔の先生の講義の口ぶり顔つきまでも
思い出されるので驚いてしまっ
た白うりなどという声が耳の中で響きすま
ないことだが先生の顔がその白うりに似て
くるような気がしたりするので
あるもう1つ気のついて少し驚いたことは
このつれづれ草の中に現れていると思う
人生感や道徳感といったようなものの影響
が自分の現在のそういうものの中にひどく
新々しているらしいことで
ある最もこの本の中に現れいるそれらの
思想は境あらゆる日本的思想の伝統を要約
したようなものであるからおそらくこの本
を読まされなくてもやはり他の本や他の
色々の道から自然に注入されたかもそれは
分からないと思わ
れるしかしその時代に教わった論語や申し
や魔の電気物や勝手に読んだ色々な文学
などを思い出して点検してみてもなるほど
それらから受けた影響もかなり多く発見さ
れはするがどうもこれほどぴったりはまる
ものは少ないような気が
するつまり中学時代の染みやすい頭にこの
つれづれ草が濃厚に染み込んでしまったに
はそういないであろうがしかしそれには
やはりそれが染み込みやすいような風に
自分の若い時の頭の下地ができていたのか
もしれないと思わ
れるそういう下地はしかしおそらく同時代
の日本の少年の皆まででなくとも大多数の
中に多少でも通有なものではなかったかと
疑うもしもそうであったとしたらこの
つれづれ草が中学校の教科書として広く
行われていたということが一時代の国民
思想といったようなものに存外かなりの
影響を及ぼしたのかもしれないと思わ
れるつれづれ草から受けた影響の1つと
思われるものに自分の徘徊に対する興味と
理解の期限があるように
思うこの本の所々に現れる自然界と人間の
交渉例えば第19弾に式の名物を列記した
のでもそれが枕の相子とどれだけ似ている
とか違うとかいうことはさておいてその中
には多分の徘徊が
ある形式的概念的に出した家人の若などと
はおか違った自由な自然感が流路して
いる青葉になりゆきまでよずにただ心を
のみぞ悩ます
というような文句でも国語の先生の講義で
はとても述べられない徘徊が
ある同じことを言った人が以前に何人
あろうがそんなことは問題にならないこの
文句がずれれ草の中のこの場所にあって
初めて生きてそうして徘徊となるので
あるここで自分のいわゆる徘徊は心の自由
のの自由によってのみ得られるものなので
ある健康はこの書の中で色々の場所で心の
自由を解いて
いる例えば第39弾で本年商人が人から
念仏の時に眠気が出た時どうすればいいか
と聞かれた時目の冷めたらんほど念仏した
前と答えたと
あるまた芋頭ばかり食った上身索子の話で
も自由風流の教に達した達人の逸で
ある自由に達して初めて物の本末を認識し
第1義と第2義を判別し末節を放棄して
大義につくを売るということを解いたのに
は第112弾第211弾などのようなもの
が
ある反対にまた心の自由を得ない人間の
哀れむべく笑うべくまた悲しむべき現象を
記録したものが非常にたくさんに収集され
ていてそれがまたこの水出集中の最も
面白い部分をなしているので
あるエセ風流やハカやスノビズムの
国慶あまりに今多からんことを求めてかっ
て今を覚ます引
そういったような題材のものの多くでは
これをそのままに現代に移しても全くその
ままに適合するような実例を発見するで
あろう14世紀の日本人に比べて20世紀
の日本人はほとんど一歩も進んでいないと
いう感を深くさせるのはこれらの初編で
ある新しがることの好きな人は1933
である今頃ずれれ草でもあるまいというが
そういう諸君の現在していることの予報が
そのつれづれ草にちゃんと明記してあるの
で
ある金をかぶって失敗した忍の奉仕の物語
は傑作であるが現今でも頭に合わぬイムの
叶えをかぶって踊って見物人をあっと言わ
せたのはいいが後で困たことになり耳も鼻
ももぎ取られてき命儲けて久しくやみいる
人はいくらでも
ある心の自由を得て初めて事故を認識する
ことが
できるそこからたることを知る節制健常が
生まれるであろうと教える東洋風の教えが
この週の所々に繰り返して強調れている
例えば第134弾から第137弾までを見
ただけでも大体のものの考え方が
わかる第137弾の前半を見れば心の自由
から風流徘徊の生まれる遊園を悟ることが
できようこのような思想はまた一面におい
て必然的に仏教の無感と結合しているこれ
は著者が万年に僧侶になったためばかりで
なく大体には古くからその時代に伝わった
ものをそのままに継承したにすぎないで
あろうとにかく全巻を通じて無常を解き
統制を進め生時の一大地を覚悟すべしと
解いたものが甚
多いこのような消極的な思想は現代の青年
などにはおよそ縁のないもののようにも
思われるがしかしよく読んでみると必ず
しもそうでないようで
ある昭和の今日でも道を求め真を尋ねる
ものの修行の道は本質的には昔の仏道修行
者の道とそれほど違ったものではないよう
で
ある例えば第92弾に弓の修行の心へから
修道者の覚悟を解くのでも直に移して持っ
て我ら科学研究者の座右の名とすることが
できるまた第112弾に大事の前に商事を
すべきを解く下りでも同様で
ある国のために道のために主義のために
心理の探求のために心を潜めるものは今日
でも初演をすべでありささる義理や人情は
問題にしないので
あるそれが良い悪いは別としてそうし
なければ大願望が成就しないことだけは
確かで
あるそういう事実の法則がこの書の至る
ところに強調されているのを見逃すことは
できないので
ある火曜に一方では星を進めると同時に
また一方では俗人の所生の道を公している
のが
面白いこれは矛盾でも何でもないただ同じ
ことの違った反面を言っているので
あろう世間に立ち交わって人と付き合う時
の心へを解いたものが案外に
多いこれも現代にそのまま適用するものが
多いいわゆる成功の秘訣にでもありそうな
ことや英国風士導協定の1つのチャプター
といったようなもののあるのは
面白い第
1236
3756
731等の初段はその例で
あるいずれも平凡といえば平凡のことで
あるがこの平凡事を忘れているために
大きな損をしている人は現在のにでも存
多い
らしい第193弾暗き人の人を計りてその
地を知れると思わんさらに当たるべからず
云々の下りなど現代の諸専門学者の座右名
に
なるある1つの狭い専門の領域内でほんの
少しばかり売るところができるともう
すっかり思い上がって冷静な第3者から
見ればその人とは到底比較にならぬほど
優れた他の学者のほんの少しの知識の不足
を偶然に発見でもするとそれだけでもう
自分がその相手に比して全般的にまさると
思ったりするのは等々として天下の風を
なして
いる人の書いた立派な著書の中から白玉の
のような12の間違いを見つけてそれを
さもしたり顔に影で言いふらすのなども
その類いであるかもしれ
ないこれは悪口でなく本当にある現象で
あるその次の第194弾及び第73弾に嘘
のサイコロジーを論じたものなども科学者
の参考に
なるこれは嘘とはこ変わるが
アインシュタインの相対性原理がまだ十分
に承認されなかった頃この書論に対する
色々な学者の住人トの態度を分類してみる
とこのつれづれ草第194弾の中の嘘に
対する人々の態度の主持層とかなりまで
ぴったり当てはまるのは実に面白いと
思う科学のことでさえそうである
違や嘘か本当か結局証明の不可能な統制
流行何々イズムなどに対する人々の態度に
はなおさらよく当てはまるで
あろう読者は試みに例えばマルキシズムに
対する現代各人格よの態度をあまりに深く
真を起こして以下の数行に当てはめてみる
となかなかの興味があるであろう
ありとあらゆる可能な態度のバリアチオが
列挙してあるのでそれらの各種の代表者を
現代の我々の周囲から物色するとすぐに
それぞれの標本が
見つかるそうして最後に自分自身がやはり
そのうちのどれかのタイプに属することを
発見して負傷する人が多いで
あろうこのような人間の理に関する分析的
な考察も全てがこの著者のオリジナルな
ものではないで
あろう青書な言から三角を通じて現代へ
流れてきている1つの流れの途中の1つの
淀みのようなものに過ぎないかもしれない
がしかし健康奉仕という人の頭がかなり
こういう分析にかけて明積であったことも
確かであろうと思われる
名神に関する第91弾なども頭の明らかな
ことを称する一例で
ある吉日を選びてなしたる技の末通らぬを
数えてみんもひかるべしというのは現代の
科学者が統計学の理論を持ち出してしつ
らしく論じることをすらすらと大和言葉で
言っているので
あるこの通りを口を酸っぱくして解いても
どうしても耳に入らぬ人が現代のいわゆる
知識階級や立派な学者の中にでもいくらで
も見出されるのは面白い現象で
ある最も第230弾を見ると狐が化ける
ことを認めているようであるがこれは当時
の科学知識の水準から考えて当然のことで
ある
今日の科学知識でも明日はどうなるか
わからぬものはいくらでもあるしまた現代
の科学者でも狐にばかされる人はいくらで
もあるので
ある狐のことは第218弾にもあるここで
は狐が食いつく動物になって
いる第68弾大根が兵士に化ける話は少し
怪しいが次の69弾と合わせて読んでみる
とぐいをしとして書いたものとも思わ
れる名神とは少しこ変わるがいわゆるご
シプの人を惑わす例が
ある猫股のゴシップの力で犬が猫股になる
話やゴシップから鬼が生まれて気楽を
かけ回す話などがそれである
現代の新聞のジャーナリズムはいたの猫股
を製造しまたテトの真ん中に鬼を踊ら
せる新聞の情勢したセンセーショナルな
事件は珍しくもない例えば三原山の加工に
人を呼ぶ死神などもみんな新聞の保護の中
から生まれたものであることは集のことで
ある第38
明利の欲望を脱却すべきを解く下りなど
平凡なありふれた消極的明利感のようでも
あるがしかしよく読んでみるとこの著者の
本誌は必ずしも絶対に明利を捨てよという
のではなく真の明利を求めるための手段と
して各人の持つべき心がけを解いている
ようにも思わ
れるそれはとにかく現代に活動している人
でもこの1段の内容を適当に味することが
できれば明利の誘惑にあって身を滅ぼす
ような災難をまかれるだけの五夫を授かる
であろうと思わ
れる第130弾もこれに連環して
いる明理感に限らずこの著者は色々な点で
人間の人間らしい人間性というかあるいは
弱点というかそういうものを事実として
肯定した上でこれに対するプラグマな諸
精度を解いているようなところが
ある第58弾に実用向き統制法を解いて
いるのなどもその傾向を示すかと
思うこの著者がどうかすると生草坊主と
言われる由縁かもしれ
ない一方では玉の逆月に底あることを望ん
だ
の人に場したり恋愛生活を賛美したりして
いるがまた一方では第107弾あたの女性
の荒を書き並べて痛快にこき下ろしている
のである一種の弁償法を用いたので
あろう色を解いた著者はまた第27弾で材
者の心理を記述しこれに対する票をて
いる引用された大福長者の言葉は現代の
100万長者でもおそらく言うことで
あろうし金持ちになりたい人々の参考す
べきなんとか押し切り町の類いであろうが
またこれに対する著者の表は金のたまらぬ
人間の安心立命の考え方を示すもので
ある酒飲む人のだらしなさを描いた第
175弾も
面白い600年昔の酒のみも今日の飲んだ
くれとよく似て
いるそれで絶対に禁止を強調するかと思っ
ているとおか捨てがき折りもあるべしなど
とそろそろ酒の高能を並べているのも
やはり科学的なところが
ある勝負ごとを否定する第111弾
かと思うとすの上手の言葉を引いて第
110弾就寝遅刻の道をといたり地内の
秘訣第126弾を引いて物事には機械と
潮時を見るべきを教えて
いるこの他にも賭け事や勝負に関する記事
のあるところを見ると著者自身かなりの
体験があったことが想像されて面白い
宿河原のボロボロのアウチ血統の話でも
合衆無惨を避難すると同時にまた死を軽く
して少しもなまざる方の潔よさを称えて
いるこれらの著者の態度は一方から言えば
不徹底で生のようでもあるが物の両面を
認識して全体を把握ししかもも全ての人間
現象を事実として肯定した上で過不加に
対する考えを決めようとしているらしく
思わ
れるこの点がどこか我々科学者の心がける
ものの見方に類するところがあるように
思われるので
ある以上述べたような項目の他に著しく
多数に散在しているのは有個
その他あらゆる知識に関するノートといっ
たもので
あるこれらも分類的に研究したら面白そう
であるが今回は暇がないから
略するとにかく一方では統制主を進め
ながらもまた一方では知識というものの
高能を高く買っていることがよく
わかる第51弾の者の失敗はの駆逐水式の
出損を思い出さ
せる知識とは少し違う知恵については第
38弾に知恵いでては義ありとか学びて
知るは誠の地にあらずなどと言っているの
は現代人にも思い当たる節があるで
あろう知恵の遊とも見られるィのもいくつ
か
ある第86第106第135などがそれで
あるがこれらにも多少の徘徊が
ある子供の時からそうになった人と違って
北面武士から出発し数の実生活を経て後に
頭を丸めた坊らしいところが至るところに
現れて
いるそうしてそういう
くせに自由に墓となく怪し
惜しく矛盾も同着も頓着しないで書いて
いるところにこの水出集の価値があるで
あろうこれらの矛盾同着によって3段論法
では解けない通りを解説しているところに
この書の妙味があるで
あろう第80弾にティズムに対する神源が
ある人ごとに我が身に疎きことをのみぞ
好め云々の下りは誠に自分のような浮気も
への良い戒めであってこれは相当に耳が
痛いこの愚かな身のほどを湧きまえぬ一辺
の愚管力もこのくらいにして差し控える
べきであろう
ある日の午前に日比谷近く帝国ホテルの
窓下を通った物売りの呼び声がちょうど
偶然その時そこに泊まりあわせていた学生
クライスラーの作曲のテーマになったと
いう話があったようで
ある自分の怪しもぐるおしいこの一辺の
方言がもしやそれと似たような役に立つ
こともあればそれによって幾分か戦場の罪
がすわれることもあろうかと思った次第で
ある昭和年1月文学
[音楽]
[音楽]
5月の遺物
館西洋では5月にりんごやリラの花が
咲き乱れて1年中で1番美しい自然の姿が
見られる地方が多いようで
あるしかし日本も東京あたりでは4月末
から5月始めへかけて色々な花が一通り
咲いてしまって次の季節の花のシーズに
移るまでの間にちょっとした中休みの期間
があるような気が
する少なくも自分の家の植物会ではそう
いうことになっているようで
ある4月も末近く下目連の仮のいまがなん
となくだらしがなくなると同時に初め
目立たなかった青葉の方が次第に異性が
良くなってくるとそのの赤の朝の落下の数
が多くなり素の花の枝の先に若が
ちょぼちょぼと散点して見え
だすすると霧島つが23日の間に爆発的に
咲き少し遅れてそれまでは藤棚からひびた
何かの小動物の尻尾のように垂れていた
花ぶさが急にびき創生したつぼみが破れて
あやかな紫の雲をたか
せるそういう時によく武蔵の名物の空風が
吹くことがあってせっかく咲きかけたふの
花を吹きしりついでに柔らかい胃腸の若を
吹きしることがあるが不連続線の強風が雨
を呼んでひびた無っぽい風が収まるととに
穏やかにやかな雨が訪れてくると花も若も
急に蘇生したように交際を増して人間の頭
の中までも一時に現れたように清々しく
なるそういう時に野木の雨だれを聞き
ながら静かに浴そうに浸っている心持ちは
およそ他に比較するもののない感じで爽快
なもので
あるそういうが年のうちに1日あることも
ありないこともあるような気が
するそうだとすると命のあるうちにそう
いうケな日をできるだけしみじみと味わっ
ておかなければならないわけで
ある若かった自分には4月から5月にかけ
ての若きが年中で1番嫌な事項であっ
た理由のない不安と憂鬱の雰囲気のような
ものが勝負やボタンの仮から醸され
鯉のぼりのひる青葉の空に流れたくような
気がしたもので
あるその代わり空風が立ち始めてキビの歯
がカサカサ音を立てる頃になると世の中が
急に頼もしく明るく
なる従って一概に秋を悲しいものと決めて
しまった昔の家人などの気持ちが自分には
さっぱり飲み込めなかったのであっ
たそれが年を取るうちにいつの間にか自分
の季節的情感がまるで反対になってこの頃
では初夏の若葉時が年中で一番気持ちの
いい勉強にも遊楽にも快適な季節になって
きたようで
あるこの著しい天候の原因は
主に生理的なもの
らしい試みに自分の怪しげな素人生理学の
知識を基礎にして直接を立ててみると
およそ次のようなことではないかと
思う我々が格別の具体的自由なしに憂鬱に
なったり改になったりするムード心情の
変化はあるの内分泌ホルモンの分泌量に
支配されるものではないかと思わ
れるそれが過剰になると憂鬱になったり
干渉的になったり怒りっぽくなったりする
しまた過小になると息消沈したアパシー
俯瞰の状態になるのでないかと思わ
れるそこで分泌が過剰でもなく過小でも
ない中間のある当な段階のある範囲内に
ある時が生理的に最も健全な状態でそう
いう時に最も快適な平行の取れた心情の
動きを共有することができるのだと仮定
する一方でまたこの分泌には1年を周期と
する季節的変化があってそのマキシマム
最高が晩春ミニマム最低がの頃にあると
仮定
するそれからまたその周期的な波の平均
水準が人々によって色々違うのみならず
同一個人でも健康状態によりまた年齢に
より色々違うものと
するさらにまたその平均水準の上下に照行
する周期的変化の
アンプリチュード振幅がやはり人によって
色々の差があり
ある人は真中の差がそれほど大きくないの
にある人はそれが割合に大きいという風な
バリエーション変異があるものと
する数式で書き表すとこの問題の分泌量H
がざっH=H0+Asin
NTのような形で書き表すれ
その平均水準のH0と振幅Aとが各個人の
各年齢で色々になる量だと
するそこで今1番適当なHの量を仮にKだ
とすると上式を軽に等しいと置いた時に
その式を満足するような時間Tに相当する
時期がその人の1番気持ちのいい時になる
感情である
もしもH0-AがKより大きいような人
ならばその人は年中起りっぽくまた憂鬱に
なりやすいしまたH0+AがKより小さい
人は年中元気がなく削げていることに
なるこの仮説を応用して自分の場合に
当てはめてみると若い自分にはH0もAも
相当大きくてしかもH0-AがほぼKに
等しかっ
たしかし年を取ってある時期以後H0が
著しく減ってH0+A=Kに近くなったと
いう風に解釈すると一応の説明がつきそう
で
ある最もH0がだんだんに減ってきたと
すると中年頃に1度H0=Kダシュ還元
すれば夏と冬とがちょうど快適だという
時期があったとしなければ感情が合わぬ
ことになる
がしかし実際は上のような簡単な式で全て
が表されるはずはないので例えば過剰や
過小が歓談の急な変わり目だけに起こり
そういう時期だけにそれがに情を支配する
のだとすればそれでも一応はこの困難が
避けられるであろうと思わ
れるこの白う学説は多分全然間違っている
かあるいはことによるともうすでにこれと
いくらか似た形でよく知られていることか
もしれ
ないしかし自分がここでこんなことを
書き並べたのは別にそうしたを唱えるため
でもなんでもないのでただここで言った
ような季節的気候的環境の変化に伴う生理
的変化の効果が人間の精神的作用にかなり
重大な影響を及ぼすことがあると思われる
のにそういう可能性を自覚しないばかりに
客観的には同じ環境が主観的にある時は
限りなく悲観されたりまたある時はたいも
なく楽観されたりするのをうっかり
思い違いて本当に世界が暗くなったり
明るくなったりするかのように思い詰めて
しまってつい見原山へ行きたくなりまた
反対に右朝点になったり
するそういう場合に前日のごとき馬鹿げた
数式でもひくってみることが少なくも1つ
の有効な人生剤の役目を務めることになり
はしないかと思うのでそういう人性剤を
一部の読者に紹介したいと思ったまでの
ことで
ある健康奉仕の時代にはもちろん生理学
などというものはなかったがあのつれづれ
草第19弾を見る
と青葉になりゆくまでよろずにただ心を
のみ悩ますとかまた若葉の小涼しげにしり
ゆくほどこそ世の哀れも人の恋しさもまさ
れと人の押せられしこそ下に去るもの
なれなどと言っているところを見るとこの
奉仕もその当時はH0-A=Kの仲間では
なかったかと想像されて
おかしいそれに引き換えて枕の相子に現れ
てくる青椒な言の方はひどく健康が良くて
Aが小さくH0がいつも軽に近いという方
の夫人であったように見えるので
あるつれづれ草のあめ吹く頃で思い出すの
はベルリンに住んで初めてのプフ精霊降臨
祭の日に近所の家いえの入り口の軒に白樺
の折枝を刺すのを見て不思議なことだと
思って23の人に聞いてみたがどうした
由来によるものか分からなかっ
たただなんとなく後場に勝負を吹いた強国
の貴族を思い浮かべて何かしら東西両用を
つなぐエニの意のようなものを想像したの
であった
が後にまたウインの年の暮れに寺の広場で
角松によく似たもみの枝を売る年の位の
光景を見て同じような空想をたくましした
こともあっ
たこんな種族も元は何かしら人間の本能的
生活に密接な関係のある年中行事から
起こったものであろうと思うが形式だけが
生き残って内容の原始的人間生活の匂いは
に消えてしまい忘れられてしまったので
あろうさへ取る頃で思い出すのは子供の頃
に見た勝利の内神の神殿の田上の光景で
あるこの時の晴れのさめには村中の娘たち
が揃いの根の着物に赤帯赤で
出るそれを見物に行く町の若い主たちの
うちには不思議な死虐性変態趣味を持った
仲間が混じっていたようで
あるというのは昔からの国の種族でこの日
の神聖なさめに近寄ってからかったりする
ものは彼女たちの方位を受けて頭から着物
から泥を塗られ浴びせられても決して苦情
は言われないことになっていたので
あるそういう恐ろしい刑罰の危険を犯して
彼女らを手に行くからかいに行くという
冒険には相当な誘惑を感じる若者も多かっ
たであろうが中にはわざわざ彼女たちに
捕まって他の泥を塗られることの快感を
響楽するために出かける人もあるという話
を聞いたことがあったようで
ある1度実際に泥を塗られている場面を見
たことが
あるその時の犠牲は30十学校の証人風の
男で何でも茶がかった合わせの気流にへを
閉めていたように
思うそれが下駄を片手にぶら下げて裸で他
の汗を逃げ回るのを村のアマゾンたちが
巧妙な先人を張ってあらゆる逃げ道を遮断
しながらだんだんに16武蔵の軽のよ
をって攻め寄せていっ
たその後ろから年取った女たちがクの上に
泥を引っかけたのを下げて弾薬補給の役目
を務めるためについていくので
あるとうとう捕まって顔と言わず着物と
言わずベトベトの不を塗られてゲラゲラ
笑っている30男の育児なさをまざまざと
官邸に刻みつけられたのは誠に得がい教訓
であっ
た維新前の話であるが通りがかりの武士が
さめに泥を塗られたのを起ってその場で
相手を切りこした事件があってそれを種に
仕組んだ芝居が町の劇場で上演されたこと
もあったようで
あるこれらの泥なり事件も唯物論的に見る
とみんな結局は内分泌に関係のある性科学
的問題に機能されるのかもしれ
ないそういえば春過ぎて若葉のしげるのも
初月の味の乗ってくるのも山ほとギスの
泣き渡るのもみんなそれぞれ色々な成果学
の問題とどこかで繋がっているようで
あるしかしたえこれに関して科学者が
どんな研究をしようともいかなる学説を
立てようとも青葉の美しさカオのうさには
変わりはなくほギスの声の呼び起こす死首
にもなんら別状はないはずである
がそれに関わらずもしや現代が1世紀昔の
ように学問というものの意義の全然理解さ
れない世の中であったとし
たらこのような科学的5月間などは
うっかり口にすることをはからなければ
ならなかったかもしれないので
あるそういう着金のいらないのは誠に20
世紀のありがたさであろうと思わ
れる昭和10年5
月大阪朝日新聞
[音楽]
目を閉じれば見えてくるまぶの裏の
シアター
スクリーンそこに映し出されたあたの物語
はどんなイマージュであったこと
でしょうお休み前に聞く
朗読寺田虎彦ずれれ草の鑑賞5月の唯物
館お届けいたしましたナビゲーターは私
マスタでした
[音楽]
HV