中国とアメリカが驚愕!世界を震撼させた大規模プロジェクト

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この動画では、荒れ果てた土地を命と発展の源に変える、驚くべきプロジェクトを探ります。
サハラ砂漠を肥沃な土地に変えるためのアフリカの革新的な取り組みから、リビアの壮大な「地下の川」まで、これらの達成のひとつひとつがエンジニアリングの限界に挑戦しています。
さらに、中国とパキスタンが砂漠地帯を革命的に変えた道路や川の建設プロジェクトについても紹介します。
人類の野心とエンジニアリングの奇跡を発見する準備をしてください!
00:00 - 中国とインドが驚愕!砂漠を川に変えたパキスタン
11:10 - 驚異のプロジェクト!リビアではどうやってサハラ砂漠の真下に川を造ったのか?
21:48 - 6億ドルのメガプロジェクト!! 中国人が無人の砂漠地帯に446キロメートルもの道をつくった理由 - 前代未聞のタリム砂漠公路
30:55 - アフリカはどのようにしてサハラ砂漠を肥沃な大地に変えようとしているのか
宇宙から地球を眺めてみると、そこに見えるのは青い惑星で、その地表の71%は水で覆われています。
でも残念ながら、地球のどんな場所でも、飲料用や農業用の水が十分に足りているというわけではありません。
みなさんこんにちは!
砂漠に住むのは大変だと思いますか?
灼熱の太陽、まばらに生えた植物、砂嵐。
砂漠は決して住みやすい場所とは言えないでしょう。
幸いにも、人類は可能な限りこの状況を変えようとしており、世界で最も乾燥した地域に水をもたらそうとしています。
それを実現するために、時にはかなりの努力と巨額の投資、そして大胆な工学的アイデアが必要なことがあります。
みなさん、こちらはトップランキングです。
今日はそんな巨大プロジェクトの一つをご紹介します。
カチウンガプロジェクト
パキスタンのバローチスタン州北部では水不足が深刻です。
それは、この地域の人口密度が低く、経済の発展が遅れていることを意味します。
例えば、デラブグティ地区は大量の天然ガスが埋蔵されているそうが、地区内で発見されたにもかかわらず、パキスタンで最も発展が遅れている地域だとされています。
この地域の痩せた土地では大量の収穫は得られず、大部分の場所では全く何も栽培することができません。
水がなければ発展は不可能なのです。
2002年にパキスタン当局はこの現状を変えることを決定し、壮大な建設事業に着手しました。
カチウンガの最大流量は6,900セック、すなわち1時間で60万立方メートルです。
わずか60分で272のオリンピックサイズのプールを満たすほどの水量がこのウンガを通過するのです。
もちろん地元の人々の夢はプールではなく、滅多に降らない雨に頼ることなく水を確保できることが望みなのです。
数年後にはバローチスタン北部は緑の野原に覆われ、綺麗な小川のせせらぎが聞こえるようになると思われました。
当初の予定では今からだいぶ前の2008年にはそれが実現するはずでした。
しかしすぐに工事は中断してしまいました。
原因はお決まりの資金不足で、プロジェクトの中止を求める声すらありました。
暑い日に冷たい水が入ったコップを差し出された後にコップを引っ込められてしまったら、どんなにがっかりした気持ちになるか想像してみてください。
幸いなことに、結局カチウンガプロジェクトは中止になりませんでした。
20年以上経った今、ウンガがまもなく完成し開通することは明らかです。
つまりパキスタン北部の灼熱の太陽の下で、緑の革命が始まるのです。
ウンガの建設が完了すれば、71万3000エーカーの不毛の地、もしくは部分的に工作可能な土地を勘外できる予定です。
2017年からウンガはすでにその役目を果たしており、パンジャーブ州南部とパローチスタン北部の地域に水を供給していますが、ウンガの他の地区では建設が続けられています。
ウンガの特徴
苦しむ人々のためにどこで水を得たらいいのでしょうか?
わずか150キロメートル先にはタイガのインダス川が流れているので、それは全く問題ではありません。
カチウンガの始まりはインダス川で最も重要なダムであるタウンサダムです。
最近までこのダムは稼働中の3つのウンガを制御していましたが、カチウンガがインダス川の右岸に建設され、この水路網の4番目のウンガとなりました。
2017年にその最初の区間が開通しましたが、他の区間の工事はまだ続いています。
工事を担当しているのはダムやウンガなどの水利施設の建設を専門に手掛ける水質源及びエネルギー開発公社です。
カチウンガプロジェクトは3段階に分けて進められることになっていました。
第一段階では全長399キロメートルの幹線水路が建設されます。
この水路の主要部分は全長305キロメートルでパンジャーブ州にあり、すでに地元の農民に水を供給しています。
これだけでも素晴らしいことですよね!
また、94キロの別の区間ではバローチスタンを通ってデラブグディ地区まで続いています。
しかし、砂漠を花咲く庭園に変えるためには幹線水路だけでは全く足りません。
幹線水路からは105キロメートルに及ぶ灌溉用の支線水路が分かれています。
これは全長1500キロメートルに及ぶ補助的な水路網全体のごく一部に過ぎません。
この巨大な水路網の建設のためにまだ膨大な量の作業が残っており、プロジェクトの第二・第三段階でその作業が行われる予定です。
幹線水路はさらに100キロメートル延長され、その周囲には約1400キロメートルの排水網が敷設されることになります。
この排水網はウォラン・ナシエラバード・ジャルマグシ地区に水を供給する予定で、地元の人々は緑の革命を夢見ながらその実現を心待ちにしています。
もろこし、小麦、豆類、有料植物をより多く栽培できるようになれば貧困から抜け出せるのです。
このように、運河は水だけでなくお金ももたらします。
プロジェクトの収益は年間197億ルピー、すなわち約7100万ドルと見積もられています。
総工費が2億9千万ドルであることを考えると、このプロジェクトは約4年で元が取れることになります。
悪くないですよね?
カチ運河は完成すればパキスタン最大の灌漑用水路になりますから、この国にとってはまさにメガプロジェクトです。
200万人の人々が自分たちの生活がいかに改善したかを実感し、水が無制限に使えることがどんなに幸せなことか知ることになるのです。
建設
運河のルートは、水がバローチスタンの街、水の周辺に地球の重力に従って自然に流れるように剪定されています。
このプロジェクトではポンプ場は必要なく、パイプラインを大量に敷設する必要もありません。
それでも、50kmの灌漑用水路の建設は工学的には難しい課題で、ここが道路などのインフラがない乾燥した砂漠地帯であることを考えるとなおさらです。
炎天下でトラクターの運転席で作業してみれば、建設作業員がどれほど大変かわかるでしょう。
第一段階では土地の造成が行われ、ショベルカーが氷土を削り取り、これから建設する運河の水路を掘削します。
土はダンプに積まれ、建設中の運河から運び出されます。
つまり水路を建設する際は、重機がスムーズに通れるように仮設道路を作る必要があるということです。
その一部は常設の道路になり、運河の管理や農作物の輸送、またはその他の目的のために使用されることになります。
このように、河地運河は単なる水の供給手段ではなく、地域の発展のための重要なインフラ整備プロジェクトなのです。
水路の底は台形になっており、その勾配はかなり緩やかですが、それはこの地域の土壌の特性と関係しています。
土地が岩盤になっていれば断面が直角の水路を敷設することも可能ですが、この土地では土手が崩れる可能性があるため、側面に勾配をつけたほうがいいのです。
また、事故を防ぐために傾斜部分は必ず補強しなければなりません。
プロジェクトの第一段階では、全長399kmの幹線水路のうち351kmが補強されました。
カチウンガが通っているのは雨が滅多に降らない乾燥地帯です。
つまり、この土地を流れる水はすべて地面に吸収されるということです。
貴重な水が土に染み込まないように、底と斜面はまず十分にならし、突き固めてから防水剤で覆い、コンクリートで固めます。
こうすることで、もちろん蒸発する分は除きますが、すべての水が目的地に運ばれ、畑や他の用途のために分配されます。
つまり、水を行ってきたりとも無駄にできないという状況なのです。
しかし、ウンガが機能するために必要なのは水路だけではありません。
例えば、車や人がウンガを横断できるように、ウンガの上には自動車や鉄道のための橋が架けられます。
また、取水したり周辺地域に水を分配したりするために、幹線水路に沿って支線の幹水路が設置されます。
排水網の大部分は小規模な幹水路ですが、起伏のある地形に対応するため、一部の地域では直径56インチ、すなわち約142センチのパイプで、幹線水路から水を引いています。
水流を調節するためにウンガの全長にわたって水門がついた調節用の口門が設置されており、消費者への水の供給が一定になるようにしています。
排水のためには自動制御システムが開発されており、それによって田畑への排水は公平で透明性が高くなります。
さらにこのプロジェクトには放流設備、分水口、排水システムなどのインフラも含まれています。
こうした構造物はすべてコンクリートと鋼鉄で建設されるため、時間がかかる上に、作業員には質の高い仕事が求められます。
カチウンガの幹線水路には全部で900を超える様々な構造物が建設されていますが、第2、第3段階でも工事は続くため、その数はさらに増える見込みです。
すべてが順調にいくように思われましたが、2022年にプロジェクトは再び危機に瀕しました。
大洪水によりウンガの一部が損壊したため、一部区間の再建が必要となり、そのために追加で3000万ドルの費用がかかったのです。
しかし、最も重大なことは、この被害によってプロジェクトの拡張された第1段階の開始時期が再び遅れたことです。
またしても、苦しむ人から水が入ったコップが奪われたのです。
しかし、それでも工事は続いており、私たちは建設が早く終わるように願っています。
1953年に、地質学者たちがサハラ砂漠で石油を探していましたが、もっと貴重な宝物をこの世界最大の砂漠で発見しました。
この宝を採掘するために、リビア当局は270億ドルという拒否を投じました。
もうお分かりかもしれませんが、この宝とは水のことです。
今日は、おそらく皆さんが今まで聞いたことがない世界最大の灌漑プロジェクトについてお伝えします。
いわゆる世界の8番目の不思議、リビア大人工河川についてのお話です。
砂漠の水はどこから来たのか
1950年代には、石油は戦略物資になりつつあり、石油を所有することは富と繁栄と影響力を手にすることを意味していました。
ちょうどその頃、石油は石炭に代わって第一位の燃料となり、世界では油田の炭鉱が盛んになりました。
石油はリビアの南東部でも探索されており、そこでは窒素調査プロジェクトの一つが、クフラ県で実施されていました。
このリビアのサハラ砂漠で油性を掘削しているときに、現在、ヌビア砂岩大水槽として知られるものが発見されました。
リビア、スーダン、エジプト、チャド共和国のアフリカ4カ国の砂丘の地下深くには、膨大な量の地下水が埋蔵されています。
これは世界最大の化石水の層で、その面積は200万平方キロメートル以上あります。
なんと、メキシコの面積よりも広いのです。
ヌビア砂岩大水槽には、約15万立方キロメートルの淡水が蓄えられており、その量はカスピ海の2倍です。
この水のすべてが、世界で最も乾燥していて、人を寄せつけない場所の一つであるサハラ砂漠にあるのです。
その年間降水量は、わずか76ミリメートルで、水分の年間ポテンシャル蒸発量は2500ミリメートルを超えます。
どのようにして膨大な量の水がここに蓄えられたのでしょうか?
この水は、1万年から100万年前の間に砂岩を通して染み込んできました。
その頃、サハラ砂漠は温暖な気候で、大量の雨が降り、高い湿度が保たれていました。
ヌビア砂岩帯水槽は、最後の氷河期の豊かな遺産であり、当然ながら学者や政治家の関心を集めています。
どうやって水を手に入れるのか?
北アフリカは非常に乾燥した地域で、リビアは切実に真水を必要としていました。
リビアは地中海に近いにもかかわらず、水の供給問題に悩まされていたのです。
海水の淡水化は非常にコストがかかるプロセスでしたし、地下の井戸から採水する方法には別の問題がありました。
海の近くでは、地下の層で淡水が塩水に、つまり飲料に適さない水に置き換えられてしまうのです。
そして水を大量に汲めば汲むほど、水源の劣化が早まり、肥大だった土地の塩分が高くなってしまいました。
この事態を何とかしなければならない状況だったのです。
化石水の埋蔵量がわかった時に、最初にリビア政府は砂漠を花畑に変える計画を立て、南部に新しい町や村を建設する予定でした。
このためには数十万人が移住しなければならず、その上物流や建設のために莫大な費用が必要でした。
そこで1980年代に計画が変更され、当局は水を南から北へ、つまりリビアの大都市がある場所へ移動させることにしました。
こうして、押してもダメなら引いてみよという原則に従ったのです。
大規模なパイプラインの建設は野心的なプロジェクトでしたが、あらゆる計算がこのプロジェクトの有用性を裏付けていました。
パイプを通して地下水を供給することが、リビアにとっては最も安価な給水方法だったのです。
人工河川を使えば1ディナールで9立方メートルの水を送ることができましたが、同額のお金で淡水化できた水はわずか0.79立方メートルだけだったでしょうし、船なら1.05立方メートルの水しか運べなかったでしょう。
何を選択すべきかは明らかで、そうして決断が下されたのです。
もちろんリビアの地下水は再生不可能な資源ですが、地元のアナリストは、地下に埋蔵されている水の備蓄は数千年分あると考えています。
もしそうなら、費やされたお金は無駄ではなかったということになります。
拒否を投じた巨大なプロジェクト
1984年に最初のショベルカーがリビアの砂漠に到着しました。
何百もの井戸を掘ったり、地下にパイプラインを敷設したり、貯水池やポンプ場など多くのものを建設したりする必要がありました。
もちろんリビア人自身がそうしたすべての仕事をこなすことは不可能だったので、韓国、イタリア、ドイツ、オーストラリアなどから来た受け負い業者が作業を行いました。
プロジェクトは5段階に分けられました。
第一段階はサリールとタジルブの水源の234の井戸とスルトとベンガジの街を結ぶ1600キロのパイプラインの建設でしたが、このためには多くの特殊な課題を解決しなければなりませんでした。
例えば、パイプはこのために特別に建設されたリビア国内の工場で製造され、その建設には3億5000万ドルもかかりました。
しかも、これは世界最大のプレストレストコンクリート製のパイプで、1本のパイプの直径は4メートル、長さは7メートルもありました。
そして、第一段階だけでも25万本のパイプを敷設しなければならなかったのです。
このパイプはスウェーデンでこのために特別に製造された90トンの構造物を持ち上げることができる世界最大のフォークリフトで積み込まれました。
そしてパイプは特別に作られた道路で運送され、その後特別に作られたクレーンで7メートルの溝に置かれ、そこにコンクリートが流し込まれました。
でもそれだけではありません。
水を蓄えるために地面や岩をくり抜いて、アスファルトで覆った人工の貯水池が作られました。
もちろん、ポンプに電気を供給するために発電所も建設されました。
そしてすべての問題が解決され、1989年に最初の水がアジュダー・ビアーの貯水池に入りました。
1日あたり200万立方メートルもの水が流入するのです。
ビビアは第一段階の計画を実現するために140億ドルを費やしました。
それは主に油田を売って得た資金でした。
国際機関からの融資を受けずに、自力で資金調達したこともこのプロジェクトのユニークな点の一つです。
270億ドルを何に投資したのか。
第一段階の後に56億ドルを費やした、さらに二つの段階が実施されました。
第二段階では、ビビアの首都トリポリとジェファーラ渓谷に水が引かれました。
こうしてビビア西部にまた一つ、給水システムが完成しました。
このシステムは全長1227キロのパイプラインで、1日の供給能力は250万立方メートルです。
第三段階では、第一段階で建設された水の供給網を拡張し、供給量をさらに168万立方メートル増やしました。
さらに75億ドルが第4・第5段階の計画に投資されましたが、内戦のためにプロジェクトは完了しませんでした。
最終的には東部と西部のシステムがスルトの街で統合されるはずでした。
しかし、それでもこのプロジェクトが非常にスケールが大きいことに変わりはありません。
敷設されたパイプラインの全長は5700キロを超え、これはロンドンからニューヨークまでの距離よりも長いことになります。
また、1116の井戸が掘削され、その1日の水の供給量は全部で650万立方メートルになります。
さらに、2億5000万立方メートルの土が掘り出されましたが、これは世界最大のダムである三峡ダムの建設時の2.5倍に相当します。
リビアの独裁者、ムアン・マルガダフィーは、この大人口河川を世界の8番目の不思議と呼びました。
大胆な名称ですが、確かにプロジェクトはかなり野心的です。
この事業計画はギネスブックに登録されただけでなく、二重ディナール紙幣にも描かれました。
独裁者、カダフィーの人物像のせいで、欧米のメディアで大人口河川はあまり取り上げられませんが、これは間違いなく称賛されるべきプロジェクトです。
給水が開始されると、1300平方キロメートルという広大な地域に灘害を行うことが可能になり、自国の農産物の生産を促進できるようになりました。
砂漠の緑化には、水だけでなく、常識を超えた解決策も必要でした。
例えば、1980年代後半に、リビア政府は5万本のプラスチックの木を10億ドルで購入しました。
これは単なる飾りではなく、スペインの発明家のアントニオ・イバネス・デ・アルバが作り出した気候を変えるための器具です。
この木は、夜間に水分を吸収し、日中にそれを放出することで気温を下げます。
この椰子はサブハーケンに設置され、その1年後には変化した気候に適した本物の果樹をその場所に植えることができました。
すごいと思いませんか?
中国は近年、いろんな意味での創意工夫の数々や大胆なイニシアチブ構想で全世界を驚かし続けています。
たった70年前、中国が世界の貧しい農村地帯で、国際政治の舞台でもより大きな影響力を持った強国が支配権をめぐって争うだけの場であったなんて信じられません。
その大胆な構想を実現した事業のうちの一つが、他に類を見ないタリム砂漠航路で、これは地球上で最大の砂砂漠であるタクラマカン砂漠を横断しています。
この動画では、航路建設事業への勇敢なる挑戦についてお話しします。
サハラ砂漠より壮大
石油や砂漠という言葉を聞いて、あなたは地球上のどの地域を思い浮かべますか?
大部分の人が、もちろん中東地域と答えると思います。
それは遊牧民、市長たち、アラビアンナイトのおとぎ話の国々、そして石油の採掘のみによって最高レベルの生活水準を実現した石油王国の土地です。
アラビア半島や北アフリカの砂漠や石油については、よく耳にされると思います。
ところが、タクラマカン砂漠については、中国の国外では聞いたことのない方も多いのではないでしょうか。
しかし、この砂漠は外国からの輸入にほとんど頼らずに、中国全路に行き渡るほどの石油資源を備蓄しているのです。
繰り返しになりますが、タクラマカン砂漠は地球上で最大の砂砂漠で、今日、中国人が新疆と呼ぶ中華人民共和国西部に位置しています。
タクラマカン砂漠の地理的な位置は、ロード・オブ・ゼ・リングのモルドール国を思い起こさせます。
モルドール国も、三方山で囲まれているからです。
タクラマカン砂漠の北は天山山脈、西はパミール高原、南はコンロン山脈で囲まれ、東はコビ砂漠が広がります。
3つの大山海が砂漠を取り囲み、湿気を汲んだ風を寄せ付けません。
タクラマカンが砂漠地帯になったのは、まさにこのことによるものです。
古くからこの砂漠に隣接するアジアの中央部にはウイグル人が住んでいました。
彼らの言葉でタクラマカンは帰って来られなくなる場所を意味します。
この名前に私たちは全く同感ですし、皆さんにも依存はないのではないでしょうか。
砂漠は散歩に適した場所とは言えませんし、昨今の都市生活者は普通の人であれば1日として生き延びることはできないでしょうから。
タクラマカン砂漠の面積はフィンランドと同じくらいか、言い換えるならドイツより少し小さいくらいです。
生命の姿がほとんど見られない33万7千平方キロメートルの砂地、それが中国西部の砂漠です。
空気中には多くの砂塵が含まれ、特別な防塵マスクさえ用をなさないことがあります。
昆龍山脈からは何本かの河川が流れ込みますが、そのすべては砂地に吸い込まれ、砂漠の中央部に水はほとんどありません。
シルクロードの商人たちは当時キャラバンを組んで砂漠を通過する時、これらの火岩のオアシスに立ち止まったものでした。
ところが地球温暖化によりオアシスは消滅し始め、タクラマカン砂漠はさらに荒涼とした土地になり果てました。
道路を建設した理由
長い間タクラマカン地方は中国にとって破手のないスーツケースのようなものでした。
捨てるには惜しいし、持ち運ぶには不便です。
それが大きく変わったのが90年代、砂漠に豊富な石油資源が眠っていることがわかってからでした。
東商平政権はこの地域の将来性についてゼデヒヒデ判断を下し、最大限に利用することに決めました。
1992年、タリム砂漠航路の建設は開始されました。
北側のブルグ県と南側のニア県の2つの町を航路が結ぶ計画が立てられました。
さらにここから木の幹から枝が伸びるように、この地方の大規模な石油埋蔵地に向かって支線が伸びていかなければなりませんでした。
この航路の全長は550kmを超えました。
欧米の多くの専門家はこの計画はあまりに野心的で費用もかかりすぎ、その上無意味だと評しました。
実際のところタクラマカンは完全な無人地帯でインフラと呼べるようなものは皆無だったのです。
その上大部分が岩石砂漠であるサハラ砂漠やアラビア半島の砂漠と違い、タクラマカン砂漠は20mもの高さの砂丘が波を打つ砂の海です。
これらの砂丘が道路を完全に覆ってしまい、航路建設の成果を無に帰すに違いありませんでした。
しかし中国の人々は不可能とはまだ誰も成し遂げていないことなのだから自分たちが一番乗りでやり遂げると決意しました。
1995年タリム砂漠航路は完成しました。
人間が何世紀も足を踏み入れたことのなかった航路の中ほどには小さな街が作られ、
ドライバーが燃料を補給したり休憩したり家族と電話で話したり、また最近ではインターネットを利用したりもできるようになっています。
タリム砂漠航路は世界中で話題に上りました。
技師や労働者をより簡単に埋蔵地まで運べるようになったので中国はこの地域での石油増産が可能になりました。
短期間でこの野心的な事業は成果を上げたわけですがタリム砂漠航路における中国の挑戦は続きました。
厳しい自然も航路の建設を阻止できなかったという意味では人間との戦いの第一ラウンドに敗れました。
ところがまだ懐に手札を隠していたのです。
その一枚が皆さんにすでにお話した高さ20メートルにもなる砂丘です。
砂は道路に絶え間なく覆いかぶさりそれを取り除くのに長時間を費やさなければなりませんでした。
道路1キロメートルあたりの建設費用が1400万ドルとして走行可能にしておく保守費用にも莫大な費用が流出する恐れがありました。
技術者たちは数年のうちに航路を沈めてしまう恐れのある砂の波と戦うためいくつかの案を検討しました。
やがて速攻を掘るかまたは防壁を築くかすることが提案されました。
中国にはもちろん万里の頂上を築いた歴史がありますがどちらにしてもそのようなものをもう一度建てることは負担が大きすぎます。
考えてもみてください550キロもの距離の防壁を道路の片側とその反対側にも建てることを。
その上少なくはない出入口にも防壁は必要なのです。
幸いにも中国人に救いの手を差し伸べたのは彼らを翻弄し続けた自然そのものでした。
タクラマカン砂漠の自然は乾燥しているもののひどい二日酔いの人が喉を潤す水を見つけるように砂漠の地下に地底水景が見つかったのです。
このことによって最も単純でかつ美しい解決策が見つかりました。
緑を植えることです。
数年のうちに航路沿いには本物の森が育ちました。
何事においても最初は小さな一歩から。
数キロにわたってサクサウールやヤナギの木が植えられました。
植物が容赦ない乾燥と熱に耐えられるのか、水を蓄える砂漠の深部から水分を吸い上げられるようになるのかはっきりとした見通しは立っていませんでした。
この試みは成功をもって報われ、今日植林地帯は航路の全長にわたっています。
数十キロメートルごとに高性能の用水ポンプ場が設けられており、地中から汲み上げられた水によって木々は根付き、緑が覆い茂っています。
タリム砂漠航路のおかげで中国は西部の砂丘採掘地区と残りの国土を結ぶことができただけではありません。
中国は砂漠緑化の大きな成功体験を手に入れたのです。
これは他の国々においても役立てることができます。
砂漠化の振興は人類全体に関わる大問題ですが、中国人は人類が砂漠の拡大を阻止するだけでなく、砂漠に自ら攻め入り勝利できることを証明したのです。
そしてその意味では、この事業の偉大な功績は人類すべてのものです。
サハラ砂漠は地球上で最大の厚い砂漠です。
しかし常にそうだったわけではありません。
6000年前、ここは頻繁に雨が降り、湿潤な気候でした。
緑のサハラの時代にはアフリカ北部は現在の乾燥した様子とは全く異なっていました。
しかし約5500年前に気候が変化し、緑豊かな地域は暑くて人を寄せつけない砂漠に変わってしまったのです。
それ以来、止まることを知らないサハラは広がる一方で、毎年約10kmの土地が砂漠化しています。
この灼熱の太陽と猛暑の砂の王国を打ち倒すことはできるのでしょうか?
今日はサハラ砂漠を食い止めるための壮大なプロジェクトについてお話しします。
人類はこの計画を成功させることができるのでしょうか?
この問いに対する答えはまだ出ていませんが、人々はすでに緑の頂上を作っています。
緑の頂上
サハラ砂漠を食い止めるという考えが生まれたのは、1950年代にイギリスの生物学者リチャード・セント・バブーベイカーが北アフリカの調査に出かけた時のことでした。
彼は4万キロを移動して24カ国を横断した後に、この地域の痩せた土地を何とかしなければならないと考えました。
こうして生まれたのが、緑の前線というコンセプトで、幅50kmの帯状の土地に植林することで、サヘル地域を豊かにできるという構想でした。
このコンセプトは長い間実現されませんでした。
しかし、21世紀初めに、この地域の政界のリーダーたちが、緑の頂上を建設する、いえ正確に言えば育成するという構想を支持したのです。
彼らは幅15km、長さ7775kmの帯状の土地に植林することを計画し、この頂上はアフリカ全土を横断してジブチからセネガルまで続く予定になっていました。
そして、2007年にプロジェクトが始動したのです。
アルジェリアの緑のダム
1億ヘクタールの土地に植林するというのは、大変な作業だと思えるかもしれません。
しかし、緑の頂上にはかなりうまくいった前例があります。
1960年代にアルジェリアの緑のダムが初めて話題になった時は、夢物語のようでした。
当時、アルジェリアは同じ問題を抱えていました。
サハラ砂漠がアフリカ北部に広がり、農地が急激に減少していたのです。
アルジェリアでは数十年かけて西から東へ1500kmに渡って続く幅20kmの緑のダムが作られました。
300万ヘクタールの土地に干ばつに強いアレッポマツが植えられ、林植にはエスパルトという草が植えられました。
その後、イトスギやその他の樹木も植えられました。
このプロジェクトはかなり短期間で成果を出し、アルジェリアは近隣諸国よりも多くの農産物を自給できるようになりました。
このプロジェクトは山あり谷ありで、その主な問題点は植物が次第に弱っていったことでした。
しかしアルジェリアの緑の壁の成果は確実に現れていたため、政府は5億5200万ドルを年出し、現在も植林地の再生に取り組んでいます。
緑の頂上の木々
アルジェリアのプロジェクトの実績は、サハラ砂漠以南の地域でも綿密に研究されており、植える植物も慎重に選ばれています。
でも何も栽培できない痩せた土地に何を植えたらいいのでしょうか?
樹木の選択は非常に重要です。
なぜなら、それが緑の頂上の存続を左右するからです。
例えば、セネガルではバラニテスアエギプティアカという砂漠のナツメヤシと呼ばれる木を植えることにしました。
この木は乾燥した気候に最適で、そうした環境で100年以上生き延びることができます。
この木は2年間ほとんど水がなくても大丈夫で、乾抜の時でも実をつけます。
また、アフリカのこの地域で洪水が起こるとは思えませんが、この木は水害にも強く、さらには火事にも強いので、日差しが強くてまるでグリルの上で焼かれるように熱い地域には最適です。
この木の葉と花は食用に適しており、果実は苦いですが、この地域では食料が非常に不足しているため、人間や動物の食べ物になります。
ジジフスマウリディアナもまた、緑の頂上の木です。
この木は成長が早いトゲのある植物で、年間洪水量が125ミリ以上あればよく育ちます。
その果実はビタミンCが豊富で、その量は柑橘類やリンゴよりも多いので、地元の人々にとってはいい食品となっています。
緑の頂上に用いられるもう一種の木は、アラビアゴムの木です。
この木は石の多い乾燥地や砂漠に育成し、耕雨量がかなり少なくても生き延びます。
この植物はもともと生存力が強い上に有益で、アラビアゴムという貴重な原料を分泌します。
ダイエットコーラを飲んだことがある人は、アラビアゴムも摂取していたことになります。
また、アラビアゴムはお菓子や乳製品にも添加されています。
そんなわけで、この木が選ばれたのは、サハラ砂漠の拡大を防ぐためだけではなく、地元の人々の収入源にするためでもあったのです。
育苗場
痩せた土地に植物を植える場合、ただ種を土の中に突っ込むわけにはいきません。
そうしてもほぼ確実に何の芽も出ないでしょう。
そのため、北アフリカの国々には育苗場が設けられ、緑の頂上のために苗が育てられています。
例えば、このプロジェクトのリーダーとされるセネガルだけでも9つの育苗場があり、そこで育てられた木が10年間で1200万本も植えられました。
木を植えた男性には、最初の収穫物を採取し販売することが許されているため、緑の頂上はサハラ砂漠を食い止めるだけでなく、貧困を克服する手段にもなっています。
女性たちのプランテーションもあり、そこでは約1500人が働いています。
こうしたプランテーションは、再生した土地に作られており、生態系の生物多様性を維持するために役立っています。
女性たちは果物を収穫して自家用にしたり販売したりできるので、それが良い収入源になっています。
全般的に、このプロジェクトは地球上で最も貧しい大陸の経済発展のために非常に重要な役割を担っています。
緑の頂上によって新たな農地が造成されるなど、様々な良い変化が起きているため、2030年までに1000万人の雇用が喪失される見込みです。
木だけではない。
西アフリカの地図でモーリタニアとセネガルの国境をご覧いただくと、その場所では土地の様子が違うことに気づかれるでしょう。
実は国境になっているのはセネガル川で、その周辺には農業用水が十分にあります。
国境より北は全て砂漠で、雨は滅多に降りません。
かつてパリダカールラリーのルートがここを通っていたのもうなずけます。
なぜなら、ここではレース中にドライバーが不安定な砂の中にはまったり、砂丘の合間で道を見失ったりすることがいつ起こってもおかしくなかったからです。
でも、ショーであるレースにとっていいことは植物には悪いことなのです。
緑の壁の最初の部分はセネガル川に沿っています。
ここでは水が近いという利点を生かし、何年も何も植えていなかった荒れ地の再生に特に積極的に取り組んでいます。
この石のように硬い土壌はほぐして、植物を植えるのに適した状態にしなければなりません。
その2年後には生命の気配が全くなかった砂漠の一角に、草や低木が生え始めます。
大地は緑のパッチワークに覆われますが、それは人間の努力の結晶で、主に手作業によるものです。
そしてその労働の成果として作物が実ります。
信じられないかもしれませんが、高粱とした平原がすでにトマト畑に変わっているのです。
いくつかの場所では土地を帯状に耕すのではなく、直径4メートルの半月状の工作地を作っています。
そのような半月状の土地を耕すためには、1人の労働者が1日中働かなければなりません。
でも、そうして働かざるを得ない理由があるのです。
というのも、この土地を再生しなければ移住することになるのです。
でも、この土地を蘇らせるためには働かなければなりません。
一つの区画に約7500個の半月が作れますから、150人の村人が60日間重労働に携わることになります。
この土地を耕作する際には、雨が降った時に水が地面に均等に染み込んで蒸発するのではなく、キビやもろこしを植えたくぼみに流れ込むように造成されます。
プランテーションの間には、土壌の自然な回復を促進するバイオマスが入った溝が掘られており、樹木も植えられています。
このように緑の頂上は列になった木々でできていますが、その木々の間には人間にとって有益な植物が栽培されています。
これはよく考えられたレイアウトで、この設計のおかげで川の水と地下水を賢く利用し、雨水の恩恵を最大限に生かすことができます。
このプロジェクトを批判する人々は、こうした陸地が気候を変えることはなく、耕雨量が増えることもないと主張しています。
しかし、彼らも認めていることがあります。
それは、大地が緑化して豊かな果実が実るようになったことや、植物が貴重な水分を保持することで、水を無駄にしないで済むようになったことです。
現在すでに1600万ヘクタールの土地が再生されており、2030年までに80億ドルをかけて、さらに8400万ヘクタールを緑化する計画です。
アフリカの22カ国がこの計画を実現できることを願います。
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