#173 南関素麺職人 師富 慶太朗 | 明日への扉 by アットホーム

明日への扉 by アットホーム
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2024/04/23
【2024年4月放送】 南関素麺職人 師富 慶太朗
https://www.athome-tobira.jp/story/173-morodomi-keitaro.html
福岡との県境に位置する熊本県南関町。山間の町に伝わる「南関素麺」は、
現在では貴重な完全手仕事の「手打ち・手延べ」で作られ、強いコシと喉越しの良さが特徴。
現在、10軒の製麺所がその伝統を守り続けている。今回は、約300年の歴史を持つ製麺所、
「猿渡製麺所」の店主・師富慶太朗さんの素麺作りを追った。
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『明日への扉』は、CS「ディスカバリーチャンネル」にて毎月第3木曜日19:30〜20:00 放送しています。
http://athome-tobira.jp/
『明日への扉』
わが国が世界に誇る、固有の伝統・文化の数々…。
先人たちが築いてきた、その知恵や技を受け継ぐ若者たちがいる。
夢を追いかけ日々研鑽する彼らの「ひたむきで真摯な姿」と普段の暮らしから垣間見える“素顔”を紹介していきます。
制作著作: アットホームホールディングス株式会社
制作協力: 日企
http://www.athome-inc.jp/
[音楽]
アットホーム
プレゼンツ明日への
扉福岡との県境山々に抱かれた熊本県南関
町かつては席書が置かれ当時の影を濃く
残して
いる
再世を迎えるのが麺作り
北風にさらされたそめは強い腰が生まれ
格別と言わ
れる山の町で繰り返されてきた光景
[音楽]
だ300年の歴史を持つ
南徳室にもさ
れ当時の法をそのままに機械を一切使わ
ない手打ち手延べで作られて
いる生産量がごく限られている
ため幻のそめと呼ば
れるはれのいい
腰ツルツルとした喉越し
夏は量を求めてさっぱり
と冬は体の真までしみ渡る温かい入
に江戸時代から続くそめの里では現在も
10件の生面所
が昔ながらの完全な手仕事で伝統の味を
守り続けている
1番のこだわれはあれ全部手作りっていう
のですねもうこの完全に手作りで作ってる
そめっていうのは今おそらく南関そめだけ
だと思うんですよその全部手作りだから
こそやっぱり味わえる味ってです
ね手でこねる感覚なんか
が夏場と冬場ではまた違いますし毎日かけ
みたいな爆死みたいな感じですよね好き
じゃないと続けられそうですね愛してます
よもを愛して
るっていうか創業およそ300年徳が
将軍家や皇室へそめを献上した生面所が
あるここに先人の技と思いを紡ぐ若者が
いる南職
太郎37
歳今私がこうやって南関そめ作りをでき
てるのもつなげてきてくれたその戦争の
おかげですし南関町のこの気候だったりと
かあとは水やっぱこういったものがないと
やっぱ南関そめっていうのは作れないと
思って
ますとても楽しいというか面白い仕事なの
で繋げてきてくれたその戦争にこれを残し
てくれて本当に感謝して
ます敬太郎さんは生面所の重大目とし
て代々受け継がれた正法を
守り2種類のそめを作って
いる南関そめの大名詞曲げ
そめその形がちょんまげに見えることから
その名がついた
とも
そしてヤゴでもある雪の糸
そめ限界まで伸ばされた細さは針穴も簡単
に通る
ほど一般的なそめと比べても細さが
際立つそんな雪のそめの名人と言われたの
が太郎さんの師匠であり祖母の井朝さん
すごい綺麗なおそめで祖母の作ったやっぱ
そめにはなかなか追いつけないなと思い
ますし命をかけて作りなさいと言ってまし
たお客さんに食べていただくものだから
やっぱそこで恥ずかしくないような満足し
ていただけるような装を作れなさいという
意味には捉えまし
たまちゃんと追いついていけるよう
に努力をしないといけないなとは思い
ます敬太郎さんの幼い頃からの夢がおばあ
ちゃんのようなそめを作ることだっ
た社会勉強のためと1度は就職し30歳の
時に弟入りし
た作業場ではとても厳しい仕事に対しては
本当に真面目でよく私もあの怒られてまし
た
ま最初のうちはあの触らせてもらえなかっ
たのでもうひたすら後ろで祖母の作業とか
をあの見て学びまし
たしかし1年を過ぎた頃祖母朝さんは余名
宣告を
受け命を削りながら太郎さんに技術を伝え
た母の
覚悟みたいなものも結構感じ取れました
し病気してる体だったけども一生懸命あの
教えてくれまし
た病床に伏せる朝さんから敬太郎さんに
連絡
がそめが食べたい
と私がま1人で1から作ったおそめを持っ
てったんですけどで食べてあ美味しいって
言ってくれてですねえあ1つこれで認めて
もらえたのかなっていう気持ちにはなり
まし
たそれから間もなくして息を引き取っ
たその技術
を伝えることができてま安心してまいけた
んじゃないかなとは思います
けど当時の様子を知る祖母朝さんの友人は
体調が悪い時もとにかくもうそばにおって
指導しなくちゃいけないちゅう気持ちを
持ってらしちゃったろうし太郎さんも
やっぱり大々の味に近づくために頑張っ
てらっしゃったと思いますよね圧だと思い
ますよね伝統はずっと続けていただいて
あの南関の宝にと全国の宝にしていただき
たいと思って
ます祖大あのげてきてくれた南そめ作りも
私の台でえさせるのじゃなくてま次につげ
ていけるように
あのそめ作り頑張っていきたいと思い
ますその技は祖母の手から孫の
手祖母の味の記憶は確かな
べ太郎さんは祖母が残してくれたそめを
作る思いを紡い
[音楽]
でそめはおよそ1200年の歴史を持つ
日本最古の面その製法はすでに鎌倉時代頃
には確立していたと言わ
れるもも急料理だったそめが
庶民に広まったのは江戸時代
中頃当時の面は長さ2m食べるのにも悪戦
苦闘しそう
だそめの命生作りは夜明け前から
始まる太郎さんがしたな
小麦粉そこに塩と水を
加える気温や湿度季節によって配合を調整
し
て塩水を
作る生作りを失敗してしまうとそめが切れ
てしまったりとかですねそういった原因に
もなるので一番このえ小水を作って生地を
こねるっていう作業が一番大切な作業には
なります
塩加減で麺の硬さを調整
する塩が多いと麺が硬く少ないと柔らかく
なるこれでおよそ100束分だと
いう1回で作れる限界が200束
ほどそれを丁寧になじませて
いく
体重をかけて
こねる塩水と小麦粉がきちっと万々なく
混ざってないとダができてしまったりとか
で玉ができると面にした時にそこから切れ
てしまったりとかするの
でこねることで弾力のある腰と粘りが
出る
次第に滑らかにまとまり大きな団子状に
なっ
たこの作業を数回繰り返し
ながら生地を育てて
いく日々その面の状態っていうのは違うの
でそれに合わせて作っていくことの難し
さっていうのはやっぱり感じて
ます
数時間寝かせて熟成させれ
ば生地の仕込みは
完了熟成をさせないとえ面っていうのは
細く伸ばすことができないのではい細く
するためにも熟成させ寝かせて熟成させ
るっていうのは大事な工程になり
ます熟成が進むといよいよ面
に綿棒で生地を伸ばし
て直径1mほどの円に
するそこへ小刀を
入れ外側から螺旋状に切って
いくそめって1本の面でできているので肘
を無駄なくえ使い切るために螺旋状に切っ
ていき
ますこれをひたすら伸ばして細いそめに
する形を丸く整えながら細く伸ばして
いく重要なのが面にねじりを加える
より
右手で寄りをかけ左手で
伸ばすよりをかけることによって生地密度
を開けて腰を強くするという意味合いが
あり
ます熟成を繰り返し
ながら面を細く伸ばすのが
秘訣熟成させてえ寝かせることによってに
無理をさせずに細くしていき
ます手間と時間をむこと
なく徐々に細くして
いく最初の寄りよりも面が細くなるので
それを切らないように団子を作る段階で
その配合を間違ってしまうとま切れやすく
なったりはし
ますに伸ばすと切れる原因
に麺はよがかけられる度に強靭な腰を
まとう乾燥を防ぐため
のな油を塗ってこのまま一晩
寝かせる
翌日
掛端という道具にセットした2本の
た熟成が進んだ麺を
かけす手をこすり合わせるようにここでも
しっかりとより
よ太いところは強く細いところは力を入れ
ずにを均一に
する常に寄りをかけながら補していくんで
その分腰の強い面になっていってると思い
ます見ると八の字にかけて
いるこれが後の工程で重要と
なる八字にかけるのはあの今このくっつい
てる面を離しやすくするためにはこの蜂の
字にかけるの
が必要になってき
ますこの間に端入れてこう割っていくん
ですけどこっちにやってで半今度は逆側
からこうやっていくと隣同士のそめ時が
離れていくん
でそれで1本の面になるんですよねきれ
に
にれ
[音楽]
室という箱の中
へのれんのように吊されじっと出番を
待つ全て手作業でよりをかけて熟成もさ
せるのでまその分より腰の強いお染めが
出来上がると思い
ます
作業の合間にちょっと
一息そめ職人に愛されるおやつを教えて
くれ
たそめにきなことたっぷりの黒蜜を
かけるそめ作ってる家庭でクだったり
切れ端だったりができるのでそういった
ところもったいないので少しでも無を
なくそうっていうところから作られた
おやつ
ですやっぱりもちもちしてはいおいしい
[音楽]
です小腹が満たされると次の作業
へ熟成の具合を見極めて最適なタイミング
で麺を
伸ばすが足らないとが伸びずさせすぎると
麺がくっついて
しまう1回こうやって引いてしばらく
寝かせてまた再度同じように引いて徐々に
伸ばしていくような
感じ敬太郎さんは熟成の見極めの大切さを
祖母朝さんからこう教えられ
たやっっぱりの声をながら面の状態をハし
て伸ばす作業であったりとか引く作業をし
ていきなさいというは教わりました祖母は
あの麺に合わせて作ってたんですけど私は
やっぱまだまだ自分に合わせてそう明を
作ってるような感じなのでまだまだ
なかなかそには追いつけないなと思ってい
ます太郎さんは祖母の教えを胸にそめの声
に耳を
[音楽]
傾けるいよいよそめ作りの集性
伸ばし面の間に箸を
入れ上下に動かしながらほいて
いくこれは橋分けっていって細く伸ばし
つつ隣り合ってるそめ同士今くっついてる
んですけどそれを離していくっていう作業
です悪作業をするためにそめを蜂の順に
かけてまし
たイエにもかけられた1本の
麺それ
を絡むことなくほくために蜂の字にかけて
い
た面が解けると撫でるように箸を
動かす箸に伝わる感覚を手よりに面の太さ
を均一に
する1本1本の面に合わせて力加減だっ
たりこの伸ばすタイミングていうのを調整
していますその正面が嫌って言ってるのに
力いっぱい伸ばしちゃうとやっぱどうし
切れちゃうんでそこはそう明に合わせて
そめの声を聞くようになってからはそんな
に切れなくなかったです
ね細く伸ばしても切れないのは生地の塩分
調整とよりと熟成を重ねた
証極細に伸ばす雪の糸そめは生地の配合を
変えて
いる麺自体が細くなるので切れやすくも
なりますしその力加減が難しいですね
それと面が細いと乾燥も早くなってしまう
んで乾燥しきる前にこの伸ばす作業を終え
ないといけないのでそれも難しい
です絹のようにしなやかに伸びた姿は食の
芸術品
[音楽]
だ伸ばしためを天で
乾かすたっぷりのしを
白
が北風にさらされて強い腰を
む山の町に純白のカーテンが
[音楽]
輝く右や梅雨時は炭火で乾燥
させる
炙りされた麺は独特の風味を
醸す以前は各地域のあのそめ作ってる地域
でこういう炭火での乾燥っていうのをやっ
てたみたいなんですけども今残っているの
はやっぱりこの南関町だけになり
ますそめに炭の香りがつくんですけども
この炭の香りが好きでえこの炙りそう明を
求めて会に来られるお客さんも
いらっしゃい
ますそして仕上げへまずは南関そめならで
はの曲げ
そめ完全に乾燥させずに半がきの状態で
取り込む切っていない長さ2mほどのそめ
を曲げはくという道具に巻いて
[音楽]
いくのように束ねられた曲げそめは江戸
時代後期頃から作られるようになったと
伝わるどうしても切ってしまうと端っこが
できて出てしまうのであのもう長いまま
束ねるっていうのがやっぱ昔のもったい
ない精神じゃないですけど曲げてる理由と
してはあり
ますワシで束ねて曲げわから引き抜く
と南関そめの大名詞曲げそめの
完成食べる時は半分に折ってから茹でると
[音楽]
いう雪の糸そめは完全に乾燥させ
て企画の長さ
にそこから極細のものだけを厳選
[音楽]
こうして南関そめが
完成純白に透き通る透明感はれのいい腰と
泡雪のような繊細な喉越し
たえ時代が変わっても変わることのない
伝統の技は祖母の手から孫の手へその技と
思いは確かな形
[音楽]
に敬太郎さんは作業を終えるとある食材を
届けるために給食センターを訪れ
たそれは不そめと
いう竹にかけられていた
部分のが楽しめると古から地元で愛されて
き
た太郎さんの不面は町内全ての小中学校の
給食に提供されて
いる伸びにくいという利点がありますので
えその利点を活用して給食に使っており
ます子供たちに自分たちのえ街でできて
いる
誇りに思って食べてほしいなと思い
ますそれ子供たちがあの食べてくれて
るって思うとやっぱりもっと真面目
に仕事と向き合ってですねいいおそめを
作っていきたいなとは思い
ますいただきますいだき
ます太郎さんの
母そめを張る子供たちに
笑が
こぼれるおいしい
です自分の街
できる地域にこのざしてる南関面っていう
ものをあの実際に食べることで子供たちの
中で自分たちの学びとそれと食べることが
つがっているそういったことを実感できる
生きた学びになってると思い
ます伝統の技をつぐ若者がその手で開く汗
の扉と
は最後に敬太郎さんが見せてくれたの
は今でも大切に保管しているという祖母朝
さんが生前に作った
そめこれを口にする日を決めていると
いう自分がえま最高だと思えるものがをを
作った時に祖母が作ったそめを食べ比べて
みてそういがないかとかですね教えて
もらってたことを守ってこれたかっていう
ところを確かめるためにまその時のその時
に食べるために取ってい
ます最高なものを作れるようになりたい
ですしこの祖母が作ったそめを食べ食べる
日が待ち通し
です祖母が残してくれた白輝く宝の糸
を若者は未来へと
紡ぐ汗への扉を開けまた一方夢に
[音楽]
近づく
