貧困、学歴主義、無気力な若者…デフレが引き起こす日本人の“病”とは?(京都大学経営管理大学院特定准教授 浜崎洋介)

表現者クライテリオン
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13 回視聴·2024/12/27
よろしくお願いします。
はい。
そうですよね。
これ結構ショッキングなニュースで。
韓国に追い抜かれたというのは皆さんご存知の通り、これ2022年ですよね。
台湾に追い抜かれたというニュースが出たのは2024年末ということですよね。
ちなみに覚えてらっしゃる方多いと思うんですけど、2023年、去年。
去年はドイツに追い抜かれてたでしょ。
これ一人当たりじゃないけども、全体のGDPが。
だから中国に追い抜かれるのは人口の問題とかあってしょうがねえやっていう感じの言い訳もあったと思うけど、
ドイツに追い抜かれたっていうのは、いやいやいやというレベルになってきて、
いよいよ、しかも一人当たりGDPが韓国、台湾に。
これね、はっきり言って病気ですよね。
だってどう考えたって下駄派化してもらってるわけだから、
高度経済成長してそれだけの供給力持っていて、
経済政策さえうまく適切にできていればこんなことになるわけがないわけで、
ということはやはりこの二、三十年間の結果が今出ている。
あるいはツケが今来ていると考えるべきでしょう。
多分一番問題なのは、まあこれはもう言うまでもないけどデフレですよ。
でね、これ昔あのちょっと僕、メルマガ?メルマガジンを表現してくれてるように書いてて、
その中でデフレが人の心に与える影響ってのを書いてます。
で、その時のね、あのまずメルマガが書いた原因というか理由っていうのは、
確か日経だったと思うんですが、ある在海人がですね、
デフレの問題をこう取り上げながら、
日本人の心の問題って言ってるから、
お、俺となんか似てること言ってるなと思って見てたら、
あのね、こうなんですね。デフレは何の問題もない。
あるいは、えー、そうだね、少子高齢化もそんなに問題じゃない。
日本人の根性がダメになったんだって言ってる。
アホかと。根性の問題を経済の問題と切り離して、
で、日本人の根性がダメになって若者がダメになってるからこのざまだ。
これほど無責任なことはない。
もっと言うと若者の心がね、今確かに沈んでることは確かだし、
こわばってることも確かだと思うけども、
その問題とデフレの問題は深ぶんでしょ。切れない。
その話をちょっと今日はしようかなと思ってやってまいりました。
まずどこから行こうかなと思うんですけど、
デフレって定義から行きましょうか。
これね、どの経済学の教科書に載ってることで、
僕はもちろん経済学の素人だから、
その素人でさえわかることで言うと、
供給力、物を供給する力ね。
その供給力に比べて需要、要するに欲しいよ、物が欲しいよっていうその需要が少ないから、
つまり需要不足だから物価が下がり続けて、
売れないから物の値を下げて、
需要がないので物価が下がり続ける。
物価が下がり続けるとどうなるかって言うと、
もちろん皆さんお分かりのように賃金が下がり続ける。
賃金が下がり続けるとどうなるかって言うと、
もちろん手取りが少ないわけだから物が買えない。
物が買えないとどうなるかって言うと、
もちろん物が売れない。物が売れないと賃金が下がる。
この循環のことを我々はデフレスパイがあると、
このバカでもわかることなんですが、
これずっとほっとくとどうなるかって言うと、
供給力自体が絞むんですよ。
そりゃそうですよね。
つまり欲しい物が10から8になってずっと停滞すると。
供給力で言うと2の部分が余ってるでしょ。
この余りの部分に需要を高めて、
そして上げてあげればこれ10で保てるんだけど、
8のままだったらこっちも8になる。
5だったら5になる。
この供給力を全部が絞んでいって、
需要も絞んでいくと。
これが経済的なスケールダウンなんです。
実質的にGDPが伸びなくなっているのはここなんです。
だから結局ほっとくと供給力さえ傷ついていく。
これがデフレスパイラーの怖いこと。
しかも重要なのは、
この時にGDPが下がるよね。経済スケールが下がるよね。
どうなるかって言うと、
均衡財政主義的に言ってもまずいわけ。
だってそうですよね。税収は増えないんだもん。
今回のことで分かったと思いますが、
今回はコストプッシュインフレです。
だから実績なインフレではありません。
なんですが、コストプッシュインフレでさえ、
なんと税収は増えたんでしょう。
ということは財務省さんがおっしゃっている
均衡財政主義をやろうとしたって、
実はインフレがいいんですよ。
当たり前だけど。
健康なインフレにすればもっといいわけよ。
そういうことをせずにずっとやっているとどうなるか。
さっきも言ったように経済スケールはダウンするんだけど、
同時に失業者はどうなるか。
増えるよね。
社会保障費は上がるよね。
つまりこれも財務省にとっては、
嫌なことが起こってくる。
だから本当に財務省っていうか、
あるいはそこに載ってる政治家にも言いたいのは、
何かいいことあるんですかと。
金縮やってて、
財布のポケットをキュッとやってて、
それで減らないと思ってるかもしれないけど、
バカなんですかと。
だって経済は動いてるわけだから。
動いててこれが拡大していくことが
経済を要するに財布を大きくすることになる。
あんたたちの目的にもかないますよと。
そのためにはどうなっているかと言うと、
経済需要が低い時ってのは、
さっき言ったように需要が8になっちゃって、
供給力が10だと。
この供給力を保ちたいんでしょ。
だったらここに積極財政やって2足せばいい。
もっと言うと2でも足りない。
それをできたら2.5とかするわけ。
需要力をちょっと上回させるわけですよね。
そうすると需要が大きいから、
それに合わせた供給力が追いついていくんでしょ。
これをずっと繰り返していくと期待値が出ますよね。
つまり将来需要は伸びるだろうし、
かつ供給力も伸びていく。
そうすると経済スケールが大きくなっていくだろう。
これがインフレ期待なんです。
これ今言ってるのは簡単な話だけども、
重要なのはこれが精神に関係するかしないか。
どっちから行こうかな。
まずデフレから行きましょうか。
デフレに目を向けていくと、
物が売れなくなるイコール、
持続的な生業が成り立たくなる。
つまり将来不安、不確実性、
これが思いっきり大きくなるのがデフレの現象ですよね。
将来不安を一番持つ人間たちは誰?
お金を持っていない世代です。
もう誰かわかりますよね。
若者なんですよ。
若者はお金を持っていないけど物が作り出せる。
あるいはお金を持っていないけど将来に対する期待はある。
その人間たちがインフレ期待の時はどうにかなるわ。
つまり持続的な生業は回っていくだろうし、
経済スケールも大きくなっていくから、
将来どうにかなるから実験をする。
あるいは試行錯誤をする。
それによって経験を積んでいくわけですよ。
それで実は心を豊かにしていくわけですね。
これがデフレの時に全く機能しなくなる。
これが最大の病になってしまう。
だから例えば韓国経済や台湾経済、
アメリカだってそうかもしれないけども、
もちろんあの国はあの国なりの病気はあると思いますが、
とはいえ経済的に一応回っているのはそこに手入れをしている。
だからその点では実は彼らは将来期待の中で、
ちょっと思い出すんだけど、
私が大学に入ったのって1997年です。
これは皆さんご存知の通り、デフレが始まったのって1997年です。
ということは始まったばっかりの時に大学に入学しているから、
これがですね、こんなに長引くとは夢にも思ってないわけです。
今でも考えてもらいたいのは経済理論、経済学的な議論というのは、
今でこそいろんなふうに、経科学者も含めてやっているし、
なぜか文芸評価の俺もやっているというぐらい回っているけども、
当時経済学的なあるいは経済政策的な議論ってほとんどなかったよ。
なかったって言うと言い過ぎかもしれないけど、
少なくとも人文系の僕らが興味を持つものじゃなかった。
なんでかと言うと、勝手に膨らんでたからだよ。
どうでもいいんだよ。
どうでもいいぐらい、そっちはやってくださいと。
その代わり僕は文学に集中しますみたいな。
これ余裕なの。
しかも文学に集中できるって今から考えるとおかしい話だけど、
だって文学なんかやったってどうにかなると思ってるわけじゃん。
皆さんご存知の通り、僕日大の芸術学部ですから、
芸術学部って確か日産の役員に行ったら、
それは大学じゃないって言われましたよ。
それぐらいひどい扱いを受けてたんだけど、
でもなんとかなると思ってたしこっちは、実際。
逆に言うと金にこだわる若い時に、ふざけんなと。
今は試行錯誤の時代で好きなことをやりながら、
まさにAとカップリングしてダメで、
Bとカップリングしてダメで、
Cとカップリングしてダメで、
Dとカップリングした時に、
あ、ここだとかね。
そしたらここが俺の基礎なんだとか。
基礎からもう一回、
Dとカップリングした自分がまたカップリングできる何かを見つけていって、
自分を拡大していく。
それが自分の地盤になっていって、
かつ自身の根拠になるんでしょ。
これって最初実験するからだよね。
よく言うのは、安全なマットがない中で、
果たして骨折するかもしれない大技を体操選手に練習させるだろうかと。
つまり圧倒的に大技、危ない技を練習させるためには、
マットがいるんだよ。
このマットっていうのが経済政策であり、
かつデフレ脱却なんです。
それがなかった時に人は、若者は、
そりゃ怖くて、怯えて、
コンクリート上で大技はやんないよ。
どうなるかと言うと、
ちっちゃくちっちゃくなっていって、
まとまっていって、安全敗で、
しかも事流れ主義でいくしかなくなるわけ。
学歴がどうのこうのとか、
上の人は言うわけ。
今の若者、学歴ばっかりにこだわって。
違うと。
デフレだからむしろ学歴にしか頼れなくなってるわけだよ。
だからインフレにすれば、
学歴なんかどうだっていいって。
だって金は手に入るし、
こう育って、昔の私の世代、
僕の世代はまさにインフレだったから、
こうだったよ。
大学の時もそうだし、
高校の時も演劇やってたやつが周りにいっぱいいたよ。
この演劇やってたやつが、
どうするのしょうがないですよ。
いやもうトラックの運転手でも、
バイクでも、
トカタでもやりますよと。
そしたらそりゃトラックの運転手なんて、
基本的に年収1000万いくんだから。
だから俺は何とでもできると。
だから今演劇に30代まで、
全力力型向けんだみたいなのは、
いっぱいいたよ。
だからかっこよかったなと思ったし、
実際その学歴主義がむしろなかったんだよ。
あったかもしれないけど、
どっかダサいと思ってた。
僕の世代は。
学歴なんかにこだわるやつが。
普通のがまあ要するにインフレ、マインドですよ。
デフレマインドがまさにその真逆でしょ。
さっき言ったように守りに入っている、
要するにダサい感じになるんですよ。
若者の心に直結するってのはそこですよ。
まあまあそんな風な感じで、
心とデフレの問題は関係していると考えていただければいいなと。
本に経済を追加させるだけじゃなくて、
若者の将来を待っている。
自分のこと言いましょう。
30代の時僕は年収200万ぐらいでしたから。
それでもですね、ローンは汲めたんですよ。
でも汲めたんだけども、
デフレだったらどうなるかというと、
もちろんインフレがないわけだから、
上がっていかないわけだから給料が。
そうすると、2000万はそのまま2000万のまま返さなきゃいけない。
価値として。
あるいは、もっとひどい場合。
2000万で借りたものを2500万円レベルで実質は返していく可能性がある。
これがインフレだったら、
例えば手取りが50万だったんだけども、
10年後に手取りが100万になった。
分かりやすい2倍ね。
そうするとインフレだよねこれは。
実質賃金が上がっててインフレ状況。
だったら自分の借金は、
2000万で借金したものが10年後は1000万になってくるでしょ。
もう返しやすくてたまんないよね。
ということはすぐに借りれるわけ。
つまり手元にお金を持たずに、
物に向かうってのがインフレだ。
でね、考えてみてくださいと、
金に執着して、金を貯金して、
内振りをたんまり貯めて、
で、ボクがやってるやつと、
いや、金なんかいくらでもあるからはい使えよって言って、
酔い腰の金なんか持たないぞって言って、
ボンボン使いながら物との関係を作っていく。
物との関係ってことは結局実人生を奪う、
あ、取るってことだね。
実人生の中にこう入っていくこと。
これがインフレなんでしょ。
だとしたらですよ、
これが人生論や人間論と関わりがないなんて、
言わせねえぞって話ですよね。
で、ここら辺がね、全く経済学者とか、
ま、全くって言い過ぎかもしれませんけど、
一部多分いると思いますが、
基本的に地上原理主義や新古典派や、
あるいは主流派経済学と言われてる連中は、
こういう辺りに対する想像力働かない。
もうちょっとだけ言わせていい?
もうなんかついでに。
もう実際それを証明するように、
2006年から何が起こってるかというと、
実質的な研究論文数が落ちてるでしょ。
あ、ごめんなさい。
これ、ただ、
そう、正確に言うとトップ10%論文という風に言われていて、
まあ要するに引用が多い論文ということなんですが、
論文数自体は結構横ばいなんだけども、
研究者数自体も実は横ばいなんですよ。
だけどさっきも言ったように、
アカデミズムの世界もデフレなんです。
つまり同じパイを奪い合うようにして、
まあ競争を強いられてる。
本当はこのパイ自体を増やしていかなきゃいけないのね。
で、その中で研究者が、
まあどうにかなる。
だからあいつはまあ主流派の経済学やってるけど、
こっちで例えばケインズやったり、
こっちで誰も見向きもしないかもしれないけど、
ポランニーやったり、
こっちでまあもうダメかもしれないけど、
ちょっとマルチやっておくかとか。
まあそれが多様性なんですよ。
で、デフレになると、
食っていかなきゃいけないから、
ポストを巡る争いになるんで、
主流派経済学しかできなくなるわけだよ。
じゃないとポストなんかもらえねえから。
ってことになった時に、
実のところ研究の幅も縮約されてくるし、
多様性も切り落とされるし、
同時に実験的な研究ができなくなるから、
革新的な研究がなくなる。
ゆえにトップ10%論文が少なくなり、
2005年、2006年あたりから
ずーっと一貫して落ちてる。
で、確かね、
今日ちょっと来る前に
それだけ調べたんだけど、
なんと、
えーっとね、
4位だったんだよね。
昔、日本のトップ10%論文って。
それが今9位になってくると13位。
で、これもう韓国以下です。
これ。
GDPと一緒なんですよ。だから。
で、これを分かんなかったっていうことの
日本人の罪だよね。
で、いかにだから財界人や、
あるいは官僚や政治家が
経済学において無知なのか。
そして経済学というのは、
17、ここが17は、
経済学というもの自体が
社会学の中の一部なんですよ。
で、社会学というものは、
実は人間学の一部なんですよ。
なのにもかかわらずどうなってるか。
これは藤井先生がよく言うことだけど、
経済学ごときが学部を作り上がったと。
これは言えてると思う。
つまり経済なんてのは、
人間活動の一部だと考えないと。
で、あるがゆうにそれは、
人間と社会と関係していて、
社会は人間のことを考えながら、
その中のシステム、
あるいはカラクリを考える姿だと。
だけどあの人たちは、
おっきな顔して、
俺たちが学部であると。
そして俺たちが世界を作ってんだと。
違う違う。
いや、もちろん一部ね、
インフレがある世界に関係してることはあるけども、
それはまさに人間との関係、
社会との関係で考えなきゃいけない。
この強要がなさすぎるんですよ。
ここがね、僕らの多分、
病の一番の根本。
だから文藝教科が、
出て行かざるを得ないわけですよ。
すいません、素人談義で。
できるかもしれないけども、
こういう言い方のほうがいいと思うんだな。
経済学がなんでここまででかくなったのかというと、
実はさっき言ったように、
ちっちゃな世界なんですよ。
ちっちゃな世界ってのは、
フラスコの世界なんです。
フラスコの世界って何ができるかっていうと、
実験ができるんです。
実験ができるということは、
イコールそれは、
数式に直せるんです。
経済学ってのは、
その数式に直すミニチュアの社会学なんです。
だけど社会学はあまりにもやっぱり、
多様な要因が多すぎるし、
やっぱり大きすぎるから、
多様性を前提にしちゃうから、
数式に落とせないんです。
つまり、
自然科学に一番似せることができたのが、
経済学であり、
かつそこに似せよう、似せよう、似せようと頑張ったのが、
新古典派。
つまり主流派経済学。
それをまあ、
もちろん擬似的なものだけでやってるわけ。
だけどそれは前提がいっぱいあってね。
それはその共同体から抜けた個人が合理的に判断するという、
合理的個人主義、
方法的個人主義を前提にして、
そいつらが合理的に動いたときにどうなるかって、
フラスコンの中で計算するわけ。
だけど、
これからもう、
このこと自体でもう間違ってるわけじゃないですか。
確かに人は合理的に動くときもある。
が、
普段は8割9割は合理的に動いてないわけ。
だって、
8割9割、
例えば嫁さんをですよ。
嫁さんが例えば、
そうだな、
学歴が低くて、
で、もって、
頭が悪くて、
ひどいこと言ってますけど。
で、もって、
金がなくて、
どうしもない。
で、時に現れたやつがいて、
学歴が良くて、
で、もって、
能力が高くて、
金もある。
合理的に考えましょう。
こっち取るよね。
取るか、じゃあ。
現実問題。
取らないよ。
愛ってそういうもんじゃないから。
簡単だよね。
だから人は合理的になんか動いてない。
友達関係も恋人関係も、
実は指定関係も。
そして学歴だってそうだし、
生まれた土地だってそうでしょ。
どんなにそれが損だからといって、
今、目の前にいる、
ずっと対話してる経過学のスタッフは、
奈良だけど、
奈良県は捨てられんのかって言うと、
そう簡単じゃねえだろう。
私自身もそうだけど。
親が全部どうしようもなくなった時に、
動けなくなった時に、
はい、そうですかって言って、
施設に入れる。
施設に入れることじゃ僕は否定しないけども、
はい、どこでもいいから施設に入れちゃおうとか。
そんな風に合理的に生きてるかって、
そうじゃないでしょ。
要するにね、
そこら辺を入れられないんですよ、
計算式には。
だから自然覚悟に似ないわけ。
だけど、だから自然覚悟に似せたい、
似せたい、似せたいから、
そこら辺を全部切り添って、
合理的個人主義ってやつを前提にして、
仮説を立てるわけ。
ここがね、経済学が学問になり得た点だし、
同時にそれが制覇した点なんだけど、
同時に経済学が歪んでる点なんだよ。
そこにみんな気づきながら、
だから誰かの言葉があるよね、
経済学学びってのは経済学者に騙されなくなるための
手段だからだっていう。
本当にそうだと思うよ。
私はそのために経済学を勉強した。
もちろんそれは専門じゃないからね。
最低限ということになるけども、
それによって経済学者には少なくとも騙されないという
心構えぐらいはできました。
そういう意味でもデフレとインフレってのは、
心の問題、人間の問題、社会の問題と関わらせながら
相対的に、総合的に考えないといけないなと
つくづく思うんですね。
はい、よろしくお願いします。
