【五中全会】中印国境で再衝突!軍が北京に反旗… 習近平最悪の日 #精鋭論壇

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五中全会の期間中、中印国境で再び衝突が勃発した。中共中央軍事委員会のメンバーは2人しか残っておらず、西部戦区には主官がいない。今回の責任は誰が負うのでか。これらの問題の背景を分析し解説する。
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西英論壇へようこそ。司会の関さんです。
最近、中印国境の退治で再び緊張が
高まっていると伝えられています。
ここ4年ほどは基本的に平穏でしたが、
10月中旬以降、アルナーチャルプラデイ
シュ州で軍事衝突が勃発し、双方に負傷者や
拘束された兵士が出たとの情報があります。
時期が非常に敏感で習近平がインドでの
ブリックス首脳会議に参加した直後であり、
中国共産党中共の固中全会が
開催されている最中でもあります。
この軍事衝突と中共内部の権力闘争には
関連があるのでしょうか。
スタジオにはベテランジャーナリストの郭文さ
ん、独立系映画プロデューサーの李文さんです。
リゴンさん、最近の中印国境衝突について、
SNS上でも様々な憶測が飛び交っていますが、
状況を教えてください。
今回、中印国境で確かに再び
継続的な大事が発生しています。
場所はインドがアルナーチャルプラデイシュ州と
呼ぶ、中国が主張する増南地区です。
インドの治安当局は、
複数の地点で大事が発生し、現在も完全には
集結していないことを公に認めています。
今回の緊張は、早くは7月25日前後に遡り、
主にアッパースバンシリ県に集中しています。
インドメディアによると、双方のパトロール隊が
実行支配線付近で遭遇して退治となり、その後、
宗教軍がある高地にテントを設営しました。
インド側の主張では、その位置は
インドが認識する実行支配線から約6、
7km入り込んだ場所だということです。
双方は直ちに部隊を増破し、
現場の指揮官が何度も交渉を行いました。
9月6日には軍団長級会談が開かれましたが、
問題は解決しませんでした。
10月22日になり、インドチベット国境警察の
カルプール総監が初めて、アルナーチャルプ
ラデイシュ州の複数地点で退治が発生し、
現在も続いていることを公に確認しました。
また、インドの高地対応の勇敢な特殊部隊が
すでに対処に当たっているとも言及しました。
インドの高級治安当局者が、東部セクターでの
緊張が数ヶ月続いていることを、
公に認めたのはこれが初めてです。
アルナーチャルプラデイシュ州は
中印国境の東部セクターに位置し、
面積は約8万4千平方キロメートル、
北海道ほどの大きさです。
現在はインドが実効支配していますが、
中国側もこの地域の主権を主張しています。
双方に共通の認識となる
実効支配線の地図が存在しないため、
パトロール隊が同じエリアに侵入して
退治を引き起こすことが頻繁にあります。
10月24日以降、SNS上にはいわゆる
衝突の映像が大量に出回りました。
双方の兵士が棒を持って押し合う動画や、
中国の軍人が負傷し、2名の中共軍兵士が
拘束されたという情報もあります。
中で最も注目を集めたのは、
兵士が歩きながら発砲している動画です。
今回の衝突で中共軍が初めて発砲したという
声がある一方で、この動画はカザフスタンの
特殊部隊の訓練映像だという指摘もあります。
現時点では、ネット上の映像が今回の
衝突のものかは確認できず、発砲、死亡、
捕虜といった情報も中印両軍からの
最終的な確認は得られていません。
確かなのは、国境の東部セクターで
数ヶ月にわたる軍事退治と近距離での接触が
実際に存在しているということです。
しかし、関連情報にはさらなる
裏付けが必要です。
本当に異常なのは、中院トップが関係改善を
発表したばかりなのに、国境では依然として
高度な緊張状態が続いているという点です。
もし本当に発砲があったとすれば、
事態は非常に深刻です。
私の記憶では1995年以降、
中院双方には暗黙の了解があり、
衝突の際も拳や弧、石を使うだけで基本的に
銃に弾は装填しないことになっていました。
もし本当に発砲があったなら、
事態は明らかに深刻な段階に入ります。
ただし、その発砲が威嚇射撃なのか、
暴発なのか、それとも直接的な
射撃なのかは区別する必要があります。
中印両国は1996年に国境における軍事的な
信頼情勢措置に関する協定に署名しており、
実行支配線から2kmキロ以内の範囲では発砲、
爆破、銃器や爆発物の使用を禁じています。
この協定は銃の傾向自体を禁じているわけではな
く、退治の際の発砲を禁じているのです。
中印は共に確保有国であり、
前線で一度武器が使用されれば、
自体は容易に制御不能に陥るからです。
これが中印国境における特殊な
現象を生み出しています。
近代化された軍隊同士の衝突でありながら、
まるで冷戦時代のようです。
2017年のパンゴン湖付近での投石、
2020年5月のパンゴン湖畔での拳や石を
使った乱闘、同年6月のガルワン渓谷での石や
鉄パイプ、釘のついた金棒を使った衝突でも、
発砲はありませんでした。
インド側は20人の死亡を発表し、
中国側は後に4人の死亡を認めましたが、
外部ではもっと多いとみられています。
2022年12月の多湾地区での再衝突でも、
依然として木の棒などが使われました。
これらの光景は滑稽に見えるかもしれませんが、
その背後には意図的に
設けられた安全弁があります。
押し合いや殴り合いは許容しても、
極力銃声は響かせず、
階段を通じて事態を鎮静化させるためです。
しかし、この一戦は2020年に
一度突破されました。
8月末から9月初めにかけて、
パンゴンコナンガンで威嚇射撃事件が発生し、
双方が互いを非難しました。
これは約45年ぶりの銃声でした。
もし今回、アルナーチャルプラデイシュ州で
再び発砲があったとすれば、
それは単なる摩擦ではなく、
1996年の協定による銃器規制メカニズムが
機能不全に陥りつつあることを意味します。
軽兵器による死傷者が出れば、その後は重兵器、
さらには空軍の介入へと発展し、
真の軍事対決へと移行する可能性があります。
なぜ今回の中印軍の衝突がこれほど
注目されているのでしょうか。
それは時期が非常に敏感だからです。
各軍さん、ちょうど五中全会の前後であり、
現在軍内部では習近平に対する
不満が非常に高まっています。
何か疑問を感じませんか。
このタイミングは偶然ではないと思います。
少なくとも、軍内部の状況と照らし
合わせてみる価値はあります。
現在の中共軍はどのような状態でしょうか。
第20回党大会で選出された中央軍事委員会の
メンバー7人のうち、この4年間で、下栄党、
李正福、梁家、劉新立、張雄強の5人が失脚、
または問題視され、現在残っているのは
習近平と張正民の2人だけです。
中共の第20回党大会で中央委員会に選出された
軍出身の正規の中央委員44人のうち、
度重なる粛清と失脚を経て、名目上中央委員の
地位を保っているのはわずか17人です。
さらに、その17人の中で、
最近の公の活動が確認できる軍の代表は、
朝商民と党軍の2人しか残っていません。
現役の上昇は6人です。
東軍は海軍司令官を歴任しています。
朝商民は政治工作、規律検査畑の人物です。
官省縁、陽子賓、黄豪は全員空軍であり、
朝書校は長く規律検査システムにいました。
陸軍は人数が最も多く、
派閥も最も多いにもかかわらず、
部隊を率いた経験のある陸軍の
上昇が1人もいないのです。
今回の衝突は、中国が蔵南地区と呼ぶ
アルナーチャルプラデイシュ州で発生しました。
ここは西部戦区の管轄であり、
前線にいるのはチベット軍区の陸軍です。
西部戦区の王開港司令官は2021年に
上昇に昇進しましたが、
昨年の4中全会から会議には欠席しており、
長らく公の場に姿を見せていません。
つまり、戦区の司令官も政治員も不在なのです。
指揮系統が途絶えています。
今年1月に朝夕共闘流進率に問題が起きて以来、
多くの部隊が未だに公の場で
習近平への支持を表明していません。
軍の習近平に対する不満は、
ここ数年で最も深まっています。
この時期に国境で緊張が高まることは、
誰にとって有利でしょうか。
外部からの脅威は軍の地位を向上させます。
なぜなら、戦争は軍人に頼るしかなく、
政治工作や規律検査、
宣伝部門には頼れないからです。
もし軍が北京に圧力をかけようとするなら、
国境の緊張を作り出すのは一つの方法です。
公然と命令に背く必要はなく、
前線で少し時勢を緩めるだけで済みます。
国境が緊張すれば、
北京は答えを出さざるを得ません。
西部戦区は誰が指揮するのか。
すぐに司令官を任命するのか。
統合参謀部は祝伝制副参謀長が取り仕切って
いますが、正式に参謀長を任命するのか。
中央軍事委員会には、2人しかいないが、
戦闘になれば誰が主導して部隊を動かすのか。
これは事実上、戸中全会に対して軍事委員の
補充を迫るものであり、しかも実際に、
部隊を率いた経験のある陸軍将官を補充せよと、
迫っているに等しいのです。
現時点では、軍が意図的に引き起こしたという
証拠はありませんが、タイミングが良すぎます。
5中全会が開催中で、
中央軍事委員会は人員の補充を待っており、
軍は習近平に不満を抱いている。
そんな折に、前線で問題が起きたのです。
ですから、今回の衝突は単なる中印間の
問題として片付けることはできず、
極めて重要な局面で、軍が北京に対して
切ったカードである可能性が高いのです。
以前にも中共の軍隊は
似たようなことをしたことがありますか?
あります。2014年9月17日から19
日にかけて、習近平が国家主席として
初めてインドを訪問し、モディ首相の地元に
赴いて友好的な姿をアピールしました。
しかし、全く同じ時期に、
中印両軍がラダック地方で退治していました。
中国側が仮設道路を建設し、
双方の兵士数千人が至近距離で退治したのです。
モディ首相は公に深刻な懸念を表明し、
国境問題の解決を求めました。
当時、習近平は権力の座についたばかりで、
メンツを非常に気にしていました。
チュマルのこの地域は当時、新疆軍区の
管轄であり、蘭州軍区に属していました。
ここはまさに、元中央軍事委員会副主席の
核白雄が長く任に就いていた場所です。
当時の中央軍事委員会副主席女才校は、
党籍を剥奪されたばかりでした。
習近平は帰国後、粛清を加速させ、
2015年4月に核白雄を立憲し、
7月に党籍を剥奪しました。
2人の元軍事委員会副主席が
相次いで失脚したのです。
2015年11月には軍の改革が発表され、
蘭州軍区は消滅し、
新京都チベットは西部戦区に組み込まれました。
2回目は2017年です。6月16日から
中国軍がドクラムで道路建設を始め、インドが
ブータンの要請を受けて部隊を派遣して阻止し、
73日間にわたる退治となりました。
この退治が終わりかけた頃、統合参謀部参謀長の
某宝記と政治部主任の張陽が拘束されました。
同年、張陽は首を吊って自殺し、
2年後に某宝記は無期懲役の判決を受けました。
2014年と2017年の2回の
国境での事件は、いずれもその後に
軍情総部の大粛清へとつながりました。
衝突が直接粛清を引き起こしたとは
言いませんが、共通の法則があります。
前線が制御不能に陥った、
あるいは制御不能とみなされた場合、
その責任は軍情総部に問われるということです。
その論理は、外部の事件を利用して
軍を粛清するというものです。
以前の習近平は、国境での事件を利用して
軍権を掌握することができましたが、
今の彼にまだその能力があるでしょうか。
中印国境の衝突は1950年代末から始まり、
1962年には一度戦争が起き、
その後も小規模な衝突が続いています。
中印国境は2000から3000kmにも及び
西部、東部、中部のセクターに分かれています。
争いの発端は1914年の志村会議で引かれた
マクモ本ラインという境界線にあります。
チベットの代表は署名しましたが、中華民国は
署名しておらず、慎重も認めていませんでした。
中部セクターはブータンが絡んでおり、
ブータンはインドと安全保障面で
緊密に協力しています。
カクフンさん、最近の衝突もアルナーチャ
ルプラディッシュ州で起きていますね。
はい。今回の場所はまさに、
中印国境の東端です。
インド側はアルナーチャルプラデイシュ州と
呼び、中国側はゾーナンチクと
呼ぶ政治的に微妙な地域です。
アルナーチャルプラデイシュ州の面積は
約8万4千平方キロメートルで、
北海道ぐらいの広さです。
中国が主張するゾーナンチクは
約9万平方キロメートルを呼びます。
つまり、州全体が対象なのです。
インドは1987年に正式に
州として制定しました。
この対立は、1914年の
マクマ本ラインに端を発します。
これは、1914年にイギリス領インド帝国と
チベット政府の間で引かれた国境戦です。
チベットの代表は署名しましたが、
中国政府は署名していません。
中華民国から中共に至るまで、
一貫して認めていないのです。
アルナーチャルプラデイシュ州のタワン県は、
チベット仏教の重要な拠点で、ダライラマ6世の
ツアンヤンギャツオもこの一帯の出身です。
中国にとって、これは単なる土地の
問題ではなく、チベット問題そのものなのです。
1962年中印戦争では、10月20日に
中共軍が東部セクターで攻撃を開始し、
タワンからボンディラまで進軍しました。
アッサム平原まであと少しの距離でした。
10月21日に中国は一方的に停戦し、
1959年の実行支配戦まで後退しました。
東部セクターの実行支配戦は、
おおむね幕間本ラインに沿っており、
実際にはインドが管理していますが、
中国は現在に至るまで認めていません。
ここ数年、北京は、
増南地区の標準地名を継続的に発表しています。
その度にインドは強く抗議しています。
1962年の時、中共の軍隊はヒマラヤ山脈を
越えなければならなかったため、
弾薬を運ぶのに16ヶ月も準備を要しました。
戦争は2、3週間で弾薬が尽き、
撤退するしかありませんでした。
一方インド側は平原に道路があり、
中国側とは条件が異なっていました。
2022年12月9日、中印国境の
タワンで殴り合いなどの衝突が発生し、
双方に軽傷者が出ました。
2024年10月、中印は西部セクター、
ラダック東部でのパトロール協定に合意し、
モディ首相と習近平の会談で
関係改善を図りました。
東部セクター、アルナーチャルプラデイシュ
州などには、火種が残されたままでした。
実際、今年7月に東部で
発生した小規模な衝突は、
10月にはさらにエスカレートしています。
衝突の映像を見ると、付近にはうそうとした
森があり、典型的な東部セクターの地形です。
10月22日、午中前回の直前に、
インドチベット国境警察のカルプール総監が、中
印両軍がアルナーチャルプラデイシュ州の複数の
場所で退治していることを公に確認しました。
インド外務省は、その原因は中国側がパトロー
ルの方式を変更したためだと述べています。
報道によると、インド軍はタクシンで、中国側の
テント17調理を撤去したとのことです。
過去の暗黙の了解では、パトロールエリアに
建設物を作ることはできませんでした。
中国側が意図的にテントを設営したとすれば、
誰がその命令を下したのかが非常に重要です。
インドは直ちに高地対応の
特殊部隊を派遣し、ドローンや
アンチドローンシステムを拡充しました。
今回の場所には3つの特徴があります。
中国が主権を主張する最大の競争地であること、
2024年の協定の範囲外であること、
そして中国側が偶然ではなく意図的にテントを
設営したことです。一体誰がテントを
設営するよう命令したのでしょうか。
2014年のチュマルでの
衝突後にはカクハクユーが捕まり、
2017年のドクラムでの衝突後には
ボウヨウキとチョウヨウが捕まりました。
しかし2020年のパンゴン湖での
衝突ではそれが原因で誰かが
捕まったという話は聞きません。
今回は軍とはあまり関係がないのでしょうか。
関係がある可能性は高いです。
軍が不満を表明し、
北京に圧力をかける手段だと思われます。
しかし、前の2回とは根本的に異なります。
2014年の中印国境での退治の際、
習近平はまだ軍権を握っており、
それを利用して核白雄や、除災港の勢力を
一掃し、軍の改革を推し進めました。
2017年の駐院の73日間にわたる退治では、
防砲機と徴用が即座に拘束され、
当時の中央軍事委員会のメンバーは、自身の
側近である徴用卿らにすげ替えられました。
2020年は状況が違いました。
パンゴン湖とガルワン渓谷での衝突で、
インド側は20人が死亡し、
中国側は後に4人の死亡を認めました。9月には
パンゴン湖南岸で威嚇射撃もありました。
北京は軍事委員会クラスの将官を
捕まえることはありませんでしたが、西部戦区の
司令官は1年以内に4人も交代しました。
張玉東は58歳で亡くなっています。
これは、北京が西部戦区を
安心していなかったことを示していますが、
もはや軍事委員会にまでメスを
入れることはできなかったのです。
現在、中央軍事委員会には2人しか残ってお
らず、戦区の司令官も政治委員も不在です。
本当に責任を追求しようにも、
問責する相手すら見つかりません。
これは習近平にとって非常に気まずい状況です。
第一の選択肢は、情報してインドと和平交渉を
行い、テントを撤去することです。
しかし、前回の夜、進化者の記事は、
37回も、逃走と叫び、
党内に弱腰や臆病な者がいると批判しました。
もし習近平がこのタイミングでインドに
対して弱腰になれば、強硬な闘争の
イメージを自ら打ち砕くことになり、
党内での地位に直接影響を及ぼします。
第二の選択肢は、強硬な態度に出ることですが、
それには軍の力が必要です。
現在、軍の指揮系統は途絶えており、戦区には
主幹がおらず、陸軍には上昇がいません。
衝突が本当にエスカレートすれば、
直ちに部隊を率いる将官を任命して、
軍事委員会を補充しなければならず、それこそ
まさに軍と長老が望んでいることなのです。
どちらを選ぼうと、主導権はもはや
完全には習近平の手にはありません。
この1ヶ月、習近平の外交日程は
非常に詰まっています。
国境で戦闘が起きれば外交の部隊が
台無しになり、大きなプレッシャーとなります。
これはプリンシパルエージェント問題です。
つまり、代理人の軍が依頼人である習近平の
利益に反する行動をとってしまう問題です。
軍が自身の利益や感情を持ち、
かつ監督者がいなければ、
実行の度合いを自分で調整することができます。
中共軍は前線で数歩多く進むか、あるいは
一歩退くのをやめるだけでよく、北京はその
衝突の結果に向き合わざるを得なくなります。
今回、その矛先は軍ではなく、
習近平自身に向かっている可能性があります。
観察すべきシグナルは、2つあります。
誤中全開で軍事委員会に人員が補充されるか、
そこに陸軍の召喚が含まれるか。
インドにも独自の問題があります。
リオンさん、ここ十数年、インドでは
ナショナリズムの感情が激しく高まっています。
モディ首相は長期政権を維持しており、
大会的には強い指導者としての姿勢を示す
必要があります。この問題はそう簡単には
解決しないのではないでしょうか。
中印国境で最も危険なのは、双方が大量の
軍隊を配備していることだけでなく、
両国の指導者が共にナショナリズムに頼って、
自身のイメージを形成していることです。
一度死者が出たり、
領土問題が公になったりすれば、
双方が交代するのは困難になります。
モディ氏は2014年に首相に就任して以来、
すでに12年間政権を握っており、
インド人民党はヒンドゥナショナリズムを
基盤としています。
2019年にはカシミール地方の
特別な自治権を剥奪し、
パキスタンに対して攻撃や空爆を行いました。
2024年にはラーム寺院の落成式を主催し、
これらの行動を通じて、強い指導者としての
イメージを絶えず強化してきました。
外交面でも、モディ首相は
インドファーストを強調しています。
ロシア・ウクライナ戦争後、
ロシア産原油を大量に購入し、
輸入に占める割合を0.2%から40%以上に
引き上げました。
アメリカが圧力をかけ、
関税の引上げをちらつかせても、
インドは14億の人口のエネルギー安全保障は、
自ら決定すると強調しました。
モディ首相は矛盾を緩和するために、アメリカの
エネルギー商品の購入拡大にも同意しており、
強硬さの中にも計算がありますが、
国内に向けて外国に頭を下げた、
と思わせるわけにはいきません。
これが彼の譲れない一戦です。
領土問題はインドにおいて極めて敏感です。
2020年のガルワン渓谷での衝突後、
インドでは中国製品のボイコットや
中国国旗を燃やす波が起き、
モディ政権は数百の中国製アプリを禁止し、
中国企業への審査を強化しました。
再びインド兵の死亡拘束が起きたり、
中国軍の発砲映像が出回ったりすれば、
ナショナリズムの感情は急速に高まるでしょう。
習近平も同様にナショナリズムを利用し、
領土の保全や一都の土地も譲らないことを
政治的な正しさとして掲げており、
臓難の主張を簡単に放棄す
ることはありえません。
強権的なイメージを維持しなければならない
二つの政府が、明確に確定されていない
国境戦で顔を突き合わせているのです。
最も危険なのは、前線の兵士が先に衝突し、
セロンが報復を求め、
指導者を後退できない状況に追い込むことです。
一歩退けば軟弱だ、
あるいは売国度だと非難され、
退かなければ事態はエスカレートします。
双方は衝突を現場の指揮官が処理できる
範囲に抑え込まなければなりません。
アルナーチャルプナテイシュ州は以前は
チベット族が中心でしたが、近年は他の
地域からの移民が急速に増えています。
インドの第5軍団は現在チベット人を中心とした
第5三角士団に再編されており、多くの亡命チ
ベット人が国境の特殊部隊に所属し、中国との
戦闘では非常に容赦がないと言われています。
あるチベット人はもしチベットでことが
起きれば、アルナーチャルプラデイシュ州の
チベット族部隊が直接乗り込んでくると語ってお
り、数千人が近代的な武器を装備しています。
中国側は考慮すべき事柄が散席しています。
今最も注目すべきなのは土地の広さやテントの
数あるいは兵士の退治ということではなく、
北京に一体どれだけの能力が残されているのか、
習近平が激しい粛清の最中にある軍をどこまで
掌握できているのかということです。
過去習近平は国境の危機を利用して軍を
粛清できましたが、今では軍事委員会の幹部が
相次いで問題に直面し、前線も緊張している
中で習近平と軍の関係が試されています。
彼に本当に指揮権があるのでしょうか。
もし軍事危機が突発した場合彼は
命令を下せるのでしょうか。
その命令は実行されるのでしょうか。
誰が責任を負うのでしょうか。
これは習近平にとって巨大なプレッシャーです。
固中全開で軍の人事をどう処理するのか、
そしてなぜこの時期に国境の緊張が高
まったのかを見ればその関係性が見えてきます。
今後軍が息を吹き返すのか、習近平と軍の
関係が改善するのかは中国の政治闘争を
観察する上で重要なポイントとなります。
本日もご出演の方々に貴重なご
意見をいただきました。
ぜひチャンネルを登録し、高評価、コメント、
そして共有をよろしくお願いいたします。
視聴者の皆様、ご出演の方々、
ありがとうございました。
皆様からのご支援に感謝いたします。
また次回お会いしましょう。
