【名著】自分の中に孤独を抱け|岡本太郎 人生が豊かになる「本当の孤独」とは何か。
はいどうも安太郎です権威や常識と戦い
そして自分自身と戦い続けた芸術家岡本
太郎今回取り上げるのはそんな彼が生前に
発表した原稿公演などをまとめた名自分の
中に孤独をいけ芸術伝統文化に興味がある
方はもちろん自信が持てないと悩んでいる
方人から嫌われたり誤解されたりすること
を恐れている方退屈な日常を抜け出し生い
ある人生を取り戻したいという方に是非手
に取っていただきたい一冊です岡本太郎と
いえば大阪万博記念公園の太陽の東屋渋谷
駅のランドマーク蓮の神話の海野屋であり
その型破りな表現と生き方は今なお人々を
魅了してやみません今回の動画ではそんな
彼の人生と思想そして現代社会に
訴えかけるメッセージに迫りますご視聴に
あたって予備知識は特にいりませんのでお
茶でも飲みながらリラックスしてどうぞ
最後まで楽しんでいってくださいそれでは
参りましょう岡本太郎自分の中に孤独を
いけさあまずはこの動画の全体像からお
示しいたします始めに背景知識として著者
について簡単に紹介しその後本書の内容を
孤独とは何か精神の廊下について縄文の力
という3つのテーマに沿って進めてまいり
ますさあそれでは早速背景知識から見て
いきましょう岡本太郎彼は1911年現在
の神奈川県川崎市で誕生しました父の岡本
一平は独創的な作風で一斉を風靡した漫画
家で総理大臣の名は知らずとも岡本一平の
名を知らぬものはいないと表されるほど
絶大な人気を誇っていました一方私生活は
稼いだお金のほとんどを酒と遊びに
使い込むといった包頭ざま母のかの子も
長い家人でしたがいわゆる両妻憲behと
は言いがく泣きわめく太郎を柱に縛りつけ
ては読書や捜索に没頭していたと言います
しかし太郎はそんな両親を恨むことはあり
ませんでした一平とかの子は太郎が
生まれ落ちた瞬間から彼を独立した存在と
して認め親子という立場も年齢という上下
関係もなく1人の人間として接しました
そのため太郎は両親の捜索にかける思いや
芸術一家が抱える矛盾や葛藤を理解し
受け入れることができたのですしかし当時
はまだ上下関係が厳しい法権社会小学校に
入学すると漢字の書き順を間違えただけで
罵倒されたり理不尽なことで暴力を振るわ
れたりする現状に衝撃を受け太郎は一学期
で学校を退学その後何度か天候を繰り返し
ますが周囲とうまく馴染むことができず
ついには居場所を失ってしまいますそんな
彼にが訪れたのは1929年18歳の時
でした入学したばかりの東京美術学校現在
の東京芸術大学を中退し両親と共に
フランスパリに渡ったのです彼はフランス
ごと西洋文化を必死に学びカフェに集まる
世界の芸術家と積極的に交流しました
そして自分のアトリエも構えようやく心を
落ち着かせられる場所を手にしますしかし
彼は芸術家として何かを表現しという
気持ちはある一方で何を表現すれば良いの
かわからないという切実な問題に直面し
ます自分への嫌悪感が日に日に大きくなっ
ていく中1932年彼はついに人生を決定
付ける1枚のへと出会いますパブロピカソ
水差しと果物DEP目の前にある事物を
写真のように描くのではなくその本質的な
要素だけを抜き取り大胆に抽象化するその
斬新な表現形式とピカソの孤独な精神に
太郎は強く心を打たれ感激の涙を流しまし
た中小表現には国境民族文化の違いもない
これなら日本人でも対等に自分を打ち出し
世界で戦えるそう確信した太郎はついに
本格的な捜索活動を開始なたる芸術家たち
とともに中小芸術運動の最前線に立ち充実
した日々を過ごしますしかしそれから間も
なく画家という職業に閉じこもっている
自分に虚しさを感じ毎日自問自とするよう
になります画家としてではなく人間として
いかに生きるかを考えなければならない
悩み抜いた結果太郎はパリ大学に進学し
哲学や民族学などを学びましたそんな彼に
絶大な影響を与えたのが当時強弁を取って
いた文化人類学者マルセルモース彼は近代
的な民族学の石を築いた人物で世界各地の
事実が持つスピリチュアルな力が社会に
果たす機能を研究したことで知られてい
ますその講義に感銘を受けた太郎は弟子
入りを志願しなんと絵を書くことを忘れる
ほど研究に没頭このようにして彼はモス
から民族学的な検地から人間や社会を観察
する目を与えられ独自の芸術思想を築いて
いくことになるのですそれから間もなく第
2次世界対戦が勃発華やかなの都は不穏な
空気に包まれていきます友人が次々と戦場
へと向かう中日本人として何もできずに
いる状況に太郎は言いよのない孤独を感じ
ていましたそうした中彼は日本で戦おうと
覚悟を決め1940年パリから帰国その2
年後中国戦線へと送られますしかしそこに
待っていたのは初年兵教育というなの暴力
でした毎日上官から意味もなく殴られ日々
戦争がいかに理不尽で虚しいものであるか
を痛感しますさらに終戦後も捕虜として
捉えられ収容所生活をよぎなくされます
その壮絶な体験を後に太郎は次のように
振り返っています軍隊生活4年収容所での
1年あの5年間私は冷凍されていたような
気がする我が人生であれほど虚しかった
ことはない1940
年ようやく日本の土を踏んだ太郎は栄養失
寸前の体を引きずりながら青山の自宅へと
向かいましたしかし家は後方もなく
アトリエも火道具もパリから持ち帰った
作品も全てが消失していましたするとそこ
へ母かの子と進行のあった小説か川端安成
が救いの手を差し伸べます当てのない太郎
をろさせ生活に必要な資金を提供すなど
献身的に支えたと言います1946年11
月太郎はついにアトリエを構え再出発の
準備を整えますこの時に掲げたのが対局
主義と呼ばれる芸術理念です対局主義とは
これまでの常識や既存のイデオロギーと正
反対の作品をぶつけるという立場のことを
言います太郎はこうした相反するものの
ぶつかり合いから生じる矛盾や緊張感が
新たな価値を生み出すと考えたのです
そんな中真っ先に目をつけたのがわびさび
ばかりが持てはやされる日本の美術会彼は
その球体依然とした体制権力構造を
揺さぶるような原色まみれの対策を次々と
生み出し世間を驚かせますまた彼は芸術の
一転主義を嫌い決して作品を売らなかった
ことでも知られています一般的に芸術品は
一点もだからこそ高値がつき商業的な価値
があるとされていますですが太郎の考えは
全くの逆でした芸術は一部の金持ちや
コレクターの増品ではない芸術とは大衆の
ものであり社会全体のものであるこうした
信念に基づき彼は自分の作品を公園や駅と
いった誰もが見られる場所に置くなど
パブリックアートの政策に力を注ぎました
ただそれらが芸術的センスにたけている人
や芸術マニアの干渉物にとまってしまえば
意味がありませんそこで太郎は1954年
一般大衆向けの分かりやすい芸術論今日の
芸術を発表人間は皆本質的に芸術家である
ということそしてこれからの時代に求め
られる芸術のあり方などを解き爆発的
ヒットを記録しましたまた彼は捜索活動
以外でも様々な功績を残しており中でも
有名なのが縄文時の美を発見したことです
1951年上野の東京国立博物館で初めて
縄文時を目にした彼はその荒々しくも
力強い美しさに心を奪われましたこれまで
縄文時は考古学的な資料でしかなく美しい
と形容されるものではありませんでした
そんな中太郎は民族学的な検地から縄文時
にアプローチし日本の伝統文化のルーツを
確認するとともに新たな美の可能性を
見出したのですこの衝撃的な体験は彼の
芸術感や人生に決定的な影響を与えること
になりますその代表例が1970年大阪
万博で披露された太陽の党です異様な
フォルムで佇むこの巨大なモニュメントは
縄文時代の土偶を彷彿させます大阪万博と
いえば高度経済成長期に湧く日本が戦後
復興を果たした証として開催した国家的な
大イベントですそのプロデューサーを任さ
れていた太郎は万博のテーマである進歩と
調和を象徴する大きな屋根になんと真光
から対立する思想を突き刺しました
輝かしい未来を語る場に決して存在しては
ならない太古の異物そこには進歩ではなく
まずは自分たちの根源足元を見つめなけれ
ばならないというメッセージと真の調和と
はただの馴れ合いではなく異同士が互いに
火花を散らしエネルギーを交換し合い
ながら生まれるという信念が読み取れます
今回の動画ではそんな彼が突き進んだ孤独
な道とその根底に流れる思想に迫ります
どうぞ最後までお楽しみくださいさあ背景
知識は以上になりますここまでよろしい
でしょうかそれでは以上の点を踏まえて
いよいよ本編に入っていきたいと思います
1つ目のテーマは孤独とは何かですでは
ましょ多くの人は孤独を誤解しています
孤独とは薄暗いところでしょんぼりしたり
がっかりしたりすることではありません
人間全体の運命を背負い込むと決意する
それが本当の孤独です人間が最も人間的で
あるのは孤独である時ですだから私は言い
たい孤独を非想感で捉えてはならないと
はい孤独という言葉には消極的で暗い
イメージがありますがここで述べられて
いる孤独とは人間全体の運命を引き受ける
という積極的な意味が含まれています
私たちは世界に無造作に投げ入れられた
ちっぽけな存在であるこうした人間の避
がい運命を受け入れ自ら人生ドラマを展開
しようと決意する時人は本当の意味で孤独
になると言います太郎はそれこそが人間に
とって真の誕生であり人生の目覚めである
と解きましたさ
そうなりますと私たちは人生という部隊の
主演俳優脚本家監督として自分自身の物語
を自ら想像していく必要がありますだと
すれば途中で投げ出したくなるような単調
で退屈なものよりメリハリがあって感動的
なストーリーを描きたいものです本書では
魅力的な人生ドラマを展開する上でいくつ
かのポイントが紹介されています1つは
謙虚差を捨てること実るほど神戸を垂れる
イホかなという言葉があるように日本では
何事も控えめであることが美徳とされる
傾向がありますしかし太郎は謙虚という
言葉の裏には相手を安心させて利用して
やろう影で出し抜いてやろうといった小い
打算があるむしろ自分の身のほどを
わきまえず自分がどうしたいかどうあり
たいかを積極的に打ち出すべきだと主張し
ます当然それにによって他者と衝突したり
余計な敵を増やしたり傷つく機会も多く
なりますですがそうした真っすぐな姿勢は
同じように無垢な情熱や心出し覚悟を持っ
た仲間を引き寄せますつまり純粋を貫けば
貫くほど人生は劇的に展開していくのです
そして2つ目が自分の可能性に蓋をしない
ことです人はしばしば自分はそんな大した
人間ではないと安全で無難選択を取ること
があります太郎はこうした控えめな態度は
むしろ傲慢であると厳しく指摘しその理由
について次のように説明しています
そもそも自分のことなんて自分では分から
ないものですどれほどの能力があるのか
どれほどの器なのかそんなこと簡単に
分かるわけがないのですけれども多くの人
は自分というものを知らないのに自分
なんてダメだと決めつけしまう謙虚という
美名をまい安全な道に逃げてしまう可能性
があるということは危険な道があるという
ことですそういう時こそ危険にかけなけれ
ばならないのですはいこの一説は自分自身
を安易に過小評価し安全な道に逃げること
の問題点を指摘しています多くの人は映画
やゲームといったコンテンツには胸が
高なるような体験を求める一方で実際の
人生となると綺麗に舗装された安全な
ルートを選択する傾向にありますですが
その道の先には最終的に空虚という壁が
待っていると言いますだからこそ太郎は
こうした人間の抱える矛盾を乗り越え
あえて危険な方にかけることを訴えたの
ですそして3つ目が人生を代用品で済ませ
ないこと人はしばしば自分の人生に退屈
すると他人の人生に乗っかることで現実
から目をそらそうとします例えば自分が
果たせなかった夢を子供や孫に丸投げして
過剰なまでに干渉をする著名人や
アーティストの朝鮮的な人生に自己投影し
熱狂的に応援するこうした代用品による
感情処理は残念なことに一時的な効果しか
なく人生の虚しさを根本的に解消すること
はできません本書ではこうした問題の原因
が個人ではなく社会システムそのものに
あるとして次のように論じられています今
の日本の社会構造特に教育システムに私は
疑問を抱いています教育を人格形成の第一
条件と言いながらなぜ若者たちに自分の
人生について考える時間を与えないのか
なぜ学校の形式的な勉強ばかりさせている
のかそういう時間は社会に出てからで構わ
ないと思っているのでしょうけれども実際
に社会人になってみると頭の中は社内事情
や所生術のことでいっぱいになり人生の
勉強をする暇などないのが現実です夜遅く
に帰宅し疲れきった状態で生きがいとは
何かなどと考える人がいるでしょうか独身
のうちは多少なりとも自由に考える時間が
あるのかもしれませんですが結婚して家庭
を持つようになると型通りの家庭生活が
待っていますそして彼ら彼女らは自分の
身の程を知りついには人生を諦めるのです
そして子供ができると自分はもうダメだ
からと言って我が子だけでも立派に
育てようといい学校に入れようとするそう
やって人は自分の人生とは何か自分はなぜ
生きているのかという大切な問と向き合う
ことがないまま生きその結果自分の人生を
代用品で済ませようとしてしまうのです
はい多くの人が生きがいを失い代用品に
頼らざるを得ないことは現代社会が抱える
最大の悲劇の1つですその上で太郎は代用
品を捨て生身の自分にかけることすなわち
自分の生きがいを貫くことを強調します
もちろんそれは簡単なことではありません
仕事や家庭が忙しすぎて身動きが取れない
夢を追いかけようとすると周囲から反対さ
れるこのようにがを求めたくても抜き差し
ならない事情がある人も多いのではない
でしょうかしかし太郎は制約や抵抗がある
時こそあえて行動を起こすべきだと訴え
ますなぜならネガティブ要因がある方が
かって人生がドラマチックに展開していく
からです幼い子供はやりたいことがある時
あれこれと頭で考えません例えやっては
いけないと言われても好奇心の赴くままに
挑戦的に行動をしますところが人はは大人
になっていくにつれて誰かに従うことや
社会に適合することを学びこうした人間の
根源的な欲求を閉ざしてしまうのです空虚
という壁を打ち破り人生に美しい色彩と
輝きを取り戻すそのために必要なのは
かつて誰もが持っていた幼子のような姿勢
です純粋に下向きに無条件に世界に
ぶつかっていくその繰り返しの中で人は
生いや人間的を獲得すると言いますとは
いえ私は年齢的にも能力的にも諦めるしか
ない人から嫌われるのが怖くて動けないと
いう方もいるかもしれませんそこで次の
パートではこうした疑問や不安を解消し
自信を持って人生を歩んでいくヒントを
探っていきたいと思いますさあというわけ
で2つ目のテーマ精神の廊下についてに
進んでまいりますでは行きましょうなぜ人
は退屈なを拒む一方で朝鮮的な行動を避け
がちなのか本書によればそこには未熟さに
対するコンプレックスがあると言います
つまり自分は能力も技術も未熟だから通用
しないだから挑戦しても無駄であるという
思考になるわけです確かにあらゆる情報が
可視化されている今日のネット社会では
自分より優れた才能に圧倒され劣等感に
打ちのめされることも少なくありません
このような未熟に悩む人々に太郎はこんな
言葉を投げかけていますもしあなたが自分
は未熟だと悩んでいるとしたらそれは未熟
であることをマイナスに捉えている証拠
ですむしろ私は弱さを抱えている人や未熟
な人の方が大きな可能性を秘めていると
考えますまたすでに成功した人よりまだ
成功を手にしていない人の方がはるかに
充実した日々を遅れると信じています
そもそもも世の中に完成というものがある
でしょうかあるとすればそれは他人が勝手
にそう思っているだけです社会の様々な
基準も意味のない目安でありこれも他人が
勝手に判断しているだけのものです本当に
生きるとは自分は未熟であるという前提の
もに生きることですはい人の心を揺さぶる
映画やドラマは大抵主人公が万葉だったり
未熟だったりあるいは周囲の人とは異なる
びな性格を帯びているものですですが彼ら
はそんな自分自身をひげするどころか過酷
な運命に自らを投げ入れ戦いを挑みます
打ちのめされ葛藤し時に感情を荒にし
ながら物語は進んでいきます人生を面白く
する理屈もこれと同じです完璧主義を捨て
各自が未熟な主人公として生きるこの前提
に立った時本当の人生がスタートするの
です一方で人は未熟ではなく成熟すなわち
年齢や廊下を理由に挑戦をためらうケース
も少なくありませんこの問題に対し太郎は
次のような見解を示します私はお湯を認め
ないそういう既然とした精神の気高さが
現代にこそ必要だと感じています近代
ヒューマニズムは人は誰でもおいるのです
老後の幸せを考えましょうと安易な慰めを
提供していますですがそのようなモラルが
あるからこそ人々がますます虚しい気分に
なるのです私は社会保障や福祉の充実に
反対しているわけではありません老後余生
という言葉で人生を区切り人間の価値を
台無しにするような風潮に疑問を感じて
いるだけなのですはい人間の廊下には肉体
的廊下と精神的廊下の2種類があります彼
が認めるべきでないとしているのは校舎の
精神的廊下ですでは人の内面はどのように
しておいていくのかそれは朝鮮を諦めた
瞬間から始まると言います浦島太郎が
玉手箱を開けた途端一瞬で老人になった
ように挑むことをやめれば人は何歳で
あろうと精神的老人へと変貌するのです
また彼は老後余勢という言葉で人生に
区切りをつけたり若者や老人という言葉で
人間を一定の枠にはめたりする社会のあり
方に疑問を呈しています世の中のシステム
に買いならされるのではなく自分の命の
リズムで生きるそれが本当に生きることで
あり精神的な若さを保つ秘訣だと言います
とはいえ世間の習慣や価値観から外れると
周囲の人から誤解されかって行きづらく
なる恐れがありますしかし太郎は誤解を
人生の必須条件と位置づけむしろ誤解され
なならないと次のように強調します誤解に
よって損をすることもあるでしょうですが
それは長い目で見れば些細な出来事に過ぎ
ませんそれを乗り越えていく過程にこそ
人生の醍醐があるのですそれでも人は誤解
を恐れ自分はそんな人間じゃないと言って
は怒ったり落ち込んだりしますそんな人に
私はこんな質問をしたいでは誤解のない
自分とは何かともしそのようなものがある
とすればそれは自分をこう見て欲しいと
いう願望のイメージでしかありません実際
にはそんな自分ではないのに都合よく誤解
して欲しいと誤解を期待しているのです
大切なのは人からどう思われるかではあり
ません自分が何をやりたいか何をやったか
それだけが自分なのですはい一般的に誤解
を受けやすい人は社会から排斥される傾に
ありますしかし太郎はそんな人々の姿を
美しいと賛美しましたなぜなら誤解され
やすいということはそれだけ世間の色に
染まっていない純粋な人間であることを
意味するからですまた純粋であればある
ほど人は誤解されたり叩かれたり傷を負う
機会も多くなります多くの人が若い時に
苦悩するのはそのうちに秘めた純粋さが
関係しているのかもしれませんですが彼は
世にまみれることを恐れ傷つきたくない
汚れたくないとただ逃げ回っているので
あればそれは本当の純粋さではないと言い
ます拒絶したい否定したいそんな不純物
だらけの世界にあえて身を通じ戦いを挑み
それでもなお自分の純粋さを貫ける人それ
こそが本当に純粋な人だと言います例えば
太郎の目に不順に移ったのが戦後間もい頃
の日本美術会です彼は形式的な日本の伝統
日に全ての作品が灰色でどれも同じように
見えると本音をぶつけあえて原職を多用し
ましたその結果我山から恨まれ色音痴と
のしられたりある美術評論家からは岡本
太郎が10年後も残っていたら自分の首を
くれてやるとまで言われたと言います
しかしそれでも彼は灰色が支配的であった
世界にあえて原色をぶつけ続けましたこう
した純粋に強烈に生きる人間こそ芸術その
ものだと考えていたのですさて次のパート
ではそんな太郎の芸術論日本人論に焦点を
当てたいと思いますさあというわけで3つ
目のテーマ縄文の力に進んでまいりますで
はきましょうそもそも芸術と言っても絵を
書く必要もなければ歌を歌う必要もあり
ませんただひたすら人間的にきるそれが
本当の芸術なのです日本の芸術の多くは
干渉者と作品が互いに寄りかかり合うこと
で成立していますしかし私はそういった
一般的な味わいというものを否定します
書いていて味が出ようものならすぐに
切り捨て打ち壊し味もそっけもない絵を
作ります好かれたくない褒められたくない
味わってなんかもらいたくないそう思って
仕事をしています
はい太郎は芸術がただの職能や技術に
とまらずより根源的な人間存在そのものに
直結する営であると考えましたまた他者
から理解評価されることも干渉者と調和
することも断固として拒みむしろ激しい
衝突を求めました一体それはなぜなのか彼
はその根拠を芸術の原原始時代の捜索に
見い出しました太古に描かれた洞窟の壁が
土偶や彫刻そこには動物の捕獲安全祈願と
いった社会的事実的な文脈があるだけで誰
かに認めて欲しいといった干渉者に媚びる
姿勢がありません芸術とは本来人間にとっ
て生活必需品であり同時に神秘的な役割を
持つ呪術品であるこうした前提に立った上
で太郎は今日の芸術家が果たす役割を次の
ように総括しますノーマルな社会の日常
基準常識に対し全く正反対の混沌とした
もの生命の奥にある神秘のような根源的な
ものを突きつけノーマルではない非常自体
を作り上げるそして日常生活の惰性に埋没
し失われた人間の根本的感動を呼び覚まし
生命の充実感や生きがいを与えるそれが
芸術家の役割だと思いますつまり芸術家と
は今日のシャーマンのような存在なのです
はいシャーマンは神や精霊と直接やり取り
をするいわば現実と神秘の狭にいる存在
です彼らは安易な慰めではなく社会から
反発を受けるような言葉日常と駆け離れた
神秘を突きつけますそれは王なしに人を
緊張させ時に嫌悪感や恐怖すら与えます
しかし同時にそれは人間の生きる力を復活
させる精神的なショック療法でもあるの
です太郎は意味嫌われながらも人々の根源
的な情熱に訴えかけるシャーマンの姿に
芸術家に課せられた本当の使命を発見し
ましたそのため彼の作品はどれも事実的な
要素が分断に盛り込まれており独特の
禍々しいオーラを放っていますとはいえ
自分は芸術家ではないし芸術にも興味が
ないから関係がないと思った方もいるかも
しれませんですが太郎はもが自分で何かを
想像したい表現したいといった現象的な
欲望を持っているその意味において人間は
皆芸術家であると大胆な主張を展開します
ところが人は大人になるとこうした衝動に
ブレーキをかけ芸術的行為から距離を置く
ようになりますその理由について彼は次の
ように説明しています人は何らかの形で
社会生産のために働いていますですがそこ
に本当に作っているという充実した喜びが
あるでしょうか正直なところ仕方なく
働かされているそんな気分ではない
でしょうか作るという現象的な喜びと現実
の労働とのギャップによる一種の絶望感
それが今日の不幸です人は生きるために
仕事をしますが充実していなければ本当の
仕事とは言えませんレクリエーションに
ついても同じです遊ぶにしても楽しむにし
ても全身的な充実感生きがいの手応えが
なければエネルギーの蓄積はできません
人間は自分の生命から溢れ出る本然の喜び
がなければ満足できないのですはい子供の
頃は誰もが絵を描いたり積木をしたり想像
的な遊びに夢中になりますが成長とともに
人間の生活は想像から生産へと半ば強制的
に移行していくことになりますそして人々
は想像の喜びと労働の喜びがほとんど一致
しないという現実に直面し愕然とするの
です例えば学生時代に音楽や絵画といった
捜索活動に情熱を注いでいた人が社会人に
なってからどれだけ働いてもかつてのよう
な充実感を得られないと感じるケースは
珍しくありませんではどうすれば良いのか
それは何かを作りたい表現したいといった
にもう1度火をつけ爆発させることです
ただしこの時注意しなければならないのは
上手にやろうとしないことだと言います
太郎は想像的行為はうくあってはならない
綺麗であってはならない心地よくあっては
ならないと提唱しそれを芸術の3元則とし
ました要するに職人的技工や万人受けする
ような綺麗さを追求するのではなくむしろ
常識外れで他者の理解がすぐに得られない
ものやや社会に緊張感を与えるものを
打ち出しましょうというわけですまた創造
的行為とは必ずしも何かを書いたり
組み立てたり具体的な事物を作ることだけ
を意味しません例えばここに1枚の絵が
あります皆さんよくご存知のフィンセント
ファンご保のひまわりです彼は心身を
燃やし尽くすような激しい捜索活動をし
ましたが生前に売れたのはわずか1枚でし
たしかしそんな売れ画であった五歩の
ひまわりは後に日本の保険会社がなんと
53億円で落札することになります作品
自体は何も変わっていないのに一体なぜ
作品の価値が根底から覆されたのかそれは
作品を受け取った側である鑑賞者がその
作品に意味や価値を与えたからですつまり
捜索物に真剣に向き合うことも実は想像に
参加する行為なのです
それだけではありません優れた作品に触れ
自分なりの世界観や神秘癌を確立すること
もさらには自分の命やエネルギーをどの
ように表現するかどうやって生きがいある
人生を築こうかと模索することも立派な
捜索活動の1つだと言いますその上で太郎
は日本人が今後どのように生を構築して
いくのかという問題について次のような
展望を示します
日本人ほど人の目を気にする国民はいませ
ん人に認められたり褒められたりすれば
自信を持ちますが否定されるとすぐに
落ち込んでしまいます文化や芸術の面でも
同様です大抵の場合方明の先進国が基準と
されていますしかし多くの人はパリを訪れ
たこともアメリカ人と親しく過ごしたこと
もイギリス人と議論をかわしたこともない
でしょうそれなのになぜ彼らが基準なの
でしょうかそもそも人間の生き方に本場
などというものは存在しないのです今の
日本人は忙しさに終われ退屈する暇もあり
ませんですがそのエネルギーをもっと自信
を持って活用し生きがいを見つけることが
できれば非常に面白い立場だと言えます
この国の消極的な混乱を逆手に取りそこ
から生きがいを見い出せばきっと新しい
文化が生まれるでしょうはいこの一説には
多くの日本人が生きがいや自信を喪失して
いるという現状とそこから抜け出す糸口が
示されています太郎にとっての日本それは
人生をかけて追求した重要なモチーフの1
つでした彼はわびさびに代表されるような
物静かで控えめな雰囲気をまっている
いわゆる伝統的な日本ではなくもっと情熱
と生命力に満ちた日本の原型がきっとどこ
かにあるそう信じていましたそして
1951年彼は上野の東京国立博物館で
日本文化の原点とも言える縄文時と出会い
ます燃え上がる炎をかったかのような豪快
な突起ダイナミックに躍動する渦巻き模様
彼はその中に日本人がかつて持っていた
狩猟民族としての琢さ尊厳生命力が見事に
内蔵されていることを見抜きましたこの
発見は日本の伝統的な美とは全く異なる
より根源的な美意識を奪還したということ
そして現代の日本人の生きる力を
呼び覚ます1つの鍵を手にしたという意味
で歴史的な快挙と言えますただし縄文文化
を無条件に賛美しだから日本は素晴らしい
のだ整えていても現状は何も変わりません
過去のものや伝統的なもの欧米のものなど
を盲目的に賞賛するいわゆる形式主義を
乗り越えない限り彼の言う新しい生害
新しい文化の想像はなし得ません縄文時は
あくまで縄文人が残したドラマの一部です
その遺産と正面からぶつかり何を読み取り
どんな自分のドラマを形成していくのか
あるいはどんな時代や文化を築いていくの
か太郎が残した作品は現代にそんな問を
投げかけているのかもしれません今回の
動画が皆さんににとって意外の発見や作品
への理解関心を深める一助となれば幸い
ですはいというわけで自分の中に孤独を
追いだけ以上でございますいかがでした
でしょうか是非皆さんの率直なご感想を
コメント欄でお聞かせくださいさて前回
ごご案内したユノヤエッセンシャルズで
ございますがおかげ様で大変ご好評を
いただいております皆様本当にありがとう
ございます生蜂蜜のパンセが先月完売した
のですが特別にもう少しだけご提供
いただけるとのことで再販がスタート
いたしましたまたサイト上に続々と
レビューが届いておりますのでご興味の
ある方は是非そちらも覗いてみてください
どうぞよろしくお願いいたしますこの動画
が面白かった参考になったという方は高
評価コメントなどいただけますと嬉しい
ですまたチャンネル登録もよろしくお願い
いたしますではまた次の動画でお会いし
ましょうありがとうございました
[音楽]