米軍が唯一完全敗北したアフガニスタンで最も危険な場所に行ってみた
世界中のアメリカ兵が最も恐れた場所
別名
死の谷
2001年から始まったアメリカ有志連合対アフガニスタンタリバン政権の紛争の約7割が
この死の谷と呼ばれる地域でおき
米軍側で最も多くの死傷者が出た場所として恐れられ
アメリカがアフガニスタンから完全撤退する2021年より
11年も前に撤退せざるを得なかった
最激戦地
今回は死の谷と恐れられたアフガニスタンで最も危険な地域の実態を見てみました
はい皆さん
現在はですねアフガニスタン東部
パキスタンの国境沿いクナルシーというところに来ております
今回の動画もですね前回の過去日本の動画見ていただいた方がよりリングできると思うんで
是非ね先にそっちの動画見てほしいんですけど
このエリアはですねアフガニスタン全土で最も隔離封鎖された場所の一つということで
アメリカとのねアフガニスタン紛争時はですね最激戦地
現在もですねタリバンと敵対勢力パキスタンの武装勢力と紛争中とのことでですね
緊張感がマジ半端ないんですけど
今回ねタリバンに特別に許可をいただいたということで
友達も含めてね死の谷と呼ばれた場所にね行ってみたいなと思います
パキスタンの国境付近にあるクナルシーはですね他の地域と異なる土地柄の影響で
人々は森林関連の産業や米やトウモロコシなどの農業で生計を立てているみたいで
歴史上ソ連やアメリカタリバンや武装勢力を含む外国勢力に侵略されたことから
外部の人に対して特に敵対的であると言われ
アフガニスタンの中でも最も保守的伝統的で孤立した人々が暮らしている地域だそうです
はいここがですね米兵が最も恐れた場所ということで死の谷コレンガル渓谷です
まあ全長ですね約10メートルぐらいあるみたいなんですけど
見てもらったらわかるようにものすごい急な斜面で崖まみれっていう感じですかね
まあ今ね感じ的にはもう本物に紛争があったのかっていうぐらいですね静かな場所で
もう人もですねちらほやしかいないなあっていう感じですね
でねアメリカ軍だけではなく旧ソ連軍の時もですねここが激戦地やったということで
別名ね旧ソ連軍アメリカ軍の墓場とも言われてるみたいです
現在はタリバンが支配していると主張する孤独なる州なんですけど
まあアフガニスタンで最も危険と呼ばれている理由に
険しい環境にあることから武装勢力が潜伏しやすく
そして木材などの天然資源が豊富にあることから
領土と資源を巡って2015年以降もタリバンと敵対するパキスタンに拠点を置く武装勢力と
過去何度も戦闘を繰り返し現在もねタリバン敵対武装勢力の活動がかなり活発なエリアだそうです
はいということで皆さんたどり着きました
ここがですね市の谷の頂上らへんですかね
もう頂上でもないんですけど谷の反対側におるんですかね
さっき言った話によるとあそこにですねメインのアメリカ軍の基地があってですね
その他まあここもそうですしいろんなね山のあちこちにですね
ちっちゃい基地みたいなのがあってあそこのねメインの基地をサポートしてたみたいです
ここがですねアメリカ軍の作戦が行われてたレストロポーというね軍の基地みたいでですね
まあドキュメンタリーとして生々しい映像がですね映画としても公開されたということで
現状はですねこんな感じで軍の跡地だけになってるっていう感じですかね
当時アメリカ兵たちはこんな偏僑の地で寝泊まりし衛生状況は最悪の中地形安全上の理由で
ヘリコプターでの物資は頻繁に運搬できず水や食料の不足に苦しめられた
それに対してタリバンはこの地形を知り尽くしていたことから待ち伏せ
1日に少なくとも4回以上の奇襲攻撃を行いアメリカ兵たちはこの基地から外に行くことすらできなかったみたいです
その結果コレンガルは多くの米兵が精神疾患状態に陥るほど恐れられ
42人の米兵が命を落とすことになりアメリカにとって最も危険な場所となったみたいです
まあ詳しくね紛争時の状況を見たい人はね映画見てもらったらと思うんですが
まあ現在の状況を紹介したいなと思います
はいということでここがですねアメリカ兵のメインの基地だったみたいです
すごい場所ですよ見てください
ここで寝たまりしてたのか
ここから撮影してると思う?
はい
タイガーもここで撮影してたんだね
変化してる
この建物は誰が作ったの?
地元の人たちが働いて
もちろんアトラクターもいる
だからこの場所は今
犬の形になっている
ここから撮影しているときは隠れなければいけない
時間がかかる
怖い
軍事基地だ
考えてください皆さんここからですね
タリバンからの襲撃を受けて
ほんま山々に囲まれてるんで
こっちからも来るかもしれんしこっちからも来るかもしれんし
こっちからも来るかもしれんしっていう感じで
もうここから出れなかった状況だったみたいです
アフガニスタンは難しいですよね
アメリカ軍の話もありますし
タリバンの話もありますし
アイシスの話もありますし
ここはアメリカ兵が拠点にしていて
アメリカ兵が出た後は
アイシスがこの基地を支配していて
アイシスが拠点にしていたみたいなんですけど
アイシスとタリバンがやり合って
現在は牛だけがいるだけなんですけど
動画だけでは説明できないほど
山ほど情報があるって感じです
見てくださいいろんなところがですね
銃の跡がありますね
撃たれた跡みたいな
すごいな
さっき聞いた話なんですけど
アフガニスタンでアメリカ軍が撤退した時
他の基地とかやったら
その基地とか武器とかを
そのまま残したまま撤退したみたいなんですけど
このコレンガンに関しては
自ら基地を破壊して
武器とかも全部持って行ったということで
それだけアメリカ軍が
このコレンガルの地で
ひどい目にあって恐れていたという
証だそうです
どうしてこんな険しいアメリカ側にとって
不利な場所に基地を作り
タリバンと戦ったのか
地元の人の話によると
クナル州のタリバンの市長たちが
ここコレンガル出身だからなのと
タリバンを含む他の武装勢力たちの
重要な潜伏先で
訓練キャンプや武器のストックも
この地域にあったからだそうです
アメリカ兵がこの地の戦いで
一番苦戦したと言われているのが
地元の村人たちとの交流
現地住民との関係構築が
対反乱戦の成功には
もっと重要だそうです
伝統や文化、宗教に対し
アフガニスタンで最も保守的なこの地域では
アメリカは決して地元民からの
指示を得られず
撤退の最大の原因となったみたいです
この地を制御することが
どれだけ難しく過酷だったかを
物語るように2009年には
15万人の外国軍がアフガニスタンに派遣されたが
コレンガル同様アメリカ軍は
制御できず
多くの基地が放棄されることになったみたいです
そしてアフガニスタン全土では
2014年末までに
米兵だけで約2200人
NATOの国際治安支援部隊全体で
約3500人の死者が出て
高いコストと被害者のみが増えていった結果
アメリカ軍は
完全転退せざるを得ない
決断に迫られたそうです
そう今からですね
アメリカ軍や部外者をね
一切寄せ付けなかった地元の人たちの村をですね
紹介してくれるということで
おもてなしでね
一晩泊まっていけってね
優しい言葉をいただいたんで
ちょっとね見てみたいなと思います
中はですね
こんな感じでございます
わーお
見てください
全く違う感じの家でですね
ドアとかも
全部木造りなんですよね
この辺でやっぱりね木がめちゃめちゃ
林業は盛んっていうものみたいで
木造りも全然違う感じです
この市の谷に住む人々は
アフガニスタンで最も古い民族の一つ
パシャイ族
敵からの侵略を受け続けた歴史上
彼らの伝統や文化には
家族に忠実で
常に争いに備えている
誇り高き戦士という意識が
他の部族と比べて際立って重要視されているみたいです
そう今からですね
街の人がみんな出迎えてくれて
この村を案内してくれるということで
一緒に歩いていきたいなと思います
ここはですね聞いた話によると
電気も通ってませんし
ソーラーパネルもあるみたいなんですけど
飲み水もないですし
全部自給自足で生活している
っていう感じみたいです
そう皆さんここがですね
僕今までいろんな世界に行ったんですけど
一番神秘的な場所かもしれないですね
人もそうですし自然もそうですし
言葉が出ないぐらいなところですね
はい今ねここはですね
モスク今作っているところみたいなんですけど
全部手作業で
作っている感じですね
この彫刻とかめちゃくちゃ美しくないですか
すごいな
こんな偏居嵐で
こんな
規模のモスクができるのか
ここがですねスクールみたいです
150人の女の子
さっき聞いた話によると
マドラーさんもですねタリバン訪れた時と同じく
男女分かれていて
男性は男性で勉強して
女性は女性で勉強するという感じみたいです
今からですね
飯を招いてくれるということで
僕らここ来ることも何も
伝えてなく
適当に来た感じで
飯を
用意してくれるという
すごくないですかこのおもてなし感
すごい伝統的な
美味しい
今なんですけど村のですね
村長と
親方が来まして
この二人は
ソビエトの旧ソ連になった時も
ムジャラヒトンとして
戦った戦士だそうです
アメリカは
ソビエトに
ハーフタイム
アメリカの
お団子で
ケリケリ
一個十回
みんな死んだ
ロシアの
ソ連の
ソ連は
全く
死んだ
アメリカは
たくさんの子どもたちが亡くなった
今、この死者の子どもたちは
9500万人の幼稚園の中にいます
この子どもたちは
イスラムの全ての犠牲を
国のために犠牲にしたのです
また、私たちは
イスラムに対する
戦争や殺戮に対して
イスラムに対する戦争や殺戮に対して
その方が怖かったのだろう
アフガンはそれに対して
最後は
本来,バシャイ族の文化と宗教には
外国人,来舗車は来た ran
来船参加者が来たら
村中の人を集めて
おもてなしをする
これが男性の仕事として
男性は来客車を
おもてなしするということで
まあここはですねアフガニスタンの中でも最も孤立した保守的な場所っていうことですね
そういった伝統や宗教をものすごい大事にしているところだなってね
彼らと接してて感じるんですけど
アメリカ兵はねこの文化をねちゃんと尊重してなかったから
村人とね良い関係に築けんかったのかなーってね
今ね彼らと接しててめちゃめちゃ思います
皆さんも動画で見てもらったら分かると思うんですけど
ものすごい親切な人たちです
ここまでおもてなししてくれるんかというぐらい
僕いろんなところ回ってきましたけど
世界で最も親切におもてなししてくれる国の人々ですよ
世界各国ねいろんな危ないとね言われてるところに行って
いつも思うのがその地にはその地の伝統、文化、宗教があって
僕らのね当たり前の目線で入るんではなく
リスペクトの心にもって
相手の目線に合わせてこう入らないといけないっていうのがめちゃめちゃ思うんですよね
まあ今回のアフガニスタンのこの場所に来てもめちゃめちゃ思いますし
それ起こるでしょ
赤の担任が自分たちの伝統、文化、あとで生活を踏んづけて入ってこられたら
皆さんならどう思いますか
まあ聞いた話によるとね
外国人がここに来るのは25、30年ぶりということで
いやそれだけね孤立した場所であったし
紛争がね激しかった場所でもあったということからですね
まあでもね僕が今そんな地に居るのかって
未だに信じられないですけど
はいおはようございます
いや昨日はもうぐっすり眠れまして
いやこんだけ素晴らしいおもてなししてくれる国は
初めてかというぐらいのおもてなしで
朝ごはんもですねバーベキューコーンをいただいております
でもね昨日ねちょっと話してて怪しい話も聞きまして
アフガニスタンね
なんでアメリカ軍が来てビンラディン撃退して目標達成されてるのにもかかわらず
ここにいてね支配しようとしたのか
プラス撤退してからもアメリカがですね
アフガニスタンに現金を渡してるのかなどのね話をしてましてですね
アフガニスタンはですねかなり資源があるということで
まあ前の動画でも話したリチウムを取れますし
これ核兵器の元になるんですかね
ウランがねめちゃめちゃ取れるみたいでですね
そういったことから中国あとロシア
あとアメリカなどのね大国に目をつけられてるということで
まあでもこんだけね素晴らしい人がいるんで
ほんまねそういったことでまた犠牲にはなってほしくないなー
っていうね思いだけがいっぱいなんですけど
まあ今日は出発の時ですね
おー
This is the region of Mujahideen. So walk freely.
まあ最後にねこの地域でもう一つのリアリティで
女性は一人も見ませんでした
ほんまに女性ってこの世に存在するのかってぐらいね見なかった
でも今回ね彼らと一緒に生活してみて
イスラム教っていうのがですね
一つの文化一つの生活生き方に見えるんですよね
僕が想像してた宗教とは全く違う感じ
アフガニスタンは女性として生まれてくるのに
最悪な国とね世間で言われているが
まあでもねこれはね部外者からの目線
まあ撮影はねできなかったんですけど
彼らの家にねお邪魔した時に
チラッと見えた男性が家で女性に対して女王のようにね
優しく接してた姿
そしてね女性の顔には家族断乱と笑顔に暮らしている様子
友達もね友達の結婚相手も
アフガニスタンの女性は幸せに暮らしてるって言うんですよね
今回僕がね2週間で感じた感覚はですね
それは街中に一切女性がいなくて
まあ女性の顔が見えない生活
そしてねチラッと見えたですね家の中での男女の関係
男性には男性の魅力
女性には女性の魅力
そしてね男女がより輝いて見えたような気がしたんですよね
そしてなんか彼らと生活してたらものすごいギブアンドテイクを感じるんですよね
アフガニスタンに来て何回お茶やジュース飯をねおごってもらったか
彼らはですね僕になんか見返りを求めずに
どんどんどんどん与えてくるんですよね
でもこれはね彼らの話を聞くと
彼らのいつもしてる礼拝とめっちゃ繋がってるなーっていう感じで
彼らにね礼拝の強制性は一切ないし
自分の意思で毎日5回神に祈りを与え
そしてね神から何かを得る
この与える得るをですね
礼拝だけじゃなく日々の生活にね染み込んでるんですよね
何かを与えるから何かを得る
そして因は用にもなり得るし用は因にもなり得る
そのルールをですねもうすでに知ってあるから
彼らはですね見返りを求めずに
どんどんどんどん僕に与えてくるんかなみたいな
そして彼らの生活見てたらですね
自分自身にも何か与えてるような気がするんですよね
だから女性のこともですね
自分自身に規律をポジティブに与えることによって
何かポジティブを得てるような
今回アフガニスタンで聞いた敵対勢力による紛争
誘拐治安状況も生で実際に体験してみて
アフガニスタンにいないとわからない
女性を本当に大切に思うからこそある
女性を守るための規律なんだなーと思うこともね
めちゃめちゃたくさんあった
部外者から見たらね
しんどいやろなー失敗やろなー貧困な生活
規律がある生活と思うこともですね
彼らは淡々と自分自身にですね
何かポジティブを与えて
ポジティブを得て生活してるように感じてしまうんですよね
まあそんなね輝かしい光がある中
昨日もですね6人乗ってた子供の車がですね
ISISの敵対勢力によって爆弾仕掛けられて
爆発して亡くなったっていう話も聞きます
さっき言ったように陰は陽にもなって
陽は陰にもなるということからですね
ネガティブなことをポジティブに例えて
自分に与えて
まあそういったことからですね
人が簡単に死ぬ世界になるのかなーみたいな
ほんまアフガニスタンはですね
上げられたり下げられたりっていう
めちゃめちゃ難しい感覚なんですけど
まあでもね生きてるなーっていう感覚はめちゃめちゃします
いろんな世界行ってねアフガニスタンほど
人生のこと生と死
人間とは文化伝統とはこれだけね深く考えさせられ
自分のね答えが見つからない旅はほんまない
でもねこの答えがないのがなぜか神秘的でですね
これが超自然的なんだなーとね片付けてしまう
ほんまにわけのわからない世界
でもね僕の中ではそんなね答えのない可能性を
無限大に与えてくれるアフガニスタンがですね
今まで行った国の中で
最も好きな国の一つでございます
まあ最後になっても何を言ってるのか
全くわからない動画になってしまいましたが
動画がいいなと思ったら
チャンネル登録のほどよろしくお願いします
ていうことでアフガニスタンコレンガル渓谷
死の谷からでございます
ていうことでアディオス