聖武天皇に学ぶ!現代日本人のあるべき姿とは 【「国際派日本人養成講座」編集長・伊勢 雅臣】
29 回視聴·2024/06/01
復刻書籍のご紹介『昭和天皇の御巡幸』
8年半、3万3千キロの軌跡が生んだ天皇と国民の物語
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こちらの動画は、ルネサンス編集部で配信しているメールマガジンを動画化したものです。
<著者紹介>
「国際派日本人養成講座」編集長
伊勢 雅臣
==経歴一覧==
1953年東京生まれ。
東京工業大学 社会工学科卒。
日本の大手メーカーに就職後、社内留学制度により、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校に留学。
工学修士、経営学修士(MBA)経営学博士(Ph.D.)を取得。
生産技術部長、事業本部長、常務執行役員などを歴任。
2010年よりイタリア現地法人社長。
2014年よりアメリカ現地法人社長を歴任。
イタリアでは約6千人、アメリカでは約2.5万人の外国人を束ね、過去最高利益を達成するなど成果を上げてきた。
これまでの海外滞在はアメリカ7年、ヨーロッパ4年の合計11年。
駐在・出張・観光で訪問した国は5大陸36カ国以上に上る。
1997年9月より、社業の傍ら独自に日本の歴史・文化を研究。
毎週1回・原稿用紙約15枚の執筆を22年間。
正月休み以外は毎週続け、発行したメールマガジンは1148号を超える。
筑波大学等でも教鞭をとり、日本の未来を担う「国際派日本人」の育成に尽力している。
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00:00 OP
00:06 先生の紹介
00:18 小学校時代の左翼偏向教育
01:35 聖武天皇の想い
03:45 聖武天皇の行い
21:08 ED
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<週刊ルネサンスレポート始動>
国際情勢・政治・国内問題・科学・医療・歴史問題など…幅広い分野の専門家たち20名以上が集結。一般人が手に入れることのできない独自の情報源を用いて、話題になっている重要なトピックやニュースについて、その裏側まで解説してもらいます。(毎週1回:20〜30分)
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<読者の声>
「これからの時代を作る人に読んで欲しい」
各専門家が、自ら情報(事実)を集め分析し、執筆しているので重みが違いました。間違った或いは操作された情報に埋もれる怖さを知りました。執筆者の選定、執筆者の本気度が、他の雑誌と全然異なります。一人でも多くの方、特に若い人、これからの時代を作る人に読んでもらいたいです。
「何回読んでも面白い発見のある小気味の良い雑誌」
他の雑誌と違って、広告がない。100頁ほどでテーマに沿って構成されて、シンプルで読みやすい。情報を新聞、テレビなどマスメディアから得ている現役で活躍する方々にもっと読まれるよいと思う。そこから今までの情報を取捨選択できるので、指針として役に立つのではないか。何度読んでも面白い発見があるので、手元に置いてときどき開くのが良い。
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〜100年先の日本を考える〜
Renaissance(ルネサンス)刊行の目的
私たちは、「日本国民の情報リテラシーを上げることで、長引く低成長から脱却。未来への希望があふれる国をつくる。」をビジョンに掲げ、活動しています。
「ルネサンス」の由来は、14世紀にイタリアで始まった「文化の再生・復興」運動から。当時、疫病の大流行や飢饉。百年戦争などの戦乱で人口は激減。社会全体が危機的な状況に置かれる中、人々は生と死について深く考え、いかに生きるべきかを強く意識するようになったといいます。
そこで彼らが手本にしたのが、ギリシアとローマの優れた古典文化でした。その運動は大きなうねりとなってヨーロッパ全土に広がり、より優れた中心的価値観の誕生とともに、新しい時代を切り開いていったのです。これというのは、年代や場所、起きている事象は違えど、まさに今の日本と重なる状況ではないでしょうか。
長引くデフレ、迷走する政治、少子高齢化、深刻ないじめ問題、過労死、過疎化、企業の不正や無差別殺人など…高度経済成長以降、明確な中心的価値観を見失った日本は、いつしか暗いムードに覆われ、長い停滞から抜け出せずにいます。もはやこれまでの延長線上で、同じような価値観・行動を繰り返していては修復できない状態です。
令和という新たな時代を迎えた日本を、再び明るく輝かせたい。30年、50年、100年先…子供や孫の世代が、誇りを持って生きられる日本を遺したい。「ルネサンス」という本誌の名前には、 そんな私たちの「再生・復興」への願いが込められています。
「ルネサンス」では、感情論や根拠のない主観に偏ることなく、客観的なデータを用い。さらには、世界各国の歴史や政治・経済についての成功事例など、明確な裏付けのある情報をお届けします。
そして、史実に基づく正しい歴史観も合わせて伝えていくことで、日本という国を正しく理解し、1人の日本人として、国際社会で胸を張って生きていけるよう… 先人の叡智に学び、今に活かせる誌面を目指していきます。
新しく、そして壮大な試みではありますが、多くの人々に届けられますよう、末長く応援していただけますと幸いです。
ダイレクト出版政経部門「ルネサンス」編集長 萩原敬大
#ルネサンスTV
[音楽]
このビデオは読者約30万人のルネサンス
メールマガジンで配信した伊勢正臣先生の
メルマガを動画がした内容
ですまにちが不といたすところで
ある共作地震伝線病に苦しむ民を救うため
に務天皇は仏教によって1人1人が主体的
に支える国を作ろうとし
たかつて左翼変更教育が盛んな頃は中学生
の修学旅行を印刷してきた教師が大仏壇に
来て先生は入らないが君たちは200万人
もの人民を酷使して作った大仏をよく見て
こいと言って出口で待つといった光景が
伝えられてい
ますしかし歴史人物学習官で商務天皇で
学んだ女子中学生は杉のような感想文を
書いてくれてい
ます奈良県にある大仏私がそれを写真で
初めて見た時なぜか引きつけられたのを
覚えている誰が何のために頭の中にはてな
がたくさん浮かんだきっと歴史上の人物が
自分の権力をを示すために作ったに違い
ない古墳のよう
にでもそれが人々を救うために国を沈める
ために作ったということが分かった時私は
驚い
たその時の商務天皇の言葉が印象
深い誠に賃が太のいつところで
ある病気や災害が起きるのは自分の政治が
行き届いていないからだと私はこの言葉を
聞いた時商務天皇の人々を思う気持ちや
責任感に感動し
たここまで国を一心に考える人物はいない
のではないだろう
かきっと歴史上の人物が自分の権力を示す
ために作ったに違いないという潜入感に小
学校での変更教育が伺われますが誠にちが
不のいたすところであるという商務天皇の
一言でそんな色メガなど一瞬に吹き飛んで
しまうの
ですこういうところに歴史人物学習の
パワーがよく伺え
ます実は商務天皇に関して450ページも
の好感な表を書かれた東大ジベットを文学
博士森元生師もこう書かれてい
ます攻めは我1人にありとは商務天皇の命
のりのうち必死が最も心打たれた言葉で
ある当時基金伝線病地震など民の受けた
不幸の責任を全て自身で担うとする商務
天皇の姿勢に文学博士も女子中学も同様に
心を動かされているの
ですここに歴史物語が知識の高に関わり
なく人の心を動かすことが見て取れ
ます商務天皇の言葉は口先だけではあり
ませ
ん実際に民を救おうとする数々の試作で
粘り強く自信の責任を果たそうとしている
のです
森本市の著書はこうした区を詳細にたどっ
てい
ます例えば天平4年の夏はほとんど雨が
降らず秋の収穫が三々たるあり様でした
特に瀬戸内海地方は間伐の害がひどくさき
淡路の人々は翌年の種まき用の持ち米まで
食べてしまったようです
明けて伝票5年正月には天皇から命のりが
あってこれら2国や吉野原現奈良県南部で
は国家に納めるべき稲が100百勝に無理
速で貸し出されることになっ
たまた2月にはキ山現奈良県北部川の諸国
で米国などがにられ
た2月に入ると等静岡県西部淡路でも同様
措置が取られウル2月には天皇から母国が
実らなかった泉野県現大阪府泉地方紀淡路
安房徳島県などの諸国に対し大から
すなわち国家が諸国の層にえている犬を
無理で貸し与える
ようにせよとの見のりが下っ
たかつて玄明天皇商務天皇の戦線代の際に
もし軍で10人以上の餓死者が出た場合は
管轄する国使や軍事を認するという乗りが
出されておりそのために諸国の国や軍事は
名を受け職をかけて立ちたいたと記されて
い
ます翌票6年4月7日には阪神淡路大震災
と同規模の大事神が大阪と奈良の県境沿い
の駒断層隊を神源地として起こりアシセル
もの王子という有様になりまし
た頂では機内のみならず直子を7同諸国に
派遣して被害状況を調べさせまし
た調査の結果商務天皇は民衆に神河祭り
ごとの至らざるところがなじら百勝に及ん
だのやもしれぬと語りかけ備蓄されていた
関東の無償貸し付け民間での交の貸し付け
や無理な取立ての禁止など決め細かい対処
を行いまし
た基金や災害は人身を後輩させ食料を奪う
などの犯罪が激増して各地の牢屋が
いっぱいになってしまいまし
たそこでこの7月に出されたのが犯罪者に
代謝を与える命のり
ですちが民を治めるようになってから10
年を経たが自分の徳化が行き届かず罪を
犯すものが牢獄に溢れて
いる万民が幸福に暮らせるよう寝ても冷め
ても心遣いをしているがこのところ天才で
穀物が不作であるとか自信がしばしば
起こるのはちの政治が不明なためで多くの
民を罪に落とすことになっ
たしかしながらその責任は自分1人にあり
諸々の庶民の預かるところでは
ないそこで寛大な政治を行い人々の性を
全頭させ
たいよって犯した罪を許し自力で構成の道
を歩むことを
許す天下に代謝
すこの責任は自分1人にありの原文が攻め
は1人にありで多くの民を罪に落とすこと
になったのはちの政治が不明なためであっ
て攻めを負うべきは犯罪者たちではなく
自分1人だというの
ですこの陰陽の冒頭の人が民を納めるの
原文は我大三からを武することです大から
の霊は黒色元は首の意味で合わせて看護で
は冠をつけない黒神のものすなわち庶民を
意味しますが我が国の日本初期やこの職
日本木では大三からと混じて民は大三から
であるという思想を込めてい
ます武とは部は撫でるは育てるですから名
で育てるように愛し養うことを意味し
ますすなわち民衆を大三からとして大切に
養うことが天皇の責務なのにそれができず
に民が犯罪を起こさねば生きていけない
ところまで追い詰めてしまったその攻めは
自分1人が負うべきという凄まじい覚悟な
の
ですここでも天皇は攻めは世1人にありと
言っても言いっぱなしにはせず自分の政治
に何が足りないのか多忙な政務の間にも
模索を続けまし
たその結果中国の受業などの政治思想より
も仏教の方が民を治める上では優れている
のではないかと思い至り一切教すなわち
全ての仏教点を処しさせその完美に自らの
元文を記させましたそこにはこうあり
ますこれまでちは忙しい政務の合間を塗っ
て多くの書籍をひしてき
たそれは異性者として自らが健康な体を
保ちそれでもって民の生活を安定させ民の
なりわいを成り立た
そのような政治の指針は何かと模索する
ためであったがそれには刑中国の受業や
歴史書よりも借社家の教えが最も優れて
いるそこで仏法を頼みとしかつ一条1つの
乗り物大場仏教にする上から敬って一切教
を処しし感じとなすことすでに終え
たこれを読むものは姿勢の心を上は国家の
ために下は一般庶民にまで及ぼして永遠
かつ大いなる幸福のもたらされることを
祈るよう
にしかし時代は商務天皇にさらなる苦難を
もたらします
伝票7年45月頃から朝鮮半島から伝来し
た天然島の流行
です翌々年の天平年には第2次流行があり
まし
たこの間にも商務天皇は民を救うための
施策に追われまし
た票8年には災難端のさの国でも身よりの
ない年よりや家孤児などに食料供給が行わ
れたという記録が残ってい
ます天然島が毛衣を振った天平苦の暮れに
商務天皇はこう記してい
ますすでに天平4年夏の間伐以来基金
大地震天然島と6年連続して天才が襲って
き
た最の知性にすする底の建石と受け止め
飢餓に苦しみ失敗に苦しむ民を救うべく
音直を下し米国投薬のせよ水子稲の種もみ
の貸出しの利息伝創島の免除などあらゆる
手段を講じてき
た攻めはい1人にありと罪人にすら君主と
しての得を施したつもりで
あるだが果たしてそれで民を救い得ていた
であろうか金てよは地勢の反を得ようと
様々な転席を紐解きその結果民を納めるに
は登場の教えより仏法の方が優れていると
確信したそのことは天平6年一歳教書者に
祭祀端末の元文に記させただが世はその
思いを具に民に伝える手段を講じてこ
なかっ
たいくら仏法が優れていてもそれを民の
1人1人に伝えて互いへの思いやりを持ち
それぞれが国家共同体のために尽くすよう
にならなければ幸福な国家は作れないと
考えたの
ですするとまるで天底がこの決心を読みし
たかのようにこの後天然刀はに申化し票4
年以来6年に及ぶ苦難の時代はここで
終わりを迎えたの
です仏法を具体的に民に伝える手段として
考えられたのが64か国のそれぞれに黒分
寺国分2次を立てることだったようです
そこで民は月の6歳日すなわち8115
232930日には心身を正常に保ち肉食
をせず商人することになりまし
たまたこれらの日には国分寺国分2次に来
て僧侶の説法を聞きまた殺さない盗まない
嘘をつかないなどの開立を守ることを進め
られまし
た唯物的な考えでは仏教なや災害伝線病に
襲われた人々の役に立つはずがないと思う
でしょうが例えば
東日本大震災での東北の人々の助け合いの
様を思い返してみ
ましょう他国なら食料の奪い合いをして
犯罪がばこするような状況でも互いへの
思いやりに満ちた社会では人々は力を
合わせ助け合いそれによってはるかに多く
の生命が
ます商務天皇が目指したのはそういう社会
だったと考えられます大三からとは単に
天皇から大切にされる民衆というだけでは
なく1人1人が思いやりを持って国全体を
主体的に支える存在を言うの
でしょう国分寺には総20人を置くことが
定められましたが64か国では1200人
以上の層がは必要となりますこれら大勢の
僧侶を育てる役割を担ったのが首都の黒分
事すなわち後の東大児でし
た当時は仏教が貴族の戦友物から行気など
の不況により一般民衆にまで浸透しつつ
あり層を目指す男女も多く現れましたこれ
ら志しある人々も国分寺国分2次で活躍
できるようになったの
です票15年に発出された大物造り発言の
命のりでは次のような一説がありまし
たもし一の草一派の土というわずかなもの
であっても進んで造像事業に参加しようと
するものがあれば皆
許そう国士軍事の人たちはこの事業を理由
として民の財産を侵害したり所税を集し
たりしてはなら
ないここにも民衆1人1人の主体的な
心ざしを大切にする商務天皇の願いが見て
取れますそしてこの言葉もまた口先だけの
綺麗事では終わりませんでし
た東大の記録によると驚くべきの人々が
大仏及び東大寺の混流に参加しまし
た時に貢献した人々はまず財務等寄進者が
5万10人労働奉仕者が
[音楽]
1667人金銭寄進者が37万
3075
人公的な刺でした府が
[音楽]
51490-に膨大な数に
登る延べ人数であろうが260人は当時の
日本の人口からするとおよそ半分に当たる
とも言われて
いる信者者とはらの心から大仏と東大寺の
混流に協力した人々です公的な刺激で参加
したエフとは税として年に10日の労働を
付加されていましたが賃金食料として1日
あたり8号の玄米とさらに塩味噌海藻漬物
野菜木の実などがおかずとして出されまし
た冒頭で紹介した200万人もの人民を
酷使して作った大仏などという避難は事実
も調べないで異性者を悪しするマルクス
主義流の非学問的決めつけでしかありませ
ん大仏の実現にはこれだけ多くの心ざし
ある国民が主体的に参加していたの
ですこの光景から思い起こされるのは承徳
大使の17条憲法第1条の輪を持って唐と
なすという言葉
ですこれは単に仲良くすることが大切だと
いうことではなく第1条はこう結ばれてい
ます上下のものがむつまじく論じ合えば
おか通りが通じ合いどんなことでも成就
する
だろう互いに和の心を持って知恵を集め力
を合わせればどんなことでも成就する
だろうという驚くべき確信
ですこの聖徳大使の確信を実際の政治に
おいて具現化したのが商務天皇の大仏混流
だったと思えるの
です大仏は死体的に国を支えようという
心ざしを持った無数の大三たちの和豪の底
によって気づかれましたまに我が国柄の
象徴というべきでしょう
[音楽]