他人の目が気になる理由! 2024 11 29

Pastor Qchan
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おはようございます。
しらたくさん、おはようございます。
アリエルポンさん、おはようございます。
今日は29日金曜日ですね。
明日で11月が終わります。
明日で11月が終わりですね。
一昨日はちょっと暖かかったですけど、今日はちょっと寒くなりましたね。
まあ当然といえば当然かもしれませんが、一昨日くらいの暖かさだったらいいですよね。
今日は寒いです。
サワリンゴさん、おはようございます。
まだ太陽は出てるんですけど、雲に隠れてちょっと今朝日が遮られてますね。
はい、ゴンちゃん、ゴンちゃん久しぶりですね。
今日はですね、今日のタイトルは他人の目が気になる理由というタイトルです。
おじじゅんさん、おはようございます。
昨日で一応死の祈りが終わって、死の祈りについて学びたい方は過去の4つくらいの動画で見ることができます。
月下水目かな、月下水目が死の祈りのメッセージです。
ステラさん、ミカさん、おはようございます。
おはようございます。
この他人の目が気になるというのはですね、現代人の特徴、現代人だけじゃないんですけどね、人間の特徴、すべての人の弱さ、すべての人の弱さ、人間の弱さとも言えるかもしれませんね。
他人の目が気になる理由。
私も実は大学受験失敗しまして一浪したんですね。
一浪した時にですね、やっぱり他人の目が気になってね、自分は大学落ちたんだみたいな感じで引きこもりました。
ですから引きこもりの人の気持ちがわかります。
引きこもりの人の気持ちはね、やっぱり他人の目が気になるんですね。
何か言われるんじゃないか、思われてるんじゃないか、被害妄想、被害妄想になりやすいんですよね。
キアラさん、クリコさん、サワリコさん、ニートバンザインも実際やってみると近所の人の目線が気になります。
他人の目が気になるということは非常に人間の革新的な問題を提示していると思うんですね。
人間というのは社会的な動物と言われますけど、自分個人がいますよね。
誰でも一人、自分個人です。
そして他人がいます。
ですからこの社会というのは自分と他人の世界なわけです。
ですから当然ね、他人が自分を見ているという現実があるわけですよね。
他人が自分を見ている。
この世というのはですね、人間を勝手に評価するというか、
あの人はああだ、あの人はこうだ、あの人はダメだ、あの人は素晴らしいとかね、
この世の中というのは人間を評価する社会でもあるわけです。
そうなるとね、多くの人はね、自分はどう評価されているだろうか、どう見られているだろうかということが気になるわけですね。
当然と言えば当然なんですけど、それで多くの人はですね、自分がよく評価されたいのは当然ですよね。
ヤミサキさんいらっしゃい。
誰でもね、自分が評価されたいのは当然ですよね。
勉強頑張る、仕事頑張る、何かですね、自分の趣味で頑張るとか、勝負に勝ちたいとか、
まあそういう社会的なことで、私たちは自分の評価を高くなりたいと思っているんです。
これリンゴじゃなくて柿です、これ柿。
あのね、今ね、柿がこうなっているんですけど、鳥が来てくっつくんですね。
で、この間はね、カラスが来てくっついてましたけど、
今日はね、なんと、インコですよ、インコ。
野生化したインコが数羽来てですね、ピーピーピーピー鳴いてくっついてましたけど、
インコが野生化すると大きくなってね、
普通インコってちっちゃいんですけどね、野生化すると大きくなってくるんですよ。
結構飛ぶんですね。
はい、話は、あ、そうですね。
あ、それでね、ちょっと話の前にですね、
昨日もお見せしたんですけど、朝日がね、ススキにあたって綺麗なんです。
ですから、朝日があたるススキということで、綺麗でしょ、なんかキラキラ光って、
朝日が、あれ朝日ね、朝日が出てますが、朝日を隠してススキだけが綺麗に輝いているという、
もうちょっと近づきましょうか。
綺麗でしょ、このススキのモフモフといった感じ。
これは非常になんかこう、感じがいいですよね。
ススキのモフモフ感がね、なんかこう、柔らかい感じが。
綺麗ですね、外国の草原みたいな雰囲気、そうですか。
はい、選んだ人さん、おはようございます。
えーと、それでですね、ハレリヤ、ニコ生でハレリヤって出てます、素晴らしい。
柿も見せてあげましょうね。
柿って言うと日本のね、今の季節の風物、風物ですよね。
はい、それではですね、話を戻しましょう。
で、ですね、この、現代だけじゃないんですけど、人間の弱さ。
人間の弱さというのは、他人の目を気にするというところではないかと思うんですね。
で、その、誰でもね、自分を評価されたいという気持ちはあるわけです。
ところがですね、なかなか他人はね、自分を評価してくれない。
自分は評価されたいけどしてくれない。
まあそこでね、人間はね、頑張っちゃうわけですね。
まあ評価されたいので背伸びしたり、まあちょっと気負ったりするわけでしょ。
まあそれがですね、非常にストレスになるわけです。
で、本当の自分はまあそんなに評価されるものじゃないということは誰でもわかるんだけど、
評価されない自分だけど評価してもらいたいということでちょっと頑張っちゃう、背伸びしちゃうというか。
まあそれがですね、ストレスになるわけです。
で、それがね、強くなるとね、見栄を張るということになるわけですね。
見栄を張る、虚栄とかね、虚色とか。
まあ要するに自分をかっこよく見せる。
だからまあ、このなんでしょうかね、世の中ね、化粧したり、整形美容をしたり、
それからブランドを持つとか、かっこいい服装をするとか、
それは全部ですね、自分を評価してもらいたいという見栄なんです。
で、この世の中というのはそういう社会なんですね。
見栄社会というか、自分を評価してもらいたい社会なんです。
そうでしょう皆さん、そうですよね。
まあ常住社会なんかそんな感じがしますよね。
なんかこう、高価なものをつけてないと認められない社会。
まあそれが常住社会ですけど、でもそれはね、ルッキズムね。
そうそうそうそう、ルッキズムと言います。
で、それはね、結局のところね、ストレスなんですよ皆さん。
そう思いませんか?
自分自身が正直に言えないというか、見せれないというか、
本当の自分は見せれないけど、かっこよく見せるということは
一種の仮面であり、ある意味では嘘であり、
自分を隠すようなことなんですね。
それはね、ストレスなんですね。
ヤコブさんおはようございます。久しぶりです。
で、だからそういう生き方というのは辛いわけです。
で、俳優とかアイドルがね、
ストレスで自殺しちゃうとか、
ストレスでハメ外しちゃうとかってあるじゃないですか。
それはね、やっぱりアイドルとか歌手というのはね、
やっぱり本音が言えなくてね、
作った自分を見せるしかないわけですね。
作った自分というのはかなりストレスです。
だから本当は人間というのはね、ありのままでいきたいんですよ。
自分のありのまま、ありのままを見せて生きたら
どんなに皆さん楽だと思いませんか。
で、それができるんですよ、皆さん。
それができるんです。他人の目を気にしなくてですね、
他人の目を気にしない生き方ができるんです。
まあ、ありのまま正直に生きる方法があるんですよ。
それは今日ちょっと紹介したいと思うんですが、
で、もうちょっと話を続けますが、
他人の目を気にすればするほどストレスということを言いましたよね。
例えば誰かがですね、悪口を言うとします。
悪口を言うと、そのことでもすごく傷つくわけですよね。
要するに、他人によって自分が評価されるときついわけです。
だから誰でも悪口を言ったらへこみをわく、へこみをわくですね。
私はニコ生で悪口ばっかり書かれてますので、
本来はへこむんですけど、
ただ私はさっき言ったように、
ありのままで生きる生き方をしているので、
いくら悪口を言われても批判されてもへこまないんです。
それはですね、ありのままで生きる方法をしているからですね。
そしてですね、他人の目がどんどん気になるとね、
うつになるんではないかと思います。
うつになったり、自殺願望になったりすると思うんですね。
なぜかというと、うつというのはね、結局ですね、
自分はダメなんだ。
自分はもう何してもダメなんだ。
自分は評価されない。
自分は失敗者だ。
自分はもうダメだという風になっちゃうわけですよね。
ジーザスブライトさん、おはようございます。
アリエルさん、私も以前に他人の目が気になっていたけど、
イエス様と出会い、イエス様の目を気にするようになりました。
イエス様に認められてこそ喜びです。
この世の人には私は最低ですので、
弱いものなので相手にならない。
はい、アリエルさんも私と同じように、
以前は他人の目を気にしていていたけど、
今はありのままで生きることができる。
ありのままで生きるというのは良いですよ、みなさん。
ストレスフリーですよ、みなさん。
ストレスを感じない。
人の目を気にしないで生きられる。
みなさん、人の目を気にしている人いますか?正直に。
人の目が気にして、人の目が怖いとか、
人の目がストレスとかいう人いますか?
人の目が…
アリエルさんもそう?
アリエルさん、たまにある?
はい、正直ですね。正直。正直。
木原さんも?
今日から、他人の目が気にならなくなる方法を教えますので、
ぜひ、ストレスフリーの生き方をしましょう。
ストレスフリー。
では、どういうことか、もうちょっと説明します。
放送でたびたび言いますけど、私たちは認められたい、
評価されたいという気持ちは誰でもあるんです。
当然ですよね。尊重されたいというのは…
そもそも、みなさん、人間は神様に似せて作られたでしょ?
神様から似せて作られたんですから、
当然、私たちは評価されたいんです。
私たちは価値がないんじゃなくて、本来は価値があるものなんです。
本来はね。
ところが、世の中というのは、要するに、他人と自分を比較してね、
要するに、他人と比較すると、人間はね、
自分の方が偉いんだ、自分の方が正しいんだとか言って、
誰でも自分を高くしたいでしょ?
自分を高くしたい、それを高ぶりとか傲慢って言うんですけど、
自分を高くしたいというのは、それはですね、
他人の目が気になって、その、なんて言うんでしょう、
高ぶることによって、自分の、アニメでコンプレックスかな、
コンプレックスを解消する方法が傲慢なんです。
つまり、エバってる人、わがままの人、傲慢な人っていうのは、
劣等感の裏返しだと思ってください。
ヤクザがエバってるのはね、
ヤクザがエバってるのは、劣等感の裏返しです。
多くの人が、ブランドものを持っている、
着飾って、化粧している、
それ全部ね、皆さん、コンプレックスの裏返しです。
つまり、本当の自分が見せれないので、
カッコつけているということなんですね。
サウリングさん、近所の人が、
あの子ニートンなんだってひそひそ言っても、
神様がありのままの私を認めてくれて、
思えてくれるから大丈夫になりました。
アーメン。アーメン。
ジーザスブライザーさん、
高いより平和がいい。アーメン。
えーとですね、ですから皆さんね、
そのことがね、皆さんわかるとね、
私たちは、何かこの世が見えてくる、
この社会が見えてくる、
なぜ他人が自分のことを批判するのか、
評価しないかということをわかってほしいんです。
つまりですね、この世の人は、
自分と他人を比較して、
自分を評価、
自分で自分を評価するということを
しようとしているということです。
わかりますか。
他人と比較することによって、
自分は他人よりも高いんだと、
他人よりもいいと、
自分で評価するために悪口を言うんです。
わかりますか。
悪口を言うというのは、
自分はあなたより偉いんだよということを
言いたいわけです。
わかりますか。
だから悪口の本質はコンプレックスだということですね。
悪口の本質、つまり悪口を言う理由は、
あなたより私の方が偉いんだよということを
言いたいだけの話なんです。
悪口を言われても気にしないでください。
悪口を言われてもそれはコンプレックスの裏返しなんだと、
見破るわけですね。
ヤクザがどんなに人を脅しても、
それはコンプレックスの裏返しだと思ってください。
弱い犬ほどよく吠えるという感じですね。
次のステップですよ。いいですか。
自己肯定感とか承認欲求とかいうのも
同じことなんですね。
人間は肯定してほしいわけです。
肯定してほしいから他人と比べるわけですね。
私は偉いんだ。
私は偏差値が高いんだ。
私はお金があるんだ。
私は何ができるんだ。
私は日本人だとかね。
とにかくいろんなことを通して
自分を高めようとする。
それが自己肯定感であり承認欲求なんです。
でもそれはコンプレックスの裏返しなんです。
わかりますか。
人と比べたから偉いわけじゃないんです。
そうでしょ。お金があるから偉いとか
頭がいいから偉いとか
顔がかっこいいから偉いとか
関係ないでしょ。そんなことは。
そんなこと関係ないでしょ。皆さんそう思いませんか。
アメリカ人だから偉いとか
白人だから偉いとか関係ないですよね。
関係ないでしょ。皆さん。
そう思いませんか。
ですから本当の自分の価値
本当の自分の価値というのは
一体何だろうかと考えてほしいんです。
本当に私たちは何を持って行ったら価値があるんだろうか。
私たちはどうすれば価値があるのか。
そこが大事なポイントです。
そうすれば他人がどう見ようと関係ないんですね。
他人が悪口言おうと比較しようと
バカにしようと関係ないんです。
それが皆さん。
そこまでわかりましたか。
そこまで理解できましたか。
そこで先ほど何かの方が証してくれましたが
私たちを正しく評価する方がいらっしゃるということです。
人間は人間を評価できないんです。
人間は人間のことをよくわからないからね。
人間を評価することができるのは
人間を作った神様だけなんです。
人間を作った神様だけが
人間を正しく評価するんです。
そして神様は
神に似せて作った人間を
当然ある意味では評価するわけです。
動物と違うんです。
人間は神様に似せて作られた存在ですから
当然神様は人間を評価していますが
ただ一つだけ必要なものがあるんです。
ただ必要。
人間が評価される唯一のもの
いいですか。
それは神様と関係があるかないかなんです。
神様を認めなければ
その人は評価されないんです。
当然でしょ皆さん。
皆さんが誰かを評価するときに
自分の友達とか
自分と関係のない人だったら
それなりに評価するわけでしょ。
自分に関係ない人は評価しにくいじゃないですか。
もちろん他人としても評価できますけど
しかし知らない人と関わりにくいじゃないですか。
自分の親しい人だったら
わーって言ってね
元気おはようみたいな感じで評価するわけでしょ。
知らない人にこんにちはお元気ですか
なんてなかなか言わない
言っちゃいけないことはないんだけど
びっくりしますよね。
そうでしょ皆さん。
つまり人間として大事なポイントは
神様との関係があるかないかなんです。
それが一番の人間の評価というか
人間の承認欲求
自己肯定感を満たすのは
神との関係があるかないかなんです。
ということはね
他人の目が気にならなくなるんです。
だって神様が認めてくれたならね
神様が認めてくれたら
人が認めなくても関係ないわけです。
私がね
ニコ生でいくら悪口を言おうと
誰かにもう
騎士ガイダーとか言われてもね
気にしないんです。
だってそうでしょ
神様が認めてくれる
神様が認めてくれてるんだったら
人が何を言おうと関係ないでしょ。
だから人間にとって一番大事なのは
イエスキーと信じることですね。
イエスキーと信じることによって
私たちはイエス様に
罪が許される。
罪が許されるっていうのは
神様も私たちを認めてくれるということです。
もし私たちが神を認めないなら
私たちが神を認めないなら
神も認めることができないんです。
本当は神様を認めたいんです。
神様は全ての人を認めたいんだけど
私たちが神を認めなければ
神様は私たちを認めるわけにいかないのです。
ですから私たちがイエスキーと
信じる理由はそこなんです。
私たちがイエスキーと信じるならば
イエス様も私たちの罪を許し
認めてくれるんです。
人間の価値はそこにあるんです。
人間の価値は私たちのために
私たちを愛し
私たちのために死んでくださった神様を
受け入れるかどうか
それがイエスキーと信じるということですね。
その時に私たちは
あ、私は神様に認められた
あ、ナナさんいらっしゃい
私たちは神様に認められた
もう人の目なんかどうでもいい
ちょっとこれ言い過ぎかもしれないけど
人がどう自分を判断しようと
人が自分をある意味では評価しないとしても
見下げても
私たちに悪口言っても
私たちを無視したとしても
大丈夫なんですね。
私たちはイエス様に認められるだけで
私たちは十分な
十分どころか
ものすごい価値のある存在になるんです。
私たちは神の子になれるんですね。
皆さん
神の子になれるんです。
ぜひ皆さん
そうすればですね
私たちはものすごい自己肯定感を持てるし
承認欲求を満たすことができるし
私たちは本当にですね
そこに大きな存在価値というか
存在価値があるんです。
日本のパスポートを持ってたら
日本にいることが堂々と
日本人として
日本に全然平気にいられますよね。
でもパスポートがなかったり
ビザがなかったりしたらね
もう日本にいていつ捕まるかわからない
安心できないじゃないですか。
だから私たちはイエスキーと信じることによって
私たちは生きていいんだ。
存在していいんだ。
私たちはものすごく価値のある存在なんだ。
というですね
自己肯定感を持てるんです。
そうしたら他人が何言おうと
人と比べることもない
金持ちでなきゃいけないとか
頭が良くなきゃいけないとか
かっこよくなきゃいけないとか
そういうことないんです。
全然気にしなくていいんです。
よく中学生とか高校生を見ると
自分をかっこよく見せようと
自分はどうなんだと
自分の顔ばっかり見てる若い子がいますけど
もうそんな必要ないんです。
他人の目を気にするのはストレスなんですね。
ナナさん、イエス様に愛されてます。
アーメン。素晴らしい。
イエス様に愛されるということが
どれほど素晴らしいことなのかを
クリスチャンは知っているんですね。
アリエさん、この世の人に悪口言われても
無視されても離れていってもいいんです。
イエス様を信じて
イエス様に認められれば
イエス様が全く知ってますから
この世の人たちと
互わなくていいんだ。
アーメン。
そうです。
私たちは喧嘩する必要ないんです。
世の中はね、何か言われたらカチンってきてね
何か悪口言われたらカチンってきて
また言い返して喧嘩するでしょ。
それは結局コンプレックスの裏返しなんです。
争ったり憎み合ったり喧嘩するというのは
結局自分が認められないということの
コンプレックスの裏返しなんです。
自分が十分に満たされていたら
十分に自己肯定感があれば
何言われても気にしないんです。
カチンと来る必要はないんです。
その自分が十分じゃない
承認欲求が十分じゃなければ
それがプライドになって
そのプライドというのは
自分で自分を承認するようなもの
それがこの世のプライドです。
この世のプライドは見栄であり
虚栄なんですね。
ぜひ皆さん
これはとても大事な真理なので
ぜひ皆さん
皆さんがもし他人の名を気にしているならば
もうそれをやめて
人と比べないで
イエス様を信じるだけで
私たちはありのままで生きれるようになるんです。
嘘をついて生きる必要はないんです。
名を張ることはないんです。
正々堂々と
神が私たちの味方なら
誰が敵対することができようか
私たちは初めて
強く大しく生きることができるんです。
他人の評価はいらないのです。
神の評価だけでいいのです。
神の評価だけで
私たちは強く生きることができるんです。
それでは
本当にそうなれるかどうか
証タイムで証をしてもらいましょう。
イエス様を信じて
他人の目が気にならなくなった証
他人の目が気にならなくなって
本当に私は
神様に愛され認められているということで
喜びを感じるようになった証
スタート
この曲は
イエス様が見てくれる
私たちは
イエス様が評価してくれる
イエス様が愛してくれている
イエス好き人を信じる者は
誰でもイエス様に愛されます
もしイエス様を信じなければ
イエス様を信じなければ
私たちの罪は許されない
クリスチャンの大事なポイントを話すことができました
アリエスさん
イエス様に愛されて
イエス様が私を認めていてくれて
すべてのことも知ってくれる
イエス様がいれば
強く美味しく生きていけます
イエス様の存在に感謝します
アメン
イエス好き人を信じて
イエス様に愛される人は
なんと幸いでしょうか
ジーザスブライトさん
もう慣れました
おかげさまで
イエス様に抱けたようになりました
ハレリヤ
アメン
ぜひ皆さんね
仮面をかぶって
目を張ったり
自分をセロリするような生き方をやめて
正々堂々
イエス様を信じて
他人の目を気にしない生き方
他人の評価に
ちょっとね
分かりやすいのはね
株ですね
株って上がったり下がったりするでしょ
毎日毎日株価を見て
上がったら嬉しい
下がったら
あー下がっちゃった
とかって
一喜一憂するでしょ
それと同じですよね
例えば
もし
そういう
株価が変わらないようなことって
あるかもしれませんが
株価がもし変わらなかったら
いちいち一喜一憂しなくていいわけですね
ですから
人の目を気にするというのは
株と同じようにね
一喜一憂して
喜んだり落ち込んだり
喜んだり落ち込んだりするわけです
でも
イエス様を信じるということは
もうそんな
不安定な状態じゃなくて
安定して
安心できる
安心して
安心できる
ということですね
ぜひ皆さん
信仰というのは
永遠に変わらない安定
永遠に変わらない自己評価
永遠に変わらない自己肯定なんですね
ぜひ皆さん
あ
アムちゃん
イエスキーストを信じます
ハレリヤ
素晴らしい
イエスキーストを信じます
アメン
はい
それでは招きをしましょう
今日の放送を聞いて
あ
私は確かに確かに
他人の目を気にして
自分を正直に生きれなかった
自分を隠して隠して
自分を少しでもかっこよく
自分が少しでもいいように
評価されるように
このことばっかり考えていた
でもそれはもうストレスだし
もうそれはちょっと
本当の自分を隠さなきゃいけない
それは辛い
正直に生きたい
ありのままで生きたい
イエス様を信じて
他人の目を気にしないで
ありのままに生きていきたい
正直に生きていきたい
そう思う方は
アーメンと言ってください
アーメン
イエス様を信じて
もう本当に
目なんか張りたくない
背伸びしたくない
正直に弱さを認めて
自分の弱さを
正直に認められるような
生き方をしたい
そのような
そのように思う方
アーメン
てのお父さんは
多くの人は
正直に生きれなくて
自分の弱さを隠し
人の目を気にして生きて
ストレスいっぱい
もう
プレッシャーいっぱい
もう本当に
辛い辛い生き方をしています
うすになったり
本当に
もう
生きることが嫌になったり
生きることが辛くなったりしています
それは
他人の目を気にしているからです
それはまさに
自分で自分の
存在を作ろうとしているからです
今アーメンといた
方々が
その理解をしました
この人々が
なぜストレスかということを
理解しました
どうぞ彼らが本当にその理解の上で
ああ自分を認めてくれるのは
人間じゃないんだ
自分を認めてくれるのはイエス様だけなんだ
イエス様だけが本当の
自分を認めてくれる神様なんだということを
知りました
彼らの
罪を許してください
あなたを受けたならば
もう
変わることはありません
あなたを信じる限り
その人のことは認められます
イエス様に愛され
罪が許されます
どうぞ彼らが力強く
生きていくことができるように
イエス様に認められたことだけを喜び
他人の目を気にしたくなる人生が
始まりますように
今から始まりますように
今から自由になりますように
ありのままで生きることができますように
イエス様の皆によってお祈りします
アーメン
ありのままで生きるというのは悪いことしていいとか
わがままで生きていいということじゃないんですよ
そういう意味じゃなくてね
自分自身を
隠さなくてもいいんだ
自分の
自分の弱さを
隠さなくてもいいんだ
イエス様が見ているんだ
私たちはイエス様に
見られて生きているんだという
そういう意味でありのままで生きていいということですね
イエス様はいくら隠したって
イエス様は私たち知っているんですね
自殺ブライトさん
罪を犯す方が恐ろしい
イエス様を信じる
者はその難によって
誰でも罪が許されるアーメン
兄さんわかりました
アーメン
それじゃあ皆さん
今日ね他人の目が気にしない
一日を始めましょう
せいせい堂々と
イエス様が認めてくれている
神様が認めてくれるなら
何も気にしなくていいんだ
恐れることはないんだ
心配することはないんだ
せいせい堂々
ありのままでありましょう
それでは皆さんまた明日
シャローム
良い一日を
ごめんなさい
明日は日曜日なので
明日10時半に来てくださいね
明日日曜日ですね
はいごめんなさい
10時半礼拝に来てください
