学者が解明できない歴史上の謎トップ5

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4 回視聴·2024/09/16
謎に包まれた様々な遺物はお好きですか?
それなら今日は、考古学者が発見した興味深くて、好奇心をそそる数々の遺物をご覧いただける絶好のチャンスです。
今日ご紹介するのは、英国美女のメイク道具に古代エジプト人の謎の象形文字、そして、ヴァイキングの仏像やオーストラリアの岩絵などです!
今日の動画には、これ以外にも様々な遺物が登場します!
フォークトン・ドラム
ヴァイキングのブッダ
グウィオン・グウィオンの絵
化粧品粉砕器
アビドスの舟
謎に包まれた様々な遺物はお好きですか?
それなら今日は、考古学者が発見した興味深くて、好奇心をそそる数々の遺物をご覧いただける絶好のチャンスです。
今日ご紹介するのは、英国美女のメイク道具に古代エジプト人の謎の象形文字、そして、ヴァイキングの仏像やオーストラリアの岩絵などです!
今日の動画には、これ以外にも様々な遺物が登場します!
フォークトン・ドラム
1889年にアマチュアの考古学者ウィリアム・グリーンウェルが、イギリスのフォークトン村の近くで驚くべきものを発見しました。
それは墳丘墓で、彼はすぐにその謎に心を奪われました。
グリーンウェルはその遺跡の中で、一人の子供を含む人間の遺体を発見しました。
そして、ちょうどその子供のそばに、この場所に住んでいた古代の人々が置いた3つの珍しい遺物があり、考古学者はそれを「フォークトン・ドラム」と名付けました。
また、この遺物がここに置かれたのは約5600年前のことでした。
この遺物は、実際には全く太鼓などではなく、チョークでできた円柱で、その上部には同心円が刻まれています。
この遺物の側面の石には彫刻が施され、2つのドラムには象徴的に描かれた顔があります。
このような遺物は非常に珍しく、この他に、同様の遺物は全部で2つしか見つかっておらず、しかもフォークトン・ドラムとの関連性は証明されていません。
こうした遺物が何のために使われていたのかは、研究者にも分かっていません。
独創的な仮説の中で注目したいのが、フォークトン・ドラムはストーンヘンジを建設するための古代の道具だったという説です。
つい最近の2018年に研究者が出した仮説によれば、フォークトン・ドラムはロープの長さを測るために使われていたということです。
なぜなら、ドラムの円周の長さが10ロングフィートを整数で割った数になるからです。
ロングフィートとは、古代建築家が作業で使っていた計測単位です。
フォークトン・ドラムは有名なストーンヘンジと同時代のものであるため、ストーンヘンジを建設した古代の建築家が、こうした石やそれに類似した物を使っていた可能性は十分にあります。
ヴァイキングのブッダ
2023年に、スミソニアン協会が発行している権威ある雑誌「スミソニアン」のウェブサイトに、センセーショナルな発見に関する記事が掲載されました。
古代エジプトのベレニケの港の遺跡で発掘調査が行われた際に、研究者は見事な大理石の釈迦像を発見しました。
記事には「この遺物は、アフガニスタン以西で初めて発見された釈迦像である」と書かれています。
確かにこれは素晴らしい発見ですが、この主張は事実とは異なります。
なぜなら、20世紀半ばに、もっと謎めいた釈迦像がヨーロッパで発見されているからです。
それでは、順を追ってご説明しましょう。
1950年代半ばに、考古学者たちがスウェーデンのヘリウー島を調査することにしました。
この島は、ストックホルム近郊のメーラレン湖に浮かぶ小島です。
この場所では多くの物が発見されましたが、1956年にはかなり驚くべきものが発掘されました。
もうお分かりかもしれませんが、それも釈迦像だったのです。
この青銅の仏像は高さ8センチ強で、金銀の象嵌が施されており、推測によれば、西暦6世紀にインド北西部の無名の巨匠によって作られたものだということです。
この像が発見された地層は西暦8世紀頃のものなので、この仏像はインドからスカンディナヴィアまで約200年かけて移動して、ヴァイキングの手に渡ったことになります。
仏像の周りに革製の輪がいくつかあったことから、この仏像は屋内のどこかに紐で吊るされていたか、あるいは人の首からぶら下げられていたと推測されます。
ということは、この遺物のかつての持ち主は仏教徒で、お釈迦様を崇拝していたのでしょうか?
あるいはもしかしたら、その持ち主ははるばるインドからヴァイキングを訪ねて来たのでしょうか?
こうしたことは、研究者にも分かりません。
でも、この青銅の仏像が入念に修理されていたことは、はっきりと分かっています。
つまり、この釈迦像はとても大切にされていたのです。
グウィオン・グウィオンの絵
1891年のある日、オーストラリアの畜産業者のジョセフ・ブラッドショーは、キンバリー地域で奇妙な岩絵を発見しました。
その絵は巧みに描かれていて、一風変わっており、非常に好奇心をそそる岩絵でした。
それから90年近く経って、アマチュア考古学者のグラハム・ウォルシュは、いわゆる「ブラッドショーの人物像」や「グウィオン・グウィオンのアート」を詳しく研究することにしました。
そして、30年にわたる努力の結果、彼は150万点の岩絵を発見し、その目録を作成したのです!
この古代の文化がどれほど広範囲に及んでいたのか、想像してみて下さい!
ウォルシュは岩絵の人物の特徴的な細部と装飾に注目し、全ての絵を房飾りを付けた人物と帯状の飾りを付けた人物に分類しました。
ウォルシュの考えでは、約1万2千年前にオーストラリアの岩に描かれた人型の形象は、現代のアボリジニの祖先が描いたものではなく、当時この地に住んでいた、未知の、より発展した種族が描いたものだということです。
彼の自説の説明によれば、グウィオン・グウィオンのアートの技法は、それ以前のものよりもはるかに優れており、何より重要なのは、アボリジニが後に創作したものよりも優れているということです。
彼はこの絵が描かれた時代を「博学者の時代」と名付け、後にこの「博学者たち」が他の部族に追いやられ、オーストラリアからどこかへ行ってしまったのではないかと推測しました。
現在この説は、オーストラリアの先住民自身や他の研究者たちから、人種差別だと批判されています。
しかし、その研究者の中にも、この岩絵の起源がオーストラリア以外の場所にあると考える人たちがいます。
例えば、岩絵にチベットのシャーマニズムの痕跡が見られると主張する人や、この絵は、幻覚剤を使って作品を描くアフリカの部族「サン」が描いたものだと考える人もいます。
こうなると、宇宙人起源説が出てきてもおかしくないですよね。
皆さんは、どう思いますか?
化粧品粉砕器
今、女性のバッグの中には、といっても女性だけに限りませんが、メイクをするための様々な道具が入っています。
昔はそうではなかったと思う方はいらっしゃいますか?
でも、一部の考古学者によれば、鉄器時代後期に現在のイギリスの領土では、女性が積極的に化粧品を使っていたということです。
しかもこの仮説は、この地域で発見された数多くの遺物によって裏付けられています。
「化粧品粉砕器」は乳鉢のようなもので、長い凹型の容器に「乳棒」が付属したものです。
このような遺物は主にイギリスで発見されており、ヨーロッパ大陸では殆ど見つかっていません。
その年代は鉄器時代後期からローマ時代初期までの間だと推定されています。
多くの場合、「化粧品粉砕器」は雄牛や鳥などの生き物の形をしています。
乳鉢と乳棒の間に擦られた跡があることから、この遺物の用途は明らかです。
つまり、この道具は何らかの物質、おそらく鉱物を粉砕するために使われていたのです。
ただ、その鉱物の種類は分かっていません。
主流となっている説では、乳棒と乳鉢は色を調合するために使われ、その後、調合されたものは地元の美人の顔に塗られたということです。
これはとてもロマンチックな仮説で、これを手がかりにして、イングリッシュ・ヘリテージの研究者たちは「ローマ時代の化粧マニュアル」を作ったほどです。
しかし、この道具が化粧品を作るために使われていたという確たる証拠はまだありません。
その用途は、薬や媚薬、あるいは麻薬を作ることだったかもしれません。
そのため、このような遺物を発見した人には、汚れやほこりを取り除かずに研究者に渡すように言われます。
なぜなら、ひょっとしたら、遺物の中に入れられていた物質を特定できるかもしれないからです。
皆さんはこの遺物の用途は何だったと思いますか?
アビドスの舟
アビドスは古代エジプトの重要な宗教的中心地でした。
ここで多くの珍しい遺物が発見されたことは驚くにはあたりませんが、こうした遺物が研究者を困惑させるだけでなく、学界で大論争を巻き起こしています。
その論争の一つは、1988年にアメリカの調査隊が発見したレンガの遺構に関係しています。
当初研究者たちは、古代、この場所にレンガ造りの壁か、もしくはその他の建造物があったと考えていましたが、全てはもっと複雑で謎に包まれていました。
さらに発掘を勧めると、レンガの壁が、14隻の木造船の遺物が見つかった場所を囲んでいたことが明らかになりました。
古代エジプトの船が発見されること自体が非常に珍しいことですが、ここではさらに、船がナイル川に船首を向けて砂漠の真ん中に置かれていたのです。
こうした木造船が実際に航海に使われていたかどうかは、研究者には分かりませんが、これが埋葬用の船で、エジプト初期王朝のいずれかの王朝の時代に使われていたということは確かです。
船の木材はほとんど虫に食べられてしまいましたが、船がギョリュウという木で作られ、そこに漆喰が塗られて、黄色い「太陽の」色で彩色されていたことまで、研究者たちには分かっています。
また、船の構造も明らかになっています。
この船は組み立て式で、船を分解して砂漠を横断し、紅海の海岸のどこかで再び組み立てることができたのです。
アビドスの住民がこの船で最後の航海に送り出したのは、どのファラオだったのか、研究者は未だに推測することしかできません。
ところで、アビドスには物議をかもしている遺物があります。
それはアビドスのヒエログリフで、船よりもずっと年代が新しく、はるかに謎めいたものです。
UFO研究家ルース・マッキンリー=ホバーがセティ1世葬祭殿で発見した石板には、信じられないようなものが刻まれていたのですが、それは、ヘリコプターや飛行船、グライダー、そしてなんと......潜水艦でした。
これはまさに謎ですよね!
正式な学問では、2つの異なる時代の層に刻まれたヒエログリフが重なっただけだという説明もあります。
でも、こうした説明にどれほど説得力があるでしょうか?
皆さんは、このヒエログリフについてどう思いますか?
コメント欄で教えて下さい。
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皆さん、ご視聴ありがとうございました。
それでは、またお会いしましょう、さようなら!
