【ゆっくり解説】未だ明かされない最も不可解な世界の謎4選

世界の未解明ミステリー【ゆっくり解説】
17 フォロワー
17 回視聴·2024/11/21
世界にはまだまだ解明できない謎や不思議が多く残っている。今回は「未だ明かされない極めて不可解な世界の謎4選」を解説します。
※動画内の素材はすべて引用であり、著作権や肖像権を侵害する目的はございません。
※著作権などに関するお問い合わせはこちらのアドレスまでお願いします。
[email protected]
ゆっくり霊夢です。
ゆっくり魔理沙だぜ。
いやぁ、今週の展開も楽しみだなこのドラマ。
ねえ、このライバル会社のボスって実は、 主人公の父親なのよね?
いや違うぞ、主人公の行き別れの兄の奥さんの 学生時代の恋人の息子の、
アルバイト先の元エリアマネージャーだったんだ。
そんな相手を倒さなきゃいけないなんてな、 過酷な運命だぜ。
いやそれ完全なる他人。
ていうかヒロインだって前回の話で、 主人公の実の姉って明かされてなかった?
いや違うぞ、主人公の実の姉の夫の連れ子が、
幼稚園時代によく遊んでいた少女の行きつけの コンビニで転院をしていた、男性の娘だ。
そんな相手と恋に落ちるなんてな、ままならないぜ。
即、婚姻届け出しなさい。
というわけで、あまりに分かりにくい設定に 視聴者がついていけないドラマはたまにあるが、
今回は多くの人が頭をひねってもわからない、
未だ解明されない世界の謎4線について解説していくぜ。
ゆっくりしていってね。
琥珀の間はどこに消えたのか。
最初に紹介するのは、琥珀の間はどこに消えたのかだ。
これは帝政ロシアの宮殿に作られた ある部屋が消えた不思議な話だぜ。
部屋が、消える?
それではまずこの琥珀の間の来歴について説明していくぞ。
この部屋が作られたのは18世紀初め、 ピョートル大帝の治政でのことだ。
名前がかわいい。
ピョートル大帝はかなり変わり者の皇帝で、 珍しい贈り物を喜ぶことで有名であったらしい。
そのことはヨーロッパの他の 君主たちの間でも話題になっており、
そんな中で彼に、 琥珀と金で装飾された部屋を贈ろうと考えたのが、
プロイセンの君主、フリードリヒビルヘルム一世だ。
琥珀と黄金なんて、とってもきらびやかな部屋なんでしょうね。
一応写真も残っているぞ。
きらびやかすぎる。
まあ実際には琥珀の他にも、 金と真珠もふんだんに使われており、
それが琥珀色に輝いて見えたことから、 そう呼ばれているらしい。
この琥珀の間はそもそも、 フリードリヒビルヘルム一世の父である、
フリードリヒ一世が自身の宮殿に作らせていたものだ。
ちょ、父と子がともにフリードリヒで、 しかも両方とも一世とか紛らわしすぎでしょ。
父親の方がこの部屋の独創性や 装飾の美しさを大層気に入っていたようだな。
秀吉といい、この世の映画を極めた人間は 黄金に憧れがちよね。
しかし実はその父親の時代には完成することなく、 それはこの方に受け継がれた。
悲しい。
そしてその部屋の装飾を、 息子のフリードリヒビルヘルム一世の方が、
ピョートル大帝への贈り物にしたというわけだ。
なるほど。でもこれだけのものを贈られたら、 ピョートルもさぞや喜んだでしょうね。
ところがこれを贈られたピョートルは、 すぐに組み立てず放置していた。
プラモデル買ってもらって満足した子供か、 ちゃんと組み立てなさいよ。
散々駄々こねられて買ったお母さんがちぎれ案件だな。
で、これを組み立てることなく、 ピョートル大帝は亡くなってしまう。
お前もかピョートル。
その帝位を何代かの地に受け継いだのが、 ピョートルの娘であったエリザベータだ。
彼女はロシアに西洋の文化をより浸透させようと考え、 長年放置されていた琥珀の間に目をつけた。
そしてロシア製の装飾なども加えられた上で、 プロイセンで構想されていたより大規模になって、
この琥珀の間は完成した、というわけだ。
ビッグサイズになって新登場ね。
昨今のサイレント値上げの激しい食品業界にも 見習って欲しいわ。
何の話だよ。
この時琥珀の間は冬宮殿、 今でいうエルミタージュ美術館にあったわけだが、
さらに時は移り、エリザベータの二代の地の 女帝エカチェリーナ二世の時代、
これが夏宮殿に移されることになる。
エカチェリーナ二世はこの琥珀の間を非常に気に入り、 部外者には立ち入らせないようにしていたという。
放置していたピョートル大帝とは偉いさね。
さて、ここからが本題だ。
1941年、ドイツは独創化新条約を破ってソ連に侵攻する。
あのちょびひげ親爺め。
そしてレニングラード、 かつてサンクトペテルブルクと呼ばれた都市に入り、
そこにあったエカチェリーナ宮殿、 すなわち琥珀の間のあった夏宮殿も占領した。
で、この宮殿は1717年以来、 数々の絢爛豪華な彫土品や財宝、美術品を貯め込み、
何人かの皇帝に愛され、 後に世界遺産にも指定された非常に美しい宮殿なわけだが、
そこにやってきたナチスたちは何をすると思う?
虐奪に決まってるわね。
大正解だぜ。
そういうわけで多数の美術品などがここから持ち去られ、
ヒトラーが建設しようとしている、 新たな美術館に使われることになった。
あのちょびひげ。
まあ宮殿を散々に荒らし回ったナチスなので当然、 琥珀の間もスルーというわけにはいかなかった。
琥珀の間は解体され、 ケイニシスベルク城で保管されることになるぜ。
ナチスが負けたときに戻ってくるといいんだけど。
残念ながらそうはならなかった。
3年後の1944年、 ナチスドイツの敗北はもはや時間の問題となっていた頃、
連合軍はついにケイニシスベルクにも爆撃を開始する。
え?
やば、琥珀の間が燃え。
そして1945年5月、 第二次世界大戦のヨーロッパ戦線は終結する。
ケイニシスベルクは再びソ連の支配下に入るが、 ソ連軍が城を探し回ったところ、
その時点で琥珀の間は消えていた。
ど、どこに?
やっぱり燃えちゃったの?
もちろんそういう説もある。
連合軍による爆撃で破壊されてしまったので、 燃えたか破壊されたというものだな。
ロシア国立公文書館の文書の中で、 後に機密が解除されたある文書は、
琥珀の間はケイニシスベルク城への爆撃で 破壊された可能性が高いと結論づけているぜ。
この他、琥珀の間のモザイク装飾の4つのうち3つが 焼けた状態で城から発見された。
ともされている。
琥珀ー。
まあこの他にも説があって、 ドイツ軍が撤退時に持ち去ったというものだ。
ああ、それもありそうよね。
南米とか南極とかに隠したりしそうだわ。
南極は寒さで装飾が傷つきそうだな。
そうではなく、秘密の地下壕あるいは鉱山などに ナチスがこれを隠したと言われているんだ。
実際、そういった場所から 略奪された美術品が見つかったことがあったしな。
しかしこれまでそういった場所を 散々探索されてはいるものの、
琥珀の間が出てくることはなかった。
2020年にはある文書が発見され、
琥珀の間が、ドイツ国内のある洞窟に 隠されていることが示唆されていたようなんだが。
そ、それよ。
しかし実際にそれらしいドイツの洞窟が探索されても、 やはり出てはこなかったぜ。
一体どこに?
他に目ぼしい説というのが、
ナチスドイツは、そもそも琥珀の間を 手に入れてはいないというものだな。
え?
この説によれば、ソ連がそもそも戦前に 琥珀の間のレプリカを作成し、本物と入れ替えていた。
ほうほう。
そしてオリジナルの琥珀の間は、 ソ連に好意的だったアメリカの実用家にプレゼントされたんだ。
気前良すぎでしょ。
そんな国宝級の宝物を外国人に渡すなんて、 ちょっと考えづらいけど。
ドイツの方は偽物を捕まされたというわけだな。
この他に、ナチスの運搬中に失われたという説もあるぜ。
この説によれば、戦争も終わりに近づいたと思われた頃、
ナチスは脚船、ビルヘルム・グストロフ号で、 ソ連国外に琥珀の間を持ち出したものの、
それがソ連からの攻撃によって沈没してしまった。
そのため、現在もその沈没船の中で 琥珀の間は朽ちるのを待っている、というものだ。
まあそんなこんなで、今でもこの琥珀の間は 行方不明のままというわけだ。
ドイツのビルヘルムから送られた部屋が、 ドイツの、しかも同じ名前を持つ船に奪われるなんて、
なんとも皮肉ね。
しかもソ連自身がそれを撃沈してしまったわけだからな。
2. リッキー・マコーミック事件
次に紹介するのは、リッキー・マコーミック事件だ。
これはアメリカで見つかったある遺体に隠された暗号の話だぜ。
この件の始まりは1999年6月30日の夜だ。
アメリカ合衆国、ミズウリ州のトウモロコシ畑で ある遺体が発見された。
そんなところで見つかるなんて。
彼はリッキー・マコーミックという41歳の男性なんだが、
当初警察は、その身元を明らかにすることができなかった。
どうして?
彼と親しい人々は彼がいなくなったことに長らく気づかなかったので、 捜索願いなどが出されていなかったんだ。
でも名前がわかってるってことは、 ひとまず身元はわかったのよね?
そう。その遺体がリッキー・マコーミックだと わかったのは諮問がきっかけだった。
ここで遺体の見つかった状況を もう少し詳しく話しておきたいんだが、
発見時、遺体はすでに腐敗しかけており、 それでもなんとか諮問は識別できたので、
そこから身元がわかった、という感じだな。
発見現場は交通量も人通りも少ない田園地帯で、
トウモロコシ畑の中ということもあり、 このように発見までに時間がかかってしまったらしい。
確かに背の高いトウモロコシの中で倒れてたら、 見つかりづらいかもしれないけどさ。
畑なんだから、農場の人が頻繁に手入れしに来るんじゃないの?
どうなんだろうな。
で、ここからこのリッキー・マコーミックという 人物の人物像について、少し掘り下げていこう。
彼は高校を中退し、 さらに薬物や暴行の犯罪歴があった。
さらに事件当時は失業中で、 4人の被着出死を抱えていたぜ。
なかなかパンクな人だったようね。
そして年老いた母親と共に暮らしていたようだ。
当局が不思議に思ったのは、
彼の遺体が彼の家から32kmも 離れた場所で発見されたことだ。
それって、それほど不思議でもなくない?
誰だって家から遠い場所に通勤したり、 買い物に行ったりするでしょ?
いや、この場合はちょっと奇妙なんだ。
何しろ彼は車も運転免許も持っていないし、 さらに近くまで来れるようなバスの路線もない。
それは、不思議ね。
さらに一見したところではシーンさえもわからなかった。
当然、司法解剖はされたんでしょ?
された。
その結果、遺体からは銃弾、 そしてナイフで傷つけられた痕跡が発見されたぜ。
それよ。
しかし一方で彼に慢性的な心臓と肺の 病気があることがわかったんだ。
そのうちどれが真か、ということは断定できず、 病死である可能性も否定しきれなかった。
いやいや、ただの病死なら、
そんな偏僻な場所にわざわざやってくることの 説明がつかないでしょうよ。
しかしこれだけなら、 この事件がここまで有名になることはなかっただろう。
びっくり。
彼とこの事件を有名にしたのは、
マコーミックのポケットから出てきた 2枚の手書きのメモだ。
メモ?
そこには意味不明な文字列が書かれていたんだ。
パスワードとかのメモなんじゃないの?
いや、そもそも当時はインターネットで 人々が年がら年中、
何かしらのアカウントを作っているような 現代とは違う。
で、その意味不明な文字列というのは 数字とアルファベットで構成されているんだが、
一見しただけでは、 それは明らかに意味のない文字列だった。
しかも一方はかなり長いものだ。
こんなやつだぜ。
任せなさい。
こういうのは大抵、
格用の最初の文字だけを読んでいけば 意味のある文章になるのよ。
で、実際にそうなってるのか?
死神は、りんごしか食べない。
ダメだったみたいだな。
霊夢が解けないのは当たり前として、
この暗号解読に取り組んだ FBIやアメリカ暗号協会のチームも、
何の手がかりも掴むことはできなかった。
というか、そもそもこの暗号のメモが見つかったことは、 その時点では秘密にされていた。
当のマコーミックの家族に知らされたのさえ、 遺体発見の12年後だったと言うぜ。
なぜにそんなことを?
まあ公表すると捜査に支障をきたすと 警察が考えた何らかの事情があったんだろうな。
これって普通の遺書とかではなさそうだけど、
マコーミックはこの暗号で一体何を伝えようとしたのかしら?
いや、そもそもこれを書いたのは マコーミック自身ではない可能性も高いんだ。
え?
このメモの件を12年後死に知ったマコーミックの家族は、
彼がこんなものを書くはずがない。
とコメントしている。
まあ、誰にでも家族も知らない一面というものはある。
彼は読み書きができなかったんだ。
は?
マコーミックの母親によると、 彼には知能の発達に遅れがあったらしく、
文字の読み書きもほぼできず、 自分の名前さえ苦労してやっと書ける程度だった。
しかしあの暗号は、アルファベットを 自在に操れる人でなければ書くのは難しいと思われる。
じゃあ彼の命を奪った犯人が、 何かの意図を伝えるためにこれを遺体に仕込んだとか。
その可能性はあるが、 そもそも殺人だと断定されてはいないしな。
そういうわけでFBIでさえも解くことができなかったこの暗号は、
ついにネット上で一般公開され、 解読してくれる人を募ることになった。
それで、結局これは?
結局のところわからなかったぜ。
わからんのかい。
しかし、もう一つ注意しておきたいのが、
マコーミックは別に読み書きができなかったわけではない、 という情報があることだ。
だ、だってさっき読み書きできないって。
この件については2パターンの情報があり、 どっちが真実なのかはよくわからないんだが、
読み書きはできたという説によれば、
マコーミックは高校を中退するなど学歴自体はそれほど高くないものの、
非常に賢い人物であると考えられていたようなんだ。
ほ、ほう。
しかも子供の頃からずっと暗号メモなるものを書き続けており、
家族も、他の誰も解読方法を知らなかったという。
そんな重要な情報が2パターンあるというのも謎ね。
ともかく、一般に情報を募ったところで 結局のところ解読されることはなく、
真相は今もトウモロコシ畑のやぶの中、というわけだな。
次に紹介するのは、溶岩湖殺人事件だ。
これは1924年に起こった、謎に満ちた殺人事件の話だぜ。
昭和ミステリーの傑作みたいなタイトルね。
通常、溶岩湖というのは、 火山の下溝に溶岩が湖のように溜まっている状態を言うが、
ここで言う溶岩湖は、 オレゴン州のデシューツ黒龍林にあるラバコのことで、
これは普通の水で満たされた湖だぜ。
事件の前年、1923年の秋から、 この黒龍林の山小屋に3人の漁師が泊まりに来ていた。
彼らは毛皮を取るのを主な仕事としている、 エドワード、ロイ、リュウイの3人だ。
そして今回、彼らはこの黒龍林内の山小屋に滞在して、
長期に渡って漁を行う計画だった。
ここは当時、市街地からも遠く、 道路さえ通っていないような壁地だったぜ。
そんなところじゃないと毛皮なんて取れないわよね。
当初、彼らの仕事は順調だったらしく、
麓の街に毛皮を売りに来るエドワードの姿が目撃されている。
ただ1923年12月から、モリスの家族は 彼からの連絡がないことを心配してたらしい。
え?
そんな、すぐに捜索隊を出さなくちゃ。
いやしかし、少なくともこの時は3人は無事だった。
リゾート地としてこの辺りを所有していたオーナーが、 翌1924年の1月に山小屋を訪ね、
3人の無事な姿を目撃している。
無事な姿がフラグにしか聞こえない、 っていうか無事ならちゃんと家族に連絡しなさいよ。
昔のことだから、些細なトラブルでも 連絡が取れなくなるのはまあ、想像つくけどな。
しかしその後もやはり連絡は途絶えていたし、
彼らの仕掛けたミンクのための罠も回収されていなかったため、
とうとう捜索隊が彼らの山小屋を訪れた。
1924年4月のことだ。
そこで捜索隊は不思議な光景を目にすることになる。
ごくり。
まず何より、山小屋の中は無人だった。
オルスだったのね。
ていうか普通に狩りに出かけてたんじゃない?
いや、明らかにそこでは異変が起こっていた。
まずストーブには鍋が置かれ、 そこで料理が焦げていたんだ。
さらにテーブルでは、手つかずの料理が干からびていた。
そ、それはあれよ。
3日後に帰宅したらすぐ食べられるように 作ってから出かけたんだわ。
お茶目だから焦がしちゃったのよ。
無理ありすぎだろ。
まあそんな感じで、
彼らは食事の直前で山小屋から姿を消したと思われる。
小屋には彼らの服、寝袋、銃が残っていたぜ。
さらに小屋の外でも不思議な現象が起きており、
彼らが飼っていた、貴重な5匹の狐がいなくなっていた。
どうやら意図的に誰かが檻を開けたらしい。
漁師たちが周辺に仕掛けた罠にも 何匹かの獲物が放置され、命を落としていたぜ。
いくらなんでもそれはおかしいわね。
そもそもその獲物を取りにここに来たわけだし。
この発見の翌日には、軍の保安官によって大々的な調査が行われ、
3人の漁師たちが使っていたソリが見つかった。
それがラバコ、すなわち溶岩湖の岸辺だ。
そしてソリには結婚があったぜ。
結婚、てことはつまり、
さらには湖の近くの小道で人間の歯や髪が見つかる。
髪はまあ、常時抜けるものだからね。
しかし歯の方は、
常時抜けるものだからね。
そんなわけあるか。
ここまで来るともう、 最悪の事態が起きていることを多くの人が予想した。
さらに血だまりさえも発見されたからな。
そして湖に、あるものが浮かび上がる。
まさか、
そう、3人の遺体だ。
きゃあああああああ。
一人目は散弾銃の餌食になり、 顔や体の一部分がなくなっていた。
びくびく。
二人目は右肩を散弾銃で撃たれ、 三人目は顔を鈍器で殴られていた。
おいおいおいおい。
この時点での警察の推理はこうだ。
三人のうち一人は、山小屋で食事の準備をしていた。
ふむふむ。
そして犯人は山小屋に押し入り、それを襲った。
小屋の外にいた残りの二人も命を奪われ、 三人の遺体はまとめてソリで運ばれ、
そして犯人は氷に穴を開け遺体を沈めた、というわけだ。
まあ可能性としてはあるかもしれないけど、動機が謎ね。
ただ犯人の目星は比較的早くついた。
何しろ周りにあまり人がいないからな。
まず捜査線上に浮かんだのは、 インディアン・エリクソンという人物だ。
誰?
彼は近くの別の湖、カルタスコのほとりに住み、 密造種を作っていたんだが、
ほどなくアリバイがあることが分かり、 容疑者からは外れた。
なお密造種の件では無事逮捕された模様。
そしてその次に容疑者とされたのが、チャールズ・キムゼイ。
彼も被害者たちと同じ毛皮漁師で、
実は被害者の一人であるエドワードと少々揉めたことがあった。
チャールズがエドワードの財布を盗んだのだと 権威をかけられ、喧嘩になったんだ。
小学生みたいな喧嘩やめなさい。
大抵そういうのは、カバンの奥底にあるのよ。
しかしチャールズにはそれだけでなく、 強盗に殺人未遂などの前歴もある。
そして裁判前に逃亡して、この場所に落ち着いていたようだな。
裁判前ってことは一度警察が捕まえたのに、 逃げたってことじゃない。
諸葛は何をやってるの?
というかこの溶岩湖殺人事件において 容疑者となったチャールズなんだが、
警察はチャールズの居場所を把握しておらず、 依然逃亡中だった。
でも3人も犠牲者が出たなら、 警察もかなり捜査に力を入れるんじゃないかしら。
すぐに捕まるんじゃない?
しかしその後9年間、 チャールズは捕まることなく逃げ延び続ける。
長い。
1933年にチャールズは捕まるが、 溶岩湖の殺人事件についてアリバイを主張した。
事件当時、彼はモファットトンネルの 交付として働いていたと言い張り、
それを覆す証拠はなく、彼に対する基礎は取り下げられる。
本当に彼がやっていないかは怪しいところだけど、
法的には事件はこれで迷宮入りになってしまうのかしら。
そうなんだ。
これに関してはその後、誰かが逮捕されたという情報もなく、 謎のままとなっているぜ。
ちなみにチャールズはこれとは 無関係の殺人事件で有罪となった。
え、結局?
料系は終身刑で、 仮釈放もなかなか認められることはなく、
やっと72歳になって仮釈放が認められたという、
その後の彼の足取りは分かっていないぜ。
4
古代の彫像、エルチェの貴婦人
次に紹介するのは、古代の彫像、エルチェの貴婦人だ。
紀元前4世紀に作られた、不思議な彫像の話だぜ。
これはマドリードの国立考古学博物館に所蔵されている、 石灰岩でできた鏡像だ。
まず写真を見て欲しいんだが、こういうやつだぜ。
不思議な髪型ね、毎朝のセットが大変そうだわ。
これはスペインのバレンシア州、 エルチェという場所の遺跡で1897年の夏に発見された。
ある農場で農作業をしていた農民たちの一人、 マヌエルという18歳の青年が、
地面に何か硬いものがあるのを見つけ、 その地面を詳しく調べることにしたんだ。
ドラクエみたいなことしてるけど大丈夫?
すると人工的に削り出されたと思われる岩と岩の隙間に、 この鏡像があったというわけだ。
これに関しては、何らかの危険から逃れさせるため、 わざとこの場所に隠されたのではないか、と言われているぜ。
うん、まあそれはわかったけど、一体何が不思議なの?
ではここから、この鏡像の不思議なポイントを紹介していくぜ。
まず、誰がモデルなのかという点だ。
女王や巫女など、様々な予測は立てられているものの、 明確な答えは出ていない。
また一説には、今でこそこれは鏡像として扱われているが元は座像、
すなわち座っている姿の像であったとも言う。
発見当初は、これは近年作られた偽像であると考えられたこともあったが、
偽像の鏡像、彫刻技法や顔料などを分析したところ、
どうやら本当に紀元前5世紀前半から、
紀元前4世紀前半に作られたものである、という結論が出されている。
あとさっき霊夢も言っていたが、この髪型もなかなかの謎だな。
そうそう、まるで車輪やコイルのような髪型だと評されており、 この像の最大の特徴ともなっている。
美容院でエルチェの貴婦人みたいにしてくださいって言っても、 多分対応できる店はないでしょうね。
すぐさまで金だな。
この鏡像は高さが56cmほどあり、 製作時には表面を絵の具で塗られていたと思われる。
鏡像が着ている服はチュニックにドレス、そしてオープンケープだな。
いかにも古代人の服って感じね。
で、この貴婦人像に関してちょっぴり驚きの解釈をする人も中にはいて、
なんとこれが、宇宙人の像であると言うんだ。
い、いやいやいや。
その説の最大の根拠となるものこそ、この髪型だ。
これはただの奇抜なヘアスタイルというより、 宇宙飛行士のヘルメットのようなものではないかと話題になっているぜ。
ヘルメットだったら、頭全体を覆ってないとおかしいでしょ。
前後からの衝撃にノーガードじゃない。
いや、宇宙人の技術でそこはなんとかなる。
どっから来る地震よ。
実際のところ、ここまでカビで、 しかも個性的な髪型が存在した記録はこの地域にはないんだ。
さらに言えばこのエルチェの貴婦人像については、 ある機械な伝説が伝えられている。
機械ってどういう・・・
この像を長く見つめすぎていると正気を失う。
というものだ。
え?
いや、まあ確かに独特な目つきをしてらっしゃるけれども。
もう一つの謎としては、背中にできた空洞がある。
え?
この像を後ろから見た図がこれだ。
実は背中の上部に深さ16センチメートル、 直径18センチメートルの穴が開いているんだ。
これ、単に破損しただけじゃないの?
しかし、あえて開けられた穴である、という説もある。
一体何のための穴なのかということは結論が出ていない。
わかったわ、これは古代の貯金箱よ。
そんなアホな。
ともかく、そんな不思議でいっぱいのエルチェの貴婦人なんだが、
この像は歴史の波に翻弄され、 さまざまな場所をさまよったという経歴がある。
どういうこと?
ではこの像の旅した軌跡を追ってみよう。
この像の発見者は先ほども言ったように、 マヌエルという青年なんだが、
所有権は農場の所有者アントンにあった。
当然、マヌエルはアントンにジョジョ円くらいは 奢ってもらったのよね?
スペインにジョジョ円ないぜ。
で、その農場主であるアントンは、
この貴婦人像をスペインの国立考古学博物館に 提供しようとしたんだが、
しかしルーブル美術館から買取のオファーを受ける。
これは、一攫千金のチャンスね。
スペインの国立考古学博物館が この像にそれほど興味を示していなかったこともあって、
アントンはルーブル美術館からの オファーを受けることにしたんだ。
そりゃあ、自分の所有物だったものが ルーブルに展示されるとなれば、
アントンとしては花が高いわよね。
エルチェの地元の人々は、 自分たちの土地から出た美術品が、
自国ではなくフランスに提供されたのを 大層不満に思っていたらしい。
あら、より儲かる方のオファーを受けただけよ。
何か問題でも?
何様だよ。
こうして発見の同年である1897年、 貴婦人像はパリに運び出されていった。
で、問題が起きたのはここからだ。
どうした?
1939年、第二次世界大戦が勃発。
ルーブル美術館は、 コレクションが戦争によって破壊されるのを防ぐため、
フランスのモントーバンという場所の城の中へ、 これらを避難させることにしたんだ。
その中にエルチェの貴婦人像もあったぜ。
その故郷であるスペインの政府は、 ドイツ・イタリアとの同盟に動き出す一方、
フランスはドイツから狙われていた。
今後、戦争でフランスがドイツに負けるようなことがあれば、
スペインから寄贈あるいは売却された 数々の美術品や歴史的遺物も、
ドイツに戦利品として奪われてしまうかもしれない。
琥珀の魔の剣で善化があるしね。
そうこうしているうちに、1939年、 ドイツはフランスに侵攻し、
あっという間にパリを陥落させる。
き、貴婦人が危ない。
この時、ルーブルの数々の所蔵品は、
南部にできたドイツ寄りのフランスの政府、 ビシー政権の手にあったらしい。
スペインはこのビシー政権と交渉し、 所蔵品のうちのいくつかは、
他の美術品などとの交換によって、 スペインに戻されることになった。
こうしてイルチェの貴婦人像は 祖国に戻ってきた、というわけだ。
貴婦人、よくご無事で。
そして第二次世界大戦も終結した1965年、
この貴婦人像が展示されていた博物館を、 ある人物が訪れる。
誰だと思う?
アドルフ・ヒトラーネ。
とっくにお亡くなりだぜ。
正解はこの貴婦人像の発見者であるマヌエルだ。
え、すでに彼は80歳になっていた。
自らが発見し、危機をくぐり抜けて 再び祖国に戻ってきた貴婦人像と、
何十年かぶりの再会を果たしたんだ。
マヌエルは改めてこの像の発見者として称えられ、 そのわずか2ヶ月後、彼はその生涯を終えた。
マヌエル、しかしイルチェの貴婦人が結局のところ、 古代の女王なのか巫女なのか、あるいは宇宙人なのか、
その謎はまだ解けてはいないぜ。
というわけで今回は、いまだ解明されない 世界の謎4戦について解説してきたぜ。
戦場のツネとはいえ、敵の美術品を 略奪するのはちょっとどうかと思うわ。
それはさておき、私の友達の死んだ魚の目をした おっさんの妹の勤務先の課長の同級生が、
絶対上がる株があるって言ってるから買っちゃった。 来年には私も浮遊そうよ。
財産を略奪されて終了だな。
というわけで、今日の動画はここまで。
動画が面白かったら、高評価と チャンネル登録よろしくお願いします。
最後までご視聴いただきありがとうございました。
ありがとうございました。
