霊界に通じる少年が見た人間の姿(上篇)【地球旅館】

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1.1K 回視聴·2025/03/23
『真実が見える霊能力を持つ少年』という本をご存じでしょうか?この本はこれまでで最もリアルな霊能力者の日記と言えるでしょう。その内容はとても読み応えがあり、多くの人が人生や魂に対する見方を変えるきっかけにもなっています。超能力の研究に長年精力を注いできた台湾大学の名誉教授である李嗣涔博士でさえ、この本を初めて読んだ時、あまりの魅力に手放せなかったそうです。
こんにちは。みなさん、地球旅館へようこそ。
私はランスターです。
真実が見える霊能力を持つ少年という本をご存知でしょうか。
この本はこれまでで最もリアルな霊能力者の日記といえるでしょう。
その内容はとても読みごたえがあり、
多くの人が人生や魂に対する見方を変えるきっかけにもなっています。
超能力の研究に長年精力を注いできた台湾大学の名誉教授である立信博士でさえ、
この本を初めて読んだ時、あまりの魅力に手放せなかったそうです。
著者はこの日記を利用して名声や利益を求めることを望んでいなかったため、
彼の背景についてはほとんど知られておらず、
名前やいつから日記を書き始めたのかといった情報さえも明らかではありません。
おおよその推測では、著者は6歳から8歳ごろに日記を始め、
50代半ばで亡くなったのではないかと考えられます。
これは日記なので、内容は日々起こった出来事に基づいて書かれていて、
著者の内面的な思いがたくさん記録されています。
そのため、この動画の構成は少し細かく散漫に感じるかもしれません。
今回は本のエッセンスを上編と下編の2回に分けてお話しします。
皆さんにはぜひオープンな気持ちでご覧いただきたいと思います。
まず、この日記の著者を紹介しましょう。
彼は19世紀ビクトリア時代に生まれたイギリスの少年です。
少年は敬虔なクリスチャンの家庭に生まれ、
信仰を非常に大切にしていた両親と口喧嘩の絶えない姉がいました。
純粋な性格の少年は両親から特に愛され、
比較的幸せな日々を過ごしていました。
しかし、少年は幼い頃から心臓が弱く、
他の子供のように外で走り回って遊ぶことはできませんでした。
けれども、彼には生まれつき、
普通の人には見えないものが見える能力があったのです。
最初、彼はみんなも自分と同じように見えていると思っていて、
それが当たり前のことだと思っていました。
ところが、後になってそうではないことに気づきます。
この特別な能力のせいで、
家族や友達から責められたり、笑い者にされたりして、
彼はかなり辛い思いをしたと言えるでしょう。
1885年1月1日、新年を迎える中、
少年は親友のアーノが日記を書き始めたと聞き、
自分も書いてみることにしました。
少年はまだ幼く、字を間違えることが多かったものの、
書くことは彼にとって楽しいことだったようです。
1885年2月19日、少年はその日の日記に悲しい出来事を記録しています。
家族がリビングで楽しくおしゃべりしているとき、
突然、2年前に亡くなったウィリーおじさんが父の椅子に座り、
みんなに微笑んでいるのが見えたのです。
ちょうどそのとき、仕事から帰ってきた父がその椅子に座ろうとしたので、
少年は驚いて叫びました。
座らないで、ウィリーおじさんがそこにいるよ。
当時、彼の家族は魂の存在を全く信じていなかったので、
両親は少年が嘘をついていると思い、母親は彼を叱りつけました。
少年はとても悔しい気持ちになりました。
少年は嘘をついたつもりはなく、本当にウィリーおじさんを見たし、
それに、見えているのに見えていないということの方が悪い子のように思えたのです。
しかしそのとき、イエス様が現れ、
イエス様の体から発する光が虹のように美しく、色とりどりに輝いているのを見ました。
イエス様は少年に言いました。
彼らを許しましょう。
彼らは自分が何をしているのか分かっていないのです。
少年は神に愛されているだけで十分だと感じ、心が落ち着きました。
その後、少年が時折みんなには見えないものが見えるというので、
母親は彼の目に異常があるのではないかと疑い、
町の医者に見てもらいました。
しかし検査の結果、少年の視力に問題はないことが分かりました。
母親は諦めきれず、今度は精神的な問題があるのではないかと考え、
精神科医のところへ連れて行きました。
そのとき、少年はその医者の体が美しい光を発していることに気づきました。
一通り診察した後、医者は母に生活環境を変えてみてはどうかと提案しました。
それをきっかけに、少年は海辺に遊びに行く機会を得たのです。
母親はこれで少年の幻覚が治ると思っていましたが、結果は全く逆でした。
帰ってきた少年は興奮してこう話しました。
海辺で妖精やエルフが岩や海藻の間で遊んでいるのを見たよ。
それに童話に出てくるような美しい草原で、4人のエルフにもあったんだ。
さらに少年は庭の古い木の中に、年老いた面白いエルフがいるのを見たよ。
そのエルフは細長い足をして、肌は木の幹と同じ色で、木から飛び出して草むらで跳ね回っていたんだと話したところ、
それを聞いた母親は激怒しました。
日記によると、確かに少年には普通の人には見えないものが見えていたのです。
中でも最もよく見えていたのが、人から発せられる光です。
人の光はそれぞれ色が違い、感情によっても変化します。
例えば父親の頭には金峰下のような黄色い光がたくさん存在し、母親は青い光でした。
不思議なことに母親が教会にいるとき、彼女の青い光はより深みを増し、また少年を抱きしめるときには柔らかなピンク色に変わるのです。
姉の光はまるでかき混ぜられた卵のようで、それを見た少年は面白くて笑ってしまいました。
これらの光を観察することによって、少年は特定の人に対しては好意を感じ、
逆に一部の人に対しては恐れを抱くようになりました。
外見は平凡でも光が美しい人は安心感があり、良い人だと感じますが、
一方で、外見が華やかでも光が暗い人は不快に感じ、本能的に避けるようになりました。
彼の母親はマージョリーという少女を気に入っていて、いつも彼女を天使のようだと褒めて、よく少年と一緒に遊ばせていましたが、
少年は彼女の光が汚れた血のような赤色であることに気づき、心の中で強く彼女を拒否していました。
後に少年のその感覚は正しかったことがわかります。
というのも、マージョリーは早熟で、少年に不適切な遊びを強要してきたこともあったからです。
少年のこの得意な能力は、学校でも警報器になりました。
先生の周りの光が霧がかったように濁っていると、先生が機嫌を損ねているサインだとわかるのです。
ある日、少年はウィルボクシが病気になったと耳にしますが、どこが悪いのかははっきり言われませんでした。
しかし少年には、ボクシのお尻のあたりに黒い霧のような光が見えたので、そのあたりの病気だろうと推測しましたが、ボクシが恥ずかしがると思い、口には出しませんでした。
さらに少年は、いとこを包むピンク色の光から、彼女に恋人がいて、近々結婚することがわかりました。
日記の記述から少年は、人体の光だけで、その人の状況を驚くほど正確に把握できていたことがわかります。
この光は、おそらく人体から発するオーラでしょう。
現代の生物光子学の研究では、人体が電子や光子を放出し、肉眼では見えないオーラを生み出すと考えられています。
これは霊気や牙とも呼ばれ、人体のエネルギーの現れであると考えられています。
人の状態、例えば健康かどうか、感情や運勢、さらには品性の肯定などは、このエネルギー場の色や強さで判断できると言われています。
ただ、通常の人のオーラは、可視光線の範囲外にあるため、肉眼では見えないのです。
前世紀、ソ連の発明家であるセミオン・キルリアンとその妻が、キルリアン写真術という技術を開発しました。
それは、電磁場の中で人体の電子光子が撮影できるというものです。
しかし、当初のキルリアン写真術は効果が不安定で、科学界に重視されている再現性や検証可能性に達していなかったため、広く受け入れられませんでした。
1995年、ロシアの量子力学物理学者のコロトコフとその研究チームが、最初のデジタルキルリアン写真術、ガス放電可視化技術を開発しました。
これは、環境に左右されない安定した効果が得られるキルリアン写真です。
この技術により、科学者たちは、人体のオーラが主に頭の真上にあり、体の状態によって色が変化することを発見しました。
その後、コロトコフを含むアメリカ、ロシア、日本、ドイツなどの科学者が研究を進め、いくつかの法則を見出しました。
例えば、赤が主色のオーラは頑固で自己中心的、または体力があり、リーダーシップがある性格を表します。
青は信仰や純粋さを表す色で、色が濃いほど高潔で軽減であることを示します。
オレンジは健康状態が良く、緑は健康回復中、あるいは狡猾さを表すこともあります。
ピンクは愛やロマンス、幸福、恋愛中の色で、一時的に恋愛をすると、普段は自己中心的であっても、オーラの色は変化します。
そして、鮮やかな黄色は知性や賢さを、そして黒は死や悪意を、灰色は憂鬱を表し、不幸な時、オーラは暗くなります。
これによって、少年が見た教会にいる時の母の青い光や賢い父の黄色い光、病人の暗い灰色の光、恋する人のピンク色の光などは、現代科学の研究結果とほぼ一致していることがわかります。
しかし、当時は保守的な考え方が強かったため、少年の言葉は周囲に理解されませんでした。実は、この少年はさらに特別な能力を持っていました。
彼は人の過去が見えるだけでなく、未来に起こる出来事を漠然と感じることもできたのです。
いとこを介して、少年はソルトという女性と出会いました。彼女は声も外見も男性的でした。
少年は彼女の光に顔に傷跡のある男性の姿が潜んでいるのを見ました。その男性はかつてソルトと深い仲にあり、二人は結婚を約束していましたが、彼が急に亡くなったことも見えました。
少年がこのことを話すとソルトは驚きました。少年が知るはずのない事実を正確に言い当てたからです。
後日、ソルトは少年の母に、彼は超能力を持つ素晴らしい子だと言いましたが、保守的な母はそれを受け入れず、少年を叱って黙らせました。
その後、母の友人の古夫婦人が訪ねてきました。少年は婦人の顔にカニのような恐ろしいものがくっついているのを見ました。
ソルトのことがあったため、少年は母に叱られるのを恐れ、何も言いませんでした。しかし、その18ヶ月後、古夫婦人は癌で亡くなったのです。
1885年7月8日、少年一家とウィルボク氏はケズウィックという場所で夏休みを過ごしました。
ボク氏の病状は改善し、少年にピアノを弾いて聞かせました。少年は音楽が大好きでした。音楽を聞くと美しいものが見えたからです。
ケズウィックで少年は妖精やエルフ、小さなドワーフをたくさん見ました。
雲の中を優雅に漂う美しい妖精が雲で面白い形を作っていたり、暖炉の炎の中に火の妖精がいたりするのを見ました。それぞれの元素には対応する妖精がいるのです。
しかし、少年は部屋に魔女のような老婆がいるのが見えていたので、宿泊先が好きではありませんでした。
彼女の顔は醜く、いつもベッドの前で恐ろしい目をして、じっと彼を見つめていたからです。
少年はこのことをウィル牧師に話すと、牧師は祈ることを彼に教えました。すると、少年が祈り終えて目を開けた瞬間、イエス様が現れ、眩しい光を放っていたのです。
それ以来、少年はその老婆を見なくなりました。その後、学校で少年の運命を変える出来事が起こります。
希少のアライエニー先生は生徒に怒りをぶつけることが多く、少年は体調を崩してしまいました。母親は医者の助言を受け入れ、彼を退学させました。
しかし、この退学が少年にとって人生の大きな転機となったのです。
1886年、父は少年のために、家庭教師のボードマン先生を雇いました。
ボードマン先生の光は美しく、主に黄色で、少しピンクや緑、青も混じっていました。
少年はこの新しい先生が大好きで、二人はとても仲良くなりました。
少年が遠くへ遊びに行った時も、ボードマン先生に手紙を書き、エルフのことを報告していました。
チリの授業中、二人がカナダの地図を見ていた時、ボードマン先生が地図を指差し、ここに行ったことがあると言いました。
すると、少年は突然何かを感じ取り、先生はカナダ行きの船で若い女性に恋をしたねと言ったので、ボードマン先生は驚きました。
それは本当にあったことでしたが、先生自身も忘れかけていたことだったからです。
少年の良心とは違い、ボードマン先生は少年に超能力があると信じ、もっといろいろ話してほしいと促しました。
少年が断ろうとした時、大きな帽子をかぶった老人の魂が現れ、ボードマン先生にサムという人を覚えているか聞いてみなさいというのです。
言われた通りに聞いてみると、ボードマン先生はさらに驚きました。
サムは彼の命の恩人だったのです。
この日以降、ボードマン先生は少年の霊能力を確信し、霊魂学を研究し始めました。
少年はようやく心を開くことができる相手ができて、幸運だと感じました。
1886年の復活祭の日、少年は競技の内容に疑問を感じる部分がありましたが、母親は競技にいかなる疑問を持つことも許さなかったため、口に出せずにいました。
しかし、少年が葛藤しているとイエス様が現れたのです。
イエス様は優しくこう言いました。
考えることは罪ではないが、自分の考えを他人に話すことは、必ずしも賢明とは限らないよ。
そう言い終えると、微笑んで消えました。
その年、少年はいとこの結婚式に出席しました。
新郎のホジキン氏の光は美しく、二人は幸せな結婚生活を送るだろうと思いましたが、不思議なことに、この二人はいずれ別れるような気がしたのです。
その時、少年はあることに気づきました。
それは、愛し合う人々は前世で出会っていて、根性で再会しているということです。
すると、イエス様が再び現れ、「その通りだ。君は隠された真実を見抜いた。いつか完全に理解する日が来るだろう。」と言ったのです。
その後、少年とボードマン先生は未知のことに触れ、霊的な道を進んでいくことになります。
しかし、この時の少年は、彼が見たイエス様は、実は本当の姿ではないことをまだ知りません。
彼の正体とは何なのか、そして少年の未来に何が待ち受けているのか、次回、すべてを明らかにしたいと思います。
今日の話はここまでです。
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それでは次回、またお会いしましょう。
