有名な科学者が経験した超常的な体験 【地球旅館】

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851 回視聴·2025/11/21
今回は、超常的な体験を持つ有名な科学者であるヤン・ディンイー博士についてお話します。この話の内容は、一部ヤン博士の著書『奇跡』に登場する物語に基づいています。
こんにちは。みなさん、地球旅館へようこそ。私はランスターです。
今回は、超常的な体験を持つ有名な科学者である、ヤン・ディン・イ博士についてお話します。
この話の内容は、一部ヤン博士の著書、奇跡に登場する物語に基づいています。
ヤン博士はまさに天才といえる人物です。
13歳でアメリカのイエール大学への入学許可を取得したのですが、
彼はまず、家族がいるブラジルの国立ブラジリア大学医学部に入学しました。
卒業後、彼は21歳でニューヨークのロックフェラー大学に入り、
そこで2つの博士号を取得したのと同時に素晴らしい研究成果を上げたことから、
一時ノーベル賞の有力候補に上がりました。
ヤン博士は科学者でありながら、世の中で起こる様々なスピリチュアルな出来事に強く関心を持っていました。
なぜなら、彼自身がスピリチュアルな体験を数多く経験してきたからです。
ヤン博士の両親は彼の人生における最初の教師といえます。
特に母親はヤン博士の生活に対する姿勢に大きな影響を与えました。
ヤン博士の母親は口数が少なく、いつも静かにキッチンで美味しい料理を作っていました。
そのため、ヤン博士は子供の頃、キッチンで本を読むのが大好きでした。
彼の母親の愛情は家族のために作る料理で表現されていて、ヤン博士はその静かな愛をしっかりと受け取っていました。
二人の間で交わす言葉は少なくても、彼は母との間に深い理解があると感じていて、母親の静けさそのものが一種の愛の表現だと考えていました。
そして彼には母親から学んだ人生の教訓があります。
それは、どんな緊急事態に直面しても、どんなことがあっても冷静に対処し、出会ったことはすべて自然なことで、特別に良いことも悪いこともないという姿勢でした。
この教えが、ヤン博士が後に自分の感情をうまくコントロールできるようになった基盤となったのでした。
一方、ヤン博士の父親は非常に温かい心を持った人で、いつも他人を気遣い、助け、励ましの言葉をかけるような人でした。
一般的に人は、あの人は良い、この人は悪いと判断しがちですが、ヤン博士の父親は誰に対しても、分け隔てなく優しく接していました。
そのため、ヤン博士は子供の頃、皮肉を言われても気づかず、何でも良い方向にしか考えない父親を、ちょっと馬鹿正直だと思っていました。
しかし、成長するにつれて、それが父親の素晴らしい修養であることに気づいたのでした。
父親はどんな出来事も美しく捉え、仲が良くない人とも、最終的には友達になれるような人だったので、父親と接した人は皆、彼のことを大好きになりました。
驚くべきことに、父親の優しさは植物にも伝わっていました。
どんなに育てにくい花でも、父親の手にかかれば、数週間で元気に育ち、見たこともないような綺麗な花を咲かせていたのです。
ヤン博士は植物がまるでスローモーションのように動いて、父親に近づこうとしているのを見たことがありました。
最初は幻覚だと思っていましたが、成長するにつれて、それは事実だと理解したのでした。
彼は愛こそが最高の栄養であり、愛の持つ高い周波数は植物にも感じ取れることが分かり、父親の馬鹿正直さは、実は長所で普通の人にはなかなか出来ないことに気づいたのでした。
ヤン博士が二十歳くらいの頃、ニューヨークの書店で、インドの聖人ラマナマハル氏の著書を見つけた瞬間、前世で自分はこの聖人の弟子だったことを思い出しました。
ヤン博士にとって、これはまさに再会でした。
かつての死であるインドの聖人と、彼の内面の深い部分が再び結びついたのです。
その書店で、言葉では表現できないような心霊の伝承が起こり、彼の覚醒の新たな道が開かれたのでした。
それ以来、運命の導きにより、彼は仏教を含む様々な修行の領域に触れることになります。
まず最初に出会ったのは、禅宗の六祖絵能の断経でした。
ある週末、ヤン博士がついにこの本を開く時間を得て、最初の文を読んだ瞬間から涙が止まりませんでした。
表面上、彼は自分が何を読んでいるのか分かっていないようでしたが、深いところでは本の内容を完全に理解し、ずっと前からその真理を知っていたのでした。
次第に、彼は魂が体から離れるような感覚を覚え、自分が本を読んでいる姿を上から見下ろしていることに気づきました。
彼の視野はどんどん広がり、家から町、月、そして宇宙へと広がっていき、
そして地球上にかつてあった無数の文明が一瞬にして、彼の目の前を駆け巡っていったのでした。
その時、ヤン博士は宇宙全体やこの世界、私たち一人一人、そしてすべてのものはあくまで現像に過ぎず、このすべては全部自分の心から生じたもので、つまり自分自身がこのすべてを想像しているかのように感じたのでした。
どれくらい時間が経ったのか、彼は本を読み終え、ようやく魂が肉体に戻ってきました。
この時から彼の世界観は完全に変わり、古代の偉大な聖人たちに深い敬意を抱くようになりました。
ヤン博士はその時、この人生で経験したすべてが偽の現象であることを悟ったのでした。
ここでいう偽とは、存在しないという意味ではなく、すべてが脳から一時的に生み出されているものだという意味です。
彼は目の前にあるもの、現実に確実に存在していると思われるものすべてが、実際には全く現実でもなければ確実なものでもなく、すべてが目で見たこと、耳で聞いたこと、鼻で嗅いだこと、舌で味わったこと、体で感じたことによって作り出されていることに気づいたのでした。
しかし、それらのものの中を探ってみても何も見つからないのです。
この経験はヤン博士に大きな影響を与え、彼は世俗を離れたいと思うようになります。
この時期から彼は出家の念を抱き始め、数年間祭食を続け、瞑想も始めたのです。
これが彼の修行の道の始まりでした。
ヤン博士の故郷であるブラジルには、神のジョンとして知られる有名なヒーラーがいました。
彼は一日に何千人もの人を癒し、多くの病気を治していました。
ヤン博士がブラジルに寄居した際、ジョンが癒しを行っている町を訪れました。
そこで彼は、その町の地下に水晶鉱床があり、独特の磁場があることに気づきました。
彼はジョンがどのように癒しを行うのか見学し、西洋医学では治せなかった病気をジョンが治せることを確認しました。
ジョンの癒し方は非常に独特で、脅威する霊を利用して癒しを行い、水晶を補助的に使用していました。
ヤン博士はこれを信じていましたが、ジョンの特別な癒しの能力というよりも、
人間が持つ癒しの力、信仰心、そして水晶の特別なエネルギーバが、病気の改善につながっていると考えたのでした。
彼はまた、ジョンに脅威する霊には複数の種類があり、
全てがイエズス会の創設者であるセイ・イグナチオが率いる同じ組織に由来していることを発見しました。
そこでの数日間、ヤン博士は現地で、ジョンの不適切な行動に関する噂を耳にしました。
彼はジョンに戒心するよう忠告し、その癒す力を信じる人々を傷つけてはいけないと伝えましたが、
結局、その後、ジョンは大きなスキャンダルが発覚し、逮捕されてしまったのでした。
一方、ヤン博士がブラジルを離れた時、少しだけ水晶を持ち帰りました。
彼にとって、全ての水晶が神聖なものでした。
ある日、会社の同僚のスーザンに会った際、直感で彼女の体に問題があることを感じました。
彼はスーザンに水晶に手を置いて、十分間心から祈るよう伝えました。
すると、その二週間後、スーザンは興奮しながら報告に来たのです。
スーザンの首には以前から腫瘍があり、急速に成長していました。
そして、水晶に向かって祈った時、首が熱くなるのを感じたというのです。
その夜、腫瘍がさらに大きくなって痛みも伴いましたが、
翌朝、腫瘍は完全に消え、痛みもなくなっていたのでした。
ヤン博士は、水晶にそれほど大きな治癒力があると思ってはおらず、
彼は人の信念そのものが効果を発揮しているのだと信じています。
集中すれば、人間の意識は思うものを現実化できるのです。
簡単に言えば、意識が現実を想像するということです。
ヤン博士は子供の頃、サッカー場でボールを一人で70mドリブルした時、
その過程は驚くほど楽で、次々に相手選手をかわしていったことがありました。
そして、サッカー界のレジェンドであるペレの動きを真似し、
両足首でボールを挟み、逆足でシュートを決めた時、
チームメイトや保護者たちは、その光景に驚いていました。
しかし、その時ヤン博士は特別な動きをしようとしたわけではなく、
頭の中には何の雑念もなく、ただ静寂があるだけでした。
この体験から彼は、考えることをやめた時の方が、
かえって良い結果を生むのではないかと考えるようになりました。
しかし同時に、この状態は意図的に追い求めたり、
コントロールしたりできるものではないことにも気づいたのでした。
実際、雑念がない時、人には驚くほどの状態が現れることがあります。
ヤン博士は、脳の思考は一種の制限する力であり、
最高のパフォーマンスを生じさせることに対して、
妨害作用を果たすものだと考えています。
例えば、自然と触れ合い、心身を浄化している時、雑念が減っていきます。
すると、鳥、ウサギ、リス、シカなどの動物が自然と彼に近づいてくるのです。
それはまるで童話のような光景ですが、現実に起きたことです。
彼はこの現象をこう理解しました。
人が雑念を持たない時、自然と静かな場が生まれ、
この場は動物にとって脅威ではないため、
安心して近づいてくることができ、隠れる必要もないということです。
このようなことがヤン博士に何度も起こり、
異なる種類の動物が一緒にいても、互いに怖がることはなかったのです。
例えば、通常は攻撃的なアライグマやタカのような動物も、
ヤン博士の場に近づくと攻撃性を失い、他の動物もそれらを恐れることはなかったのです。
実に驚くべきことでした。
彼によれば、動物同士だけでなく、
動物と人との間にある表面的な分離も、脳が作り出しているものに過ぎないのです。
人間同士も同じで、脳が分離を作り出さなければ、
つまり雑念がない状態では、すべてが自然と一体になり、すべてが一つなのです。
このことから、彼は愛の本質を理解したのでした。
この愛は、親しい人や特定の対象への愛ではなく、
対象を持たない愛で、それ以外の愛は脳の産物に過ぎないのです。
人間の愛は、本当の愛ではありません。
なぜなら、それは対象を持ち、分離の視点からその対象を見ているからです。
それは、誰かや何かを手に入れたいという欲望から生まれる愛であり、
それもまた脳の産物なのです。
自然と触れ合う中で、ヤン博士は自分の脳を絶えず浄化していることに気づきました。
雑念が減るにつれて、彼は自然と繋がるようになっていきました。
そして、物質と物質の繋がりが見えるようになり、
太陽、月、星、空など、目の前のすべてが繋がっているように感じるのでした。
例えば、右後ろ足を怪我した犬を見たときに、彼自身もその犬の痛みを感じたのでした。
また、そばにいる人が悩んだり、悲しんだりしているとき、
その感情をまるで自分が体験しているかのように感じ、
さらに、土や石までもが生命を持っていると感じるのでした。
そして、彼は瞑想中に大きな石が呼吸していることに気づきました。
その呼吸の波動は、人間のものよりずっとゆっくりで、だからこそ、普段、人間は気づけないのです。
しかし、なぜ彼はそれを感じることができたのでしょうか。
ヤン博士の考えでは、万物を繋げているのは私たちの意識であり、
万物は意識から生まれた粒子によって創造されているため、繋がっているということです。
この意識こそが人の本質であり、愛、喜び、静けさはそこから生まれ、
それらはもともと人の本質なのです。
彼は子供の頃、ホログラムを見たとき、その面白さに魅了されました。
一つの点から全体像が見え、どの点も同じように全体を含んでいるのです。
そして今、彼はすべての点が互いに繋がっていて、一つを動かせば他のすべての点も動き、
つまり全体が動くことを理解したのでした。
宇宙のすべても同様で、大きなネットワークのようにすべてが繋がっているのです。
しかし、人間の感覚はこの自然な状態から私たちを分離してしまいます。
ヤン博士は世界に偶然など存在せず、すべては全体から切り離せないものであり、
その全体は無数の個々の繋がりによって構成されていると悟りました。
だから彼にとって、目の前のすべてが奇跡であるなら、彼自身も奇跡だということなのです。
ある日、ヤン博士が鏡の前で歯を磨いていると、鏡に映っている人物が突然知らない人に見えたのでした。
その後、実験室にいる時や食事中、睡眠中など、どんな場面でも誰がそれをしているのか、思い出せないような感覚に襲われるようになったのです。
彼はやるべきことはきちんとこなしていましたが、誰がそれをしているのか全くわからなくなったのです。
このような経験がますます頻繁に起こるようになり、彼の雑念は減っていき、やがて消えていきました。
ところが、この状態で物事を行うと、かえって非常にうまくいくのです。
ある時、彼は非常に重要な論文を書いていました。
90ページまで書き進んだところで、コンピューターが突然クラッシュし、書いていた内容がすべて消えてしまいました。
しかし、驚くべきことに、彼は失望や感情的な動揺を一切感じることはなく、ただ淡々と書き直し、90ページを楽々と書き上げ、さらに残りの60ページも完成させたのでした。
こうした体験は、何度も繰り返し起こりました。
まるで周囲のすべてが彼とは無関係であるかのように、人の話は聞こえてくるものの、それに影響されることがなかったのです。
彼はそこにいるのに、周囲のことに関わっていないような感覚でした。
私たちが周囲のすべてと一体になった時、それは知、または覚の状態です。
ヤン博士は観察者として、周囲の何にも干渉せず、世界のすべてをそのまま自然に受け入れることが最善だと思うようになりました。
彼は、人の意識には二つの軌道があると考えています。
一つは、人間世界に制限されている限られた範囲の軌道。
もう一つは、誰もが持っている不生不滅の限りない軌道です。
彼にとって、この不生不滅の次元こそが本物であり、人がこの世で経験するすべては夢に過ぎず、不生不滅の次元に重なる影のようなものなのです。
2004年末、インド洋で大地震が発生し、南アジアで大津波が起きました。
その時、ヤン博士一家は、子供や父親と共にタイのプーケットで休暇を過ごしていました。
災害が発生する直前の朝、ヤン博士の父親がビーチの散歩から戻ってきた直後、
津波の第一波が襲ってきました。
それまで穏やかだった海が、突然10メートルの高さの巨大な波となり、
もし父親が数分遅く帰ってきていたら、波にさらわれていたかもしれません。
ヤン博士は、その災害を目の前で目撃していました。
あちこちで人々がパニックになり、叫び声を上げ、リゾートの右側は水没し、多くの設備が破壊され、人々は波にさらわれていました。
一方、彼と家族はリゾートの左側にいたため、全員無事でした。
しかし、予想外なことに、津波の第二波がすぐに襲ってきたのです。
みんなが避難準備をする中、ヤン博士は奇妙な現象に気づきました。
野生の動物たちは津波の到来を予知していたのか、すでに山に避難していて、
人間が飼育していた家畜たちは、災害から逃れることができなかったのです。
この大津波は、約30万人もの命を奪い、その多くは子供でした。
ヤン博士はこの経験を通じて、自然は創造するだけではなく、破壊もすることを理解したのでした。
こうした災害はあまりにも現実的で、災害による家族の崩壊、愛する人との別れ、経済的損失、人間関係のトラブル、経済環境の変化など、
すべてが偽りではなく、現実であるように感じさせます。
ヤン博士は、こうした現実の出来事を前にして、自我を喪失することがあるかどうか、試練を受けていたのです。
このことを通じて、彼は危機に直面したとき、原因と結果を分析したり、加害者と被害者を追求したりする必要はなく、
目の前にあるやるべきことをやれば、あとは自然に任せるだけで十分だと悟ったのでした。
そうすることで、人はどんな難関も乗り越え、どんな良い出来事があっても、心に波が立つことはなく、常に心の静けさを保つことができるのです。
ヤン博士の人生体験は、奇跡という言葉では表現しきれるものではありません。
今日お話したのは、彼の前半生の特別な経験の一部です。
他のエピソードについては、今後チャンスがあればお話したいと思います。
今日の話はここまでです。
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それでは次回、またお会いしましょう。
