正しく生きるとは! 2024 12 07

Pastor Qchan
35 フォロワー
This stream is created with #PRISMLiveStudio
はい、白滝さん、沙織戸さん、おはようございます。
今日は7日?6日?6日かな?
えー、違うとかな。すいません。
えー、今日は7日。あー、ありがとうございます。
今日は7日の土曜日ですね。7日の土曜日です。
小樽さん、えー、おはようございます。
えーっと、今日のタイトルはですね、あ、美香さん、おはようございます。
7日、あ、そうですか。
えー、今日のですね、タイトルは正しく生きるとは、というタイトルですね。
えー、正しく生きるとは、ということですね。
えっと、真珠湾攻撃は、真珠湾攻撃は6日だったでしょうかね。
ちょっと、ちょっと忘れちゃったんですけど。
おじいさん、おはようございます。
えー、真珠湾攻撃は日本時間で6日でしょうか。
うーん、どなたか知っている方いるかな。
あ、8日、あー、ごめんなさい。
えー、真珠湾攻撃は1941年ですね。
12月8日、8日ってことは明日っていうことですね。
はい。で、今日のタイトルは、えー、正しく生きるとは、ということですね。
正しく生きるとは。
さわやかさん、いや、ふわちぃ、来てる方いますよ。
ふわちぃ、今何か来てますよ。
はい。で、ですね、昨日はね、ちょっと怖いタイトルでしたね。
えー、火の池にいると、いると想像してみてくださいというね。
えー、火の池、火の池にいると想像してみてくださいということですけど、
えー、あれですね、あのー、想像したくないですよね。
まあ、想像できないとも言えるかな。
あんまりにも暑くてね、あんまりにも痛いというか、暑いというか、
あのー、その、暑い、あのー、私暑いお風呂系なんだけどね、
その暑いお風呂に入ったとき、ああ、暑い暑い暑いって、暑いっていう感じはありますよね。
まあ、もちろんお風呂とは全然違いますけど、
まあ、とにかく、もう、火の池にいたらですね、ああ、もう暑いっていう感じで、
まあ、サウナ、サウナの好きな人はね、まあ暑いのは好きかもしれないけど、
まあ、とにかく、その一時的ならね、あれだけど、ずっと、ずっといるっていうのはね、
これはちょっと想像を超えてますね、想像を超えてますけど、
みなさん、そのね、私の昨日言いたかったことをね、火の池にもしいると想像してみたら、
ございます、火の池に、あ、いいえいいえ、火の池にいるということを想像してみたらね、
みなさん、今いろんな問題があるかもしれません。
あ、しるさん、久しぶりです、しるさん。
えー、そしたら今ね、いろんな状況があったとしても天国だと思いませんか?
今みなさんね、何か経済的に苦しいとか、病気で苦しいとか、人間関係で苦しいとか、
もう問題だらけの人がたくさんいると思うんですけど、
でも、みなさん、火の池に今いるとね、想像してみたらですね、
今私たちは天国じゃないですか?天国だと思いませんか?
どんな状況でもね、どんな状況でも、火の池にいるよりもはるかに天国じゃないかと思うんです。
いかがでしょうかね。
ゆめのさん、おはようございます。
まあ、それを昨日言いたかったんですね、それ言いたかった。
しるさん、介護は苦しい。
あー、しるさん、えー、ご親の介護でしょうか?
ご親の介護は苦しいんでしょうか。
はい、えー、まあ、そういうわけで、昨日言いたかったのはそれなんですね。
あ、7月7日が新庄広域?
あ、ほんと?どっちなのかな?
7日が新庄広域。
今日7日ですよね。
じゃあ、今日が新庄広域ってことかな?
今日が新庄広域。
あ、日本時間は8日だけど。
あ、ハワイだと7日っていうことね。
ハワイだと7日、日本時間だと8日っていうことね。
まあ、結局、日本時間で考えたら8日っていうことですね。
ありささん、おはようございます。
かつやさん、おはようございます。
LINEのID出てこない。
あ、ほんと?おかしいな。
LINEのID出てこない。
ではね、LTLのホームページに電話番号が出てますから、
その電話番号でやってみてください。
電話番号なら出るかもしれません。
まずね、みなさんね、
すごい、すごい、鳥が。
あ、すごい、インコが。
あのね、鳥が柿を食べに来るでしょう。
みなさん、見てください。
これ柿、中身ないでしょう?
中身ないですよね。
これね、全部ね、鳥がね、
つついて食べちゃって殻なんですよ。
ほら。ね。
こう、実があるように見えるんだけど、
実際はね、鳥が来てこうやって、
食べて、食べて、食べて、殻にしてね。
鳥ってこういうふうに、つついて、
つついて、あれなんですね。
はい。
で、ですね、
今日のタイトルはね、
正しく生きるということですね。
正しさとか、正義、正義というのはですね、
今、現代人はあんまりね、
正義、正義とは今、
あまり言わないかもしれませんが、
正義の見方とかね、
正義の見方とか言いますよね。
ステラさん、おはようございます。
トランプさんがね、
トランプさんが人気があるのはね、
トランプさんを貶めようとして、
司法の政治家と言いましてね、
司法を武器化して、
要するに、
捏造した疑いでね、
捏造した疑いで、
起訴したわけです。
民主党がね、
トランプさんに起訴した、
6件ぐらい、6件ぐらいですね、
適当な言い掛かりでですね、
裁判を起こしたんです。
その結果、トランプさんはね、
裁判にエネルギーをつかなきゃいけない、
時間とかエネルギーをつかなきゃいけないでしょ。
そうすると、選挙運動が妨げられるわけですね。
それはね、正義じゃないですよね。
それは、何でしょうかね、
法律を悪用した、
司法の政治家、
司法の武器家ということで、
しかし、皆さんご存知のようにね、
トランプさんが起訴されるじゃないですか、
こういう理由、こういう理由、
普通だったらね、
政治家が起訴されたらスキャンダルとしてね、
支持率が下がるんですよ、普通はね。
そうでしょ。
ああ、あの政治家はあんな悪いことをしてたんだということでね、
普通は起訴されるとね、
支持率が下がるんです。
ところが、
今年の初め頃かな、
トランプさんは起訴されるたびにね、
支持率が上がっていったんですよ。
起訴されるたびに支持率が上がっていったんです。
それはどういうことかというと、
結局、
トランプさんの方が正しい、
トランプさんの方が正しくて、
民主党の方が悪いと、
そういうことをみんな知ってた。
アメリカ人はそれを知ってたからね。
アメリカ人はやはり丸見えなんですよ。
民主党の悪事が丸見えだから、
正しい方を、
正しさが逆にね、
起訴されるほど、
トランプさんの人気が上がっていったわけですね。
これは、トランプさんの方が正しい、
ということが、
アメリカの国民は分かってきた、
ということですよね。
それで、
民主党はね、
トランプさんは2回弾劾して、
ロシアゲートというベチ上げでね、
2回弾劾したけど、
それも無罪になりました。
国会議事堂襲撃事件ってありましたでしょ。
あれも結局はね、
ベチ上げなんですよ。
だから、
トランプさんをね、
騒乱罪とか、
起訴しようとしたけど、
結局あれもね、
民主党のベチ上げなんです。
ですからことごとく民主党が悪で、
ある意味で、
トランプさんが正義の味方、
正義の味方だったということですよね。
もちろんトランプさんも完全じゃないですよ。
完全じゃないけど、
アメリカって何かそういう、
西部劇みたいにね、
西部劇みたいに、
悪党と正義の不安感がね、
戦うようなストーリー、
多いじゃないですか。
昔ですけど、
今はそんなのないかもしれませんが。
日本でもね、
チャンバラって言ってね、
大岡越前みたいにね、
正義の味方、
正義のヒーローってありますよね。
そういうわけで、
やっぱり人間はね、
正義の味方が必要なんですよ。
正義の味方が必要。
で、なぜ正義が必要か。
当然というのは当然です。
あまりにも当然なので、
あまり考える人はいないかもしれない。
あまりこの、
正義は当たり前なので、
でもね、
私たちはね、
クリスチャンはね、
私たち神はね、
正義の神であり、
神は正しいという信仰があるんです。
だから、
正しさとは何か。
罪っていうのは逆ですよね。
私たちは、
罪を食い温めるんですけど、
罪を食い温めるっていうのはね、
皆さんね、
正しくない。
自分は正しくないということをですね、
認めることなんです。
それがとても大事なんです。
で、
じゃあ正しさとは何かということ。
多くの人は知っているようで知らないんです。
知っているようで知らない。
ちょっと皆さん聞いてみましょうか。
天国大学テスト。
正しさとは何か。
正義とは何か。
スタート。
正しさとは何ですか。
愛。
スタート。
正しさとは何ですか。
しらたきさん、
神の御心にかなう行為。
愛。
皆さんもう素晴らしい正解が出てますね。
神の御心にかなう行為。
愛。
あとは、
皆さん、
正しさって何ですか。
正義って何ですか。
既説教誓心。
うーん、既説教誓心ね。
正しさとは何でしょうか。
意外と難しい。
でしょ。
意外と難しい。
くりこさん、
偉くなくとも正しく生きる。
うーん、
悪コメをしない。
悪コメをしないこと。
無責任でないこと。
あー、なるほど。
無責任でないこと。
はい、
えー、それじゃあですね、
話していきたいと思います。
えー、
まあ、そのですね、
一番分かりやすいのは法律ですね。
法律。
えーと、
日本には日本の法律がありますよね。
それで、
裁判所ではね、
裁判所ではその法律に基づいて、
それは合法である、
違法であるというように、
まあ、
判断するわけですよね。
つまり、
合法なら正しい。
ね。
えー、
違法なら正しくない。
というのが裁判所ですよ。
だから、
正しさというのは、
法律で考えれば、
法律に合っていることが正しい。
法律に合っていないことが、
悪いということになります。
これは、
皆さん、
分かるでしょ。
えー、
簡単ですよね。
でも、
まあ、
それは完全な正しさじゃなくてですね、
まあ、
法律がちょっと不完全な場合もあるし、
まあ、
裁判官がね、
あの、
変更している、
変更というのは、
つまり、
裁判官の考え方が間違っていることもあり得るじゃないですか。
だから、
裁判所は、
完全な正義とは言えないわけですよね。
えー、
この間、
はかまださんの
冤罪事件があったじゃないですか。
あれも、
結局、
あの、
検察も、
あの、
裁判所も、
間違えたということでしょ。
つまり、
正義じゃなかったということですよね。
だから、
そういうこともあります。
だから、
その、
まあ、
裁判所が、
必ず、
正義とは限らないんですけど、
でも、
考えてください。
裁判がなかったら、
大変なことですよね。
あの、
えー、
中国とかね、
ロシアとか、
北朝鮮とかね、
まあ、
詳しくは分からないんですけどね。
裁判しないで、
まあ、
特に北朝鮮なんか、
裁判しないで、
すぐ処刑しちゃうようなことがあるじゃないですか。
とんでもないですよね。
それはもう、
正義がない、
ということですよね。
ですから、
民主主義の大事なポイントの一つはね、
民主主義っていうのは、
ちゃんと裁判があって、
法律に基づいて、
あの、
その、
正しく裁いてくれる。
正義か、
あ、
合法か違法か、
正しく裁いてくれる。
これはね、
やっぱりとてもね、
あの、
民主主義が必要な理由は、
当然ですよね。
あの、
中国で今ね、
皆さん、
スパイ法っていうのがあってね、
あの、
ビジネスマンでも、
ちょっとね、
なんか、
中国人の人とコチョコチョ話したりなんかするとね、
スパイの容疑かけられてね、
すぐ捕まっちゃうようなことがあるじゃないですか。
で、
裁判なしに、
なんかね、
判決されちゃうことがありますよね。
まあ、
恐ろしいですよ。
だからね、
もう中国に行きたくないですよね。
中国、
私なんかね、
あの、
共産主義の悪口ばっかり言ってますからね。
共産主義の悪口ばっかり言ってますから、
私はもう、
中国に行ったらすぐ捕まるんじゃないかと思ってね、
あの、
中国に行けないんですけど。
日本だったらね、
日本でももう完全な裁判じゃないかもしれませんけど、
まあ、
一応裁判がありますから、
すぐに処刑されるということはないと思うんですけど、
判決されるということはないかもしれませんが、
でも、
日本のね、
警察とかね、
裁判所もね、
あまり信用できないですよね。
だって、
袴田さん、
袴田事件はあるわけでしょ。
あの、
警察だって、
ね、
あの、
なんでしょうか、
正しいとは限らないし、
裁判所が正しいとも限らない。
だから、
本当に、
本当に完全に正しい世界は天国ですね。
天国はですね、
本当に、
まあ、
その、
えー、
天国、
天国行けば、
あの、
正義、
正義の世界、
正義の世界が天国ですね。
まあ、そういうわけで、
法律を考えると、
まあ、正しさというのが見えてきます。
そして、
えー、
今言ったように、
法律があるから、
ね、
法律があるから、
合法、
違法というのがあるわけでしょ。
でも、
法律がなかったらどうなるか分かりますか。
法律がなかったら、
違法になる、
あー、
不法になるでしょ。
不法地帯っていう。
無法地帯。
無法地帯って怖いですよ、皆さん。
無法地帯っていうのはね、
まあ、
警察がいない、
裁判所がない、
何しても、
何しても構わないみたいな、
それは怖いと思いませんか。
もう私たちはね、
あの、
一応警察があるからね、
なんかあったら警察呼べるじゃないですか。
で、
強盗が来てね、
警察呼べなかったらね、
大変なことになりますよね。
ですから、
やっぱり、
無法地帯は良くないってことは、
分かると思います。
やっぱり、
正義、
正義というものがね、
あの、
重んじられなければなりません。
ではね、
皆さん、
えっと、
多くの人はね、
あの、
なぜ法律を守るか分かりますか。
法律を守るのはね、
法律を守りたいと思ってるよりも、
法律を、
あの、
で、
捕まりたくない。
おまわりさんに捕まりたくないとかね。
えー、
おまわりさん、
あの、
おまわりさん、
まあ、
要するに、
裁判かけられたくないから、
法律を守るっていう、
まあ、
どっちかというと、
抑止力的な働きが、
あるじゃないですか。
ね、
抑止力っていうのは、
つまり、
あの、
悪いことしたら捕まっちゃう。
あの、
罰金取られるという感じで、
あの、
コツルールを守るとかね、
そういうのありますよね。
サウリンクさん、
逮捕されたり罰金とか払わされるから、
そうですよね。
でも、
それはね、
実を言うとね、
あの、
正しさを愛するというよりも、
まあ、
便宜的にね、
便宜的に、
罰せられないために、
あの、
法律を守るっていう人が多いと思うんです。
まあ、
たまにはね、
たまには、
あの、
法律を守りたいっていう人もいるかもしれません。
そういう人もいるかもしれませんが、
まあ、
大抵の人はね、
あの、
法律、
合法ならいいじゃないか、
みたいな感じでね、
あの、
法律の抜け穴を見つけて、
まあ、
合法的に何か悪さをできるんじゃないか、
みたいなことを考えている人もたくさんいるんじゃないかと思うんですね。
あの、
合法ドラッグってあるでしょ。
合法ドラッグ。
つまり、
あの、
麻薬でね、
あの、
その、
名前がリストされてない麻薬は、
合法だから、
使っていいんじゃないか、
みたいなね。
えっとね、
信仰というのはね、
信仰というのは皆さんね、
えー、
神様が、
神様の、
まあ、
教えがありますよね。
その神様の教えに対して、
私たちは、
正しいか正しくないかというのが信仰なんです。
つまり、
罪というのはね、
神様を無視し、
神様に従わないことでしょ。
つまり、
神の教えに対して、
あの、
自分を合わせないということが罪なわけですね。
ですから、
自己治理ってそうでしょ。
自己治理ってのは、
自分の考え方が、
まあ、
法律になっているわけです。
でも、
考えてください。
皆さん、
法律っていうのは、
まあ、
日本人、
日本の国民全員に適用されているので、
まあ、
裁判っていうのがありますけど、
もし、
個人個人が別の法律を持てたらですね、
これは話にならないでしょ。
喧嘩ってそうじゃないですか。
喧嘩っていうのはね、
お互いに、
自分が正しいと主張することですよね。
自分の方が正しいんだ。
あなたは間違っているんだ。
私は正しいんだと言ってですね。
まあ、
その、
本当の、
その、
自分の考え方が正義になっている場合があります。
まあ、
それがですね、
喧嘩じゃないかと思うんです。
信仰とは何ですか。
信仰というのは、
イエス様の教えが基準です。
そのイエス様の教えに、
自分は守ろうとするのが信仰です。
もしね、
ああ、
神様、
私ちょっと、
あなたの教えに反しました。
という時に、
私は自主的にね、
自主的に悔い改めて、
イエス様ごめんなさいと悔い改めるわけですね。
そして今度は、
イエス様の教えに従うという気持ち、
イエス様の教えに従いたいという気持ち、
もしできなかったら、
イエス様、
あなたの教えに従えるようにしてくださいと祈ること。
これが信仰です。
これが信仰。
つまり、
神様がいるから、
法律があるから、
合法という、
合法・違法というのがあると同じように、
神がいるから、
本当の神、
本当の正しい、
正義の神がいるから、
おはようございます。
本当の神がいるから、
私たちは正義というのがあるんだということですね。
つまり、
神を信じない人には正義がないということです。
皆さんわかりますか。
神が、
神を信じない人に正義がないんです。
なぜかというと、
自分が正義ですね。
自分の考えが正義。
ところが、
それは、
神からすれば、
違法なんですね。
違法であって、
それが罪だということですね。
クリスチャンというのは、
自分の考えを、
自分が正しいと思っている、
自分が正義だと思っている、
自分の考えが正義だと思っているのが、
罪だということを認めるのが、
クリスチャンということになりますね。
ですから、
ぜひ皆さん、
イエスキー人を信じるというのはね、
イエスキー人を信じるというのは、
正義の神に従うということですね。
正義の神に従う。
もう一つ大事なポイントはね、
旧約時代は、
立法があったでしょ。
立法というのは、
法律のことですけど、
神様がイスラエルに、
法律を与えたわけです。
特に十戒とありますでしょ。
十戒。
十個の法律。
それをイスラエルは守ったんです。
守ったんですけど、
守れないんです。
なぜ守れないかというと、
心がね、
心に罪があるからですね。
法律というのは、
外側でこうしちゃいけない、
こうしちゃいけない、
こうしちゃいけないというのが、
法律なんだけど、
でも心の中にね、
心の中に、
法律を守ろうという気持ちがなかったら、
いくらね、
さっきも言ったように、
違反しないようにするだけで、
法律を守ろうという心がなかったら、
結局は、
悪い心を持っているということになるじゃないですか。
と同じようにね、
と同じように、
神様は、
立法を与えても、
イスラエルは立法を守れなかったんです。
じゃあどうしたんですか。
どうしたんですか。
イエス様がですね、
イエスキリストを信じる者の心に、
心の立法を与える。
心の立法を与えるというのが、
私たちのクリスタンの、
正しき生きる生き方なんですね。
それはどういうものかというと、
聖霊です。
聖霊は神の霊です。
神の霊が私たちの中に入ると、
外側でこれをやっちゃいけない、
あれをやっちゃいけないとか、
そういう外側から自分をコントロールするのではなくて、
自分の中に、
神の立法があって、
聖霊ですね。
聖霊が、
私たちの言動をコントロールしてくれる。
つまり、
心の中に、
正しさを持つということなんです。
聖霊は神でしょ。
神を持っているということこそ、
神様が正しいわけでしょ。
その正しい神様が、
私たちの心の中に入ると、
私たちは義となる。
美とされる。
美を持つ。
正義の正義になる。
ということなんです。
皆さん、
これが信仰です。
信仰というのは、
私たち自身が正義になる。
私たち自身の中に、
正義の神がいる。
これが信仰なんです。
そうするとね、
法律でこれしちゃいけない、
あれしちゃいけない、
ということ以上に、
私たちは自分で、
正しく生きることができる。
ということですね。
クリスチャンが、
正しく生きれる理由は、
そこにあるんだ、
ということですね。
はい、
それではですね、
難しい。
明かしタイム行きましょう。
イエス様を信じて、
正しく生きれるようになった証。
イエス様を信じて、
以前は悪いこと平気でやってたけど、
イエス様を信じたら、
悪いことはできなくなってきた。
正しいことをしたくなってきた。
正しく歩みたくなってきた。
小さな、
小さな悪も、
嫌になってきた証。
スタート、
スタート。
ソウルグさん、
法律よりも、
精霊様の優先させる、
ということですか。
私たちはね、
法律よりもね、
信仰の方が優先ですね。
法律よりも、
信仰の方が優先です。
では、
今日もね、
昨日の新曲やりましょうね。
昨日の新曲。
はい、
今日の曲は、
イエス様に伝えたい。
YouTubeでググれば、
聴くことができます。
アリサさん、
精霊を持っていても、
組織の中で焦燥がになり、
弱い立場になる現実を知り、
一旦立ち止まっている状況。
ああ、そうですか。
私たちは、
正しさを追求しましょうね。
もちろん、
愛、
愛を持ってですね。
愛を持って、
正しさを追求しましょう。
正しさだけでは、
良くないですね。
愛も必要です。
アリエルさん、
イエス様の法律、
教えに従い、
生きていきたいです。
正しく生きるとは、
イエス様を信じ、
くれるため、
祈ることです。
人を許すこと、
人を裁かないこと、
イエス様は中心でいきます。
アーメン、アーメン。
正義の胸当てという言葉がありますね。
私たちは、
正義、
正義なんだ。
正義ってね、
皆さん、
気持ちいいですよ。
気持ちいい。
悪いことすると、
後ろめたいでしょ。
ああ、悪いことした。
見つかったらどうしよう。
捕まったらどうしようとかね。
悪いことしたらね、
恐れたりね、
隠れたりするじゃないですか。
でもね、
正義というのは、
正々堂々と、
胸張ってね、
胸張って、
生きれるんですよ、
皆さん。
多くの人はね、
胸を張って生きれないんです。
胸を張って生きれない。
だって罪があるからね。
神様に対して、
罪があるならね、
隠れて、
神様に隠れて、
生きるんです。
あのアダムとエバがね、
罪を犯したら、
隠れたでしょ。
それまではね、
アダムとエバはね、
神様の前に、
いつも一緒にいたんです。
でも二人が罪を犯したからね、
隠れた。
神様がね、
どこにいるんだ、
どこにいるんだって探した。
神様はどこにいるか知ってるんだけど、
探したんですね。
人間も同じです。
多くの人はね、
隠れて生きてます。
あの、
日陰、日陰というか、
あの、
裏通り、
裏通りを歩いて、
でも私たちはね、
正義の、
正義の胸当てをつけて、
正々堂々、
堂々と。
神様に義とされた。
神様に罪が許された。
神様にね、
良しとされた。
これが、
クリスチャンの、
あの、
生き方です。
正々堂々と生きる。
まあ、日本人好きでしょ。
日本人、
大和魂。
正々堂々と生きる。
ね。
私たちは、
正々堂々と生きることができます。
それは、
イエス様を信じて、
初めてできることです。
罪のうちにあったら、
正々堂々と生きることはできない、
ということですね。
今日の放送を聞いて、
ああ、
いいなあ。
やっぱり、
隠れて生きるんじゃなくて、
逃げて生きるんじゃなくて、
正々堂々と生きたい。
イエス様を信じて、
正々堂々と生きたい。
まあ、心情攻撃はね、
私はもちろん正しくないと思いますよ。
突然、
あの、
突然、
宣戦布告と同時ぐらいに、
攻めたでしょう。
あの、
それは正しくないと思いますね。
奇襲ですね。
奇襲。
奇襲攻撃ですね。
それはね、
まあ、
あの、
戦いという意味では、
そういうことっていうのは、
あるかもしれません。
でもね、
やっぱり、
正しくはないと思いますね。
勝つこと、
勝つことで、
卑怯なやり方で、
勝とうとしたということですよね。
正々堂々としていません。
はい、
それではですね、
これから、
あの、
今まで正しさとか、
正義なんて考えたことないけど、
でも、
もし、
自分中心で生きるなら、
イエス様を信じないで生きるならば、
それは神様に対して正しくない。
それは隠れて生きている。
それは神様に対して、
罪を犯して生きているということならば、
イエス様を信じて罪を許されて、
神に義とされて、
神様に義とされて、
正々堂々と、
正義の内を歩みたい。
そう思う方、
アメンと言ってください。
イエス様に、
罪は許されて、
もう隠れて生きるんじゃなくて、
自分中心で生きるんじゃなくて、
イエス様に従って、
本当の合法、
心の中に正義が欲しい人、
神様に会って正しく生きたい人、
アメンと言ってください。
アメン、
正しい人は天国へ行くんですね。
神様に義とされた人は天国に行って、
神様に不義だと言われた人は、
火の池に入らなきゃいけません。
皆さん、
火の池に入るというのは、
不法を働くからですね。
神様に対して不法だから、
火の池に落ちるんですけど、
自分の罪を悔やためて、
イエス様に従うなら、
正義、
義とされて、
天国に行くんです。
アメン、
天皇様、
多くの人は、
正義ということをあまり考えないでしょう。
法律的に合法とか、
違法ということを考えたとしても、
正しくないという考え方は、
持っていません。
なぜなら、
神を知らないからです。
しかし、クリスチャンは、
自分が神様にあって、
正しく生きるということを知って、
自分の罪を認め、
悔やためて、
その自分の罪が、
十字架によって、
許されるということを知って、
許されたことによって、
本当に、
義とされ、
正しい。
ですから、私たちは、
正しさを求めます。
儲かるか儲からないか、
損するとか、
そういう問題よりも、
正しさ、
お金の問題じゃなくて、
正しさを追求する生き方、
孫徳を追求する生き方じゃなくて、
正しさを追求する生き方が、
できるようになりました。
この世は、正しさよりも、
孫徳の方を優先します。
それは間違いです。
それこそ、本当に、
神様の喜ばれる生き方です。
どうぞ、阿弥陀いた方々が、
これからは、
正しさを優先する生き方が、
できるようにしてください。
もちろん、愛。
愛と正しさ。
愛をもって正しく生きる。
そのような生き方が、
できるようにしてください。
この世界に、正義がありますように。
不法ではなく、正義がありますように。
イエス様の皆によって、
お祈りします。
アーメン。アーメン。
はい、明日はね、日曜日ですね。
明日は、10時半から、
礼拝があります。
明日、一緒に礼拝しましょう。
シャローム。ありがとうございました。
ありがとうございました。
シャローム。シャローム。シャローム。
