私たちを誘惑に会わせないで、悪魔からお救いください! 2024 11 29

Pastor Qchan
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ナツメグとわかんないな。
ナツメとナツメグ、ちょっとわかりませんね。
では、今度はね、カキね。カキ。
カキはね、これです。見える?カキ。
たくさんなってるでしょ。
これももうちょっとね、あの、終わりになってね、カラスがくっついてね、
だいぶ痛んでるカキばっかりだと思うんですけど、カキですね。
向こうにね、あの、炭沢の山がたくさん見えますね。
ちょっと人が来たので避けなきゃいけないんですけど。
はい、あっちにね、炭沢の山がね、ちょっといろいろ見えます。
ちょっと上の方だけね、炭沢の山がちょっと見えますね。
えっとですね、はい、おはようございます。
Aさん、はい。
今日のタイトルはですね、主の祈りの6個目の、6個目の祈りですね。
最後の祈りですね。
ステラさん、おはようございます。
それは、私たちを誘惑に合わせないで、悪魔からお救いください。
私たちを誘惑に合わせないで、悪魔からお救いください。
これがですね、マタエの6の13だったかな。
マタエ6の13の、主の祈りの最後なんですね。
この後にね、国と力と栄とは、永遠にあなたのものですというのがあるんですが、
それはね、後から付けたみたいですね。
それは最初の聖書には書いてないので、後から付け加えたようです。
だからまあ、それは一応省いてね。
省いて、イエス様が言った祈りだけ、イエス様が言った祈りだけを祈るといいと思います。
礼拝でね、礼拝で、祈祷文という感じで、それを付け加えたのではないかと言われています。
アリエルさん、イエス様がいるから収入がなくても生きていいんだと思いました。
イエス様は私たちの毎日を知っています。
すべて知っています。
過去も未来も知っています。
イエス様に認められるようにしたいです。アメン。
それでですね、最初の3つは神様の祈り、後の3つは人間の祈りという感じですよね。
皆があがめられますように、国が来ますように、御心が手に行われるように、地でも行われますように。
これが神様に対する祈り、神様の祈りと言ったらいいでしょうかね。
そして、日ごとの糧を今日も与えてください。
それから、私たちが許すように、あなたが私たちの罪を許してください。
私たちが私たちの罪を許してください。
私たちも許しますというのが5つ目。
6つ目が今日の祈りですね。
私たちを誘惑に合わせないで悪魔から救ってくださいということですね。
昨日ね、私たちの罪を許してくださいというのは原文ではね、私たちの借金を許してください。
私たちも人の借金を許しますというのが原文なんです。
ですからお姉さんね、もし誰かに借金をさせていたらですね、無理やり取り立ててはいけませんね。
イエス様の教えはね、返してもらうつもりで貸してはいけない。
返してもらうつもりで貸してはいけないという命令がありますから、
借金を返せというのはですね、見心に反するということですね。
借金を免除する、借金を免除する。
これは罪を許すということと関係があるということですね。
もっとゆっくり話して。ごめんなさい。
つまり、罪というのは神に対する借金のようなものだとも言えるわけですね。
私たちは人を許す、人を許すということがとても大事だということが、
昨日の放送でしました。
それから、今日のですね、
今日の祈りは、私たちを誘惑に合わせないで悪魔割りから救ってください。
ですが、訳によってはね、私たちを誘惑、私たちを試みに合わせず、
悪からお救いくださいという言い方の方が祈られているんですが、
実はね、この試みではなく誘惑という方が原文に近いようですね。
だから私たちを試みに合わせずではなく、
似てますよね。試みというのは試練のことですよね。
誘惑とちょっと似てます。
私たちを誘惑に合わせないでの方が直接的なんですね。
それから、悪よりお救いくださいというのと、悪魔から救ってくださいというとですね、
悪魔から救ってくださいの方が直接的なので、私はこっちの方を使用しています。
誘惑に合わせないで悪魔から救ってください。
この方が原文に近いと思われます。
はい、ステラさんおはようございます。
それでですね、うんていさんおはようございます。
まず、誘惑に合わせないでくださいということですけど、
皆さん、私たちはですね、罪を犯してはいけないというのは分かりますよね。
この罪というのは神様に対する罪なんです。
で、この罪を犯すというのはですね、ステップがありましてね。
まず、誘惑されて、誘惑されて、罪を犯すということが多いわけです。
で、その誘惑というのは何かというと、これは神が誘惑することはないと書いてあります。
誘惑するのは悪魔ですね。
誘惑というのは何かというと、誘うということですけど、
いいことに誘うならいいですよ。
いいことに誘うならいいんだけど、罪を犯すように誘う。
その人が悪いことをするように誘う。
これが誘惑です。
で、その誘惑というのは、悪魔の働きなんです。
悪魔が全ての人を誘惑し、全ての人が罪を犯すように誘惑する。
これが罪のステップなんです。
私たちは弱いですよ。
私たちは本当に罪を犯しやすい。
なぜ弱いかというと、私たちは欲がはらむと罪を生みとあります。
つまり、私たちは欲があるんですよ。
色々な欲があります。
食欲とか、金銭欲とか、名誉欲とか色々な欲があります。
そういう欲があると、欲を通して誘惑されて、
そして罪を犯すというのが聖書の考え方です。
ですから私たちは欲を捨てることが大事なんです。
欲を捨てるというのは、食欲とか、睡眠欲とか、
そういう欲はもちろん適切なら問題ないんです。
聖書が言っている欲というのは、欲を一番にしちゃうとか、
欲をアンコントロール、欲を自制しないというような意味があります。
つまり、鈍欲はダメだと。
貪っちゃいけない。
鈍欲はダメだということなんですけど、
そういう悪魔は欲を通して、欲を誘惑して罪を犯させる。
それが罪のステップなんですね。
つまり、私たちを誘惑に合わせないでというのは、
私たちが罪を犯さないように、犯したくありません。
私たちが誘惑に合わないように助けてくださいという非常に大事な祈りなんです。
おはようございます。
久しぶりです。
知っている方が通ったんですね。犬を連れて。
タカさんおはようございます。
つまり、私たちの信仰というのは、
罪を犯したくない神様に会って正しく生きたいということでしょう。
世の中の人は平気で罪が何かも分からないし、
欲を持って生きているので、
誘惑されっぱなしというのがこのようですよね。
しかし、私たちは神様に対して罪を犯したくない。
だから、悪魔の誘惑をしりどけなければなりません。
悪魔の誘惑をしりどけるためには、欲を捨てて無欲にならなければなりません。
金銭、金銭に無欲。あらゆる欲を捨てるんですね。
十字架の一つの意味は、
イエス様は肉体が殺されているのが十字架ですよね。
それの一つの意味は、私たちも肉を殺す。
肉を殺す。欲望を殺すという意味があるんですね。
クリスチャンはあらゆる欲を捨てるんですね。無欲になる。
特に金銭に無欲になる。
この世のものに、この世の欲を捨てる。
目の欲、暮らし向きの自慢。
あらゆるこの世的な欲を捨てる。
これが聖書の考え方です。
欲を捨てるというのは、結局、誘惑に合わないようになるということですね。
その欲があるから、誘惑されるわけですね。
悪魔は人間の弱さを知っていて、人間の欲を通して、誘惑するんです。
ですから、無欲になったクリスチャンは、誘惑されないということになりますね。
欲があるから、誘惑されます。
それで、悪魔から救ってください。
皆さんね、結局人間の罪というのはね、
悪魔に縛られている。悪魔に束縛されている。
悪魔に誘惑されているという、
人間の弱さというのは、悪魔と関わっているということなんですね。
私たちを食い改めるというのは、悪魔から離れる。
悪魔の言うことを聞かない。
悪魔が誘惑するような領域から離れる。
このね、お救いくださいというのは、
英語でね、デリバーアスというんですね。
私たちを救ってください。デリバーアス。
このセーブアスというのはちょっと意味が違ってね、
このデリバーというのは、
あのあれですよ、
ウーバーのデリバリと同じでね、
物を配るという意味があるんです。デリバー。
デリバーアスというのは、悪魔のいるところから、
悪魔のいないところに、
移動させてくださいというようなニュアンスがあります。
つまり、悪魔の束縛から解放してください。
悪魔から自由にしてください。
悪魔の奴隷から自由にしてくださいという意味があるんですね。
で、誘惑に遭うということは、逆に悪魔に近づく、悪魔に束縛される、
悪魔にコントロールされるというのが罪です。
で、これがとても大事なポイントですね。
私たちがイエス様に従うというのは、悪魔から離れる、
悪魔から解放されるというのが信仰なんですね。
多くの人はですね、
多くの人はそのことを無頓着で、
悪魔に束縛されていることに気づかないということになりますね。
ですから、ぜひ皆さん、この最後の祈りはですね、
最後の祈りも大事ということですね。
全部で6つの祈りがあるんですけど、
それぞれ大事。
最初の神の祈りが一番大事なんですけど、
その最後の3つの祈りは、
人間の祈り、自分の祈りなんですけど、
これもとても大事ということですね。
ぜひ皆さん、昨日の許すということがものすごく大事でしたよね。
許すことによって許される。
許すならば自分も許されるというのが、
昨日の祈りです。
今日はその悪魔との関係ですね。
私たちが罪を犯さない方法、
そして自分の力ではできませんね。
私たちは皆様に祈って、祈って初めて、
悪魔から救われる、悪魔から離れることができる。
人間の力では悪魔に勝てない。
悪魔の奴隷から解放されるのは人間の力ではなく、
聖霊の力なんですが、
それを私たちは祈る必要があるということですね。
はい、これで死の祈りが全部話しすることができました。
いかがだったでしょうか。
ぜひこれをですね、
多くの教会では唱えますよね。
死の祈りを唱えます。
でも大事なのはね、
唱えることももちろんいいんですが、
唱えることだけじゃなくて、
むしろかえってね、
その意味を考えて、
意味を考えて、
その意味を適応してね、
例えば、皆があがめられますように、
というのは一体どういうことなのか。
私たち自身が本当に皆をあがめているのだろうか。
人の罪を許しますと言っているとき、
本当に自分は人の罪を許しているのかどうか。
それをやっぱり自分に適応してこその祈りですよね。
祈っていることを実行しなかったら、
そこはちょっとおかしいですよね。
唱えることが祈りじゃないんです。
唱えることが祈りじゃなくて、
実際にそれをですね、
自分に適応し実行することこそ祈りなんですね。
皆があがめられますようにって言うならですね、
いつもハレルヤ、イエス様感謝します。
イエス様ありがとうございますとですね、
このようにいつも自分自身がイエス様をあがめてこそ、
イエス様をあがめてこそ皆があがめられますように、
という祈りになるのではないかと思います。
ぜひ皆さんね、
主の祈りを祈っている方もいると思うんですが、
唱えることよりも、
唱えることももちろんしていいんです。
唱えることよりも実行しましょう。
祈りを実行して祈りましょう。
はい、それではですね、
証タイムいきましょう。
イエス様を信じて、
だんだん欲がなくなってきて、
だんだん無欲になってきた証、
イエス様を信じて、
いろんな欲を捨てることができて、
その欲を誘惑されなくなってきた証、
欲を誘惑されなくなってきた証、
スタート、スタート、
クレイジーさん、
クレイ、クレイ、クレイジーじいさん、
ごめんなさい、なにこれ、
なんか急にいつもね、狂っちゃうんですよ、
すいません、
これちょっとね、やり方私がまだあまりよく分かってない、
すいません、
ちゃんとセットしてるんですけどね、
セットが狂っちゃうんですよ、
悪魔は淡い心にきます、
気をつけてください、
できるだけ明るく楽しいことを考え、
イエスマンのことを思うのです、
悪魔に気をつけて、
すごいタイトルですね、
悪魔に気をつけて、
皆さんYouTubeでね、
悪魔に気をつけてとググれば聞くことできますよ、
素晴らしい、素晴らしい、
こんな歌ないと思いますよね、
アリエルさん、欲を捨てる一番はお金の欲です、
私はお金には関心ありません、
イエスマンの天に宝を詰めることこそが私の喜びです、
イエスマンの喜ばれることをしていきたいです、
最高の喜びは天国に行くことです、
無欲になりたい、アーメン、アーメン、
無欲というのはとても大事なことですね、
仏教ではね、
仏教では煩悩を消すというのが仏教かもしれません、
煩悩は一種の欲みたいなものだと思うんですが、
でも仏教はね、
自分の力で自分の修行したり念仏を唱えたりして、
煩悩を消すということですけど、
それではね、欲はなくならないんですね、
修行をしてもダメなんです、
念仏を唱えても欲はなくなりません、
イエスマンの十字架だけが、
イエスマンの十字架だけが私たちの罪を清めます、
ですから多くのね、
多くの仏教や他の宗教では、
救われようと努力しますけど、
決して救われません、
イエスマンの十字架だけが、
イエスマンの十字架だけが人を救います、
ぜひ皆さんそのことをしっかり理解してほしいと思います、
はい、それではですね、
ファイナルメッセージですけど、
とにかく私たちは大事なポイントをしっかり理解することですね、
この宗の祈りの6個の祈りはポイントですね、
この宗の祈りの前にですね、
いくつかのイエス様の注意事項がありまして、
祈るときは人に見せるために祈ってはいけない、
多くのこの世の祈りというのは、
人に見せるための祈りになってしまっているということですね、
私たちは人に聞かすための祈りじゃない、
イエス様に向かって祈んなきゃいけないというのが一つ、
それから繰り返し祈っちゃいけないということですね、
念仏というのは繰り返しやるわけでしょ、
繰り返し繰り返し念仏やるのはそれはダメなんですね、
イエス様が言っているのは、
神様はもう既に私たちの必要をご存じである、
だから私たちに自分の必要を神様に知らせる必要はないんですね、
ですから繰り返して祈るというのは良くない、
だから死の祈りもね、
死の祈りも繰り返し繰り返し祈るようなことはしてはいけないということですね、
というわけで皆さん、
信仰もポイントが必要です、
皆さんがその信仰のポイントをしっかり理解して、
それをマスターしてほしいと思います、
そうすれば皆さんは霊的成長をして、
素晴らしい人生が始まります、
素晴らしい人生に移行していきます、
それではですね、
招きをしましょうね、
今日の放送を聞いて、
ああ、私は欲があるから誘惑されてばっかりいた、
もはや欲に弱くてすぐに罪を犯してしまう、
ああ、イエス様助けてください、
私は本当に救われたいです、
悪魔から救われたい、
悪魔の誘惑から離れたい、
助けてください、
私は弱いのです、
私は誘惑に弱いです、
助けてくださいと思う方、
アメンと言ってください、
自分の弱さ、
自分の悪魔に対して本当に無力なことを本当に感じて救われたい、
悪魔から救われたい、
罪から離れたいと思う方、
アメンと言ってください、
アメン、アメン、アメン、
犬さん、アメンとかハレリヤは繰り返して言ってもいいと思いますね、
それは意味が違いますね、
アリエルさん、イエス様へ心で祈るようにしています、
イエス様にだけ聞かせるために祈っています、
アメン、アメン、
人間もそうでしょ、
人間もですね、
くとくと同じことを繰り返すのは迷惑ですよね、
人間でもやはり相手にとって本音で心から語る会話が必要ですよね、
神様もそうですよね、
神様に対してもただ言葉数が多ければいいわけではなくて、
本音で心で祈る、
本当に真心で祈る、
真心で本当に神様に語る、
そういう祈りを神様は求めています、
神様が欲しいのは心ですね、
皆さんの真心が欲しいのです、
信仰が欲しいと言ってもいいでしょう、
天皇様、感謝します、
多くの人は欲で生きていて、
この世は欲の塊です、
欲を誘惑されて罪を犯しているのがこの世です、
しかしイエス様は私たちが欲を捨てて、
罪から離れることを望まれています、
イエスが好きな人を信じるならば、
欲がなくなり、
罪が洗い清められます、
どうぞアーメンと言った方々が、
イエス様を信じて無欲になっていきますように、
罪から離れますように、
悪魔から解放されますように、
悪魔から救われますように、
救ってください、
多くの人は悪魔に苦しめられています、
悪魔の奴隷です、
罪の奴隷です、
彼らを救ってください、
十字架によって彼らの罪を許してください、
イエス様の皆によってお祈りします、
アーメン、アーメン、アーメン、アーメン、アーメン、
ぜひ皆さん、悪魔に打ち貸しましょう、
悪魔に従ってはいけません、
悪魔に立ち向かって、
悪魔から離れてください、
神に近づきましょう、
神に近づくなら、悪魔が去っていく、
神に近づくなら、悪魔が去っていくと書かれています、
それではまた明日、
シャローム、良い一日を、
シャローム、ありがとうございました、
シャローム、シャローム、シャローム、シャローム、シャローム、
