【ゆっくり解説】平安時代の日常生活は!?現代と違いすぎる1日...

にっぽんぽん【ゆっくり日本史解説】
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1 動画再生回数·2024/10/31
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平安時代の一般人は何をしていたかなど、とんと見当がつかないですよね。
今回は平安時代の日常をまとめてみました。
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歴史は何のために学ぶのか。この疑問を持ったことがある方は少なくないでしょう。仕事では直接使うことはほとんどないですよね。
過去を学ぶことで未来に活かせると私は考えています。教養という意味でも社会で必要な知識でしょう。
先人たちはどのような暮らしでなぜそのような文化が形成されたのか。面白いことばかりです。
こういった考えから、このチャンネルでは社会人の方が、ゆっくり楽しく歴史上の偉人のことを学べ、更に、そこから日常でも役立てられるような動画を作っています。
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霊夢が疲れてるなんて、遊び疲れたのか?
うっすらNHKのアニメキャラの影響を受けているのがわかるけど、大きな勘違いだぞ。
おじゃる言葉が使われ始めたのは室町時代以降だしな。
そうだったの?
それじゃ、今回は平安時代の日常生活を解説するぜ。
特に貴族の一日のルーティンを解説するから、本当に羨ましいか考えるといいぜ。
わかった。ゆっくりしていってね。
まず平安時代ってのは、794年に関武天皇が現在の京都、平安京に都を移してから、
1185年に源頼朝が室町幕府を開くまでの約390年間を言うんだ。
ナクヨからヨイハコまでだね。
平安時代は日本史で言うと古代から中世への過渡期でもあり、貴族から武士へ時代の主役が移る過渡期、
それと剣刀史で影響を受けて発展した中国の文化から日本独自の文化、国風文化への過渡期でもあるんだぜ。
日本独自の文化って言うと、何でも擬人化するやつ?
いや、馬はまだ娘にならず馬のままだ。
例えばそれまで漢字を日本語の音に当てた万葉仮名が使われていたけど、
漢字を崩した平仮名やカタカナが使われ始めるんだ。
これから解説するのはそんな国風文化を生み出した貴族の一日流研だ。
OK。
貴族の朝はとにかく早い。
気象は午前3時過ぎ、まだ夜って言ってもいい時間だよな。
早。豆腐でも作るの?それともパン?
作らないな。日の出とともに天皇が住む御所の門が開く合図、
開所門古の音で起こされるんだぜ。
今で言うと皇居みたいなものだね。
ところで貴族はどんなところに住んでるの?
中国の建築様式に日本文化を取り入れた神殿造りって様式の屋敷に住んでいた。
広大な敷地の中央に主人が住む神殿があって、
東西北の3方向に家族が住むタイの矢を設置して、
ワタドノって呼ばれる渡り廊下で繋いである屋敷だ。
庭には大きな池なんかもあるぜ。
想像する限りかなりリッチな屋敷に住んでいたのね。
だって貴族だからな。
さて、貴族は起きるとまず自分の星の名前を7回唱える。
は?生まれの星座を?なんで?
星座じゃなくて、自分が属する北都市地製の星の名前を唱えるんだ。
人は生まれた時からその星に寿命や家福を支配されているっていう思想戦に基づいた習慣だぜ。
星の名前を7回唱えることで、自分の行いの正しさを自分の星に表明することになるそうだ。
それから星や暦、鏡に映った自分の顔を確認して、今日一日の占いをする。
朝のテレビで今日の運勢を確認するのと同じかしら?
今日のラッキーカラーなんて軽いもんじゃないぜ。
これは音量堂から来ているんだけど、小読みを見て今日が物意味の日。
つまりは汚れを避ける日だったりすると、閉じた門に物意味って書いた札を貼って、外に出ないからな。
だって仕事は?
休みに決まってるだろ。そんな日に死者したら逆に怒られるような時代だからな。
占いの次は幼児で歯磨きして、西に向かってお祈りをするんだ。
それはなんなの?
今度は仏教の考えで、西に極楽浄土があるとされているからだな。
星占いに音量に仏教って朝から忙しいわね。
それから昨日あった出来事を日記に綴って、軽く朝食を取るんだ。
飯、待ってました。平安時代の貴族は何を食べるの?
主食はこわいいっていう米を蒸したものだ。
タイタベイと違って硬いから、お湯や水をかけて食べてたんだぜ。
朝は軽く食べる程度だから、この子はいいだけだろうな。
昼と夜にはおかずをつけて、京都に海がないから川で採れる淡水魚とか。
鴨や生地の肉、あとは山菜や野菜、それにお酢物が基本だ。
味付けは酒、酢、塩、それと醤油の原型の微塩の4種類で、
調理法は焼く、煮る、蒸すのどれかだ。
デザートはないの?
果物やもち米の粉を練って焼いた。
せんべいみたいなヒチラとかをデザートにしてたそうだ。
それと、夏はかき氷を食べる習慣もあったんだぜ。
私でも十分に満足できそうな料理よね。
でもこれは貴族だから口にできる食事だぜ。
庶民は雑穀合食で野菜を漬物にして食べるって、
かなり質素な食生活を送っているからな。
ついでに庶民の家も解説すると、
平安時代初期は縦穴式住居が一般的だ。
あれ?平安時代って石器時代だったっけ?
石器時代は終わってるけど、庶民は引き続き地面を掘って柱を立てて、
屋根と壁をつけただけの縦穴式住居に住んでいたんだ。
平安時代の中期くらいから長屋が登場してからは、
長屋が一般的になっていくけどな。
さて、朝食を終えた貴族は占いによってはお風呂に入る。
さっきから気になるポイントが多くて、いちいち止めて悪いけど、
占いによってはって何?
この時代はあらゆることが占いで決められていたんだ。
だからお風呂も爪を切るのでさえ、占いで決めるんだぜ。
決められた日以外の時に体を洗うと邪気が体に入って、
病気になったり、最悪死んでしまうと考えられていた。
そのせいでお風呂に入るのは大体5日間に1回程度だ。
私でも3日1回は入るのに、汚くない?
そうだな、霊夢みたいに服に赤が付いてるなんてこともあったみたいだし、
体も匂うよな。
だから気になる大衆は鉱物とか蜂蜜や梅の果肉を練り合わせた炊き物を炊いて、
服や小物に香りをつけてごまかしていたそうだぜ。
私はファブリーズでごまかすけどね。
それと、お風呂に入るって言ったけども、
今みたいに湯船に浸かったり、水で体を洗うわけじゃない。
蒸し風呂で汗をかいて、体を拭き取るってのが当時のお風呂だ。
水で洗うこともあったんだけど、それは体を清潔にするためじゃなくて、
儀式の前に体を清めるみそぎの時だけだな。
だったら庶民は?
貴族が5日間に1回ならもっと入らなくて、赤で真っ黒だったんじゃない?
逆だぜ。貴族みたいに占いで秘めることがないからな。
貴族よりは蒸し風呂を使ったし、水で体を洗うって習慣もあったんだ。
貴族の方が汚かったてのは意外ね。
さて、今日はお風呂に入らずに、着替えて出社するぜ。
仕事に向かう貴族の服は束帯快感だ。
束帯ってのは、今でも天皇が祭祀の時に着ている清掃だな。
テレビで見たことあるやつ。
そもそも中国から入った服のスタイルだけども、
日本の湿度が高いって気候に合わせて、袖口を広く作られてるぜ。
ただ、この束帯ってのが、かなり体を締め付けるみたいで、
1日中着てるのがきつかったらしいんだ。
そこできつくないように作られたのが遺憾だ。
女性の12人絵もきつそうだもんね。
まあ、12人絵は実際に12枚の着物を着てるわけじゃなく、 5から7枚くらい着てるだけだ。
京都は凡地だから夏はかなり暑いんだ。
それなのに12枚も着てたら地獄だもんな。
確かに。
しかも汗かいてもちゃんとお風呂入らないなら、 かなりきついわよね。
ていうか、男性にしても女性にしても、 こんなの着てたらトイレって大変そうじゃない?
トイレはうまくしてたんだろうな。
例えば用を足すときに、服が汚れないように高げたを履いたりしてるしな。
ちなみに、当時のトイレは屏風とかで仕切った秘伝って呼ばれる場所に、 火箱を置いただけのもの。
火箱が便器なの?
便器って言うより、おまるだな。
今と違って水に流さないから、屋敷は匂いできつかったそうだぜ。
体も屋敷も臭いって、よく我慢できるね。
ちなみに庶民は火箱があるほうが珍しくて、 だいたい道端で済ませることが多かったそうだ。
だったら外も臭いじゃないの?
話を戻して、貴族の吉社だ。
言ってら。
屋敷を出るのはだいたい7時ごろ。 吉社で5所まで行くぜ。
ちょま、吉社って?
その名の通り、牛が突っ張る車だ。
東宮レベルで突っ張しれば早いのかな。
いや、時速3キロくらいだから、 人間がゆっくり歩くのと同じ速度だぜ。
急ぐわけじゃなくて、歩きたくないだけなのね。
さすが貴族。
5所に着いたらお仕事開始だ。
仕事は貴族の下優によって様々だぜ。
下優だと宮中の掃除や警備。
中には夜勤で徹夜をしなくちゃいけないくらい 多忙な人もいる。
中優は天皇の食事を交代で作ったりとやや多忙だ。
上優にもなると朝から出社はせず 昼ごろ起きて会議だけで済むんだぜ。
上のほうほど暇そうってのは今の会社と同じね。
あとは税金がどれだけ集まるかだとか、 何に使うかとかの事務仕事をしたり、 全体のチェックや占いが仕事だな。
後ろに継が仕事とは思えないけども、 今までの解説を聞いた感じだと仕事なんでしょうね。
ああ、大事な仕事だ。
それに単語のセットか七夕買いまでも 普通にイベントととして残っているけど、
当時は九州行事だからな。
国家を挙げて盛大に行う必要があるから その準備も仕事だぜ。
さて、3,4時間働いて、10時になると退勤時間だ。
早くまだ3時間くらいしか働いてないでしょ?
当時の貴族はこんなもんだ。
そして自分の屋敷に帰って就職を取る。
ここからは大事な遊びの時間が待つせる。
イヤッホー、時間はたっぷりあるよ。
何して遊ぶ?
貴族の遊びと言えば、ケマリだよな。
確かにケマリしてるイメージある。
ちなみにケマリは中国発祥だ。
元は雨漕いの儀式で行われていて、 その後はチームワークを磨く軍事訓練に使われて、
遊びに発展したって歴史があるんだ。
日本には600年代に入ってきて、日本風に発展し、 平安時代には大流行していたんだ。
ルールは数人で地面に落とさないように順々にマリを蹴り続ける。
でも、ただ蹴るんじゃなくて3足蹴りって言って、
1足が前の人からパスを受けて、2足目で蹴り上げて、 3足目で次の人にパスをするんだ。
蹴り上げる高さはだいたい身長の2.5倍って決まりで、
あの木の枝の高さまで上げるとかルールを決めて遊んでいたそうだぜ。
シュートはしないの?
サッカーじゃないからな。
勝ち負けもなくて、次の人へのパスを受け損なうと、
パスをした人が優雅じゃないって笑われるんだ。
え、私も遊んでみたい。
あいにくマリはないから、霊夢がマリな。
あ?
蹴まり以外にも和歌を呼んだりスゴロクをしたりと、 ゆったりと過ごしていたぜ。
いいなぁ。
って思うだろ?
ゆったり優雅に遊んではいるけども、 貴族にとって遊びは非常に重要だ。
貴族の間で遊びを知らない貴族は一切の評価がされないし、
和歌が上手くないと結婚相手も見つからないんだぜ。
ただ遊んでるだけじゃダメなの?
当時の貴族は噂が大好きだったから、 少し悪評が立つだけで致命的だ。
マリを上手く蹴れない、和歌が下手、 そんな噂で失せも恋愛もダメになるぜ。
だから貴族として生き残るために、 遊びであっても常にスキルアップをしていかないといけなかったんだ。
遊びは遊びで楽しみたいよね。
ちなみに庶民は逆に楽しんでたのかしら?
そうだな。
当時の庶民の娯楽は駒とか将棋やスゴロクで、 失せとか関係なく遊んでいたそうだ。
庶民の方が気楽でいいわね。
うん。 蘇養帳って税金を収めるために必死で貧乏な毎日だ。
どっちがいいんだろうな?
ところで蘇養帳ってなんだっけ?
蘇は農民にかけられた税金で 収穫の3%を収めないといけない。
両は都での漏液か代わりに布なんかを収める。
そして帳は各地の特産物を収める税だな。
なんか大変そう。
やっぱり貴族がいいわ。
さて、一通り真面目に遊んでいたらもう午後4時、 夕飯の時間だ。
ただ、さっきも言った通り夜勤があったり、 儀式や会議があるときはまた仕事に向かうんだ。
午前中はちょっとしか働かなかったけど、 夜も仕事があれば勤務時間は合計7時間ほど。
徹夜になればもっとだよな。
あれ? 貴族も休まる時間がないじゃない。
そうだろ?
仕事は1週間のうち、6日間はあったそうだから。
意外とヘビーな生活を送ってたんだぜ。
あと、眠ったのはいいけども、 平安時代は貴族も庶民も関係なく余配の文化があったから、
寝れない夜もあるかもな。
あら、まあ。
さて、ここまで貴族の1日のルーティンを解説したけど、
どうだ? まだ羨ましいか?
微妙かも。
貴族は優雅な生活を満喫してると思ったのに、 貴族も庶民もゆっくり生活できないわね。
そうだな。
これで霊夢の誤解が解けたはずだぜ。
うん、それじゃ平安時代は諦めて、 現代で貴族になることにする。
なれるか占ってやるよ。
無理だ。霊夢がなれるのはせいぜいマリくらいだ。
やめて。
