【ゆっくり解説】未だ解明できない世界遺産の謎4選

世界の未解明ミステリー【ゆっくり解説】
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1 動画再生回数·2024/10/17
今回は「未だ解明できない世界遺産の謎4選」を解説します。
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ゆっくり霊夢です。
ゆっくり魔理沙だぜ。
古代遺跡っていいわよね。
なんかロマンを感じるというか、なんとも言えない高揚感が湧いてくるのよ。
確かに古代遺跡には、人々を引きつけるなんとも言えない魅力があるな。
それに近年は観光地としても人気スポットになっているんだぜ。
そんな話をしていたら、古代遺跡を巡りたくなってきたわ。
そんな古代遺跡だが、その多くは未だにその存在理由が解明されておらず、調査研究が続けられているんだ。
そして中にはその正体に関して理論付けできない古代遺跡も存在するんだぜ。
なによそれ、気になるじゃない。
ぜひ詳しく教えてよ。
それじゃあ今回は、未だ解明できない世界遺産の謎について解説していくぞ。
ゆっくりしていってね。
1.プマプンク遺跡
最初に紹介するのは、天空の廃墟と呼ばれるプマプンク遺跡だ。
この遺跡は南米大陸ボリビアにあるチチカカ湖から約17km離れた場所に存在する。
ではなく遺跡と呼ばれる遺跡群の一つだ。
天空の廃墟ってなんかかっこいいわね。
その異名からして、マチピチュみたいに山の上にある遺跡なのかしら?
なかなかいい感をしているな。
プマプンク遺跡は、標高3890mの山の上に存在する遺跡なんだ。
そもそもチチカカ湖自体が天空の湖と呼ばれており、
そこからプマプンク遺跡も、天空の廃墟という異名になったんだぜ。
標高3890mって富士山より高いじゃない。
だから遺跡の周りには石もなく、木々さえも生えていない荒野になっているんだ。
そんな場所に突如として、10トンは超えるであろう巨石群が土に埋もれた状態で発見されたんだぜ。
巨石群ということは、ストーンヘンジみたいな感じの遺跡なのかしら?
残念ながらストーンヘンジとプマプンク遺跡の巨石群は全く違うものになる。
これは説明するよりも見た方が早いと思うので、画像を用意したぜ。
えー、何よこの形は、どう考えてもコンクリートブロックじゃないのよ。
確かに一見すると、H型の枠にコンクリートを流して作ったように見えるが、
この巨石群は間違いなく岩石を加工して作られたものなんだ。
しかも石材の角はほぼ90度の直角に切られており、
その正確な形から、どう考えても機械で石を切り出したとしか考えられないんだぜ。
確かプマプンク遺跡って古代遺跡よね。一体この巨石群はいつ頃に作られたものなの?
一応通説となっているのは、ボリビアの研究者であるアーサー・ポスナンスキーが提唱した、
15000年前の遺跡だという説になるな。
い、15000年前?
ただプマプンク遺跡に関しては謎の部分が多く、詳しい年代は明らかになっていないんだ。
そのため紀元前200年や500年など、多くの説が存在しているんだぜ。
どちらにしてもUC以前の時代なんだけど。
さらに驚くべきことは、この巨石群は花崗岩と呼ばれる火山岩の一種で作られており、
この花崗岩は大理石よりも高度が高い岩になるんだ。
そのモース高度は7とされていて、現在の技術でもこの岩石を加工するには、
ダイヤモンドカッターやレーザーカッターが必要だとされているぜ。
ダイヤモンドカッターにレーザーカッターって、
紀元前の時代にそんな技術があるわけないでしょ。
こんなのどう考えても、オーバーテクノロジーってやつじゃない。
そう考えるのが一番しっくりくるだろうな。
そもそもこの巨石群は、
花崗以前に10トンもの岩石をどうやって山まで運んだかも大きな謎なんだ。
それは普通に可能だと思うけど。
岩の下に丸太を敷いて転がせば運べるんじゃないの?
エジプトのピラミッドもこの方法で巨大な岩を運んだって聞いたわよ。
いわゆるコロを使った運搬方法だな。
ただここで冷静に考えてほしい。
エジプトのピラミッドとは違い、
プマプンク遺跡のある場所は標高3800mの山頂だ。
コロで10トンもの岩石を山頂まで運ぶことなんてできると思うか?
言われてみれば確かに。
不可能とは言えないけどかなり厳しいわね。
さらに付け加えると、
プマプンク遺跡のある場所は荒野になっているため、
コロに使用する木材自体が存在していないんだ。
その上この岩石が切り出されたとされる石切り場は、
山頂から80kmも離れた場所だとされているんだぜ。
何よそれ、もうこんなの絶対に無理ゲーじゃない。
ていうかそもそもこの遺跡って、
一体何のために建てられてたのよ?
プマプンク遺跡に関しては、
現在もその目的や意図に関してわかってはいない。
一応一つの説として、
この地に住む先住民アイマラ族によって作られた神殿跡ではないかと言われているな。
ただアイマラ族は、
自分たちが作った遺跡ではないとその説を否定をしているんだ。
そして彼らは、
と言っているんだぜ。
何よその怪しすぎる伝承は。
でも今までの内容からしても、
アイマラ族が作った可能性は低いでしょうね。
どう考えても先住民にそんな技術があるとは思えないわよ。
確かにアイマラ族は文字を持たない石器時代の部族になるからな。
とてもじゃないがH型のブロックなんて作れないだろう。
それじゃ本当にプマプンク遺跡の巨石群は巨人が作ったってことになるの?
巨人かどうかは分からないが、
アイマラ族とは別の何者かが作った可能性が高いだろうな。
そして彼らは、
岩石を加工して運ぶ高いテクノロジーを有していたと考えられるんだ。
そのテクノロジーこそが、
地球以外からもたらされたものではないかと言われているんだぜ。
地球以外って、
それって宇宙人がプマプンク遺跡を作ったってこと?
実はこの地には、
ビラコチャという創造神の伝説が存在しているんだ。
ビラコチャはこの地で巨人たちを創造し、
彼らに世界を作らせたとされているんだぜ。
巨人ってアイマラ族の話と合致するわね。
ただこの巨人たちなんだが、
しばらくするとお互い争いを始め、
電池創造の仕事をしなくなってしまうんだ。
そのことに起こったビラコチャは大洪水を起こし、
男女一組の巨人を除いて、
全て滅ぼしてしまったと言われているんだぜ。
男女一組の巨人って、
なんかアダムとイブみたいじゃない?
ただこの一組の巨人に関しては、
その後どうなったかは一切語られていない。
そしてビラコチャは、
豊富なアゴヒゲを蓄えた大柄な白人男となり、
アンデスの人々に農業や牧畜の知識を授け、
時には病気の治癒をしたとされているんだぜ。
生き残った一組の巨人について何も語られていないのが
ちょっと気になるんだけど、
でもこれってこのビラコチャが
宇宙人じゃないかということよね?
あくまで一つの説になるがな。
ただプマプンク遺跡には、
太陽の門と呼ばれる一枚岩でできた大きな門が存在し、
そこにはビラコチャと共に、
一年を365日と計算された形跡が残っている。
これは紀元前の時代に、
この地には現在と同じ天文学が存在していたことを表しているんだ。
これらのことから、
私たちの想像を超える高度な文明を有した何者かが存在しており、
プマプンク遺跡は彼らが作り出した、
オーバーテクノロジーの結晶だと考えられるんだぜ。
遺跡を作ったのが宇宙人かどうかは別にしても、
何かしらの高度文明が存在していたのは間違いなさそうだわ。
現在でもその存在について多くの議論が交わされているプマプンク遺跡、
今後巨石群の謎が解き明かされる日が来ることを、期待せずにはいられないんだぜ。
2.ボロブブル遺跡
次に紹介するのは、インドネシアジャワ島に存在するボロブブル遺跡だ。
この遺跡はあの有名なアンコールワットと並んで、
東南アジアの偉大な遺跡の一つとされているんだぜ。
アンコールワットは知ってるけど、この遺跡は聞いたことがないわね。
でも偉大な遺跡ということは、世界遺産に登録されているのかしら?
もちろん1991年にユネスコ世界遺産に登録されている。
このボロブブル遺跡は、首都ジャカルタから東南東約400km進んだ先に広がる、
ケブボンチに存在する世界最大級の仏教寺院になるんだ。
巨大な村木火山などの山々に囲まれた平原の中央に立地するこの遺跡は、
総面積はおよそ1.5万平方メートルという大きさを誇るんだぜ。
い、1.5万平方メートル、めちゃくちゃ広いじゃないのよ。
だいたい東京ドームの4分の1ほどの大きさになるな。
さすが世界最大級を歌うだけはあるわね。
そんな巨大寺院であるボロブブル遺跡は、780年頃から建築が始まったとされている。
当時インドネシアを統治していたシャイレインドラ朝の王であるプンガ王が、
信仰していた大乗仏教の寺院として作らせたんだ。
当時ジェワ島では大乗仏教が優勢を極めており、
ボロブブル遺跡も、その教義を反映した巨大なマンダラを模した作りとなっているんだぜ。
えー、インドネシアって大乗仏教の国だったの、てっきりイスラム教の国家だと思っていたわ。
いや、その認識は間違ってはいない。
現在のインドネシアはイスラム教が主流となっているからな。
あくまでシャイレインドラ朝が、大乗仏教を信仰していただけなんだぜ。
なるほど、あくまで一家政だったわけね。
ただこのボロブブル遺跡なんだが、アンコールワットと型を並べるだけあって、
かなり特徴的な石像建築物になるんだ。
その作りは四角形の基段の上に、5層の砲弾と3層の炎弾が積み重なり、
頂上には巨大なスプーパがそびえ立つ、ピラミッドのような構造になっているんだぜ。
いきなり知らない言葉がいっぱい出てきたんだけど、まずスプーパってなんなのよ?
スプーパとはお釈迦様の遺骨を納めた塔のことで、日本でいうところの仏塔みたいなものだな。
つまりお墓ってことね。
そのスプーパが一番上にあるのは分かったけど、その下にある炎弾とかってなんなの?
これは簡単に言うとそうみたいなものだと思ってくれ。
つまりこの遺跡は3層構造の上に、釈迦が眠るスプーパがそびえ立っているんだ。
そしてこの3層が、それぞれ仏教の三界を表しているんだぜ。
三界って仏教における輪廻転生の世界を3つに分けたものでしょ。
確か欲界、識界、無識界の3つのことよね。
さすがに三界は霊夢でも知っていたようだな。
ボロブブール遺跡では気弾が欲界、砲弾が識界、炎弾が無識界として表現されているんだ。
この配置は参拝者が上層へと昇るにつれて、悟りに近づくことを意味しているんだぜ。
よくよく考えたら寺院自体が三界を表しているって、かなり珍しいんじゃないの?
先ほども少し触れたが、ボロブブール遺跡自体が仏教の教義を表しているからな。
そういった意味でもかなり特別な遺跡だと言えるんだ。
さらにこの遺跡の砲弾の回廊には美しいレリーフが存在しており、
そこにはケゴン教やジャータカといった、仏教経典の物語が記されているんだぜ。
なんか聞けば聞くほど、とんでもない遺跡なのがわかるわね。
でもこんなすごい遺跡なのに、どうしてそこまで認知度が高くないのかしら?
なかなかいい質問をしてくるじゃないか。
ボロブブール遺跡の知名度が高くないのは、歴史的に抹消されていた遺跡だったからだ。
歴史的に抹消されていたってどういうことよ?
10世紀に入るとインドネシアにはヒンブー教やイスラム教といった多宗教がその勢力を強め、
大乗仏教は次第に影響力を落とすこととなった。
そのためボロブブール遺跡はその存在意味を失っていき、人々の記憶から消えてしまったんだぜ。
何よその驚きの展開は、それって寺院自体が人々から放置されたってことよね。
一応ボロブブール遺跡が建てられた場所が深い森の中であった点と、
村木さんの火山活動により灰に埋もれてしまったのが、衰退の大きな理由だと言われている。
そのため1814年にイギリス人のトーマス・ラックルズが発見するまでの間、
その存在は完全に消失していたんだぜ。
1814年まで発見されなかったって。
普通に考えたらありえない展開なんだけど。
その後、20世紀初頭にオランダ人ギシコルネリウスがボロブブール遺跡の修復に取り掛かり、
1970年代から1980年代にかけて、インドネシア政府とユネスコの協力により復元計画が実行されるんだ。
そして1983年に無事計画は完了し、現在では世界遺産として観光地になっているんだぜ。
無事修復されたのは良かったけど、やっぱり発見されていなかった期間が気になるわ。
やはりそこは気になるところだよな。
実はボロブブール遺跡が発見されなかった理由に関しては、明確には解明されていないんだ。
そのため現在では多くの学説や都市伝説があふれかえることとなったんだぜ。
やっぱりいろいろ問いわくがあったのね。
まずラックルズがボロブブール遺跡を発見した際、遺跡の大部分は土で埋もれた状態だった。
後にその土を調べたところ、遺跡の土台の土と覆っていた土が同じ土質のものだと判明したんだ。
え、同じってどういうことよ。
それにさっきの話だと、火山活動のせいで灰に埋もれたって言っていたじゃない。
もちろん灰も追いかぶさって湧いた。
ただ根本的にボロブブール遺跡は、灰ではなく土台と同じ土で埋められた状態だったんだ。
土台と同じ土ということは、ボロブブール遺跡は建設された後すぐに埋められたってこと?
土質だけで見るとそうなるな。
何よそれ、意味不明すぎるわよ。
さらに先ほども少し説明した通り、ボロブブール遺跡は構造自体がかなり特殊で、
そもそもピラミッドのように、建築された理由が全くわかっていないんだ。
その上スプーパが存在する時点でお墓としての役割があるはずなのに、
中は完全に空洞で、遺体らしきものは一切存在していなかったんだぜ。
めちゃくちゃいわくつきの遺跡じゃない。
ボロブブール遺跡に関しては、現在でもその存在意味については多くの議論が交わされており、
今のところ明確な結論は出ていない。
今後さらなる研究調査が進むことで、
消失していた気管の謎が解き明かされることに期待するしかないんだぜ。
この遺跡に関しては何とも言えないミステリーを感じてしまうわね。
3.ウルル
次に紹介するのはウルルだ。
ウルル?
これも初めて聞く名前だわ。
確かにウルルという呼び名だと、レイムのようにピンとこない人が多いかもしれないな。
ウルルとは、オーストラリアノーザンテリトリー内のウルルーカタジュダ国立公園に存在する、エアーズロックのことになるんだぜ。
ウルルってエアーズロックのことだったの?
流石にエアーズロックは知っていたようだな。
もちろんよ。
地球のへそと呼ばれるオーストラリア随一の観光名所じゃない。
言ったことはないけど、太陽の光で色が変わったりするのよね。
すごい抽象的な情報なんだが、そもそもエアーズロックという呼び名は、オーストラリアにやってきた白人がつけたので、
この土地に住む原住民アボリジニは、この巨大な一枚岩をウルルと呼んでいるんだ。
へえ、そうだったのね。
それでそのウルルって言葉にはどんな意味があるの?
ウルルには特に意味は存在していない。
あくまで彼らの言語であるキチャンチャチャラ語での固有名詞としての言葉になるんだ。
そしてこのウルルこそが、アボリジニにとって聖地と呼ばれる場所になるんだぜ。
なんか聖地って時点でとんでもない謎がありそうな気がするわね。
それにエアーズロックが一枚岩というのも初めて知ったわ。
それは流石にムチすぎるだろ。
ちなみにウルルは、世界で2番目に大きな一枚岩になるんだ。
え、あの大きさで世界一位じゃないの?
世界一位は同じオーストラリアにある、マウントオーガスタスという岩になる。
その岩の大きさはウルルの2.5倍になるんだぜ。
あの大きさの2.5倍ってヤバすぎるでしょ。
一応通説では、ウルルとこのマウントオーガスタは地下で繋がっているとも言われている。
そもそもウルル自体、地表に出ている部分は全体のわずか5%にしか過ぎないとされているんだぜ。
5、5%って、地中に埋まっている部分は、どんな大きさになっているのよ。
ウルル自体は標高868mで、周囲は9.4kmの大きさになる。
そう考えるととんでもない大きさの岩盤が地中に埋まっていることになるな。
どれくらいの大きさか全く想像できないわね。
そんな巨大な岩盤であるウルルだが、今から1万年以上前に地上に現れたとされている。
そしてウルルには先住民が残したとされる、精霊や水場の位置が描かれた壁画が存在し、
当時からアボリジニにとって特別な存在だったんだぜ。
それってどうなのかしら。
エアーズロックって観光地としてめちゃくちゃ有名になっているじゃない。
アボリジニからしたら、聖地とされる場所に観光客が訪れるって絶対に心よく思っていないでしょ。
もちろんアボリジニからすると、ウルルの観光地下は許せるものではなかった。
ウルルには風食によって巨大なくぼみや穴が多数存在しているんだが、
アボリジニたちはその穴をのっちと呼び、精霊が宿っていると信じているんだ。
そのため観光客により精霊の住処が荒らされると猛抗議をしているんだぜ。
やっぱりそうなるわよね。
そもそもウルルはアボリジニの中でも祭祀という特別な立場でないと、
その岩を登ることが許されない特別な場所だった。
それを白人が勝手にエアーズロックと名付け観光地下させてしまったんだ。
さらに1987年にユネスコの世界遺産に登録されてからというもの、
モラルのない観光客が増えたことで、ゴミのポイ捨てなどで自然が汚染され始めたんだぜ。
これは流石にヤバいでしょ。オーストラリア政府としては何もしなかったの?
いや、流石にこの現状を重く見たオーストラリア政府は、
アボリジニの主張を受け入れて、2019年10月からウルルの登山を完全禁止にしたんだ。
その結果、現在ではウルルに登ることはできなくなってしまったんだぜ。
これはナイス判断じゃない。
ただこの登山禁止なんだが、アボリジニの主張を認めたというのは、
あくまで建前ではないかと言われている。
建前ってどういうことよ?
実はウルルでは登山者が滑落するなどして命を落とす事故がかなり増えていたんだ。
え、確か最初の話では、標高868メートルって言ってたわよね。
そんなに滑落事故が起こるものなの?
いや、普通に考えたら滑落事故が多発するような場所ではなかった。
そのためウルルで事故が起こるのは、精霊の怒りではないかと言われているんだぜ。
なんかいきなり都市伝説っぽくなってきたわね。
霊夢はウルルの石という言葉を知っているか?
ウルルの石?
聞いたことがないわ。
これはあくまで噂話レベルになるんだが、ウルルから石を拾って持ち帰ると、その人に不幸が訪れると言われているんだ。
実際に事故にあったりする人が続出しているらしく、毎年オーストラリア政府宛に大量の石が変装されているらしいんだぜ。
それも精霊の怒りってこと?
正直その点については何とも言えない。
ただアボリジニには独特の伝承が数多く残っており、その中の一つにワンジナという神の存在があるんだ。
ワンジナは空から来て世界中の文明と繁栄を導いた存在だとされていて、壁画に描かれているワンジナの姿は、宇宙人のグレーそっくりなんだぜ。
うわ、これはベタなやつが来たわね。
精霊かと思ったらここで宇宙人が出てくるなんて。
ベタとか言うんじゃない。
実際にアボリジニだけではなく、世界各地の壁画には宇宙人を連想させるものが数多く存在しているからな。
さらに付け加えるとアボリジニにとってウルルは、レインボーサーペントと呼ばれる虹色の蛇の卵だとされているんだ。
宇宙人に蛇ってもしかして、レプテリアンのことを表しているんじゃ?
なかなかいい感をしているな。
実はこれらのことからアボリジニと宇宙人の間には、遥か昔から何らかの接点があるのではないかと考えられているんだ。
そしてウルルこそ、アボリジニが宇宙と交信を行う通信基地ではないかと言われているんだぜ。
正直かなり荒唐無稽な話に聞こえるけど、可能性が全くないとも言えないわね。
実際にオーストラリアってUFOの目撃情報が多いし、
まあこれはあくまで都市伝説に過ぎないがな。
ただ一部界隈ではウルルへの登山を禁止したのは、
宇宙人との交流が阻害される可能性が出てきたからだと真剣に語られているんだ。
この辺りの宇宙人説に関しては真偽も含め、何とも言えないわね。
どちらにしても先住民アボリジニが聖地と崇め、国が正式に登山を禁止したウルル、
ただの観光スポットではないと思わざるを得ないんだぜ。
最後に紹介するのは清水寺だ。
最後にめちゃくちゃメジャーなお寺が出てきたんだけど。
ていうかそもそも清水寺って遺産ってカテゴリーになるの?
おいおい、お前は本当に無知だな。
清水寺は、1994年にユネスコの世界遺産に登録されているんだぞ。
さらに付け加えると、清水寺は解明されていない謎が多く残る、世界でも有名な遺産になるんだぜ。
まさか身近に存在する清水寺が、謎大きい世界遺産だったなんて。
日本屈指の観光名所である京都市東山区清水に存在する清水寺。
正式名称王とは山清水寺といい、11面千樹千岩観世音菩薩を本尊とするお寺になる。
その歴史は古く、光竜寺や倉間寺と共に平安京戦と以前からの歴史を持つ、京都では数少ない寺院の一つになるんだぜ。
そういえば清水寺って清水の舞台や三年坂が有名すぎて、お寺自体って詳しく知らないのよ。
恐らく霊夢のように清水寺自体に関しては知らない人の方が多いだろう。
清水寺は778年に大和の国の降伏寺の祖である遠鎮が、おとわ山で開山したのがその始まりとされている。
その後、798年に征夷大将軍坂の上の田村麻呂が帝託を献上して仏殿を混流し、観音菩薩を祀る寺院として確立したと言われているんだ。
へえ、清水寺って1200年以上も前に建てられたお寺だったのね。
まあ現在私たちが訪れている清水寺は、1663年に江戸幕府三大将軍徳川家光により再建されたものにはなるがな。
そりゃそうでしょ。
さすが2200年前の建築物が減損している方が稀すぎるもの。
そもそも歴史を見たらわかる通り、昔の京都は非常に火災の多い町だったんだ。
そのため清水寺は確認できるだけでも、9階の小室にあっているんだぜ。
9階ってなかなかの階数ね。
でもその度に再建されているということは、当時からかなり重要視されていたお寺なのがわかるわ。
ただこの9階にも及ぶ小室により、清水寺の遮電はほとんど紛失してしまったんだ。
その結果、清水寺には清水寺の七不思議と呼ばれる未だに解明できない謎が存在することになったんだぜ。
七不思議って何かベタな感じがしないでもないけど。
そんな清水寺の七不思議の中で、一番興味深いのが清水寺の狛犬になるんだ。
狛犬って神社やお寺の入り口に建てられている石像のことよね。
獅子に似たような姿をした空想上の生物である狛犬。
神道の世界では神の使いと称され、多くの自社仏閣では入り口の両脇や本殿の正面左右などに、一対で向き合う形で設置されている。
そんな狛犬なんだが、清水寺に存在する狛犬だけ、普通の自社仏閣とは違う特徴を持っていたんだ。
それが、ああの狛犬になるんだぜ。
何よああって?
霊夢はああうんの呼吸という言葉を知っているか?
もちろんよ。言葉を交わさなくても息がぴったりの時に使う言葉でしょ。
このああうんという言葉は、始まりを表すあようと終わりを表すうんようが合わさったもので、狛犬はそれぞれ口を開いたあがたと、口を閉じたうんようが二体一組になっているんだ。
ところがなぜか清水寺の狛犬だけ、二体とも口が開いたあがたになるんだぜ。
なんかいきなりヤバそうな謎が出てきたわね。
これって単純に考えると、終わりがないってことじゃないの?
なかなか面白い捉え方をするじゃないか。
なぜ清水寺の狛犬だけああなのかは正直分かっていない。
一部ではお釈迦様を呼ぶためにああの形になっているや、中国の僧から伝わった別の狛犬など、様々な説がささやかれているんだ。
その中でも非常に興味深い説が、冥界への入り口という説になるんだぜ。
冥界への入り口って?
実は清水寺の近くには、三大双双地の一つに数えられる鳥辺野という場所が存在していた。
この鳥辺野は人々の亡骸が捨てられる場所で、昔はそのまま野晒しにされていたんだ。
野晒しってヤバすぎるでしょ。
現在と違って当時は火葬という風習がなかったからな。
基本遺体は野晒しにして、そのまま土に返す風葬が主流だったんだ。
そのため清水寺周辺には、人々の魂や邪気が充満していたと言われていたんだぜ。
まさか清水寺にそんな歴史があったなんて。
そんな迷える魂や邪気を冥界へと導く役目を持ったのが、清水寺の狛犬だとされているんだ。
狛犬は人々の魂を冥界へと誘うことで、新たな始まりへと導いたと言われているんだぜ。
これはかなりぶっ飛んだ説になるわね。
でも穴がちまとはずれとも思えないのが、何とも言えないわ。
そもそも早々地の近くにお寺が建てられている時点で、絶対にあの世や冥界と関係がありそうだもの。
そしてこの説を裏付けるもう一つの存在が、清水の舞台になるんだ。
そもそもこの清水の舞台自体も、七不思議の一つに数えられており、
現在でも多くの学者がその存在理由について議論を交わしているんだぜ。
存在理由ってどういうことよ?
冷静に考えて欲しいんだが、霊夢は清水寺以外に、崖に競り出した舞台が存在する自社仏閣を見たことがあるか?
言われてみれば確かに、清水の舞台って当たり前の存在として認識していたけど、
よく考えると明らかに異質よね。
そもそも清水の舞台は清水寺が混流された時には存在していなかったんだ。
実際2001年に描かれた枕の創始には、舞台の存在しない清水寺が載っている。
その後、12世紀に入ると各書物に清水の舞台が登場し始め、
最終的に1633年の改修で、両脇に落車を配置した現在のような舞台が完成したんだ。
ただこの舞台に関してはどういった目的で作られたのか、現在のところ判明していないんだぜ。
でも舞台と言うからには、神様に画学とかを収めるために作られたんじゃないの?
それも一つの説として挙がっているな。
その他にも増えた参拝客に対応するために、無理やり増築された結果だとも言われている。
ただその一方で、清水の舞台は人々の亡骸を投げ捨てるために作られたという説が存在するんだ。
これってさっき出てきたトリベノに亡骸を捨てるってやつよね。
そういうことになるな。
実際に清水の舞台は地上から13メートルもの高さに存在し、
これはトリベノから漂う邪気が届かないようにするためだとも言われているんだ。
これらのことから清水の舞台は、現世とあの世の境目だと考えられているんだぜ。
現世とあの世の境目って、これはかなりゾッとする話だわ。
あくまで一つの説に過ぎないけどな。
ちなみに余談だが、江戸時代には清水の舞台から飛び降りるということは座通り、
235軒もの飛び降りが確認されているんだ。
これは観音様に命を預けて飛び降りれば、命は助かり願いが叶うという、
願掛けの一種として行われていたんだぜ。
いやいや、13メートルもの高さから飛び降りたら絶対に助からないじゃない。
それがそうでもなかった。
当時清水の舞台の下には木々が生い茂っていて、それがクッションの役割を果たしていたんだ。
そのため生存率はなんと、85.4%もあったんだぜ。
85.4%ってすごすぎるでしょ。
その他にも清水寺は仁王門のカンカン抜きや六本柱の招楼など、
解明されていない多くの謎が存在している。
これらの謎がいつか解明されることを期待せずにはいられないんだぜ。
清水寺がこんな謎だらけのお寺だったなんて驚きね。
私も個人的に清水寺についていろいろと調べてみるわ。
ってことで今回は、いまだ解明できない世界遺産の謎について解説したがどうだった?
初めて知った世界遺産から身近なお寺まで、いろいろな話が聞けて面白かったわ。
遺跡の調査研究に関しては、さらにその精度が上がっていくと思われる。
そういった意味でも、今後どのような新しい真実が判明するのか楽しみなんだぜ。
これからの研究発表から目が離せないわね。
というわけで、今日の動画はここまで。
動画が面白かったら、高評価とチャンネル登録よろしくお願いします。
最後までご視聴いただきありがとうございました。
ありがとうございました。
