【名著】怠惰への讃歌|ラッセル 幸福と成功を呼ぶ、「怠け癖」のすすめ ~20世紀最大の知性ラッセルに学ぶ、怠惰の思想~
はいどうも安太郎です勤勉は善で平打は悪
である今回ご紹介するのはそんな世間の
常識に意を唱えた世界的名所バートランド
ラッセルタイダへの参加特に怠け癖が治ら
ないと悩んでいる方毎日が忙しすぎて心の
余裕を失っている方子供の教育に関心の
ある方物事を多様な角度から検討し論理的
客観的に結論を導き出す力を身につけたい
方に是非手に取っていただきたい一殺です
テクノロジーが進歩し生産性も飛躍的に
向上しているにも関わらずなぜか私たちは
未だに長時間労働に縛られれ多忙な日々を
送っています一体それはなぜなのか常に
生産的な活動をしなければ社会が正常に
機能しないからでしょうかそれとも働か
ないと人間は不幸になってしまうから
でしょうか今回の動画ではこれらの疑問を
の重要性を訴えた古典を通して掘り下げる
とともに現代社会に求められる働き方や
時間の使い方について皆さんと一緒に考え
ていきたいと思いますご視聴にあたって
予備知識は特にいりませんのでお茶でも
飲みながらリラックスしてどうぞ最後まで
楽しんでいってくださいそれでは参り
ましょうバートランドラッセルタイダへの
参加さあまずはこの動画の全体像からお
示しいたします初めに背景知識として著に
ついて簡単に紹介しその後本書の内容を
怠け者の報酬役に立たないものを愛せる人
心の健康を保つ距離感という3つのテーマ
に沿って進めていき最後にブック
コミュニティリベルの新規募集のご案内を
させていただきますさあそれでは早速背景
知識から見ていきましょうバートランド
ラッセル彼は1872年イギリスの貴族
家庭に生まれました幼少期に両親を失った
ラッセルは祖父母の家に引き取られ極めて
厳格なピューリタン的教育を受けました
ピューリタンとはキリスト教
プロテスタントの一派で勤勉な労働とシト
な生活を重んじることで知られています
毎日冷たい水風呂に入らされたり夕方まで
椅子に座らせてもらえないなどその厳しさ
は蒸気を生していたと言います子春期に
なるとラッセルはなんと自殺願望を抱く
ほど深刻な苦悩を抱え家族との会話も
避けるようになりますそんな絶望の淵にい
たラッセルを救ったのは自然読書そして
数学への強い関心でした中でも古代
ギリシャの数学者ユークリッドの著作が
生きる希望となったと言います彼は自伝の
中でその出会いを人生の偉大な出来事の1
つであり初恋のように眩しいものであった
と語っています1890年ケンブリッジ
大学に進学したらセルは数学と哲学を納め
1910年から13年にかけて数学者の
ホワイトヘッドとともに全3巻からなる
著作数学原理プリンキピアマテマティカを
観光これにより数理哲学という分野におい
て世界的な名声を獲得します1914年第
1次世界対戦が勃発するとラッセルは徴兵
反対を訴え積極的に平和を呼びかけました
しかし同年に制定された王国防衛法に
基づき有罪判決を受け当時務めていた
ケンブリッジ大学から追放され1918年
には約4ヶ月間投獄されてしまいますこれ
らの経験からラッセルは人間性を育てる
ことの重要性を痛感し教育というテーマに
強い関心を向け始めますそして1926年
著作教育論を観行幼いうちから調和の取れ
た性格を育てるべきだと訴えました翌年
その理論を実践する場所としてビーコン
ヒルスクールという学校を創設子供たちの
教育を通して社会全体の幸福と平和を
目指しましたそれから3年後58歳の時に
代表策幸福論を発表自分のことばかりに
囚われるのではなくあらゆることに関心を
向ける知的好奇心こそが幸福の条件である
と唱えましたしかし当時のイギリス社会に
は人々の幸福の獲得を阻む巨大な壁が立ち
はかっていましたそれが過重労働そこで
ラッセルは幸福論の出版から2年後大大へ
の参加を発表労働を美徳とする伝統的価値
観を厳しく批判しもっと世の中の人々に暇
を与えなければならないと訴えました資本
主義が独走していた当時こうした考えは遺
として知りとけられますが後に経済学者の
ケインズがその理論の中に同様の見解を
示すことになります果たしてラッセルの
提言は聞に値しない邪説なのかそれとも今
こそ耳を傾けるべき心理なのかこれから
作品を紐解きながら皆さんと一緒に確認し
ていきたいと思いますさあ背景知識は以上
になりますここまでよろしいでしょうか
それでは以上の点を踏まえていよいよ本編
に入ってまます1つ目のテーマは怠け者の
報酬ですではきましょう私の世代の人間は
何もしないで怠けていると人は悪さをする
という格言を教えられ常に何かをしている
べきだと言われたものである子供の私は
その言葉を素直に信じたそして大人になっ
ても働くことは美徳であると確信し一生
懸命働いてきただが今の私は全く違う考え
を持っているというのも労働を美徳とする
考えは今日の社会に過重労働を生み出し
様々な害をもたらしているからである冒頭
からラッセルは労働を美徳とする価値観に
対し否定的な態度を示しています働くこと
は良いことで怠けることは悪いことである
こうした労働官は大変歴史が古く様々な
宗教的文化的背景にねざしていますえば
紀元前700年頃古代ギリシャで成立した
ヘシオドスの労働と日々では神話的な文脈
から働くことの尊さや楽しさが歌い上げ
られていますまた新薬聖書にも働こうとし
ないものは食べることもしてはならないと
いう一説がありさらに宗教改革の時代には
マルティンルターが天職ベルーフという
概念を提唱し世俗的な労働は神に喜ばれる
行為であると主張します
こうした長い歴史の中で培われてきた労働
は美徳であるという価値観に対しラッセル
は一体どのような批判を展開していくのか
さあでは続きを聞いてみましょうナポリに
旅行に行った男のこんな有名な話がある
ある時男は日向で怠けている12人の乞食
を見つけこう言ったこの中で1番の怠け者
に金を渡そう11名の乞たちはそれを手に
しようと勢いよく飛び上がったすると男は
最後まで動こうとしなかった12人目の
ものに金を渡したこの旅行者のしたことを
私は正しい行動だと思うのであるなるほど
一般的に社会では勤勉な人や業績を上げた
人が評価を受けるものですがナポリの旅行
者はあえて最も大大な人物に報酬を与え
ましたこの事例は勤勉はは善で大は悪で
あるという世間の常識社会通念に対し朝鮮
的な問を投げかけていますその上で彼は
働き過ぎの現代人に次のような提案をし
ます私は次のように強調したい人が幸福と
繁栄を手にするためには何よりもまず組織
的に仕事を減らさなければならないとでは
そもそも仕事とは何かそれは大きく2種類
ある1つはも物を動かす仕事でありもう1
つは人に物を動かすように指示をする仕事
である全車は大変な割には報酬が低く校舎
は楽な割に報酬が高いしかし世の中には
こうした労働者たちよりはるかに尊敬され
ている階級が存在するそれが自主である彼
らは人々を自分の土地に住ませたり働かせ
たりすることによってその大下を得るだが
こうした大大な自主たちを私はラサしよう
とは思わないなぜなら彼らの大大な生活は
他人の勤労によって支えられているからで
あるなるほどラッセルによれば世の中には
3種類の人がいると言います1つは働く
従業員や作業員もう1つは働かせる管理職
や経営者そして3つ目が働かない自主足
本家です彼はあらゆる平打を賛美している
ではなく人を働かせて自分は何もしないと
いう支配者層の対に対しては否定的な見方
を示していますなぜなら少数の特権階級
だけが平打な生活を楽しみそれ以外の大
多数が過酷な労働を強られているという
構造では社会全体の幸福度が上がらない
からですラッセルが強調しているのは従業
員管理職経営者などの労働時間の総量を
減らし誰もが十分な予価を持てることなの
ですところが現状はどうなっているのか彼
は次のように分析しています現代の技術を
持ってすれば労働の必要量を減らすことは
可能であるだが我々の社会はその恩恵を
受けていない一例を上げてみよう例えば
ある製造業者が技術進歩により以前の2倍
量の商品を製造可能になったとするこの
場合8時間労働であった従業員は4時間
労働になっても良いはずだだが実際はどう
だろうか人々はこれまで通り8時間
きっちり働き需要に釣り合わない量の商品
を製造しているその結果商品の値段が
下がり会社は在庫型によって倒産し労働者
は食を失っている技術の確信が幸福を
生み出すのではなく不幸の厳選となって
いるこんな狂気じみた話があるだろうか
なるほど確かに技術が進歩すれば理論上は
労働時間が短縮されても良さそうですが
現代人は暇になるどころか年々時間に追わ
れながら暮らしていますその理由の1つと
してかつてカールマルクスが指摘した資本
家による搾取が挙げられますより高い利益
を追求するため資本家たちは労働者に
できる限り長く低賃金で働いてもらいたい
と考える傾向にありますしかし言うまでも
なくそうした不利な条件のも意欲的に働き
たいという人はいませんそこで彼らが活用
するのが労働は美徳であるというロジック
です働くこと自体に価値があるのだこの
ようにすり込んでしまえば多少給与が低く
ても待遇が悪くても労働者は自分は良い
ことをしているという納得感を得ることが
できますしかしこれはあくまで一時的に
不満を抑えているだけであり実際には労働
者の体と精神は消耗していくことになり
ますその上でラッセルはこうした社会の不
都合な構造について次のように語ります
金持ちはとにかく貧乏人に暇を与えたがら
ない例えば19世紀初期のイギリスでは
1人あたりの平日の労働時間は15時間
子供でも12時間労働が当たり前であった
もし働きすぎだと声をあげようものなら次
のように反論されるだろう仕事があるから
大人は酒を飲まなくなり子供はいたずらを
しなくなるのだと私が子供の頃法律によっ
て祝日が設定された時上流階級の連中は
ひどく分外していた私自身もある伯爵夫人
が貧乏人に休日を与えて何になる彼らは
働くべきだと叫んでいたことを記憶して
いる確かに労働は生活において欠かせない
ものであるだがそれを人生の最終目的の
ように考えるのは間違っているもし労働が
本当に美徳なら土木作業に従事する人は
シェイクスピアのように尊敬されなければ
ならないなぜ労働はこんなにも誤解されて
いるのだろうそこには大きく2つの要因が
ある1つは富裕層が貧民に不満を抱かせ
ないため長年にわって労働の美徳を解いて
いたこともう1つが技術確信がもたらす
満足感である労働は良いものだと擦り込ま
れ便利な仕事道具を与えられるのはいいが
労働者たちは本当にそれで納得しているの
だろうか私は労働が大好きですなぜなら
人間にとって最も高きなことをしていると
いう実感があるからです休息は必要ですが
朝が来て再び職場に向かっている時が私に
とって最も幸福な瞬間なのですこんなこと
を言っている労働者を私は未だかつて見た
ことがないのであるなるほどラッセルは
過剰な労働が強られてきた歴史的背景とし
て労働は美徳であるという価値観に加え
技術確信がもたらす満足感が関係している
と指摘しています例えばZOOMなどの
オンラインツールの発達はリモートワーク
を普及させ労働の柔軟性を高めることに
大きく貢献しましたしかしその一方で仕事
とプライベートの教会が曖昧になり長時間
労働に繋がりやすいといった問題も指摘さ
れていますでは現代人にとって適切な労働
時間はどの程度なのでしょうかラッセルの
考えでは奴隷性が撤廃された今の時代は
そもそも長時間労働自体が不要でありなん
と1日4時間程度働けば十分であると言い
ますなかなか大胆な提案ですが仮に1日4
時間労働の世界が実現したら皆さんは余っ
た時間をどのように使うでしょうか1日中
ゲームをしたり家族や友人と旅行に行っ
たりやれることは無限にありますしかし中
には仕事以外に何をすればいいのだろうと
考えでしまった方もいるかもしれません
本書でラッセルは仕事にしか人生の喜びを
見い出せないような社会は極めて不健全で
あると指摘しその病理について次のように
論じていますもし仕事を奪われたら余った
時間の過ごし方に困るはずだと批判的な
考えを持つものもいるだろうだがそんな
言分がまかり通っているうちは我々の文明
に重大な血管があるということだかつて
人類はもっとのんびりと暮らしたり愉快に
遊んだりする能力を身につけていただが
今日の社会ではどうだろうその能力が抑制
されているとしか思えない現代人は目的を
持った行動ばかり強調する一方で目的を
持たないそれ自体を楽しむといった行為に
対して否定的である例えば映画を例にあげ
てみようこうしたコンテンツ制作はは立派
な仕事として尊敬されるがそれを干渉する
行為自体は時間の無駄だと言われるこれは
利益を生む生産活動だけが尊いことでそれ
以外の何の利益にもならない純粋な楽しみ
や人々の消費活動を変じている証拠である
予科を賢く活用する能力は文明と教育に
よって育まれるものだ仕事一筋で生きてき
た人が突然することががなくなったら
きっと毎日が退屈でうんざりするだろう
十分な予価がなければ人生が与えてくれる
最も素晴らしいものを見逃すことになる
多くの人々が生きる喜びや感動を味わえ
ないでいるのはなぜかそれはまさしく暇が
ないという一言に尽きるかつて世の中には
余日を堪能する少数の勇敢階級と多数の
労働階級があった勇敢階級は特権的に労働
者を支配しただが彼らの暇な時間があった
からこそ芸術や科学哲学などが発展したの
であるはいこの1節でラッセルは目的を
持たない純粋な楽しみが否定される社会を
批判し予科の重要性を強調しています実は
こうした問題意識は古くから存在しており
例えば古代ギリシャの哲学者
アリストテレスは暇とは単なる休息では
なく事故の内面と向き合い真の幸福を追求
するための時間であると考えましたまた
学校を表すスクールという言葉は古代
ギリシャ語で暇を意味するスコレに由来し
ますこれは学校とは本来暇な時間の中で
知識を深め精神を豊かにする場所であった
ことを示唆していますところが今日の社会
では世の中で活躍するための知識や技能を
習得することに重点が置かれいわば職業
訓練の場としての機能を強めていますさて
次のパートではこうした教育の問題点と
実用的ではない知識の必要性について
掘り下げていきますさあというわけで2つ
目のテーマ役に立たないものを愛せる人に
進んでまいりますでは行きましょう古代
ギリシャ人は詩人ホメロスの作品を純粋に
楽しんでいた学問的な追求ではなくまるで
我々が音楽を干渉するような気分で楽しん
でいたのである16世紀のヨーロッパでは
こうしたギリシャ文化を無法しようという
動きがあったそれがルネサンスであるこの
時代何かを学ぶことは酒を飲んだり恋愛を
したりするのと同じくらい人生の喜びの1
つであったこれに対し近代国家の教育は
完全に実用主義である例えばアメリカの
教育委員会はビジネスで使われる言葉以外
の単語は学校の教育過程から排除すべきだ
と提案したまたロシアの学校では教育や
政治などの面で役に立つことしか教えない
という方針であるそこには言葉には美的
価値が宿るという考えは存在しない言葉は
ただの伝達手段となり知識も実用的なもの
ばかりが強調されるようになったのだ
なるほどこの1節でラッセルは知識や言葉
ははそれ自体に価値があるのではなく今や
単なる実用的スキルの一部として扱われる
ようになったと指摘しています本書によれ
ばこのような変化の背景にはいくつかの
要因が絡んでいると言います1つは国家間
での経済的政治的結びつきが強くなった
ことつまりグローバル化の進展により国
同士は互いに依存し合うようになり双方に
利益をもたらすウンウンの関係を気づく
必要性が高まったのですそしてもう1つの
要因が国家の教育機関への介入です教育
機関の多くは国からの資金提供を受けてい
ますそのため国にとって有益で役に立つ
人材を育成することが求められその結果
実用的教育に重点が置かれるようになった
わけですまた本書では特定の目的に囚われ
すぎることの危険性についても言及されて
います明確なゴールを持つことによって人
は集中力を高め時に高い成果を生み出し
ますしかしそれによって視野が狭くなり
致命的なミスを犯したり日常の中にある
小さな幸せを見落としたりするものです
例えば趣味だったスポーツがいつの間にか
勝利や記録を追求するようになって楽しめ
なくなった情報収集として活用していた
SNSが徐々にフォロワー数や
リアクションを気にするようになり辛く
なってしまったこのように手段が目的その
ものにすり替わりこんなはずではなくたと
いう状況に陥るケースは少なくありません
ではこうした視野共作から脱却するには
どうすれば良いのでしょうかラッセルは
こう言います子供は言うまでもなく大人に
も遊びが必要である何の意味も目的も考え
ずただ目の前のことを純粋に楽しむことが
大切だそのためには我々は自分の仕事とは
全く縁のない事柄に関しても興味や楽しみ
を発見できないなければならないなるほど
ラッセルは目的も生産性も考えずただ目の
前のことを純粋に楽しむ活動すなわち遊び
が必要であると考えたようです彼によれば
遊びとは受動的なものと能動的なものと2
種類に分類できると言います受動的な遊び
とは映画鑑賞やスポーツ感染など他人の
活動を見て楽しむこと一方能動的な遊びは
絵を描く楽器を演奏するスポーツを実際に
行うなど自ら積極的に参加したり想像し
たりする活動のことを指しますラッセルは
時間に追われがちな現代人は受動的な娯楽
に偏りがちであると指摘しつつも何もし
ないよりははるかに良いと認めています
しかし人生をより豊かにするためには能動
的な娯楽が必要でありそのためには教育を
通じて知的好奇心を育てることが重要だと
解いています確かに何にもも興味が湧か
ないという状態ではどれだけ時間を与え
られても新しい趣味を始めてみよう未知の
環境に飛び込んでみようといった積極的な
気持ちも生まれにくいものですまた暇で
あることが耐えがいほど退屈でつまらない
と苦痛に感じる人もいるかもしれません
つまりラッセルはこうした不快感に悩まさ
れないよう様々なことに関心の目を向け
られる人間教育の必要性を訴えているの
ですその上で彼は実用的ではない知識の
メリットについて次のように言います実用
的ではない知識の最大の利点は深い思考や
反省の機械を提供するということである
シェイクスピアや古代ギリシャの戯曲
ルネサンスキに活躍した芸術家の人生や
作品アインシュタインが唱えた相対性理論
こうした知識にはライフハックのような
即効性や実用性は期待できませんが一方で
私たちに幅広い視野と高い志を提供して
くれます例えばある人は文学作品の一切
から自分の考えや行動を見つめなす
きっかけを得たりまたある人は苦境に
立たされた時の心の保ち方を哲学に学び
さらにその状況を乗り越えるアイデアを
科学や芸術の理論から発見するかもしれ
ませんこのように一見役に立たない無用の
知識は実は私たちの生きやすさに直結する
多くのメリットを間接的に与えてくれるの
ですその上でラッセルは次のように続け
ます試作の中に喜びを見い出す習慣は無知
に陥ったり権力に執着したりしないための
安全弁でありまたそれは不幸に襲われても
落ち着き苦悩があっても心の平穏を保つ
手段である個人的なことばかりに限られた
人生はおれ早かれ耐えがいほど辛いものに
なるだろう今の世の中は常に機嫌が悪く
つまらない自己主張ばかりしている人で
溢れているこれらの集団は人生全体を俯瞰
することができず文明を破壊することさえ
も厭わないこの状況から脱却するには断片
的な専門知識ではなく人生を高い志で
見つめるための知恵が必要であるそれは
すなわち芸術や歴史英雄的な人物の障害を
知り宇宙における人間という存在のはさを
わずかでも理解することであるなるほど
個人的なことに限定された人生は時間の
問題で耐えがいほど辛いものになるとあり
ました例えば会社での昇進や年収を上げる
ことばかりに囚われた結果家庭が崩壊して
しまったまた退職後に信頼できる友人も
楽しめる趣味もないことに気がつき孤独感
に悩まされるようになったといったケース
は少なくありませんなぜこうした悲劇が
起こってしまうのかその背景には多忙な
人間が陥りやすい禁止癌的思考があります
これは対局的に物事を見るのではなく目先
のことや短期的なことばかりに思考が傾い
ている状態をさしますつまり今の仕事や
環境人間関係などをまるで自分の人生の
全てであるかのように錯覚しその結果様々
な執着や迷いが生まれてしまうのです
ラッセルはこうした問題に対処するため
人生全体を俯瞰する知恵すなわち実用的で
はない教養の必要性を解いていますこれに
よって私たちは日常のあらゆる出来事を
多角的な視点から見つめ冷静に客観的な
解釈ができるようになります例えば皆さん
も宇宙の信淵や人類の歴史に思いをはせ
たり偉大な思想や芸術に触れたりしたこと
で自分の悩みの小ささに気付かされたと
いったご経験があるのではないでしょうか
さて次のパートではラッセルの教育に
対する考え方をさらに深掘りし子供との
接し方や愛情の示し方などを学んでいき
ますさあというわけで3つ目のテーマ心の
健康を保つ距離感に進んでまいりますでは
きましょう私が思うに現代の教育理論家は
子供に無干渉であることのメリットを強調
する一方で子供たちと一緒に楽しんで交流
することの価値を軽んじている動物が好き
な人は自ら馬や犬などに関わろうとする
だろうこれと同じように子供にも積極的に
愛情を示すことが大切である愛情を
しっかりと感じていれば彼らは強制され
なくても親の提案に応じたりぶつぶつ文句
を言いながらも禁止事項も守ったりする
ものだ好ましくないのは子供たちを社会的
政治的な目的を果たすための道具とみなす
ことでああ例えば子供たちを大人の都合に
よってある特定の政党を支持するように
教育したり国家のために積極的に命を
捧げるような人間に育成してはならない
最も望ましい態度は子供の将来のことなど
考えずただ彼らの前に立っただけで自然と
楽しい気分が湧いてくるということだはい
ラッセルが子供の教育において最も重視し
たのは的思考を育てることでした人間が
幸せに生きるためには物事を盲目的に
受け入れるのではなく多様な角度から批判
的に検討し論理的客観的に答えを導き
出せる力が必要だと考えたのですそのため
には何よりもまず大人たちが子供を見た
だけで自然と楽しい気分になるような心の
余裕を持っているかどうかそして積極的に
交流し純粋な愛情を示せるかどうかが鍵に
なると言いますこのように子供に対して真
正面から向き合うアプローチはアメリカの
心理学者カールロジャーズが提唱した概念
無条件の肯定的配慮と類似していますこれ
はカウンセラーに求められる基本的態度の
1つで自分の信念や価値観などを交えず
相手の感情言葉行動などを無条件に需要
することを言いますこうした態度を示す
ことによって相手はありのままの自分を
受け入れてもらえたと実でき自分の考えや
感情を自由に表現できるようになると言わ
れていますまたラッセルは子供たちに
対する関心や愛情が何らかの目的や利益に
基づくものであってはならないと強調して
います身近な例としてはかつて自分が叶え
られなかった夢を子供に託したり社会的な
成功や家族のメツのために本人が望んでい
ない道に誘導することが挙げられますそれ
によって子供は自分の興味や関心を発見
できなくなり主体的に生きる意欲も喜びも
失ってしまうかもしれませんそのため
ラッセルは子供たちの前では将来のことを
過度に考え現実的な捜査を加えようとする
のではなく本人たちの幸福や発展を心から
願い一緒に楽しい時間を過ごすべきである
と解いたわけですただ彼の提唱する子供と
の関わり方は現実的には難しいものがあり
ますというのも多くのたちは過密
スケジュールと長時間労働に追われ毎日
疲れきっているからですラッセル自身も
この問題を認識しており不幸にも過労に
陥った教師は子供が好きだという本能を
忘れてしまうと述べていますこれは過労が
人間の本能的な喜びや愛情を感じる能力に
まで影響を及ぼすことを示唆しています
そこで彼は子供との接触時間を適切に管理
することの重要性を強調し次のような提案
をします教師は1日中子供たちと過ごす
べきではない最大2時間程度にとめ残りの
時間は子供たちから離れることである男女
の交際にせよ子供の教育にせよ疲れてくる
とイライラしてくるものだこの苛だしさは
どんなに努力してもコントロールできる
ものではない子供たちと一定の距離を取り
彼らとの時間を楽しめる心の余裕を持つ
ことが大切だであるそうすれば子供の自由
を制限する規則もいらなくなり誤った判断
を下すこともなくなるだろうラッセルが
提唱している子供との適切な距離感の重要
性は教育現場だけではなく一般家庭でも
同様です実際に子供との接触時間が長
すぎることで疲れやストレスが蓄積し愛情
が感じられなくなったり育児のゼになっ
たりするケースも少なくありませんまた
仕事にせよ時にせよ疲れきってイライラし
ている状態ではあまり良い結果は期待でき
ないものですこうした状況に対処するには
何よりもまず勤勉は善で平打は悪であると
いう常識を疑うことその上で生産性のない
趣味や活動を楽しんだり時には思い切って
人任せにしたりと賢く怠けることが大切で
あると言えますそれでは最後に忙しい毎日
を送る現代人に向けたラッセルの
メッセージを紹介しこの動画を締めくくり
たいと思いますではきましょうもし誰もが
1日4時間しか働かない世界になったら
どのような変化が起こるだろうか芸術家や
作家は商業主義に縛られずに捜索活動に
専念できるようになり医者や教師は新たな
知識を習得する時間が増えるだろう何より
喜ばしいことは多くの人々がストレスや
疲労から解放され人生の幸せを実感できる
ようになるということだそうなれば我々は
これまで以上に人に対して親切になれる
他人を苦しめたり疑ったりしようとは思わ
なくなるそして戦争への欲求もなくなり
社会は安心と安全を教授することになる
だろうはいというわけで大大への参加以上
でございますいかがでしたでしょうか今回
は年末年始の連休明けとということで人間
にとって欠かせない予科をテーマにした
古典を選んでみました新しい年を迎え
きっと皆さん忙しい日々を過ごされている
かと思いますが休息をしっかりとって健康
的で楽しい2024年になることを願って
おりますというわけで遅くなりましたが
本年もどうぞよろしくお願いいたしますで
は最後に1点お知らせでございますこの度
ブックコミュニティリベルの9回目の
メンバー募集がスタートいたしましたこの
コミュニティは多様な世代地域の方が
集まり和気あいあいとした雰囲気の中で
農書会やオフ会など日々様々なイベントが
行われています読書やアウトプットの習慣
を身につけたい方本や趣味について熱く
語り合える仲間を探している方多様な思考
や感性に触れ自分自身や社会に対する理解
を深めたい方日常から離れた新たな居場所
や出会いを求めている方お待ちしており
ます締め切りは2024年1月31日です
が定員になり次第締め切らせていただき
ますお申し込みや詳細のご確認は概要欄の
リンクからお願いいたします皆さんとお
会いできることを心から楽しみにしており
ますこの動画が面白かった参考になったと
いう方は高評価コメントなどいただけます
と嬉しいですまたチャンネル登録も
よろしくお願いいたしますではまた次の
動画でお会いしましょうありがとうござい
ました